【完結】虐げられてきた白百合が、その一途な溺愛に気付くまで

五蕾 明日花

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本編

13.主治医の自由奔放な護衛

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 リリィがいたのは水の中だった。

 たくさんの水が口や鼻から体の中に流れ込んでくる。それが苦しくて、早く水面に上がりたくて必死に水を掻くものの、ドレスが水を吸って重くなり沈んでいってしまうのだ。太陽の陽射しを浴びきらめく水面は、だんだん遠ざかっていってしまう。

 (助けて、────ッ……!)

 リリィは何度も何度も、誰かに助けを求めていた。誰だっけ。その名前を思い出そうとすると、頭の中に霞みがかかりぼやけてしまう。
 ついには体の力が抜けていって、苦しさすら感じなくなってきて、瞼が重くなってきた。

 (────……)

 やっぱりリリィは、誰かの名前を呼んで。

 「リリィッ……!!」

 遠くで、誰かの呼ぶ声が聞こえた。それが求めていた人の声だったから、来てくれたんだと安心して目を閉じる。




 「ッ……!?」

 夢の中の自分が目を閉じたと同時に、リリィは慌てて目を開けて飛び起きた。
 夢、だろうか。それにしては、溺れる感覚が嫌に現実的だった気がする。

 (記憶……?)

 いつのものか、溺れてしまうシーンしか思い出していないから詳しくはわからないけれど。

 「最悪……」

 それにしても嫌な夢を見てしまった。しかも、よりによってこんな日に。
 今日リリィはジュードの勧めで、彼と共に森林浴に出かける予定なのだ。屋敷の中を歩き回れるようになって一ヶ月、試しに屋敷の外を見てみないか、と。

 (……眠れるかな)

 まだ完全に体調が戻っていない今のリリィにとって、寝不足というのは大敵なのだ。窓の外にはまだ暗闇が拡がっているから、夜明けすらまだ先だろうに。
 リリィは、目を瞑って何とか寝ようとはしてみるけれど。しかし結局は、日が昇り、シンシアが起こしにくるまで眠ることが出来なかった。


~*~*~*~


 リアル過ぎる悪夢というのは、割とリリィの中でトラウマになっていたらしい。

 朝食のほとんどを食べることは出来たけれど、コップに注がれたたった一杯の水を飲むことが出来なかった。口を付けて飲もうとしても、あの溺れる時の感覚がフラッシュバックしてきて喉がこわばって。
 コップ一杯だけだから、まあいいかと思って残してしまった。

 「お嬢様、足元に気を付けてくださいね」
 「うん。ありがとう、シンシア」

 記憶を取り戻すようになってから、シンシアについても思い出すようになってきた。
 彼女は、子供の頃ずっと自分に寄り添ってくれていた見習いのメイドで。家へ帰ることだって出来たのに、自分が帰ってくるまでルヴェール家で待っていてくれたらしい。まさか、専属の使用人になってくれるなんて思ってもいなかったけれど。

 立派に成長した彼女に支えられながら、ちゃんと下りることが出来るようになった階段を下りて玄関から外へ出る。
 外には馬車が停まっていて、三人の護衛と共にジュードがそこで待っていた。

 「おはようございます、ジュード様」
 「ああ。調子はどうだ、リリィ」
 「まあまあ、ですかね……?」

 寝不足であることは黙っておこう。あまり支障はない……と思いたいけれど。

 「辛くなったら我慢せず言え」
 「はい、勿論です」

 さすがに、そこまで体調を崩すようなことはないだろう。多分。だいぶん体調も安定してきたから、それなりには大丈夫なはずだ。

 「では行こうか」
 「は……は、い」

 差し出された手を、リリィは戸惑いながらも取って。歩き出そうとした時、自分に向けられている視線に気が付いた。それは待機している三人の護衛の内の一人、小柄な青年から向けられていて。

 「あの……」

 リリィはその視線を受け、その場から動けずにいた。護衛はジーッと彼女を頭の先から爪先まで値踏みするように見回しながら、少しずつ近付いてくる。おい、と他の二人が制止しようとしたけれど、止まってはくれなかった。

 「成程ねェ。坊ちゃんやシンシアから話は聞いていたが、成程成程……確かに公子様と同じく、ルヴェール夫妻両方の血を継いでるって感じだ」
 「何を……」

 その視線に耐えられなくなってきた頃、護衛とリリィの間にジュードが入り込んでくる。彼はじっと、睨み見下げていた。

 「ライマー」
 「ライマー……!」

 ジュードの冷たい声と共に、後ろからシンシアの慌てたような声が聞こえてくる。二人は彼を知っているらしいけれど、リリィは知らない。思い出していないだけかもしれなかったけれど、どうやらそうではないらしい。

 「おっと失敬、自己紹介がまだでしたね。オレはライマー。二年前からジュード坊ちゃんの専属護衛を仰せつかっております。よろしくお願いしますね、リリィ・ルヴェール公爵令嬢サマ」

 恭しく頭を下げてはいるものの、どこか飄々とした態度は隠しきれていない。

 「すまない、リリィ。教育は受けさせているんだが、スラム出身の無礼なやつでな」
 「いえ……気にしてないので大丈夫です」

 貴族出身でないということは、その振る舞いからわかった。相手が相手なら怒鳴りつけるどころの騒ぎではないだろうに。

 生真面目なジュードがどうしてそんな男を専属の護衛に置いているかわからないけれど、きっと何か理由があるのだろう。シンシアも知り合いのようだし、何か事情があるのかもしれない。

 「こいつのことは……喋る置き物があると思って、気にしなくていい」
 「えぇ、ひっでぇなァ坊ちゃん」

 ケケケと笑いながらおどけるライマーを、ジュードはよく思っていないらしい。じゃあ本当に、どうして専属の護衛として置いているのだろう。

 「ほらリリィ、行くぞ」

 ライマーのことを半ば無視するように、ジュードはリリィの手を引いた。
 用意されていた馬車は、装飾の少ない質素な木造の馬車だ。〝目立ちたくはないだろう〟という配慮の元らしい。
 ジュードの手を借りながら馬車の中へと乗り込む。少し狭い馬車の中、隣にジュードが、向かいにシンシアが座った。

 「ライマーとはどうやって知り合ったんですか?」

 馬車が走り出した時、興味本位でそう聞いてみる。そうすれば、彼の眉間にシワが寄った。

 「……拾った」
 「拾った……?」

 その経緯を知りたいのだけれど、ジュードはそれ以上のことを答えてくれそうにない。リリィの目の前で、あ、とシンシアが気まずそうに口を開いた。

 「三年前、路地裏で酷い怪我をしていた彼をジュード様の元に運んだんです。それで、そのお礼がしたいから専属の護衛として雇ってほしいと……お嬢様もいなかった上、ルヴェール家では雇うことが出来ないので……」
 「そういう……」

 全ての人間がそうだというわけではないし、ひどい偏見かもしれないけれど、確かに元スラム育ちの人間には信用が出来ないような者もいる。素性も知れない人間を屋敷の中に入れるわけにはいかないけれど、ジュードなら迅速な対処や融通が効くから……らしい。
 二年の間何もないなら、まだ大丈夫なのだろう。

 まあジュードの方は彼のことをあまり好いてはいないようだし、これ以上この話を続けたくはないようだから、リリィもそこでこの話題を切った。
 窓の外に視線を移す。どうやら馬車はルヴェール邸の裏門から出るようで、どうやら本当に目立たない道を行くらしい。

 「あれ……」

 それにしては、とリリィは違和感を覚えた。
 少しだけ街の中も通るのだけれど、あまりにも静か過ぎる。人通りもまばらで、見かける店ほとんど全てが閉まっていて。

 (まだ昼前なんだけど……)

 食堂ならともかく、仕立て屋や花屋まで閉まっている。祭典か何かだろうか。しかしそれにしては静か過ぎて。

 (そういえば今日……お父様もお母様もお兄様も、早くに出かけていったっけ……)

 礼服や式典向けの厳かなドレスや、警察隊の制服に身を包んでいた。

 (やっぱり式典か何か……?)

 だとしたら、ルヴェール家の令嬢として出席しないといけないのだけれど。そう思ったところで馬車は目的の場所へ走り出してしまったし、街は遠ざかっていく。
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