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二人の王子後編
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しおりを挟む屋敷の長い長い迷路を抜けると大階段があった。
レオンは首を傾げる。
かつて自分が夢の中で来たことのある屋敷にはこんな大階段などなかったように思ったのだ。
ディーレインの説が合っているとすればこれもまたア・ドルマの意思によって作り替えられているのかもしれない。
そもそも、これまでに二人が通ってきた廊下は明らかに長すぎた。
外から見た屋敷の大きさと中の広さがどうにも一致しないのである。
それもまたア・ドルマの意思によるものだとすればそれは何を意味するのだろう。
踏み出すたびにギシリと軋む階段を上りながらレオンは考えていた。
たどり着いた最も単純な答えは単純でいて、妙に説得力のある者だった。
「ア・ドルマは僕たちに会うのを拒んでいる?」
レオンが行き着いた答えはそれだ。
仮にそれが事実だとすればア・ドルマはレオンを恐れているかあるいはそれに似た感情を持っているようにも思えてくる。
ただ、本当に会うのを拒んでいるのだとしたらおかしな点も見えてくる。
そもそも、会いたくないのならばレオン達をこの精神世界に入れなければいい。
ア・ドルマと融合したディーレインが無理矢理入り口を作ったと考えられなくもないが、ア・ドルマはわざわざ使い魔を使って伝言を送っている。
表向きにはレオンを迎え入れる準備があるということだ。
ならば長い廊下は何故なのか。
ア・ドルマの中にも何か迷いがあるのかもしれないとレオンは思った。
自分がそうであったように無意識下に本人も思ってもみないような感情が隠れているのではないか。
その部分がレオンの何かを嫌がっているとしたらまるで時間稼ぎをしているような廊下にも納得がいくのだ。
「多分あそこだな」
階段を上り切ると、廊下の先にいかにもといった感じで佇む扉があった。
それまでにもいくつか扉のようなものはあったが、それらとは明らかに様相が違う。
重苦しい雰囲気を纏っているとでもいうのだろうか。
入るのを少し躊躇ってしまう、そんな感じの扉だった。
「開けるぞ」
扉を前にしてディーレインがレオンを振り返る。
この先にア・ドルマがいる。
レオンの緊張感が高まった。
鼓動が早くなるのを感じる。
レオンは神妙に頷いた。
ギギッと若干の軋みを見せてから扉が開かれる。
そこは書斎のような部屋だった。
部屋全体を照らすランタンはいくつか置かれているが、光量は足りておらずところどころ暗い。
壁には本棚があり、何冊もの本が並べられていた。
そして、部屋の中央に机が置かれていてその奥に男が一人座っていた。
赤い髪。
瞳は悪魔特有の輝きを見せ、耳は人間のそれよりもやや尖っている。
「……来たか」
男は入ってきた二人を見て短く言った。
レオンがディーレインの方を見るとディーレインは頷く。
その男こそがア・ドルマであろう。
不思議とそこまでの威圧感をレオンは感じていなかった。
敵の総大将という立場から、もっと恐ろしい人物かと思っていた。
しかし、レオンを見つめるその瞳はどこか悲しげでそれでいて優しそうにも見えてしまう。
何とも不思議感覚にレオンは戸惑った。
「悪い、デストロ。あんたとの契約を反故にするつもりはないが、俺はコイツを信じてみたくなった」
まず、ディーレインが口火を切った。
ここまでの流れをディーレインの中にいたア・ドルマが把握していないわけもなく、ただア・ドルマはその言葉にフッと笑う。
「構わん。もともと我とお前とは目的に共通のする部分があったから組んでいただけだ。人間のお前が全人類を滅ぼすのをやめると言っても驚かん」
ア・ドルマはまるでこの展開を見越していたかのように冷静だった。
「……お前は今日までよくやってくれた。我に相応しい肉体を持つだけでなく、我が同胞に肉体を与えてくれた。その恩恵は受けるべきだ。もしも我らが悲願を達成できたならば、約束通りお前の同胞を生き返らせることに尽力しよう」
そう言ったア・ドルマに対しディーレインは意外そうな顔をした。
自分のしたことは裏切りにほぼ近い行為だと自覚している。
それでも尚、仲間を生き返らせてほしいという我儘をア・ドルマは許そうとしているのだ。
「……もしも、こいつらが勝ったならどうする?」
「変わらん。我の命が尽きていない限りはお前との約束を守る」
二人の会話を見ていてレオンは矛盾を感じていた。
人間を滅ぼそうというア・ドルマは人間を憎んでいるか、あるいは人間に価値など感じていないのかと思っていた。
しかし、ディーレインと話している様子を見る限り二人の関係は対等に見える。
そこには信頼関係さえあるように思えた。
「あなたは何故、人間を滅ぼそうと思うのですか」
レオンの質問にア・ドルマは答える。
「俺達が生きるためだ。魔界が滅ぶまでもはや一刻の猶予もない。こうしている今も魔界に残った民達は日々恐れを抱き、苦しんでいる。彼らを救うことが我の宿命なのだ」
レオンの想定した答えとそう違わない。
そしてそれは「人間と悪魔の共存」という目的とは反発しないはずだとレオンは思った。
「僕は、精霊王の下で魔法を学び陰と陽二つの魔力を併せ持つ世界を作る方法を知りました。それを使えば、人間も悪魔も争うことなく暮らしていくことができます」
レオンのその言葉にア・ドルマは少し驚いていた。
一ヶ月前、ディーレインとレオンの初めての戦いがあった時レオンがそのようなことを言っていたのをア・ドルマも聞いていた。
しかし、その時はまだ方法の確立もできておらず空想と呼ぶほかないものだったはず。
僅か一ヶ月で解決策を持ってきたことに素直に感心したのだ。
それでも、ア・ドルマは首を縦に振らなかった。
「何故ですか? 悪魔達を救いたいというあなたの目的には合ってるはずです。このまま争いを続けて犠牲者を増やし続ける必要はない」
レオンは食い下がる。
ア・ドルマは鋭い目つきでレオンを睨んだ。
そして、ため息とも取れる息を吐き暗く低い声でこう言った。
「お前達が……人間だからだ」
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