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本編
12.兄から見る、兄の残酷さを知らない妹
しおりを挟む───コツ、コツ、コツ
石造りの階段を下れば、革靴の足音は暗い室内に反響する。
王宮の地下牢には、様々な重罪を犯した大罪人達が収容されていた。もちろん、あの男爵夫妻も。
暴れ回る者、全てを諦め無気力にムシロの上に横になる者、または通路を歩くアンドリューの様子を不敵な笑みを浮かべて見ている者。犯罪者達が入れられた牢屋の前を通り、彼は目的の鉄格子の前で足を止めた。
「お前達の処刑日が決まった」
中にいる男爵夫妻は、怯えきった目でアンドリューを見上げる。しかしその目の合計数は、二人いるにも関わらず二つのみだ。その手の指は不自然に曲がったり、潰れていたり。
それをしたのは、全てアンドリューだ。尋問中、捕まってもまだリリィのことを侮辱していたものだから、加減が出来ずにやってしまった。それでもまだ喚き散らかすから、最終的には舌を切ったのだ。
命があるだけいいじゃないか。それにリリィはこれよりも長い間苦しんでいたのだ、目の前にいる彼らの手によって。
「お前達の処刑は、三日後に街の広場で行われる。残りの人生で、自分達の行いを悔いることだな」
悔いたところでもう遅いのだけれど。
「───ッ! ───、────!!」
「───! ───……───!!」
彼らは何かを喚いていたけれど、何を言っているかは聞き取れない。聞き取る気もない。命乞いだったとして助けてやるわけがないし、罵詈雑言だった場合も虫ケラ達の言葉に耳を傾ける必要なんてないのだ。
……ああ、まあでも。妹に対しての罵詈雑言であったら、きっと処刑日を前に斬り捨ててしまっただろう。
アンドリューは、冷たい目で石の床で喚き回る男爵夫妻を見下す。
「ああそうだ。夫人が逃がした娘だが、見付け次第拘束予定だ。人身売買や横領に関わったという事実はないが……私の妹への非道な行いに加担していた場合は、それなりの処罰を受けることになるだろう」
夫人の方は男爵よりも後に、リリィへの失踪や暴行へ関与した罪で拘束された。それを察してか、ジュスティーヌは彼女により逃がされたらしい。しかしまあ逃亡生活は、それほど長くは続くまい。
どちらにしろ、愛娘に自分達の最期を看取ってもらえることはない。
それだけ言い捨てたアンドリューは、再び解読不能な叫び声を上げながら喚き散らかし始めた二人に背を向けて、元来た道を引き返す。
おー、怖ぇ。なんて、どこかの罪人が嗤った。
地下牢から上がってくれば、太陽の光が眩しい。そういえば、リリィが見付かった日もこんな晴天だったか。
「あ、アンドリュー様……」
警察隊の部下が、恐る恐る彼の顔色を伺いながら声をかけてきた。そこまで怖がる必要なんてないだろうに。
「今回は何もしていないよ。本当さ」
そんなに信用がないだろうか、自分は。ないだろうな、この件に関しては。
「悪いけど、私はもう帰るよ。何、心配はない。しなければいけない仕事は終わらせてあるし、隊長殿の許可は得ているからね」
「はっ、気を付けてお帰りください」
部下に見送られながら、アンドリューは気怠げにネクタイを緩め背を向けた。用意させていた馬車に乗り込んで、流れゆく景色を眺める。
彼が警察隊を目指したのは、他でもなく失踪したリリィのためだった。
〝身代金目的の誘拐の可能性が高い。すぐに犯人達からの連絡があるはずだ〟なんて、当時の警察隊の判断ミスで彼女の捜索が遅れた……なんていう出来事からくる警察隊への不信感も、理由の内の一つではあったけれど。
リリィは絶対自分が見付け出すなんて意気込んで、辛い訓練にも耐えて。
それが四ヶ月前、思わぬ形で叶ってしまったわけだけれど。
(まだ、終わってない……)
男爵夫妻はこれで終わりだ。しかしまだ、逃げている残りの使用人達やジュスティーヌが残っている。
(根絶やしにしなければ)
そうしなければ気が済まない。気が済むわけがないのだ。
衰弱し、今にも止まってしまいそうな呼吸や心音……ボロボロの彼女を抱き締め必死に声をかけながらルヴェール邸へ帰ったあの日、そう固く誓ったのだ。
~*~*~*~
ルヴェール邸へ帰ったアンドリューは使用人達にリリィの居場所を尋ね、答えが返ってきた場所へと向かった。
ジュードの献身的な看病を受けて歩き回れるまでに回復した彼女は、屋敷の色々な場所に行くようになっていて。今日は書斎にいるらしい。
警察隊隊員アンドリュー・ルヴェールの顔から、リリィの兄であるアンドリューの顔へスイッチを切り替えて扉を開ける。そうすれば、出窓の縁に腰掛けて本を読んでいたリリィの顔が上がり、驚いた様子でこちらを向いた。
「お、お帰りなさいお兄様。今日は早かったんですね……?」
「ただいま、リリィ。午後は休暇を貰ったんだ」
優しい、朗らかな笑顔。警察隊の自分でいる時の変わりように、自分自身でも笑ってしまう。
「何を読んでいるんだい?」
近寄りながら聞いてみれば、彼女は持っていた本の表紙を見せてくれた。それは、彼女が小さい頃から好きだった長編の物語で。
「リリィは本当に、その本が好きだね」
「……子供っぽいですか?」
「そんなことはないさ。ただ嬉しいんだよ」
むす、と拗ねるその表情は小さな頃と変わらない。記憶は着実に戻ってきているようで、帰ってきた時から見せていた警戒心や恐怖心は影も形もなくなっていた。
「僕もね、時々その本を読んでいたんだよ」
小さな兄妹が色々な場所に迷い込みながら幻の世界樹を探す、なんていう冒険ファンタジーで。その章の一つに、兄が離れ離れになってしまった妹を探す話があった。様々な困難に立ち向かいながら、最後は妹を見付け出すことが出来て。
アンドリューはそんな彼が羨ましかった。
自分は、いなくなった妹を八年も見付けてやれなかったのだから。
「あの、お兄様……」
「ん? どうしたんだい?」
何か言いづらそうな顔で自分を見上げるリリィの隣に座って、その顔を覗き込む。言おうかどうか悩んでいるらしい彼女はしばらく視線を彷徨わせて、やがて持っていた本をアンドリューの方へと差し出した。
「……久しぶりに、お兄様に読んでいただきたいです」
「えっ……」
驚いて、彼はしばらく目を瞬かせる。
確かに記憶を取り戻してもらおうと、その本を読み聞かせようかと数回にわたり誘ってみたのはアンドリューだ。しかし、全て断られてきて。
「思い出したんです。子供の頃、風邪を引く度お兄様にこの本を読んでいただいたこと」
そうだ。熱を出して寝込む彼女を一人にしたくなくて、この本を持ち出して部屋を訪れた。
「お忙しいなら、あの……」
「大丈夫だよ、リリィ」
本を受け取って、二人の間で広げる。
「このお話でよかったよね」
開いたのは、彼女が子供の頃に好きだった……そして彼女がいない間に読み返していたあの章だ。
「……はい」
嬉しそうに笑った彼女に向けて、あの時と同じように読み聞かせる。
───お兄様、風邪が移ってしまいます……
申し訳なさそうにそう言うリリィの横に座って、本を読んであげていた。
───大丈夫だよ、リリィ。
───寂しくないように、僕が一緒にいてあげる。
そう言って、笑って。
結局は、自分も熱を出してしまうのが毎度のことだったのだけれど。
読み終われば、リリィは泣いていた。ポロポロと、その膝の上に宝石が落ちる。
「どうして、私は……」
その涙を流させているのは、きっと自分でもあるのだろう。アンドリューはそっと、彼女を抱き締めた。
「すまなかった、リリィ。もっと早く見付けてあげられなくて……」
彼女が発見されたあの日から、ずっとずっと後悔していたのだ。まだ心のどこかで、彼女が無事にどこかで過ごしているのではないかと期待して。しかしそれが打ち砕かれ、酷い状態で見付かったのだから。
「お兄様が謝る必要はありません……ただ、悔しくて……」
悔しかっただろうに。怖かっただろうに。彼らから受けた苦しみは、想像を絶するものだっただろう。自分には、傷付き怯える彼女を慰めることしか出来ない。
抱き締めながらリリィの涙を受け止めていれば、やがてその泣き声は小さくなった。
「……ごめんなさい」
代わりに、小さな謝罪が聞こえてきて。
「謝る必要はないさ。こういう時は思い切り泣いてしまえばいい。ここにリリィの敵はいないのだからね」
顔を覗き込みながら、赤くなってしまったその目尻を撫でる。
「三日後、ジュードと共に森林浴に出かけるんだったかな。何も気にせず、リフレッシュしてくるといい。自然は、リリィの辛い気持ちを癒してくれるだろうから」
「は、い」
男爵夫妻の処刑が決まった時、リリィを街から離してほしいと彼に頼んだのはアンドリューだった。
彼女は何も知らなくていい。自分を虐げた者達の最期を。そして、それを執行する自分の顔を。
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