旦那様と僕

三冬月マヨ

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やがて

【十六】旦那様と結ぶもの

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「ゆきおは、おじさんのどんなとこがすきなんだ?」

「ふえっ!?」

「いつからすきだったんだ? どうしてすきになったんだ?」

 せい様はべっどへ。僕はそのべっどの脇に敷いてありますお布団へと横になっています。
 えみちゃん様がお出掛けになられまして、自分の帰りは気にしないで休みなさいと言われましたので『じゃ、寝よっか』と、星様がお客様用のお布団を両手に持ちまして、二階にあります星様のお部屋へと戻って参りました。
 そうして、それぞれ眠りの体制を取りまして、眠くなるまでお話をとなりましたのですが。
 いきなりのその問いに、僕は声が裏返ってしまいました。

「すきになったきっかけとか。何か色々あるんだろ? そういうすきって、おいらわかんないから、教えて欲しいな」

「…ふええと…」

 困りました。
 何時からとか、どうしてとか、何故なのかとか、僕にも良くは解りません。

「だめ、か?」

 ですが、星様の声にはからかうとか、その様な響きは無くて。
 とても静かで。
 普段の快活さは無くて。
 べっどの上に居ますので、どの様なお顔をされているのかは解りませんが。
 ただ、何故か不安そうな…何処か迷子の様な…そんな感じがしました。

「…僕にも…良くは解らないのですが…それでも…宜しいのであれば…」

 僕が星様のお力になれるのかは解りませんが。
 それでも。
 少しでも。
 その不安を取り除く事が出来るのであれば。

「ん。なんでもいいぞ! ゆきおの思った事を話してくれれば!」

「…はい…。…旦那様に、あの大きな手で、鼻を摘まれるのが好きなのです…」

「…鼻…」

 恐らくは、鼻に手を触れたのでしょうか?
 もぞもぞとした音が聞こえて来ました。
 その様子を想像して、僕の口元が綻びます。
 目元も緩ませて、僕は続けます。

 鼻だけで無く、頭も触られるのが好きだと、気持ちが良いのだとも気付きました。
 手を握るのも。
 その、温もりを感じられるのも。
 僕が用意した食事を文句も言わずに、残さずに美味しそうに食べて下さるのも。
 本当は温めのお風呂に長く浸かるのがお好きですのに、僕が後から入るから、何時も熱めに沸かして置けと言います処も。
 僕が団扇で風を送りますと、そっと微笑む処も。
 毎夜、僕が眠った後に、奥様に一日の出来事を報告されます処も。
 僕が居ない時に、勉強机の上にちょこれいとを置いて下さるのも。相楽さがら様からとか、天野様からとか、はたまたみくちゃん様からとか言いますが、それが嘘だと云う事を知っています。
 素直にご自分からだと言い出せない、そんな照れ屋さんな処とか。
 怒る時は、何時も本気で僕の心配をして下さっているのだと解っています。まあ、それ以外でも、縁談の話が来た時には塩を蒔けと怒鳴ったりもしますが。
 そう、そんな怒りん坊さんな処とか。
 お酒を何時も美味しそうに呑む処とか。
 何時も真っ直ぐな背筋ですとか。
 ああ、数え上げたらきりがありませんね。
 そうですね、兎にも角にも。
 そんな旦那様が好きなのです。
 何時からかだなんて解りません。
 ただ、ただ、気が付けば。
 旦那様のお傍に居たいと。
 もっと近くに寄りたいと。
 もっと鼻を摘まんで欲しい。
 もっと頭を撫でて欲しい。
 どんどん欲張りになっていました。
 そして、身の程知らずにも、奥様の代わりになりたいだなんて。
 そう、思っていただなんて。
 あんな風に口にしてから気付くだなんて。
 自分で自分が解らなくて。
 そんな自分が信じられなくて。
 だから。

『旦那様はお馬鹿ちんさんです』

 なんて事を言って、逃げ出してしまったのです…。
 本当のお馬鹿ちんは僕の方ですのに。
 あれは、八つ当たり以外の何物でもありませんよね。
 僕は本当に子供です。
 誰かに諭されなければ、気が付く事が出来ません。
 誰かに手を引いて貰わないと、真っ直ぐと歩く事も出来ません。
 こんな僕ですから、旦那様が『大人しく守られていろ』と云うのも無理はありません。
 ですのに、そう言われても僕は、その理由に気付かずに居て。
 情けないですね。
 僕がもう少し…いえ、それ以上に頭が良ければ、きっと気付けたのでしょうが。えみちゃん様に教えられて気付くだなんて。
 こんな僕が、旦那様をお守りしたいとか、本当におかしいです。あれです。お臍でお茶が沸かせると云う物です。
 それでも。
 星様が言って下さった様に、もし、もしも、まだ旦那様が僕を見捨てて下さっていないのなら。本当に、そうだとしたのなら。お願いしても良いのでしょうか?

『鼻を摘まんで下さい』

 そう、口にしても良いのでしょうか?
 もげてしまうのは困りますが、沢山摘まんで欲しいです。
 後は出来ましたら、くしゃくしゃになるくらいに、頭を撫でて欲しいです。

 …ですが…そうで無いとしたのでしたら…。

『…緒は結ぶものよ…』

 …旦那様が結んで下さった緒です…。
 それを、切るのも、解くのも、旦那様の手で…。
 あの大きな優しい手で、そうして戴きましょうね…。
 僕は…僕からは…やはり、それを出来そうにありません。
 僕は…この緒を結んだままで居たいのです…。
 情けない事この上ないですが。
 我が侭ですが。
 それでも、やはり。

『…だって、ね? 雪が降り続ける限り…』

 何時の間にか落ちていた夢の中で、穏やかに笑う奥様の声が聞こえた気がしました。

 ◇

 朝が来て、目が覚めましたら、僕の身体の上には星様が使ってらした薄手の毛布がありました。寝相が悪いとはお聞きしましたが…。

「…ふわ…」

 身体を起こしてべっどを見ましたら、柔らかそうな枕の上には星様の足が乗っていました。そして、本来足があるべき位置に、星様のお顔がありました。不思議です。どうして、こうなってしまったのでしょうか?
 壁に掛けてあります時計を見ましたら、六時を過ぎた処でした。かなり眠ってしまいましたね。ですが、たまには良いのかも知れません。
 さて、どう致しましょう?
 星様は、まだ眠っていらっしゃいますし。
 勝手に台所を使用しても大丈夫でしょうか?
 一宿一飯の恩義です。
 朝餉の支度をしたいのですが…良いですよね? 良い事に致しましょう。
 一人納得して、僕は身支度を整えて台所へと向かいました。

 それにしても、何時の間に眠ってしまったのでしょう?
 何処か懐かしい夢を見た様な気もしますが。
 僕は最後までお話し出来たのでしょうか?
 星様は静かに僕の話を聞きながら、たまに相槌を打って下さったりしました。
 否定的な言葉はなくて、とても話しやすかったです。
 好きと云う気持ちが伝わりましたでしょうか?
 自信はありませんが。
 ふわふわときらきらとぽかぽかと、たまには、泣きたくなる様な…泣きましたけど…そんな事もありますが…それでも…きっと…これが"特別な好き"と云う事なのでしょうね…。
 こう云った想いがある事も、きっと、あの日、旦那様に出会わなければ知らないままだったのでしょう。
 …そうですね…緒を切られなくても、切られてしまったとしても…僕のこの想いを旦那様にお伝えしましょう。
 旦那様には奥様がいらっしゃいますからね。
 伝えるだけ伝えて、それで終わりにしましょう。
 そして、もう鼻を摘まないで下さい、と。頭も触らないで下さいとお願いしましょうか…。
 …それは…何処か寂しい気もしますが…。

「…痛…っ…!」

 そんな事を思いながら、包丁を使っていたからでしょうか?
 指を切ってしまいました。
 うぅん、注意力散漫ですね。
 困ったものです。
 切ってしまった左手の人差し指を口に含んだ時です。

「切ったのか!?」

 何時ものお馬さんの尻尾の星様ではなく、背中よりも下にあります長い髪を揺らせて、星様が僕の元まで足早に来ました。

「見せてみろ!」

「ひゃいひょうびゅれしゅよ」

 僕の腕を掴む星様に、大丈夫ですとお伝えしたのですが。

「なに言ってんのか、わかんねっ! 指、離せ!」

 指を銜えているせいで、上手く伝わらなかった様です。

「にゃめてれびゃ、ちょひゃりやしゅ」

「おじさんに怒られるだろ!! おいらが!!」

「ふえっ!?」

 驚いて指から口を離しましたら、その指を星様に取られました。

「ん。洗って赤チンつけとけばだいじょぶかな? 後はおいらがやるから、ゆきおは座ってろ」

「ですが、お泊め戴いたお礼を…」

 お礼をしようとしましたのに、逆に手を煩わせてしまうだなんて情けないです。

「ん? んー…。じゃ、今度ゆきおの家に泊めて貰おっかな! そんでおあいこな!」

 ですが、白い歯を見せて笑います星様に、僕は素直に頷きます。
 それは楽しそうですと、僕は思いました。

 えみちゃん様はかなり遅くにお戻りになられた様で、まだまだ起きて来そうにないと、様子を見て来た星様が仰いまして、二人きりで朝餉を戴きました。
 そうして、昨日話しました様に、お屋敷へ戻ろうとして玄関の戸を開けましたら。

「ふえっ!?」

雪緒ゆきお…って、おいっ!?」

 目の前に旦那様が居まして、僕は思わず直ぐ近くにありますお部屋の中へと逃げ込んでしまいました。
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