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赤の悪魔編
204
しおりを挟む第一王子、アーサー・デュエンは不気味に笑う。
テーブルの上に置かれた紅茶のティーカップはもうすっかり冷め切ってしまっていた。
レオンは何か不穏な空気を感じて構える。
目の前には魔法を使えないアーサーしかいない。
しかし、レオンの頬を一筋の汗が流れた。
冷や汗である。
レオンは自分が怯えていることに気づく。
目の前にいるアーサーに怯えているのか。否。
たかが人間を今のレオンが恐れる理由などない。
もっと別の、何か違う気配を確かに感じているのだ。
「……ようやく……ようやくこの日が来た。君を差し出したその日、私の野望は完成する」
不気味に笑うアーサー。
その視線がレオンの背後に向かう。
その一瞬の動作でレオンは咄嗟に振り向き、背後を確認した。
「あり得ない」とレオンは思った。
アーサーの部屋に忍び込む時にレオンは確かに確認した。
この部屋にはアーサーしかいなかったはず。
視認した上に、魔力感知まで行ったのだ。部屋にいるのはレオンとアーサーの二人のみ。
邪魔が入るはずなどなかった。
しかし、振り返るとそこには男がいた。
黒いフードを被った男が右手を振り上げている。
外套の隙間から男の右腕の肌が露出している。みしみしと不気味な音を立てて、筋肉が収縮し血管が浮き出ているかが見えた。
「初めましてだな。レオン・ハートフィリア!」
男の声を聞くと共にレオンの体は重い拳に殴られて衝撃を受けとめる。
足が床から離れて宙に浮くのを感じた。
「防御を」と思った時にはもう遅い。レオンが魔法を展開するよりも早く、男の拳はレオンを貫いていた。
殴られた反動で体は吹き飛び、アーサーの部屋の壁を突き抜けて廊下に投げ出される。
よろよろと立ち上がるレオン。
内臓にダメージを負い、咳とともにレオンの口から血が流れた。
レオンはよろよろと立ち上がり、左手で殴られた腹部を触る。
魔力を回復させる魔法はレオンには使えないが、外傷を治癒させることはできる。
専門ではないが、ある程度の傷を治すくらいはレオンには容易い。
レオンの突き抜けた壁の向こうから男が瓦礫を踏み越えて歩いてくる。
先程の攻撃は常人のそれではなかった。
魔力を右手に集め、筋力を増強させる手法。「人体強化魔法」である。
目の前いる男が魔法使いだとわかり、レオンは右手で攻撃魔法を構築した。
「お前が、ディーレインか」
傷を癒す時間を稼ぐためにレオンは会えて言葉を発した。
アーサーの話に出てきた謎の男。
状況から察するに彼がディーレインであることを疑う余地はない。
「いかにも、俺の名はディーレイン。今日、この日を待ちわびたぞレオン。」
ディーレインもレオンと同じように右手に魔力を溜めている。
一触即発の状態で二人は対峙した。
「なぜ僕を狙う。お前は一体何者だ」
「お前と同じものだ。身も心もなっ!」
先に攻撃を仕掛けたのはディーレインだった。
右手に集束した魔力をレオンに向けて放射する。
高濃度の魔力はそれだけで強大な武器となり、当たれば外傷だけでなく、体の内部まで傷つける光線となる。
すかさずレオンも右手に貯めた魔力を放出する。
二つの光線がぶつかり合い、せめぎ合った後、弾けるように爆発する。
壁を吹き飛ばし、塵となった瓦礫が煙のように立ち上る。
二度続いた衝撃音に王宮内の衛兵がざわめき出しているのがレオンにはわかった。
声と足音が複数、この場に近づいている。
室内での戦いは分が悪いと踏んだレオンは背中から魔力の翼を生やし、逃走を図る。
「おい、あまり王宮を壊してくれるなよ」
部屋の中にいたアーサーがディーレインに告げる。
「わかっておる。少し楽しみすぎたようだ」
口では冷静ぶっているが、ディーレインは高揚していた。
無意識のうちに口角が上がってしまっている。
ディーレインは背中から魔力の翼を生やすと驚くべき速度でレオンの後を追いかけた。
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