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死んだけど、これはこれでアリ

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今日は待ちに待った県大会最終戦

試合の相手は幼馴染であり、ライバルの名取俊なとりしゅん


今日という日を心から待ち望んでいた俺は、会場に向かう途中、浮かれすぎて赤信号を無視して暴走するトラックに全く気づかず、がっつり跳ねられ呆気なく一生を終えた

はずだった


「…ん…ここ…は」

目が覚めると埃まみれで薄汚い小屋のようなところで、意識を取り戻した


どこだ、ここは

辺りを見回すと、小さな小窓がついていたのを見つける。そのまま外を覗くと、まるで見慣れない景色が広がっていた

そしてまた部屋に目を戻すと、どうやらここは屋根裏部屋に当たるところだと言う事にも気付く


そんなことより、俺は確か俊との試合を目前にして、意気揚々と会場に向かっていたはず…


そこまで思い出してハッとする


そうだ…!俺!あの時トラックに跳ねられて…!!

うわぁぁぁああああッッ!!!畜生!!!

ずっとずっと心待ちにしていた最高の日だったのに!
幼馴染の裸を見れる合法的なご褒美デーだったのに!!!

頭の中が真っ白になる

そう、俺はこの日に全てを賭けていた

中学までは幼馴染とも同じ学校だったので、放課後の部活動である柔道では毎日のように一緒に打ち込み稽古をして、その時にはだけた道着から覗き見える薄桃色の乳首を見るのが中学時代の唯一の楽しみだったのに…

高校が別になり、そんな至福の時間を失った俺は、この大会に全てを賭けていた

公衆の面前で、幼馴染の裸を堂々と見る

それなのにそんな大事な試合を前に、憐れにも命を絶ってしまうなんて、死んでも死にきれない

まるで走馬灯のように色々な邪念が脳裏に思い起こされる

こんな結末を迎えるならば、もっと後輩の兄弟の寝技稽古にでも付き合っていればよかった

コーチの浅黒い胸板に顔を埋めてみたかった

先輩の生徒会長に、ラッキースケベでもけしかけてやればよかった

そしてやはり幼馴染の…俊の裸体を存分に拝みたかった

その願いは儚く消え去ってしまい、悔やんでも悔やみきれない

自分がゲイだと自覚したのは小学校の頃、柔道を始めたのもただ合法的に男の身体を好きなだけ触れるからという浅ましい考えから始めた

そうして何分か何十分か分からない時間、絶望に陥っていたが、漸く我に返る


「ハァ…てか、俺、死んだんだよな?」

余りにも悔しい思いに浸っていたので、今のこの異様な光景にやっと目を向けた

それに、声。俺のものとは違う
よく見るとなんだか体も華奢になっているような

自慢の筋肉がまるで枝のように細く、色も白い。
幽霊になったらこうなるのか、なんて適当な事を思っていると、床下から怒声が響く


「おい!シンデレラ!いつまで寝てんだ!!掃除の時間だぞ!さっさと降りてこい!」


怒りに満ちた声がそう叫んだ

何がどうなっている?シンデレラ?
あの童話の?

屋根裏部屋に備え付けられていた窓を見やると、そこにはサラサラの金髪で、まるで絹のように白い肌に、透き通ったブルーの瞳をした、華奢な姿が映っていた

「…は?これ、俺…?」

窓に向かって口を開くと、そこに映る可憐とも言える人間が、俺の口に合わせて同じ動きをする

一体どうなってんだ…!?

一瞬呆気に取られていたが、すぐにあの童話の中の主人公、シンデレラであると思い至った

脳内に微かに過ぎる、この体の持ち主らしき記憶が断片的に残っていたからだ

しかしよく見ると、そこに映るのはあの儚げな女性の姿ではなく、男であった


「おい!いつまでボケっとしてんだ!このグズ!」

床下から聞こえた声が、次は屋根裏部屋の扉の前から聞こえた

ドンッと乱暴に蹴られた扉の向こうに立っているのは、恐らくこの体の持ち主である人間の義兄弟にあたる人だろう


あまり童話に詳しくない俺だが、この話の大まかなストーリーぐらいは知っている

意地悪な義姉妹と義母がいて、魔女がカボチャの馬車と美しいドレスを贈り、最後はステキな王子様とハッピーエンドだ

大筋はざっとこんなもんだと思っていたが、身体の持ち主の記憶とは少しかけ離れていた


まず、自身の性別と義母、義姉妹ではなく、義父、義兄弟だということ

その他は記憶が断片的で、あまり思い出せない

ひ弱そうな華奢な姿になった俺は、ようやく重い腰を上げ

いつまでもうるさく吠える扉の向こうの人物と対面する

ガチャリ、と鍵を開けた途端、勢いよく扉が開き目の前の人物が更に怒声を上げた

「いつまで経っても寝ぼけやがって!早く掃除しろ!このうすのろ!」

開口一番にそう罵倒する男を前に、俺は唖然とした

「………樹か?」

キャンキャンと吠えるその男の姿は、見間違えようもない小学校のクラブ時代からの後輩の杉本樹すぎもといつきだった


背は今の姿であるシンデレラの俺よりも低く、髪は地毛である焦茶に、猫のようなつり目ではあるが大きくてまん丸な瞳

唯一違うとすればその瞳の色が金色だということ

「は?なんだよまだ寝ぼけてんのか?」

そう言ってその男は片手を振り上げ俺の頬を打とうとしたが、それを易々と片手で受け止めた

持ち主の記憶が蘇る

目の前にいる男の名はマシュー・トレメイン
義兄弟の内の弟に当たる人物みたいだ

「なっ!にすんだよ!」

そうは言っても姿形は俺の見知った兄弟の弟である樹にしか見えない

身体は華奢になっても、有り難いことに元々あるパワーは生前のまま残っているみたいで、目の前の男の力などとうに及ばない

寧ろ自身の知った兄弟たちの方がまだ力もあったろう

俺は急に怯えた表情になる樹もといマシューを全身くまなく一瞥し、ハッとしたように思いつく


これは!神様がくれた慈悲なのではなかろうか!?

生前思い残した数々の劣情を、この世界で存分に発散しろと、そういうお達しに違いない

ゲイだとひた隠していた日々は、とにかく辛いものだった

なんの気無しに肩を組まれれば心臓(もとい珍棒)は跳ね、すげー筋肉などとクラスメイトが身体を触られれば襲いかかりそうになるのを必死に堪える日々だった

自分がゲイだとバレないよう、童貞すらもコツコツ貯めたお小遣いでデリヘルを呼んで捨てたぐらいだった

それもなるべく、ショートヘアで華奢で平べったい胸の女を探して

そんな俺を神は憐れんで、こんなまたとないご褒美をくれたんだ

樹、いやマシューの手を握る手がじんわり汗ばんでいく

そして急に黙り込み、真剣な表情で固まる俺を見て、恐怖すら感じ始めているマシューの様子が、更に俺の劣情を煽る

「お前ッ!?何なんだよ!離せよ!」


「マシュー、お前よくも散々俺をいじめてくれたな?今日はたっぷりそのお礼をしてやる」

かつての主人公とは思えない下衆な表情を浮かべ、青ざめるマシューの手を強引に引き、屋根裏部屋を降りた


神様ありがとう

ここから俺の第二の人生の始まりだ



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