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第五章 光風の国ブリサルト

48.翔んで当て馬

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「彼が魔王と何らかの通信をしている事は……知っていました。ですが、俺は彼を信じています」

「それは洗脳のせいでッ!」

「彼には不思議な予知の力があります。貴女を襲いに来た魔王軍の追手は、彼が全て事前に伝えてくれたんですよ?」

「それは…っ…何か裏があるに決まっています…」

「…裏、ですか」

ラシエルは口に手を宛て、少し考え込んだ
そして柔和な笑顔を作り目を細める

「もし彼が俺を裏切ったとしても、構わないんです」

「な…何故…?」

「だってそうしたら、いっぱいお仕置き出来ますし」

「え……?おし……?」

「リュドリカさん、本当に可愛いんですよ。素直で、単純で、ちょっと舌足らずな所も……そんな彼が泣いて許しを請うのを想像すると……あぁ、ダメですね」

ラシエルは恍惚と顔を染めて、はぁと息を漏らす
サラはそんな彼の姿を見て、目をしばたかせ言葉を失った

「ら…ラシエル様……?一体何を……」

「話はそれだけですか?俺、もう部屋に戻ります」

「えっ?待っ…ラシエル様!?」

ラシエルは失礼しますと頭を下げてサラの前から立ち去ろうとする。去り際にリュドリカさんが寝ていたら、日付が変わる前に済ませなきゃと何やらボソボソと言いつつ引き留めるサラを蔑ろにして、そそくさとその場から居なくなった

「な……何なの……」

一人取り残されたサラは、幼少期のかけがえのない思い出が、ズタズタに崩れ落ちるのを感じながら呆然と身動きが取れなかった




.





「何という事でしょう、きっとダメだわ。ラシエル様のあの様子……洗脳が進みすぎている」 

サラはスカートをたくし上げ、いそいそと駆けていた

「どう考えてもあのリュドリカという男の罠に決まっているのに……これではミジャルーサに立ち向かう事など到底……」

人の目を盗んでパーティ会場から抜け出しブリサルトからも既に離れて、途方に暮れる

「女王を元に戻さなければ、私がこの国の次期女王になってしまう…そんなのごめんだわ。私だけはやはり安全な場所に逃げた方が……」

ブリサルトを見捨て立ち去ろうとすると、何やら遠目に物影を見る

「……ッ!追手!?」

その影は動かない。よく目を凝らすとそれは、純白の白馬だった

「!?……ケガをしてる!?」

サラは駆け寄り、その白馬の元に座り込む
白馬の正体はライダンで、瘴気を取り込み過ぎて意識が昏睡状態だった

「どうしましょう……かなり悪化している、このままだと…」

サラはライダンに両手を翳し、今ある治癒魔力を全力で注ぎ込んだ

「アナタのような穢れ無き者は、ここで死んではいけません。気をしっかり持つのです…!」

そうして一時間と治療を続けると、漸く取り込まれた瘴気を完全に浄化出来た

「はぁ…。これで意識が戻れば……」

〈う…むむ〉

「ッ!」

ライダンは目を覚まし、顔を上げた
顔を向けたその先に憔悴しきったサラと目が合う

〈そなたは……〉

「…人の言葉を話す純白の白馬……あなたはまさかカンナルの……」

〈ムッ!我は何故こんなところに!?早くあの瘴気を放つ魔物を葬らなければ!〉

ライダンは立ち上がり、女郎蜘蛛ミジャルーサのいる方角に身体を向ける
サラはそんなライダンを強引に引き留めた

「いけません!まだ回復したばかりだと言うのに!また同じ目に遭ってしまいます!」

〈ヌッ!?むう……こんな所で我は道草を食っている訳にはいかぬのに…!〉

ライダンはぐぬぬ、と小さな嘶きをあげる
そして側にいたサラから放たれる匂いに気付いた

〈ム…?リュドリカの匂いが微かにする…そなたは一体…〉

「リュドリカ、様?……そう、あなたも彼のお仲間なのですね……」

サラは表情が曇る
力を使い切った事により、立ち上がる事も出来ない

〈リュドリカは?彼は無事なのか!?〉

「…………。さぁ、知りませんわ。今頃ラシエル様と夜伽でもして過ごされているのでは。如何わしい……」

サラは不貞腐れて、つい本音を漏らす
そしてすぐに失言をしたとハッと口を塞ぐが、既に手遅れで隣からバチバチと甲高い音が鳴り響く

〈ぬぁにぃぃいい!?あのワッパめ!!我の居ぬ間に抜け抜けと!我がいかずちを脳天に食らわしてやる!!〉

ライダンは前脚を高く振り上げ地団駄を踏む
サラは怒り狂うライダンに驚いた

「お、お止め下さい!ラシエル様は何も……寧ろ被害者なのは彼の方です…リュドリカという男が公然と街中で彼に接吻を迫っていましたし…」

〈なっ何を言う!?……むぅ。それは、真か…?やはり認めざるを得んか…〉

ライダンは思い当たる節でもあるかのように考え込み、そして諦めたようにハァと溜息を吐く

〈あやつから純潔の匂いが消えかかっていたのは気づいていた……。野営した朝もコソコソとあの不届者のテントの方へ入る姿も……出てきた二人は不純なニオイがプンプンしておったわ……〉

悔しそうにブルブルと鼻を鳴らすライダンに、サラは何を思ったのか、同情して眉を下げて寄り添う

「……お可哀そうに……高貴な貴方まで洗脳にかかっているなど見ていられません…そうだわ、このトリケシのアメ……神獣に効果があるかは分かりませんが……お召し上がり下さい」

〈ム、なんだそれは……〉

「食べると状態異常と自身の一番の疾患を取り除ぎます。……付随効果は私の専門術では無いので…あまり効果は期待出来ませんが…」

〈我は別に疾患など……まぁよい、頂くとしよう〉

ライダンはサラの手からトリケシのアメをパクリとくわえた
そのまま一飲みにゴクリと飲み込むと、すぐにその効果は現れた

〈ヌッ!?ムム……ッ!!急に痛みが!?〉

「ッ!?神獣様!?」

苦しそうにライダンは大きく首を振る。するとポト、と何かが地面に落ちる
その方角に目を向けると、ライダンの額の角が、抜け落ちていた

「ヒッ!つ、角が!申し訳ありませんっ!そんなつもりは…!」

ライダンもジ、と自身の角を見る
そして高らかに大笑いした
その様子に顔を青褪めていたサラは疑問符を浮かべながら首を傾げた

〈……はぁ、良い。気にするな、これはイボのようなモノだ。そして感謝する、何だか肩の…いや、背の荷が下りた〉

「…?……??」

〈フッ、これは餞別だ。物知りなリュドリカなら使い方も分かるだろう。何度もすまんな、そなた、名は何という?〉

「……サラと…申します」

〈サラか、良い名だ。うら若き少女がこんな夜更けに一人出歩くのは危険だ。我がそなたを守ってやる。背中に乗りなさい〉

「え……良いのですか……?」

〈何か事情があってこんな所にいるのだろう。理由は聞かぬ、我らは……そうだな、とんだ当て馬にされたようだ〉

ライダンはまたワッハッハと大きく笑う
本来の姿に戻ったライダンは、とても豪傑で愉快な神獣だった
サラは目をパチクリとさせながらも、釣られて頬を緩ませた

「そう、ですね……フフ、本当に滑稽ですね」

〈我は一度自国カンナルに戻る。民に恐ろしい思いをさせた、トラウマになってしまったら、子供たちに顔向け出来ぬからな〉

ライダンはそう言うと、サラが背中に乗りやすいようしゃがみ込む
サラもその背に手を掛けるが、あっと思い出したように自身も先程のアメを口に入れた

〈ム、どうした?〉

「……いえ、私も一つの疾患を取り除こうと……」

〈何か重い病気なのか?〉

「………そうですね。大した事ではないのですが、幼少期からの……」

サラは笑う
まるで憑き物が取れたかのような爽やかな笑顔だった

「恋患いなど、私にとって一番の障害になりますから」


こうしてサラとライダンは、光風の国ブリサルトに背を向けて、共に自由な空へ翔び立った
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