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第二話 逃げ場のない地獄

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「どした?元気ないじゃん」

次の日、いつも通り学校に行き席に着くと、オレの前に座る男に声をかけられる
田中という一年から同じクラスで前に座るこの男のせいで、平凡且つ穏やかに過ごす筈の中学生活は散々なものになったのだ

「……別に」

「そ?てかまた先輩たちが放課後に社会科準備室来いってよ。気に入られてんね~お前」

「……うるさい」

昨日から痛かった胃が、更に重くなる
この社会科準備室に呼び出される時は、オレにとっては良いことなんて何もない

その日一日溜息ばかりをついて、刻々と時間が過ぎていくのを億劫に感じながら、無慈悲な神様は、救済の余地もなく、オレを再び不幸にさせる



「おっ、きたきたーマツリちゃん。遅かったねえ?」

下世話な笑みを浮かべる先輩たちが、オレを見つめる
その先輩たちの側には、紙袋が置かれており、一人の男がその袋をこちらに差し出す

「意外と人気あんのよ~お前の動画。お金が間に合わないんならコッチで稼ぐしかないからさ、今日もよろしく~」

紙袋に入っているのは、ディスカウントショップで買ったような女物のコスプレが入っている
オレはいやいやその中身を覗くと、そこにはアニメキャラが着そうなセーラー服が入っていた
また一つ、バレないように小さなため息をつく


最初にこれを始めたのは、先輩の一人がふざけてオレの髪をツインテールに結んだのがきっかけだった

元々童顔だったオレは、それだけであどけなさが出たようで、先輩のツテで他校の文化祭で使ったメイド喫茶の衣装を着せられネットに晒されると、とてつもない反響を呼んで、そこから誰かが動画をあげるよう言うと、またその動画は更に伸びた

しかし最近ではただコスプレして男の娘をアピールするだけでなく、椅子を使って際どいポーズをさせられたり、スーパーで買ったバナナを歯を使わず食べろと言わたりと、段々とその内容は酷いものにエスカレートしていった

そしてオレはその動画の視聴者が、あまり良くない層だというのも知っている


「今日はさ~待ちに待った生放送の日なんだよね。それ着てここの近くの〇〇公園に行くから早く準備してね♡」

「………。」

今日することは大体予想はついていた
何故なら前回の動画で生放送宣言をしてから、その手のコメントでごった返していたからだ

だからこそ死ぬほど着たくもないし、逃げたくてもそれが叶わない事に、心から絶望する

「ん?何してんの?早くしろよ、リスナーが待ってるだろ」

「……これ着て…何するんスか…」

「はぁ?決まってんじゃん。いつも応援してくれるリスナー様たちへの奉仕活動だよ(笑)いいから早く着替えろよ!」

先輩の一人に思い切り背中を蹴られる
その拍子で紙袋の中身が散乱し、無様にその上にこけた

「あ、そうだ。今日は生着替えも撮っちゃおうか?そこに可愛い下着も入ってるから、ちゃんとリスナー様達に見えるよう着替えろよ?」

「なっ…!?」

拒絶しようと声を上げたとしても、ここには自分を助けてくれる人なんて誰一人いない

「……ッ…」

手に汗を滲ませ、学ランの裾を強く握り下唇を噛みしめる
すると先輩が良いことを思いついたように提案した

「うーん、でもそれだとサービスが良すぎるから、公園で脱いだ方が盛り上がんじゃね?」

「まあ、それは確かに」

オレは安心したように肩を撫で下ろす
ここで真っ裸になるハメになるのは免れたが、しかしそれだけのことである
下衆な笑いが跋扈する中、目を瞑り心を無にした



.



『今日のマツリちゃんはリスナー様に日頃の感謝を込めて一生懸命ご奉仕させていただきま~す!時間がある人は〇〇区の〇〇公園まで遊びに来てね~!』

先輩の一人が、そう言ってセーラー服に身を纏ったオレを映しだす
暗く沈んだ表情を向けると、“笑顔”と違う先輩がジェスチャーを送る
これに従わなければ後から酷い目に遭うのは明確なので、オレはぎこちない笑顔をスマホのカメラに向けた

「……みんな、待ってるね」

『みんな~!マツリちゃんの為に沢山“積んで”ね~!』


また一人違う先輩が、下卑た声をあげながら言う

そうして遂に、学校近くの公園に、辿り着いてしまった

午後四時を過ぎた頃だというのに、いつも人気のない公園に、中年の男性達がちらほらと四隅に佇んでいる
いずれもこちらを窺っているように、いかがわしい視線をセーラー服の少年に注ぐ

「お~さっき始めたばっかなのに、だいぶ人集まってんね~!よっしゃ、じゃあマツリちゃん、そこら辺にいるオッサンに声掛けてこいよ」

「えっ…そんな…むり…」

「ハァ?今更何言ってんの?お前のためにみんな来てくれてんだよ?」

掴みかかろうとする先輩を咄嗟に避けようとたじろいで後退りすると、後ろに立っていた何かにぶつかる

「わっ!?」

「君たち楽しいコトしてるよね~、俺達も混ぜてくんない?」

後ろから掛けられた声に、聞き覚えがあった
そして背筋が凍る
しかしそれよりも、眼の前にいる先輩達の顔色が一気に強張るのをオレは怪訝に思った

「あ…アンタらは…」

先輩が口を開く
そしてすぐに後ろに立つ男が、スマホを片手に持つ先輩目掛けて中身の入った缶ジュースを投げつけた

「うっわ!?何すんだテメ……アァ!?配信止まっちまっただろうが!」

「おい!バカ!この人たち知らねえのかよ!相高あいこう千紘ちひろ市井いちいだぞ!やべぇよ!」

先輩が焦ったようにそう言うと、他の周りの先輩達もザワザワと狼狽える
オレが後ろを振り返るよりも先に、後ろに立つ二人の男が一気に七人もいる先輩達を一網打尽にしてのけた

「…へ…え?」

余りにも一瞬の出来事すぎて、脳が処理をする前に千紘と呼ばれる男が大きな声で叫んだ

「おい!何見てんだ見世物じゃねえんだぞ!散れオッサン共!」

そう言うと、周囲に集まっていた中年の男たちは焦ったように散り散りに逃げていく
そして辺りには地に伏せる先輩達と、昨日オレが散々な目に遭わされた二人の男が佇んでいた

相高…もとい相生あいおい高校の千紘と市井の噂は聞いたことがあった
同級生のヤンキーが、絶対に手を出してはいけない二人だと言っていた

他校のヤンキーを多勢に無勢の状況にも関わらず、全員病院送りにし、本人たちは傷一つ負っていないんだとか

そして二人は剣道部で、生徒会も務めており、学校側からの信頼も厚く、そしてどれだけ問題を起こしてもある程度のいざこざは揉み消してしまうほどの権力を持つ親の後ろ盾もあるらしい

そんな奴らに昨日は喧嘩を売りつけてしまったんだと後悔しつつも、凄惨な状況に一人ぽつんと立っていることに耐えられなくなった

「……あ…の…」

恐る恐る口を開き、ガチガチに震える脚をなんとか保ちながら二人の男を見ると、目が合った千紘に声を掛けられる

「大丈夫?マツリちゃん?やっぱ実際に見るとちょーカワイイね!」

細目の男がニコニコとこちらに近づき、愛想を振りまく
更に肩が強張り、オレは顔を引き攣らせた

「マジ可愛い…俺達キミのファンなんだよね」

もう一人の市井と呼ばれた男も、柔和な顔でこちらに寄ってくる
昨日とはまるで別人のような二人に、悪寒が走った

(コイツら…昨日の奴らだよな…もしかして気づいてない…?)

二人はまるでアイドルでも見ているかのようにうっとりと惚けた顔でこちらを見ている

チャンスだと思ったオレは、この機会を絶対に逃すわけにはいかないと悟った
先輩達に仕込まれた作り笑顔を見せながら、何とか逃げようと取り繕う

「た…助けてくれて…ありがとうございます…あの…ぼく…オレは…これで…」

「ん?どこ行くの?これからなのに」

市井が後ずさりをするオレの手を掴む
ギョッとして変な声が出てしまうと同時に、上を見上げた

「今日はリスナーにご奉仕する日なんでしょ?他の奴らに回んないよう、俺達が独占しようと思ったんだよね~」

「……へっ…!?…え!?」

言っている事の理解が追いつかず、思考が停止する
しかし二人の目を見てその言葉の意味を察した

「いやっ!あの…!そ、それは…!」

「じゃあとっとと場所移動するか、時間が惜しいし」

嬉々とした笑顔で千紘が先導し、オレは市井に手を引かれ地面に転がる先輩達を尻目に公園を後にした



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