【本編完結】悪役令息の役どころからはサクッと離脱することにする。

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第六章

シルとの未来

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こうして俺は子爵位を頂き、商会にはそれぞれ御用達として使用する印章が授与された。
貴族から平民になった俺だが、思いもよらずまた貴族となったわけだ。
正直、スノーデン公爵家よりも自らの力で手に入れたこのメディソン子爵という新たな爵位の方が俺には誇らしい。



退場してからも貴族から次々と声をかけられた。

「私の妻と子も赤病にかかってしまってね。あらかじめ聞いていなかったら単なる風邪だと思っていただろう。それから薬を取り寄せたのでは手遅れになっていたはずだ。
君たちは命の恩人だ。何かあればいつでも声をかけてくれ。手を貸そう」

「まさか風土病だと信じていたものが流行り病だったとは!これはこの国だけじゃない、他国でも多くの人を救うことになる大発見だぞ!その若さでなんと素晴らしい!ぜひ話を聞かせてくれ」

「よくぞ利益度外視で尽力してくれた。君たちのような商会ならば信用できる。
ぜひ取引の話をしたい。また時間を作ってくれ」

実のところ、今回のことは単なる商会という立場を超えたいわば越権行為でもあった。
一部から反発が出ることも予想したのだが、意外なことに誰もが笑顔で俺たちを労い賞賛してくれる。

嬉しい反面、複雑な気持ちでもあった。
はたして俺はこのような賞賛を受けるに値するのだろうか。
俺を信じてついてきてくれたシル。出資したうえマージェス商会を紹介してくれたアル。
あらゆる方面で力をかしてくれたマージェス商会。
王家に話をつけてくれたルディとアレックス兄さん。
みんなの力がなければ何もできなかった。

正直な気持ちを吐露すれば、パパが苦笑した。

「謙虚にもほどがあるぞ。それだけのことをしたんだよ、ミルくん。
よくやったね。君はやり遂げた。
これはね、君がはじめたんだよ、ミルくん。君が多くの人を救ったのだ。どうどうと誇るべきだ」

「そうだぞ、ミル。マージは人を見る目があるんだ。ミルだから俺は出資を決めた。
ミルじゃなきゃ協力してねえよ」

「予測を立てて俺たちを説得した。薬を確保する方法を考え出した。更には金銭的利益以外の利益を示すことで、薬の無償配布を成し遂げた。
全てミルくんが計画したんだぞ?
俺たちは商売人だからな。無償配布なんて発想がそもそもないんだ。
だが無償配布だったからこそ、犠牲を出さずにスムーズに終息したんだと思うぞ?
もっと自慢しろ。ミルくんはすごい」

マージェスのみなからの温かい言葉がすうっと俺の中に染みた。

「……俺はやり遂げたんだな」
「ああ!やったな、ミル!お疲れさん!」








達成感と共に一気に力が抜けた。
喜びだけでなくどこか寂しさのようなものも感じる。

公爵家を出ると決めてから、俺は「赤病の治療薬を十分な量用意する」ということに力を注いできた。
それは犠牲者を少なくするとともに、俺の未来を切り開く資金源となるはずだった。
それが……いつの間にか変わった。
多くの信頼できる仲間ができた。家族ができた。
力を合わせて計画するうち、新たな欲ができたのだ。

大切な友人、仲間、知人。そういった全てを守りたい。
彼らを守るために、彼らの大切なものを失わせぬよう犠牲を「少なく」ではなく「ゼロにしたい」と。
それは毎年流行している隣国ですら成し得なかったこと。

ルディを巻き込み、陛下を巻き込み、国を巻き込んでようやくそれは達成された。
誰もが利益度外視でひたすら赤病という病に立ち向かったからこそなし得たものだ。
俺とシルで始めた戦いは、多くの人の協力で大きなうねりとなり国を救った。

共に同じ方向を向いて手を取り合った仲間たち。
彼らはまたそれぞれの日常に戻ってゆく。
友情は、絆はなくならないのに、戻る背中を見送るのを少しだけ寂しく感じてしまったのだ。




思わぬ脱力感にぼうっとしてしまったらしい。
気付けば俺はシルによって風呂に放り込まれていた。

「ほら、そっちの手も出せ」

優しく俺の手を取りスポンジでそっとこすってくれる。
強くもなく弱くもない絶妙さ加減が、シルだと思った。
シルはいつも俺に必要なものを必要な分だけ与えてくれるのだ。
食事も、信頼も、愛情も、全て。

そして俺からは何も求めない。
俺から与えらえるものだけをそっと受け取る。

「……なあ、シル。ようやく終わったな」

「ふふ。そうだな。お疲れさん」

「シルがいなければ何もできなかった。ありがとう、シル」

「なんだ、いまさら」

「あのな。今だから言うが……俺は本当は平民になるのが怖かった。
いままで貴族としてしか生きてこなかったから。
本当に自分に成し遂げられるのかと、不安だった。
だけどシルが一緒に来てくれると言ったから。シルがいたから勇気を出せた。
シルがいたから、公爵家を捨て自分の足で歩きだすことができたんだ。
ありがとう、シル」

「言っただろう?俺はミルと居たいからいる。それだけだ」

そういって優しく俺の肩に湯をかけるシル。
シルは俺と居る以上のことを求めない。

俺ばかりがシルから与えられている気がして、それが悔しくて……。
思わずシルの手から逃れようと身をよじった。

「こら!ミル!暴れるな」

「シルは!
……シルは、俺に与えるばかりで何も欲しがらない。
商会の名誉だって、お前が欲しいものじゃあなかっただろう?
俺は……お前にも何か欲しがるものを与えたい。貰うだけじゃなくて俺からもシルに与えたいんだ。
なあ、シル、お前が欲しいものはなんだ?
俺は与えられてばかりは嫌だ」

とたん、シルの手が止まった。
怖いほどの静寂。
ぽちゃん。
シルが手に持ったままのスポンジから水滴が落ちる。

シルはそっとスポンジを置くと、俺の頬に手を伸ばした。
触れそうなほど顔を近づけ、口を開く。

「…………言っていいのか?」

その深い声にごくりと唾をのみこんだ。
なんだか聞くのが怖い。
それでも、それでも俺は聞きたい。

「聞かせてくれ。俺はシルの欲しいものが知りたい」

シルはゆっくりを瞬きをした。
そして俺の目を覗き込むようにして、そっと囁いた。

「…………ミルだ。
俺はミルと会ったその時からずっとミルが欲しい。
ミルの世話をして、ミルを甘やかして、ミルを笑顔にしたい。
……ミルを俺で埋め尽くしたい。
俺が欲しいのは、ミルとずっと共にいる権利だ。
俺はミルを愛している。ミルが好きだ」

押し殺しても隠し切れぬ激情に掠れた声。
その声のあまりの甘さに言葉が出ない。

俺とシルが出会ったとき、シルはまだ10歳だった。
たった10歳の子供が俺のために伯爵家の三男としてではなく、俺の侍従として生きることを決めた。
家を出て、学校に通いながら住み込みで侍従としての仕事を学びながら俺の世話をした。
灰色の世界で、シルの存在だけが俺の救いだったんだ。
他でもない、シルだけが俺を抱きしめ、涙をぬぐい、あたためてくれた。
俺の世話をして、甘やかして、笑顔にしてくれたんだ。
俺が心を失わずにいられたのは、シルがいたから。



















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