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第1章 婚約破棄キャンセル編
第12話 ドライな関係
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辻くんがアイス販売を初めて数日。
この辺りでは都会と呼ばれる大きな町でも辻くんのアイスキャンディーは好評で、結構な金額を一日で稼いでくるようになった。
「ほんとにすごいね。大人気じゃん」
「美鈴さんのおかげです。味のバリエーションばかり気にして、当たり付き棒は盲点でした」
「夢があるでしょ。幸せとドキドキ、一つで二度美味しいなんて最高だよ」
当たり付き棒と言っても私が『あたり』と書いているだけの簡易的なものだ。
封入率は辻くんに委ねている。
売上に貢献しているのなら良かった。
「こんなに安い値段なのにこの金額か。都会だからもっと高くしているのかと思ったよ」
「だって、安い方が嬉しいじゃないですか」
損得勘定が苦手なのかな?
良いことなんだけど、損するタイプだ。
辻くんはどこか遠くを見ながら弱々しく呟いた。
「欲しいときに、欲しいものが手に入るのは普通ではないと思うんです」
私は彼の過去を知らない。これから知る予定もない。
逆も然りで、過去を話したことはないし、辻くんが聞いてくるようなこともない。
これが私たちの距離感だった。
「別に怒ってるわけじゃないよ。辻くんがそれでいいなら構わないよ。お金は別の方法でも稼げるからね」
「わがまま言ってすみません」
「すぐに謝らないの。辻くんのセカンドライフは辻くんだけのものなんだから好きにしていいんだよ」
本当は辻くんの体内に魔力を保管できれば、彼はもっと自由に行動できるのに。
魔法を発動させようにも、いちいち私と手を繋がないといけないから難儀なものだ。
それに私も魔法を使えれば、彼の手伝いをできるのに。
それからも辻くんの出稼ぎは続いた。
「どうやって片道数時間もかかるのに、アイスを溶けないようにしているんだろう?」
小さな町でも徒歩で数時間かかるのに、大きな町なら数日がかりだ。
基本的にジーツーは私と一緒にいるから飛んで行っているわけではないだろう。
それに、隠れてアイスキャンディーを作るからその全貌は謎だ。
製造方法も保管方法も運搬方法も。
材料費や人件費を聞いても「企業秘密」と言って答えてくれない。
いくらなんでも秘密主義すぎない?
それとも信頼されてない?
まだ最初に「信用したわけじゃない」って言ったことを根に持っているのかな。
私がこんなくだらないことを悩むようになってしまったのには理由がある。
単純に時間が増えたからだ。
実はあの熊の魔物や狼の魔族が来て以来、獣や魔物の類いが一切いなくなった。
これまで通りの自給自足できなくなると心配する私を他所に、辻くんは村と町を繋ぐ道を造る指示を出した。
移動に時間がかかるのは距離の問題ではなく、道が舗装されていないからだ。
迂回せずに突っ切れば、簡単に時短できるだろう。
辻くんは村の若い男たちに狩りではなく、建築や道路工事をお願いした。
現場の指揮はこれまで通り、狩りチームのリーダーに任せて彼は材料を提供するだけ。
だから私が辻くんに代わって舗装のやり方や櫓の建て方を教えている。
体力も筋力もないから指示を出すだけ。
魔力でゴリ押ししようとしたら、辻くんに止められた。
最初は大変だったけど、村は一気に活気づき、今では村で採れた野菜を売りって町で食料を買う生活に変わった。
特に辻くんの畑で採れる野菜が人気で、他にはない甘さや新鮮さが好評だった。
おかげで毎日のようにご近所さんから感謝される。
私は何もしていないのに申し訳ない。それは全部、辻くんの功績だ。
やがて、私たちのような流れ者を受け入れるようになり、村はあっという間に小さな町と呼べる規模まで拡大した。
ある日の昼下がり、久々の休日で家にいた辻くんと私は外から聞こえる叫び声に反応した。
「なにかな?」
見に行ってみるとなんて事はなく、ただの痴話喧嘩だった。
「まだ昔の女を引きずっているなんて、信じられない!」
「君だって元婚約者と俺を比べるだろ!」
最近、都会から越してきた人たちだった。
なんでも都会の喧騒から離れて二人で生きていきたいとか。
好きにすればいいけど、真っ昼間からご近所に迷惑をかけるのはどうかと思う。
辻くんの方を見るとオロオロしながらも村のリーダーと一緒に仲介に入っていった。
私はヒソヒソと嫌味を言い始める婦人たちの中に混ざって、「まぁまぁ。来たばかりの人たちだから」と謎のフォローをする。
規模が大きくなったとはいえ、まだまだ村の名残りが消えたわけではない。
ご近所付き合いは重要だ。
私たちがそうしてもらったように、彼らが少しでも過ごしやすいように、馴染めるように働きかけることを心がけた。
そんな騒動があった日の夜。
夕食を終えた私は思い切って辻くんに聞いてみた。
「ねぇ、辻くんも私の過去とか気になる?」
「日本での美鈴さんですか? 特には」
全く考える素振りを見せなかった辻くんは首を横に振りながら即答した。
「そっか」
私も彼の過去を根掘り葉掘り聞くつもりはない。
だけど、そこまではっきりと言われると少し複雑な気持ちだった。
辻くんは私に興味がないのだろうか。
「だって、美鈴さんは美鈴さんですから。フェルド王子になって不安だらけだった僕をスローライフに誘ってくれて、この世界での生き方を教えてくれたのは美鈴さんです。だから、過去とかどうでもよくて、むしろ未来が気になります」
辻くんの未来と言うと、フェルド王子がヒロインのアロマロッテと結ばれて国王になるか、彼女を庇って魔王に殺されるかだ。
「大丈夫だよ。ここにいれば辻くんは死なないよ」
「…………」
なに、その不満げな顔。
私、何か間違ったこと言ったかな。それとも違うことが聞きたかったとか?
私は閃いた通りにその言葉を口にした。
「私の隣にいれば大丈夫だから、いつでも手を握れる距離にいてね」
「っ、はい!」
不満顔から一変して笑顔を咲かせる辻くん。
良かった、これで一安心だ。
「僕にとって美鈴さんはなくてはならない存在です。この前みたいに魔族が攻めてきたとしても絶対に守ります」
それはそうだろう。
彼が魔法を発動するためには、私の魔力が必須なのだから。
「美鈴さんはどうなんですか? 僕の過去について」
「私もどうでもいいかな。今の辻くんと、これからの辻くんを一番近くで見られるのは私だけだから」
辻くんは目を見開き、すぐに目を細めた。
一緒に幸せなスローライフを送れるようにすることが彼を誘った私の責任だ。
お互いに過去に執着しない者同士、私たちの関係は少しドライなくらいがちょうどいいのかもしれない。
この辺りでは都会と呼ばれる大きな町でも辻くんのアイスキャンディーは好評で、結構な金額を一日で稼いでくるようになった。
「ほんとにすごいね。大人気じゃん」
「美鈴さんのおかげです。味のバリエーションばかり気にして、当たり付き棒は盲点でした」
「夢があるでしょ。幸せとドキドキ、一つで二度美味しいなんて最高だよ」
当たり付き棒と言っても私が『あたり』と書いているだけの簡易的なものだ。
封入率は辻くんに委ねている。
売上に貢献しているのなら良かった。
「こんなに安い値段なのにこの金額か。都会だからもっと高くしているのかと思ったよ」
「だって、安い方が嬉しいじゃないですか」
損得勘定が苦手なのかな?
良いことなんだけど、損するタイプだ。
辻くんはどこか遠くを見ながら弱々しく呟いた。
「欲しいときに、欲しいものが手に入るのは普通ではないと思うんです」
私は彼の過去を知らない。これから知る予定もない。
逆も然りで、過去を話したことはないし、辻くんが聞いてくるようなこともない。
これが私たちの距離感だった。
「別に怒ってるわけじゃないよ。辻くんがそれでいいなら構わないよ。お金は別の方法でも稼げるからね」
「わがまま言ってすみません」
「すぐに謝らないの。辻くんのセカンドライフは辻くんだけのものなんだから好きにしていいんだよ」
本当は辻くんの体内に魔力を保管できれば、彼はもっと自由に行動できるのに。
魔法を発動させようにも、いちいち私と手を繋がないといけないから難儀なものだ。
それに私も魔法を使えれば、彼の手伝いをできるのに。
それからも辻くんの出稼ぎは続いた。
「どうやって片道数時間もかかるのに、アイスを溶けないようにしているんだろう?」
小さな町でも徒歩で数時間かかるのに、大きな町なら数日がかりだ。
基本的にジーツーは私と一緒にいるから飛んで行っているわけではないだろう。
それに、隠れてアイスキャンディーを作るからその全貌は謎だ。
製造方法も保管方法も運搬方法も。
材料費や人件費を聞いても「企業秘密」と言って答えてくれない。
いくらなんでも秘密主義すぎない?
それとも信頼されてない?
まだ最初に「信用したわけじゃない」って言ったことを根に持っているのかな。
私がこんなくだらないことを悩むようになってしまったのには理由がある。
単純に時間が増えたからだ。
実はあの熊の魔物や狼の魔族が来て以来、獣や魔物の類いが一切いなくなった。
これまで通りの自給自足できなくなると心配する私を他所に、辻くんは村と町を繋ぐ道を造る指示を出した。
移動に時間がかかるのは距離の問題ではなく、道が舗装されていないからだ。
迂回せずに突っ切れば、簡単に時短できるだろう。
辻くんは村の若い男たちに狩りではなく、建築や道路工事をお願いした。
現場の指揮はこれまで通り、狩りチームのリーダーに任せて彼は材料を提供するだけ。
だから私が辻くんに代わって舗装のやり方や櫓の建て方を教えている。
体力も筋力もないから指示を出すだけ。
魔力でゴリ押ししようとしたら、辻くんに止められた。
最初は大変だったけど、村は一気に活気づき、今では村で採れた野菜を売りって町で食料を買う生活に変わった。
特に辻くんの畑で採れる野菜が人気で、他にはない甘さや新鮮さが好評だった。
おかげで毎日のようにご近所さんから感謝される。
私は何もしていないのに申し訳ない。それは全部、辻くんの功績だ。
やがて、私たちのような流れ者を受け入れるようになり、村はあっという間に小さな町と呼べる規模まで拡大した。
ある日の昼下がり、久々の休日で家にいた辻くんと私は外から聞こえる叫び声に反応した。
「なにかな?」
見に行ってみるとなんて事はなく、ただの痴話喧嘩だった。
「まだ昔の女を引きずっているなんて、信じられない!」
「君だって元婚約者と俺を比べるだろ!」
最近、都会から越してきた人たちだった。
なんでも都会の喧騒から離れて二人で生きていきたいとか。
好きにすればいいけど、真っ昼間からご近所に迷惑をかけるのはどうかと思う。
辻くんの方を見るとオロオロしながらも村のリーダーと一緒に仲介に入っていった。
私はヒソヒソと嫌味を言い始める婦人たちの中に混ざって、「まぁまぁ。来たばかりの人たちだから」と謎のフォローをする。
規模が大きくなったとはいえ、まだまだ村の名残りが消えたわけではない。
ご近所付き合いは重要だ。
私たちがそうしてもらったように、彼らが少しでも過ごしやすいように、馴染めるように働きかけることを心がけた。
そんな騒動があった日の夜。
夕食を終えた私は思い切って辻くんに聞いてみた。
「ねぇ、辻くんも私の過去とか気になる?」
「日本での美鈴さんですか? 特には」
全く考える素振りを見せなかった辻くんは首を横に振りながら即答した。
「そっか」
私も彼の過去を根掘り葉掘り聞くつもりはない。
だけど、そこまではっきりと言われると少し複雑な気持ちだった。
辻くんは私に興味がないのだろうか。
「だって、美鈴さんは美鈴さんですから。フェルド王子になって不安だらけだった僕をスローライフに誘ってくれて、この世界での生き方を教えてくれたのは美鈴さんです。だから、過去とかどうでもよくて、むしろ未来が気になります」
辻くんの未来と言うと、フェルド王子がヒロインのアロマロッテと結ばれて国王になるか、彼女を庇って魔王に殺されるかだ。
「大丈夫だよ。ここにいれば辻くんは死なないよ」
「…………」
なに、その不満げな顔。
私、何か間違ったこと言ったかな。それとも違うことが聞きたかったとか?
私は閃いた通りにその言葉を口にした。
「私の隣にいれば大丈夫だから、いつでも手を握れる距離にいてね」
「っ、はい!」
不満顔から一変して笑顔を咲かせる辻くん。
良かった、これで一安心だ。
「僕にとって美鈴さんはなくてはならない存在です。この前みたいに魔族が攻めてきたとしても絶対に守ります」
それはそうだろう。
彼が魔法を発動するためには、私の魔力が必須なのだから。
「美鈴さんはどうなんですか? 僕の過去について」
「私もどうでもいいかな。今の辻くんと、これからの辻くんを一番近くで見られるのは私だけだから」
辻くんは目を見開き、すぐに目を細めた。
一緒に幸せなスローライフを送れるようにすることが彼を誘った私の責任だ。
お互いに過去に執着しない者同士、私たちの関係は少しドライなくらいがちょうどいいのかもしれない。
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