【完結】虐げられてきた白百合が、その一途な溺愛に気付くまで

五蕾 明日花

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本編

21.専属護衛から見る、白百合の婚約者

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 リリィ・ルヴェールと初めて会ったあの日から、自分の雇い主であるジュードとの関係は、主治医と患者なんて生ぬるいものじゃないことくらい気付いていた。

 「……シンシアからでも聞き出したか?」
 「オレがそんな野暮なことする性格じゃないの、坊っちゃんも知ってるでしょ?」

 ライマーは、気になったことはとことん追求する性格だった。だから、貴族社会に隠れた裏の社会で流通していた大量の宝石から、あの男爵家を突き止めることだって出来たわけで。
 今回も、それと同じことをしただけだ。

 「ジュード・クラークとルヴェール家公爵令嬢が婚約者だって情報は、まァ早く掴みましたよ。成程ねェ。通りで口移しとか、同じベッドで抱き合って寝るなんて出来るわけだ」
 「覗きとは悪趣味だな」
 「悪ィねぇ、坊っちゃん。覗き見は、情報屋必須のスキルなんでさ。ああ、オレァ空気が読める男なんで、坊っちゃんが覗かれたくないアレソレは別に見ませんから安心してくださいよ」

 雇い主の情事なんて、特別見たくもない。

 「ところでねぇ、どうしてリリィ・ルヴェール嬢には伝えてないんです? あの様子だと、今の彼女はなぁんにも知らないんでしょ?」

 長期間与えられていた毒によって、彼女の記憶は消されていると聞いた。となれば当然、ジュードが自身の婚約者だったという事実も忘れているということになるだろう。

 「毒が体内から全て抜ければ、リリィは全ての記憶を取り戻す。それに、記憶がなくなっているのにあれこれと言われたら混乱するだろう?」

 さも当然といったようにジュードは答えた。きっとそれは、リリィの主治医としての見解なのだろう。しかしライマーには、もっと別の、隠された理由がある気がするのだ。
 〝混乱させたくない〟なんていう言葉の割にリリィに対するジュードの言動は、彼女を混乱させてしまうものばかりだったじゃないか。

 「本当に?」

 真意を聞き出そうとしたのは、本当に興味本位だ。好奇心は猫を殺す、なんて言葉がどこかの国には存在するらしいけれど。相手がジュードでなければ、きっとその殺気を直接向けられ殺されていたかもしれない。

 「何が言いたい?」

 自分を近付けさせまいとする、殺気を孕んだ目。しかしその瞳が微かに揺れていることに、ライマーは気が付いていた。これまで幾度となく見た、人が何かを隠している時にする微かな変化だ。
 追及すれば、それはジュードの弱みとなるだろう。しかしまあ、そんなことをすれば本当に殺されてしまうかもしれない。

 「いいや? なんでも」
 「要件が終わったならさっさと行け。余計なことを探る必要はない」

 冷たいねェ、なんて言いながらライマーはジュードの部屋を後にした。
 彼の他人に対する態度なんてあんなものだ。冷たく、鋭く、他人を寄せつけない。むしろ、リリィに見せるあの表情や態度の方がライマーからすれば異常なものなのだ。


~*~*~*~


 (本当に、どうやってあの〝氷のような冷たい男〟をそこまで懐柔させたか、オレのが知りてぇよ)

 中庭で植えられた花々をゆったり眺めるジュードとリリィを見ながら、そんなことを思う。
 ジュスティーヌの襲撃により不安定に戻ってしまったリリィの体調は、また少しずつ回復してきていて。また少しずつ、外へも出られるようになっていた。

 思えば、だ。こうしたリハビリにジュードがついていたのは、主治医としての付き添いではなく、婚約者としてのエスコートだったのだろう。
 ライマーや他の人間に向けられる冷たい表情は、やっぱりリリィの前だと影も形もない。ふわりと笑う柔らかい表情なんて、どうしてあの男が出来るのか。

 (つーか、さァ……)

 ライマーは次いで、リリィの方へと視線を向けた。

 (リリィ・ルヴェール嬢も、今の状態でも、もう坊っちゃんのこと好きだろありゃ)

 ジュードに手を引かれて歩く時も、まだ少しふらつく足がもつれて転びそうになったのをジュードに支えられる時も。顔を赤らめ、もじ、と彼から顔を逸らしている。そんなの、なんとも思っていない相手に対する表情でもないだろうに。

 (坊っちゃんのことはなぁんも覚えてねェはずなのに、あんなにころっと落ちまうとはなぁ……)

 逆に、落ちるなという方が無理なのかもしれない。口移しで水を飲まされたり、悪夢に魘された時抱き締められて優しく慰められたり、刃物を向けられて命を狙われた時守られたり……なんて、普通なら勘違いしてしまうだろうに。リリィの場合は、なんら勘違いではないのだけれど。

 (案外、坊っちゃんの確信犯だったりしてな)

 そんなわけないか、なんて思えないところがジュードにはある。策略家で、時として手段を選ばない性格でもあるからだ。

 医者としての腕も良く、そして世を渡ることにも長けている。そんなだから、リリィが連れ去られてから八年という短い期間で〝あんな場所〟まで這い上がれたのだろう。全ては婚約者である彼女のため、なんて怖い男だ。
 シンシア曰く、リリィが連れ去られてからしばらくは〝婚約者を守れなかった無能〟なんて不名誉な噂が流れていたらしいのに。ライマーが彼の専属護衛として雇われ始めた頃には、そんな噂は影も形もなくなっていた。

 (まるで、ルヴェール公爵みたいじゃァないか)

 国一の劇場のその花形女優に一目惚れし、周りの反対意見を全てねじ伏せるために公爵という立場まで這い上がった問題児、デイビッド・ルヴェール。
 ジュード自身の家族やその親族はそこまで爵位や地位にこだわる方ではなかったと聞くのに、ジュード本人があそこまでの躍進を見せるようにまでなったのは、婚約者の父親の背中を見過ぎたからだろうか。

 (執着心の強い男っつーのは、怖ェもんだ)

 何をしでかすかわかったもんじゃない。
 ……まあ、ライマーとて人のことは言えないのだけれど。

 「あら? 来てくれたのねライマー」

 ふわふわとした声が聞こえ、その方を見る。仕事を終えたシンシアが、中庭へと歩いてきたらしい。

 「まぁな」

 彼女に会いたいから、彼女の顔を少しでも見たいから……なんて理由が大半を占めていた。しかしまあ、自分にはやらなければいけない任務もある。それに何より、ライマーを完全には信用していない雇い主は自身の婚約者に近付けたくないようだから、あまりここには来れない。
 ジュードから突き付けられる無理難題に応えようとしているのも、少しでも信用と信頼を勝ち取ってここに来たいから……という理由がないわけではない。

 「……婚約関係だったんだな、あの二人」

 まあ、そんなことはおくびにも出さずそうして口を開いた。

 「ええ、そうよ。ジュード様はね、昔からお嬢様を大切にしてくださっているの」

 自分の主のことなのに、まるで自分のことのようにジュードとリリィが並ぶ姿を喜んでいて。そして幸せそうに眺めていた。

 「ジュード様が立派なお医者様になってから、何人もの令嬢から婚約してほしいと申し出があったらしいわ。それでもそれを断って、お嬢様を探し続けてくださったの。八年よ、八年。信じられる?」

 そういえば、そんな話を何回か聞いた覚えがある。あまり信用されていないライマーにはそんな詳しい事情は伝えられないのだけれど、それでも屋敷の使用人達の噂話は聞こえてくるのだ。

 「ジュード様はね、お嬢様のことを深く愛してくださっているの。お嬢様も、早くジュード様のことを思い出してくださるといいのだけど……」
 「なに、リリィお嬢サマの体からは着実に毒が抜けてきてんだ。時期に思い出すさ」
 「そうだといいのだけれど……」

 シンシアは、寂しそうに笑った。
 大丈夫、すぐに元に戻るだろう。この時ライマーはそう確信していたし、デイビッドをはじめとした屋敷の住人達もそうなるだろうと思っていたのだ。


 ……しかしまあ、邪魔者の存在がある以上、そう上手くはいってくれなかった。
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