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1章 突然のプロポーズまでの道のり

3 アーロン・アークライトという少年

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「また男の子に逃げられたんだって?」
「うっ……。まあ、そうなりますね……」

 その日、マリアベルの元を訪れていたのは、公爵家嫡男のアーロン・アークライト。
 マニフィカ家には馬車を持つ余裕もないため、二人が会うときはアーロンのほうからやってくる。
 唯一の使用人である執事がいれたお茶を、アーロンは澄ました様子で口にしている。

「うちも一応は由緒正しい家なので、婚約相手にどうかな~と会いに来てみる人はいるんですけどねえ……。鮮血のマリアベルですからねえ……」

 本人の口から放たれた「鮮血」の言葉に、アーロンがむせた。

「僕は今でも、妖精姫だと思ってるよ……」
「笑いながら言われても、説得力がありません。妖精姫なんて、3歳や4歳のころの話じゃないですか。過去の栄光ですよ、過去の。もう失ったものです」

 マニフィカ伯爵家は、今でこそ借金だらけの貧乏伯爵家だが、一応は由緒正しい家だ。
 不正などを行った覚えもなく、国からの信頼もあつい健全な家系である。
 龍脈なんてものが見つからなければ、領地もマニフィカ家も困窮することはなかっただろう。
 貧乏になったのだって、領地を守るためだ。
 魔物発生後の復興もしっかり進んでおり、借金持ちになった今も、マニフィカ伯爵家を高く評価する者は多い。

 加えて、マリアベルは美少女だと評判「だった」。妖精姫、なんて呼ばれていたぐらいだ。
 ゆえに、婚約相手としてどうかな、とマリアベルに会いに来る貴族も存在はするのだ。
 まあ、現在は妖精などと呼ばれることはなく、鮮血の二つ名を手にしているので、箱入り息子たちはみんな逃げていくわけだが。

「今のきみは、鮮血の妖精姫ってところかな?」
「合体させないでくれます?」

 アーロンは、おかしそうに笑いながら、しかしその瞳には愛おしさをにじませて、マリアベルを見つめた。
 年齢はマリアベルの1つ上だから、この時点のアーロンは13歳。
 光のあたり具合で銀にも見える輝く金髪に、はちみつのような甘い色の瞳を持つ美少年だ。
 流石は公爵家の人間といったところか、髪も肌もきらっきらである。
 ただ座ってお茶を飲んでいるだけで絵になる。
 姿絵ビジネスができそうな勢いだ。
 手入れをする余裕がなく、髪はぱさつき肌もやや荒れているマリアベルとは大違い。
 今着ているちょっとばかり上等なワンピースだって、マリアベルの一張羅である。
 アーロンは、落ち着いた雰囲気の、上品で優しく、穏やかで聡明そうな男の子だが、彼の手には剣だこがあることを、マリアベルは知っている。

「……自分で領地と領民を守るきみの姿勢は、僕も好きだよ。でも、危ないことはあまりしないでね」
「あはは……」
「ベル?」 

 はい、とは言わないマリアベル。危なくたって、魔法を扱う才のある自分が動くべきだと思っているのだ。
 そんな彼女を、アーロンは咎めるようにじいっと見つめた。
 マリアベルの空色の瞳が、居心地悪そうにさまよう。
 そんな彼女に、アーロンは苦笑する。
 
「……わかってるよ。きみは、魔法の修業も魔物退治もやめないって。幼いころにあんなことがあったんだ。同じ立場だったら、きっと僕だってそうする」
「アーロン様……」
 
 彼の言葉に、マリアベルはじいんとしていた。
 アーロンは、マリアベルが血に汚れた姿も、獲物を担ぐ場面も見たことがある。
 それでも彼は、マリアベルから逃げなかった。
 領民のために戦うことを、肯定してくれる。
 マリアベルの気持ちを、理解してくれる。
 こんなふうに言ってくれる令息は、アーロンだけだった。
 マリアベルは、「鮮血のマリアベル」なんて呼ばれるようになった自分にも愛想を尽かさず、こうして会いに来てくれるアーロンのことを信頼していた。

「……アークライト公爵家の方は、やはり勇敢なのでしょうね」

 マリアベルの言葉に、アーロンは曖昧に笑った。

 彼が生まれたアークライト公爵家は、武功で名をあげた家。
 この国、ソルシエ王国の剣とまで呼ばれる武の名家である。
 マニフィカ領で魔物が大量発生した際も、アークライト家の力を借りている。

 アークライト家の者も魔法を使うことができるが、特筆すべきは武器の扱いだ。
 アーロンが得意とするのは剣技で、この年にして現役で戦う大人を打ち負かす実力を持っている。
 魔法での戦いならマリアベルが勝つが、剣で戦えと言われたら、なすすべもなく完敗するだろう。
 眩しいほどにきらっきらの公爵家子息なのに、彼はごりごりの武闘派なのである。
 もちろん、嫡男として座学のほうもきっちり納めている。
 文武両道。武闘派なのに落ち着いた雰囲気の、優しげな美少年。
 それがアーロン・アークライトだ。

 マリアベルは、思う。
 脳筋仲間だから、わかってくれるのね。こんな女にも引かないでくれるのね、と。
 戦闘特化型の貴族同士、分かり合うことができるアーロンは、マリアベルにとって本当に大事な幼馴染で、友人だった。

 自分から逃げていく男たちの姿を思い出しながらも、マリアベルは語る。

「……貧乏伯爵家のうえ、私がこんな女ですから、ご縁はまったくありませんが。それはもう、まったく! みんな、逃げ出していきますが! そんなことはどうでもいいのです。領地と領民を守るほうが大事ですし……。アーロン様のように、理解してくださる方もいらっしゃいますから。私は、それで十分です」

 最後の言葉は、柔らかな微笑みとともに、アーロンに向けられた。
 
「っ……!」

 アーロンの頬が、にわかに色づく。
 ぱっと目をそらした彼を不思議に思い、マリアベルは首をかしげる。

「アーロン様?」
「いや、なんでもないよ」

 アーロンは、すぐにいつも通りの穏やかな笑みを浮かべた。
 内心どっきどきなのだが、流石は公爵家の子息といったところか。
 彼は、本心を隠して取り繕うのが得意だった。

 アーロン・アークライトは、マリアベル・マニフィカに、ずっと前から恋している。

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