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本編
16.様子がおかしい白百合
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「何があった?」
虐められて、果てに怪我をして。庭の隅でうずくまっていれば、どうしてだか彼は来た。
「……何も、ない」
正直ここに来てほしくなかったのは、今の状態を見られたくないからで。
「何もないのに、そんな怪我をしたのか? いいから手当て、を───」
「あ……」
無理矢理腕を引かれ顔を上げさせられれば、驚く彼と目が合った。どうしてそんなに驚いているか、よく考えなくてもわかる。ポロリと、宝石に変わった涙が零れた。
「特異体質者、か……」
「ッ……」
耐えられなくて、リリィは彼から目を逸らす。彼は、何も言わない。
彼は今何を思っているのだろう。自分をどうするつもりだろう。これから、どうしていくつもりだろう。怖くて震えて、この場から逃げたくなって。
彼の手が、腕から離れてしまう。
(叩かれるッ……!)
思い出すのは、さっきまでの光景だった。彼も、あの子供達と一緒だったとしたら。怖くて怖くて、震えて。
でも。次に彼の手が触れたのは、傷が出来て血が流れていた足だった。
「道具や薬がないから、ここでは応急処置しか出来ないが……少し我慢しろ」
「え……」
目を開ければ、今までと何も変わらない態度で傷口にハンカチを巻き付けていて。
「なんで……」
「言っただろう? 今ここに手当が出来る道具も薬も……」
「そうじゃなくてッ……!!」
気持ち悪くないの、なんて。その声は、聞こえるか聞こえないかくらいの小さなものになってしまって。それでもハンカチを結び終えた彼の顔が上がり、リリィと視線を合わせた。
「どんな体質を持っていようと、お前はお前だ」
それに、と。リリィの膝に落ちていた宝石を、彼の指先が拾い上げる。
「俺は綺麗だと思うぞ。涙を流した理由は最悪だがな」
「きッ……!?」
彼の言葉が冗談や嘘ではないとわかってしまうのは、彼が口数は少ないくせに思ったことははっきりと言う性格だと知っているからだ。
予想していなかった言葉に固まっていれば、彼はリリィに背を向けてしゃがむ。
「乗れ」
「あ……」
一瞬、その背中に手を伸ばすかどうか悩んで。しかし結局は、こっちを見て笑ってくれる彼に安心してその背中に乗る。
「……ありがとう」
自分とそんなに変わらない背丈のはずなのに、その背中は大きく感じた。
目を覚ましたリリィは、ぼんやりと朝日が差し込み明るくなったベッドの天蓋を見上げる。
「また、あの子……」
顔も名前もぼやけていて思い出せない、一人の男の子。リリィは最近、その子のことをよく夢に見ていた。
彼は一体誰なのだろうか。
いつか思い出したい。思い出さなきゃいけない。どうしてか、そんな気がして。
~*~*~*~
地下室から助け出されてから五ヶ月。まだ完全に回復したわけではないけれど外に出歩けるようになっていて、両親やアンドリューと共に屋敷の外まで出かける時間が増えた。
今日も両親と、隣町のマーケットまで出かけていたのだけれど。そんな時は大体「ジュードも一緒に」なんて二人が誘うものだから、彼も一緒に来ることが多い。だからまた、ジュードが一緒に来ていて。
「楽しそうだなぁ……」
なんて数メートルくらい前を仲睦まじく並んで歩く、変装しながらもそのオーラは消せない両親を見ながらそう呟く。
「お前は……辛いか?」
「うーん……少し人が多いからちょっとクラクラしますけど、楽しいですよ」
実際、八年もの間外の世界から隔離された地下室にいて、約四ヶ月は療養のために屋敷から出られないでいたのだ。目に入るもの全てが新鮮で、見ていて楽しい。
ただやっぱり人が多かった。デイビッドとクリスティーの二人は変装をしていようと目立つ上、護衛の姿も見えるから見失わないのだけれど。しかしそれでも、人混みに埋もれてしまっている。
一方のリリィはと言えば、〝長い間行方不明だったルヴェール家の令嬢が発見された〟というニュースは流れていたみたいだけれど、その姿を大勢の前に現したわけではないから本格的な変装をしていなくても気付かれない。だから、両親の後ろをジュードと共にゆっくりついて行きながら、マーケットを楽しんでいた。
街の人々の間で流行っているらしいアクセサリー、外国からの珍しい輸入品、可愛く彩られたスイーツ。様々なものに目を取られてしまって。
「あっ、と……」
「はしゃぎ過ぎだ」
ジュードや護衛達からはぐれてしまう寸前で、ジュードによって強く腕を引かれた。
「こうも人が多いと、はぐれてしまっては見付けられない」
「ごめんなさい……」
彼の言う通り、さすがに少しはしゃぎ過ぎてしまった。周りを見ずにフラフラとどこかへ行ってしまったら、両親やジュードにも心配をかけてしまう。それだけは絶対に避けなければ。
(あれ……)
ふと気が付く。腕を掴んでいるジュードの手が、いつまで経っても離れない。それどころかそれはだんだん手の方へと移動してきて、最終的には手が繋がれた。
「じ、ジュード様……? この手は……」
「こうすれば、どうしたってはぐれないだろ?」
確かに強く握られているから、リリィの方から手を離してしまったたとてはぐれることはないだろう。しかし。しかし、だ。
「あの……私のこと、子供だと思ってます?」
いくら八年間地下室に閉じ込められていて、精神年齢は年相応よりは下だと自覚しているとはいえ、だ。そこまで子供ではない……と思いたいのだけれど。
「……お前は、一度はぐれてしまうとどこかへ行ってしまうから」
「えぇ……?」
はぐれてしまうイコールどこかへ行ってしまう、というのは当たり前ではないのか。それはリリィも嫌ではあるけれど。
ぎゅう、と手が強く握られて痛い。
「ジュード様……? 痛いんですけど……」
「あ……あ、ああ。悪い」
そんな謝罪と共に多少力は緩めてくれたものの、やっぱり手は離れなかった。多分、どうしたところで離してはくれないのだろう。
リリィはそのまま、だいぶん離れてしまった両親の後を追うため歩き出した。ジュードも、彼女の歩調に合わせるように歩き出す。
リリィは気にしないように、再びマーケットの様子を見ようとして……しかし、それが出来なかった。
(……落ち着かない)
握られた手に、人混みを歩いているから自然となくなる二人の間の距離。
最近、どうも様子がおかしい。ジュードの距離感のおかしさはいつものことだけれど、どちらかと言えば自分の様子が、だ。
ジュードの傍にいると、どうも落ち着かなくなってしまう。ソワソワして、ドキドキして、顔が熱くなって。
(全部ジュード様のせい……)
こうして手を繋ぐのも、水を口移しで飲ませるのも、不安や恐怖に苛まれた時抱き締めて落ち着かせてくれるのも。彼にとってはなんでもないことなのだろうけれど、その行動はリリィの心に言い知れない感情を募らせていた。
「大丈夫か? 少し休むか?」
そうやって様子が変わったことに気が付いて、心配して声をかけてくれるのも。
「……大丈夫ですよ」
大丈夫なわけがないじゃないか。全部全部、貴方のせいなのに。
あれだけ目移りするくらい興味が引かれる物で溢れかえっていたはずのマーケットに、もう視線すら向かなくなってしまった。
ただ誤魔化すように視線をあちこちに動かして。そして、そこでふと気が付く。
人混みの中に佇む、ローブを目深にかぶった人影の存在を。その人物の目が、ローブの奥からこちらを睨み付けているのを。
「えっ……」
目が合ってしまった。足を、止めてしまった。
途端、その人物は勢いよくリリィの方へと駆け出してくる。
「マイン! お前よくもッ……!」
もう呼ばれることがないだろうと思っていた名前を叫びながら一直線に駆けてくるその人物の手には、鋭く光るナイフが握られていて。
リリィは、その場から動くことが出来なかった。
虐められて、果てに怪我をして。庭の隅でうずくまっていれば、どうしてだか彼は来た。
「……何も、ない」
正直ここに来てほしくなかったのは、今の状態を見られたくないからで。
「何もないのに、そんな怪我をしたのか? いいから手当て、を───」
「あ……」
無理矢理腕を引かれ顔を上げさせられれば、驚く彼と目が合った。どうしてそんなに驚いているか、よく考えなくてもわかる。ポロリと、宝石に変わった涙が零れた。
「特異体質者、か……」
「ッ……」
耐えられなくて、リリィは彼から目を逸らす。彼は、何も言わない。
彼は今何を思っているのだろう。自分をどうするつもりだろう。これから、どうしていくつもりだろう。怖くて震えて、この場から逃げたくなって。
彼の手が、腕から離れてしまう。
(叩かれるッ……!)
思い出すのは、さっきまでの光景だった。彼も、あの子供達と一緒だったとしたら。怖くて怖くて、震えて。
でも。次に彼の手が触れたのは、傷が出来て血が流れていた足だった。
「道具や薬がないから、ここでは応急処置しか出来ないが……少し我慢しろ」
「え……」
目を開ければ、今までと何も変わらない態度で傷口にハンカチを巻き付けていて。
「なんで……」
「言っただろう? 今ここに手当が出来る道具も薬も……」
「そうじゃなくてッ……!!」
気持ち悪くないの、なんて。その声は、聞こえるか聞こえないかくらいの小さなものになってしまって。それでもハンカチを結び終えた彼の顔が上がり、リリィと視線を合わせた。
「どんな体質を持っていようと、お前はお前だ」
それに、と。リリィの膝に落ちていた宝石を、彼の指先が拾い上げる。
「俺は綺麗だと思うぞ。涙を流した理由は最悪だがな」
「きッ……!?」
彼の言葉が冗談や嘘ではないとわかってしまうのは、彼が口数は少ないくせに思ったことははっきりと言う性格だと知っているからだ。
予想していなかった言葉に固まっていれば、彼はリリィに背を向けてしゃがむ。
「乗れ」
「あ……」
一瞬、その背中に手を伸ばすかどうか悩んで。しかし結局は、こっちを見て笑ってくれる彼に安心してその背中に乗る。
「……ありがとう」
自分とそんなに変わらない背丈のはずなのに、その背中は大きく感じた。
目を覚ましたリリィは、ぼんやりと朝日が差し込み明るくなったベッドの天蓋を見上げる。
「また、あの子……」
顔も名前もぼやけていて思い出せない、一人の男の子。リリィは最近、その子のことをよく夢に見ていた。
彼は一体誰なのだろうか。
いつか思い出したい。思い出さなきゃいけない。どうしてか、そんな気がして。
~*~*~*~
地下室から助け出されてから五ヶ月。まだ完全に回復したわけではないけれど外に出歩けるようになっていて、両親やアンドリューと共に屋敷の外まで出かける時間が増えた。
今日も両親と、隣町のマーケットまで出かけていたのだけれど。そんな時は大体「ジュードも一緒に」なんて二人が誘うものだから、彼も一緒に来ることが多い。だからまた、ジュードが一緒に来ていて。
「楽しそうだなぁ……」
なんて数メートルくらい前を仲睦まじく並んで歩く、変装しながらもそのオーラは消せない両親を見ながらそう呟く。
「お前は……辛いか?」
「うーん……少し人が多いからちょっとクラクラしますけど、楽しいですよ」
実際、八年もの間外の世界から隔離された地下室にいて、約四ヶ月は療養のために屋敷から出られないでいたのだ。目に入るもの全てが新鮮で、見ていて楽しい。
ただやっぱり人が多かった。デイビッドとクリスティーの二人は変装をしていようと目立つ上、護衛の姿も見えるから見失わないのだけれど。しかしそれでも、人混みに埋もれてしまっている。
一方のリリィはと言えば、〝長い間行方不明だったルヴェール家の令嬢が発見された〟というニュースは流れていたみたいだけれど、その姿を大勢の前に現したわけではないから本格的な変装をしていなくても気付かれない。だから、両親の後ろをジュードと共にゆっくりついて行きながら、マーケットを楽しんでいた。
街の人々の間で流行っているらしいアクセサリー、外国からの珍しい輸入品、可愛く彩られたスイーツ。様々なものに目を取られてしまって。
「あっ、と……」
「はしゃぎ過ぎだ」
ジュードや護衛達からはぐれてしまう寸前で、ジュードによって強く腕を引かれた。
「こうも人が多いと、はぐれてしまっては見付けられない」
「ごめんなさい……」
彼の言う通り、さすがに少しはしゃぎ過ぎてしまった。周りを見ずにフラフラとどこかへ行ってしまったら、両親やジュードにも心配をかけてしまう。それだけは絶対に避けなければ。
(あれ……)
ふと気が付く。腕を掴んでいるジュードの手が、いつまで経っても離れない。それどころかそれはだんだん手の方へと移動してきて、最終的には手が繋がれた。
「じ、ジュード様……? この手は……」
「こうすれば、どうしたってはぐれないだろ?」
確かに強く握られているから、リリィの方から手を離してしまったたとてはぐれることはないだろう。しかし。しかし、だ。
「あの……私のこと、子供だと思ってます?」
いくら八年間地下室に閉じ込められていて、精神年齢は年相応よりは下だと自覚しているとはいえ、だ。そこまで子供ではない……と思いたいのだけれど。
「……お前は、一度はぐれてしまうとどこかへ行ってしまうから」
「えぇ……?」
はぐれてしまうイコールどこかへ行ってしまう、というのは当たり前ではないのか。それはリリィも嫌ではあるけれど。
ぎゅう、と手が強く握られて痛い。
「ジュード様……? 痛いんですけど……」
「あ……あ、ああ。悪い」
そんな謝罪と共に多少力は緩めてくれたものの、やっぱり手は離れなかった。多分、どうしたところで離してはくれないのだろう。
リリィはそのまま、だいぶん離れてしまった両親の後を追うため歩き出した。ジュードも、彼女の歩調に合わせるように歩き出す。
リリィは気にしないように、再びマーケットの様子を見ようとして……しかし、それが出来なかった。
(……落ち着かない)
握られた手に、人混みを歩いているから自然となくなる二人の間の距離。
最近、どうも様子がおかしい。ジュードの距離感のおかしさはいつものことだけれど、どちらかと言えば自分の様子が、だ。
ジュードの傍にいると、どうも落ち着かなくなってしまう。ソワソワして、ドキドキして、顔が熱くなって。
(全部ジュード様のせい……)
こうして手を繋ぐのも、水を口移しで飲ませるのも、不安や恐怖に苛まれた時抱き締めて落ち着かせてくれるのも。彼にとってはなんでもないことなのだろうけれど、その行動はリリィの心に言い知れない感情を募らせていた。
「大丈夫か? 少し休むか?」
そうやって様子が変わったことに気が付いて、心配して声をかけてくれるのも。
「……大丈夫ですよ」
大丈夫なわけがないじゃないか。全部全部、貴方のせいなのに。
あれだけ目移りするくらい興味が引かれる物で溢れかえっていたはずのマーケットに、もう視線すら向かなくなってしまった。
ただ誤魔化すように視線をあちこちに動かして。そして、そこでふと気が付く。
人混みの中に佇む、ローブを目深にかぶった人影の存在を。その人物の目が、ローブの奥からこちらを睨み付けているのを。
「えっ……」
目が合ってしまった。足を、止めてしまった。
途端、その人物は勢いよくリリィの方へと駆け出してくる。
「マイン! お前よくもッ……!」
もう呼ばれることがないだろうと思っていた名前を叫びながら一直線に駆けてくるその人物の手には、鋭く光るナイフが握られていて。
リリィは、その場から動くことが出来なかった。
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