王道ですが、何か?

樹々

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第五王道『SUN SUN! 七拍子☆』

☆1☆人生最大のラッキー到来?

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 鼓動は激しく高鳴り、歩く足は緊張に震えている。

 周りの雑音が、耳に入ってこない。これから同級生になるであろう、仲間達がそれぞれの先輩に連れられて部屋に行く姿さえ、俺の視界から消えてしまう。

 俺はただ、目の前の人の姿と声を追った。夢かもしれないと、何度も何度も思ったから。消えてしまわないよう、凝視している。

 息をするのを忘れてしまいそうなほど、俺の緊張はピークに達している。

 雲の上の存在だと思っていた憧れの人と、こんなに近い距離で歩いているなんて。

「いいか、これから一年間、俺と同じ部屋になる。部屋の様相は俺の好みに合わせてもらうが、お前が好きな物も飾って良いからな」

「は、はひっ!」

 緊張のあまり裏返った声を悔やんだ。胸を叩き、声を整えようと努力する。一生に一度あるかないかの大きなチャンスを得たのに、情けない姿は見せられない。



 目の前を歩く先輩のために、俺はこの高校を選んだのだから。



 去年の夏、高校野球の試合で見かけた。

 応援団が有名だからと、姉に付いて行かされたのがきっかけだった。正直、野球なんてどうでも良いと、暑いから早く帰りたいと、行く時から思っていたけれど。

 その時のことが、脳裏に焼き付いて離れない。

 黒い学らんを着て、汗を流し、一心不乱に応援する応援団の姿に感動した。先頭に並んでいた精鋭七人の動きなんて、一糸乱れることもなく、力強い応援をしていた。

 特に、まだ一団員だった目の前を歩く先輩、望月聡(もちづきさとる)先輩の姿は群を抜いて輝いていた。

 鋭い目も、真っ直ぐに伸びた腕の姿も、あまりに格好良くて。

 どの高校にするか迷っていた自分を忘れるほど、俺はこの高校、私立四季高等学校だけを目指して勉強した。

 昔ながらの男を育てる男子校。その謳い文句も心を躍らせた。俺が求めていた物が、この高校にはあると確信したほどだ。

 猛烈な勉強の末、無事に合格できた。

 生徒の半数が寮に入ると聞き、俺もそれに倣ったところ。

 まさかまさかの、三年に上がった望月先輩と同部屋になれた。二年に上がるまでの一年間はずっと、憧れの先輩と過ごせるわけだ。

 俺がなりたかった男の理想を行く人。高校一年生になっても童顔が抜けない俺とは違い、引き締まっている顔も、広い肩幅も、理想の男の中の男だ。

 俺はこの人のようになりたい。中学時代に空手をやってみたけれど、男の中の男にはなりきれなかったから。憎らしい童顔も、細い感じの体も、変えることはできなかった。

 でも! 四季高等学校では絶対、応援団に入って逞しい男になってみせる。

 そう、望月先輩のように。



 故郷空夜(ふるさとそらや)!



 男になります!



「俺は二段ベッドの上を使わせてもらうな。下だが、良いか?」

「はい! もちろんです!」

 今度は震えずに言えた。少し俺を振り返り、男前に笑った望月先輩に顔が熱くなる。俺もこんな風に、格好良く笑えるようになりたい。

 絶対だ。絶対に応援団に入ろう。決意を固め、辿り着いた二階の奥、望月先輩と俺の部屋のドアを開けた。

「悪いな、先に荷物を広げさせてもらっている。お前の荷物も届いているから、手伝おう」

「あ、いえ、お構いなく! 俺は自分で……」

 望月先輩にそんな事はさせられない。俺の荷物は端っこに置いておけば良い。

 きっと体を鍛えるためのトレーニング機器がたくさん置かれているはずだから。男らしくて、ボクサーのポスターとか貼っているはずだから。

 俺が邪魔してはいけない。

 男の世界を。

 邪魔しては……。

「………………ぇ」

 俺はドアの所で立ち尽くした。部屋を間違えたのだと思って。

 でも望月先輩は何事もなかったかのように入り、自分の荷物なのか、ふわふわしたピンクの毛に包まれた手帳を手にしている。

「暫くは学校行事が詰まっているからな。写しておくか?」

 ふわふわした手帳に、うさぎのマスコットが付いたペンを握っている。

 部屋の奥には、二つ机があって。その一つ、望月先輩の机には可愛らしいぬいぐるみ達が並んでいる。椅子には座り心地が良さそうなピンクのクッションが置かれていて。



 これは何だ?



 俺は夢を見ているのか?



 現実なのかを確かめるため、一歩部屋に入った時、強烈な視線を感じて顔を上げた。

 入り口近くに置かれている二段ベッド。その上を使っている望月先輩のベッドから感じる視線。恐る恐る顔を上げたら。

 小学生の子供ほどもあるピンクのうさぎのぬいぐるみが、長い耳を天井に当てたまま俺を見下ろしている。

 円らな瞳が、俺を見つめている。

 ふわっふわの毛をした、ピンクのうさぎのぬいぐるみが俺を見つめている。

「………………!!」

 手に持っていた荷物を落とし、叫びそうになった時。

 ふわりと、頭を撫でられた。

 およそ10cm差の、望月先輩が、俺の薄茶色をした天然パーマをくしゃっと撫でている。

 鋭い瞳を緩め。

 健康的に焼けた肌をほんのり赤く染め。

 童顔で悩んでいる俺の頬を包むようにして触れると。

 男前の顔で微笑んだ。

「お前、本当に可愛いな。ドキドキするよ」

 そっと抱き込まれ、まるで飾られているぬいぐるみ達のように、天然パーマを優しく撫でられた。

 俺の思考はそこで、完全にショートした。

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