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本編
14.やはり距離感がおかしい主治医
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歓声が上がる中、目の前に転がる二つの首をアンドリューは冷たく見下ろしていた。
その横で処刑の様子を見ていたデイビッドは、身体を震わせるクリスティーを抱き寄せる。こういう場に慣れていないだろうから、無理して来なくていいとは言ったのだけれど。
「怖かったら目を逸らしてもよかったんだよ」
「いえ……あの子の母親である私が、目を背けてはいけませんから」
毅然とした態度ではあるものの青い顔をしている彼女を労いながら、デイビッドも転がる二つの首を睨み付ける。
苦痛の表情を向ける男爵の首が自分達の方を睨み付けているように思えて、その視線から自分の妻をそっと隠した。
ルヴェール家を恨むのはお門違いだろう。恨むなら、自分達の愚かさを恨めばいい。
(地獄で自分達の行いを悔いるがいいさ)
それが、ルヴェール家の怒りに触れたものの末路だ。
~*~*~*~
(……暑い)
考えてみれば当然のことだった。
季節は夏。朝のうちはまだ涼しいけれど、日が高くなるにつれて気温は高くなっていく。まだ完全に回復していない上、寝不足という最悪のコンディションであるリリィの体力は、森林浴を始めてまだ少ししか経っていないにも関わらず予想以上のスピードで奪われていってしまって。
森林浴を楽しめるようにと整備され歩きやすくなっている森の中。しかしそれでも、リリィの足は少しばかり遅くなっていた。
「……平気か?」
横を歩いていたジュードがそう聞いてきたから、リリィは笑顔を貼り付ける。
「え……? え、ええ……大丈夫ですよ」
笑って誤魔化す……ことは出来ているだろうか。正直自信はないけれど、でもまだもう少しくらいは歩ける気がする。
「…………はぁ」
そんな彼女の様子を見ていたジュードは、大きな溜息を一つするとその体を問答無用で抱き上げた。
「えっ!? あの、ちょっと……!」
「体温が上がってる。何が大丈夫だ。倒れる前に休むぞ」
やっぱりバレてしまっていたらしい。医者の目は、どう頑張っても誤魔化せないようだ。
ジュードはリリィを抱き上げたまま大きな木の陰へと移動すると、彼女をゆっくりと下ろし、脱いだベストを敷くとその上に寝かせた。
「ただでさえ今のお前は暑さに弱い。無理して我慢しようとするな」
「ん……ごめんなさい……」
額や頬に触れる彼の手が、ひんやりと冷えていて気持ちがいい。いつもは温かく感じるのに、今はリリィの体の方が熱いようで。
「水筒は渡しただろ? 飲んでいなかったのか?」
「それが……飲めなくて……」
「飲めない?」
訝しげな顔をするジュードに一瞬押し黙る。言っていいものかと悩んだけれど、しかし黙っていたところで彼の追及で打ち明けることになるだろう。リリィは彼から視線を逸らすと、口を開いた。
「少しだけ記憶が戻ってきたんですけど……それが、あの……水中で溺れてしまった時のものだったので……」
一度水筒に口を付けたはいいものの、水を飲もうとすればあのリアルな夢の感覚を思い出してしまって。なんともまあ、他人から見たらくだらない理由でしかないのだけれど。
「お前な……」
ジュードの呆れている声が聞こえてきた。そんな理由で、なんて怒られてしまうだろうか。なんて、そう身構えていたのだけれど。
「どうしてもっと早く言わない?」
そんな、リリィの様子を伺い心配するような声が聞こえてきたのは、本当に予想外だった。
上を見上げれば、やっぱり心配するようにこちらを覗き込んでいるジュードと目が合って。
「記憶が戻るのはいいが、辛い記憶も蘇ってしまうのは考え物だな……」
彼の手が、リリィに気を使うように優しく頬へと触れた。
「とはいえ、水を飲まないままでいると命にまで関わる。特に今は、な」
「は、はい」
それはリリィとてわかっている。気を抜いてしまったことで、目を逸らし続けていた自身の体調が自覚できてしまったのだ。フラフラして、頭が痛くて、ひどく喉が渇いていて。このままではいけないのは、さすがのリリィでもわかる。
しかしやっぱり今は、流れ込んでくる水への恐怖心をどうにか出来そうにないわけで。
「どうすれば……」
「少し我慢していろ」
「え……」
ジュードとの距離が縮まったのは、その腕により抱き起こされたせいだ。
彼は腰に下げていた水筒を手に取った。
「動くなよ」
そう言って水筒を呷る。
リリィには、ジュードが何をしたいのかわかっていない。だから、彼の動向を見ていることしか出来ないわけで。
……だから、彼の顔が自分の方に近付いてくるのも、ただぼーっと見ていることしか出来なかった。
「んぅッ!?」
何が起きているのか、リリィにはわからない。ただ何かに唇が塞がれ、口の中に水が流し込まれていく。少しずつ流し込まれる水を、リリィは恐怖心すら感じる暇もなく飲み込んでいって。
(何、が……)
自分の唇を塞いでいるのは一体何か。
どうしてジュードの顔が目の前に見えているのか。
混乱の最中でそれが何かを、どうしてかを理解しようとして。理解する寸前で流し込まれる全ての水を飲み干して、ジュードの顔が離れた。それと同時に、唇を塞いでいた何かもなくなっていて。
「飲めたか?」
心臓がうるさいくらい鼓動して、照れや恥ずかしさでどうにかなってしまいそうなリリィとは対照的に、彼はなんでもないような顔をしてそう聞いてくる。
「な、なんで……」
「こうでもしないと、飲めなかっただろ?」
そうかもしれないけれど。彼にとっては、応急処置のつもりなのだろうけれど。
再び敷かれたベストの上に寝かされ、彼の体温が離れていく。それなのに、まだ熱い。
「昨日、よく眠れたか?」
「いえ……あ、の……眠れてはいない、です……」
やっぱりジュードの顔色や態度は、何一つ変わっていなかった。彼にとっては、本当になんてことないだったのかもしれない。さすが医者、と言うべきか。
(お医者様でも……そんなことはしないと思うんだけど……!)
まさか、誰彼構わずこんなことをするわけではないだろうに。いや、まさか……
(違う……あれは応急処置……あれは、応急処置……)
そう自分に言い聞かせて。でも、うるさい心音や頬の熱さはおさまらない。
「今は眠っておけ。しばらくしたら起こしてやるから」
(寝られるわけないでしょ……!!)
主に貴方のせいで。なんて言えるわけもなく、リリィはぎゅうと目を瞑った。時々頭を撫でるような気配がして、余計にドキドキして。
ただ、疲労とはすごいもので。いくら眠れるかわからない状況でも、目を瞑っていればいつの間にか眠ってしまうものである。それはリリィも、例外ではなかった。
~*~*~*~
ジュードは、眠ってしまったリリィの頭を優しく撫で続ける。
(厄介な記憶を思い出してしまったな……引きずらなければいいが……)
あの直後もそうだった。
狩猟大会の日だったか。池に落ちて溺れてしまったことがトラウマになって、水を飲めなくなってしまって。
あの時も、脱水症になりかけてしまった彼女に無理矢理水を飲ませたんだったか。今と同じやり方で。
───じ、ジュード……!?
───今、何をしたの……!?
そして、同じような反応をしたんだったか。何年経とうと、記憶が失われていようと、彼女は何も変わらない。
「ッ…………ぅ……」
リリィの寝顔が、僅かに歪んだ。
「ぃ、たい……ッ……」
恐怖や苦痛に震える寝言が聞こえ、ジュードはそっと手を握り額同士を合わせる。
「大丈夫だ。もう、ここにはお前を傷付ける奴はいない」
ちょうど今頃、八年もの間彼女に虐待を続けていた男爵夫妻の処刑が終わった頃だ。使用人達も捕まりつつあり、一人娘のジュスティーヌの捜索も続いている。まだ終わっていないけれど、少しずつ、リリィの心の平穏は取り戻していけるはずだ。
声をかけ続けていれば、彼女は悪夢から逃れることが出来たのだろう。やがて安らかな寝顔へと戻っていく。ポロリと、一粒の宝石が目尻から落ちた。
「……ごめんな、守ってやれなくて」
水の中から引き上げ直ぐに蘇生措置を行ったにも関わらず、中々呼吸を取り戻してくれなかった彼女も。目の前で連れ去られたにも関わらず、追い付くことが出来なかった彼女を乗せた馬車の姿も。
どちらとも、ジュードにとってはトラウマとなって心の中に植え付けられていた。
「今度こそ、は……」
手を離さないと決めたのだ。手を離すと、リリィはどこか連れ戻せない場所へと行ってしまうから。
そう誓う彼女の手を握るジュードの手は、僅かに震えていた。
その横で処刑の様子を見ていたデイビッドは、身体を震わせるクリスティーを抱き寄せる。こういう場に慣れていないだろうから、無理して来なくていいとは言ったのだけれど。
「怖かったら目を逸らしてもよかったんだよ」
「いえ……あの子の母親である私が、目を背けてはいけませんから」
毅然とした態度ではあるものの青い顔をしている彼女を労いながら、デイビッドも転がる二つの首を睨み付ける。
苦痛の表情を向ける男爵の首が自分達の方を睨み付けているように思えて、その視線から自分の妻をそっと隠した。
ルヴェール家を恨むのはお門違いだろう。恨むなら、自分達の愚かさを恨めばいい。
(地獄で自分達の行いを悔いるがいいさ)
それが、ルヴェール家の怒りに触れたものの末路だ。
~*~*~*~
(……暑い)
考えてみれば当然のことだった。
季節は夏。朝のうちはまだ涼しいけれど、日が高くなるにつれて気温は高くなっていく。まだ完全に回復していない上、寝不足という最悪のコンディションであるリリィの体力は、森林浴を始めてまだ少ししか経っていないにも関わらず予想以上のスピードで奪われていってしまって。
森林浴を楽しめるようにと整備され歩きやすくなっている森の中。しかしそれでも、リリィの足は少しばかり遅くなっていた。
「……平気か?」
横を歩いていたジュードがそう聞いてきたから、リリィは笑顔を貼り付ける。
「え……? え、ええ……大丈夫ですよ」
笑って誤魔化す……ことは出来ているだろうか。正直自信はないけれど、でもまだもう少しくらいは歩ける気がする。
「…………はぁ」
そんな彼女の様子を見ていたジュードは、大きな溜息を一つするとその体を問答無用で抱き上げた。
「えっ!? あの、ちょっと……!」
「体温が上がってる。何が大丈夫だ。倒れる前に休むぞ」
やっぱりバレてしまっていたらしい。医者の目は、どう頑張っても誤魔化せないようだ。
ジュードはリリィを抱き上げたまま大きな木の陰へと移動すると、彼女をゆっくりと下ろし、脱いだベストを敷くとその上に寝かせた。
「ただでさえ今のお前は暑さに弱い。無理して我慢しようとするな」
「ん……ごめんなさい……」
額や頬に触れる彼の手が、ひんやりと冷えていて気持ちがいい。いつもは温かく感じるのに、今はリリィの体の方が熱いようで。
「水筒は渡しただろ? 飲んでいなかったのか?」
「それが……飲めなくて……」
「飲めない?」
訝しげな顔をするジュードに一瞬押し黙る。言っていいものかと悩んだけれど、しかし黙っていたところで彼の追及で打ち明けることになるだろう。リリィは彼から視線を逸らすと、口を開いた。
「少しだけ記憶が戻ってきたんですけど……それが、あの……水中で溺れてしまった時のものだったので……」
一度水筒に口を付けたはいいものの、水を飲もうとすればあのリアルな夢の感覚を思い出してしまって。なんともまあ、他人から見たらくだらない理由でしかないのだけれど。
「お前な……」
ジュードの呆れている声が聞こえてきた。そんな理由で、なんて怒られてしまうだろうか。なんて、そう身構えていたのだけれど。
「どうしてもっと早く言わない?」
そんな、リリィの様子を伺い心配するような声が聞こえてきたのは、本当に予想外だった。
上を見上げれば、やっぱり心配するようにこちらを覗き込んでいるジュードと目が合って。
「記憶が戻るのはいいが、辛い記憶も蘇ってしまうのは考え物だな……」
彼の手が、リリィに気を使うように優しく頬へと触れた。
「とはいえ、水を飲まないままでいると命にまで関わる。特に今は、な」
「は、はい」
それはリリィとてわかっている。気を抜いてしまったことで、目を逸らし続けていた自身の体調が自覚できてしまったのだ。フラフラして、頭が痛くて、ひどく喉が渇いていて。このままではいけないのは、さすがのリリィでもわかる。
しかしやっぱり今は、流れ込んでくる水への恐怖心をどうにか出来そうにないわけで。
「どうすれば……」
「少し我慢していろ」
「え……」
ジュードとの距離が縮まったのは、その腕により抱き起こされたせいだ。
彼は腰に下げていた水筒を手に取った。
「動くなよ」
そう言って水筒を呷る。
リリィには、ジュードが何をしたいのかわかっていない。だから、彼の動向を見ていることしか出来ないわけで。
……だから、彼の顔が自分の方に近付いてくるのも、ただぼーっと見ていることしか出来なかった。
「んぅッ!?」
何が起きているのか、リリィにはわからない。ただ何かに唇が塞がれ、口の中に水が流し込まれていく。少しずつ流し込まれる水を、リリィは恐怖心すら感じる暇もなく飲み込んでいって。
(何、が……)
自分の唇を塞いでいるのは一体何か。
どうしてジュードの顔が目の前に見えているのか。
混乱の最中でそれが何かを、どうしてかを理解しようとして。理解する寸前で流し込まれる全ての水を飲み干して、ジュードの顔が離れた。それと同時に、唇を塞いでいた何かもなくなっていて。
「飲めたか?」
心臓がうるさいくらい鼓動して、照れや恥ずかしさでどうにかなってしまいそうなリリィとは対照的に、彼はなんでもないような顔をしてそう聞いてくる。
「な、なんで……」
「こうでもしないと、飲めなかっただろ?」
そうかもしれないけれど。彼にとっては、応急処置のつもりなのだろうけれど。
再び敷かれたベストの上に寝かされ、彼の体温が離れていく。それなのに、まだ熱い。
「昨日、よく眠れたか?」
「いえ……あ、の……眠れてはいない、です……」
やっぱりジュードの顔色や態度は、何一つ変わっていなかった。彼にとっては、本当になんてことないだったのかもしれない。さすが医者、と言うべきか。
(お医者様でも……そんなことはしないと思うんだけど……!)
まさか、誰彼構わずこんなことをするわけではないだろうに。いや、まさか……
(違う……あれは応急処置……あれは、応急処置……)
そう自分に言い聞かせて。でも、うるさい心音や頬の熱さはおさまらない。
「今は眠っておけ。しばらくしたら起こしてやるから」
(寝られるわけないでしょ……!!)
主に貴方のせいで。なんて言えるわけもなく、リリィはぎゅうと目を瞑った。時々頭を撫でるような気配がして、余計にドキドキして。
ただ、疲労とはすごいもので。いくら眠れるかわからない状況でも、目を瞑っていればいつの間にか眠ってしまうものである。それはリリィも、例外ではなかった。
~*~*~*~
ジュードは、眠ってしまったリリィの頭を優しく撫で続ける。
(厄介な記憶を思い出してしまったな……引きずらなければいいが……)
あの直後もそうだった。
狩猟大会の日だったか。池に落ちて溺れてしまったことがトラウマになって、水を飲めなくなってしまって。
あの時も、脱水症になりかけてしまった彼女に無理矢理水を飲ませたんだったか。今と同じやり方で。
───じ、ジュード……!?
───今、何をしたの……!?
そして、同じような反応をしたんだったか。何年経とうと、記憶が失われていようと、彼女は何も変わらない。
「ッ…………ぅ……」
リリィの寝顔が、僅かに歪んだ。
「ぃ、たい……ッ……」
恐怖や苦痛に震える寝言が聞こえ、ジュードはそっと手を握り額同士を合わせる。
「大丈夫だ。もう、ここにはお前を傷付ける奴はいない」
ちょうど今頃、八年もの間彼女に虐待を続けていた男爵夫妻の処刑が終わった頃だ。使用人達も捕まりつつあり、一人娘のジュスティーヌの捜索も続いている。まだ終わっていないけれど、少しずつ、リリィの心の平穏は取り戻していけるはずだ。
声をかけ続けていれば、彼女は悪夢から逃れることが出来たのだろう。やがて安らかな寝顔へと戻っていく。ポロリと、一粒の宝石が目尻から落ちた。
「……ごめんな、守ってやれなくて」
水の中から引き上げ直ぐに蘇生措置を行ったにも関わらず、中々呼吸を取り戻してくれなかった彼女も。目の前で連れ去られたにも関わらず、追い付くことが出来なかった彼女を乗せた馬車の姿も。
どちらとも、ジュードにとってはトラウマとなって心の中に植え付けられていた。
「今度こそ、は……」
手を離さないと決めたのだ。手を離すと、リリィはどこか連れ戻せない場所へと行ってしまうから。
そう誓う彼女の手を握るジュードの手は、僅かに震えていた。
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