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本編
22.恋煩いの白百合
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今のリリィは、〝恋〟や〝好き〟というものを知らない。
〝昔昔あるところに〟なんて文章から始まる色々な国の御伽噺の、そのヒロイン達が抱える恋心。それを、リリィはあまり理解することが出来なかった。
父であるデイビッドや、母であるクリスティーや、兄であるアンドリュー。彼らのことが好きかと聞かれたら、リリィは迷わず「好き」と答える。しかしそれは決して、〝恋〟ではない。
専属のメイドであるシンシアが好きかと聞かれたら、やっぱり迷わず「好き」と答える。しかしやっぱりそれも、〝恋〟というものではないだろう。
では、主治医であるジュードは?
彼に対して「好き」と答えるには、自分の家族や、近しい人達に対して「好き」と答える時とは違う……なんというか、むず痒さがあるのだ。
自問自答をする時でさえ変に照れてしまうのに、それを本人に直接伝えようとしたら……考えるだけでも恥ずかしくて、照れてしまう。
「す、き……」
口にしてみて、やっぱり恥ずかしくなって枕に顔を埋めた。心臓がドキドキと大きい音を立てて、頬が熱くなる。
明らかに、他の人達に対する〝好き〟の感情とは違って。
「お嬢様、入りますよ~」
のんびりとしたシンシアの声が、扉の向こうから聞こえる。それに答えられないくらいには、今は余裕がなかった。
「お嬢様……? あの、大丈夫ですか?」
扉が開く音が聞こえ、シンシアの足音が心配そうな声と共に部屋の中へと入ってくる。
「……大丈夫じゃない」
「具合、悪いですか? もう少しでジュード様も到着されると思いますが……お辛いのであれば、薬を……」
「ジュード様、今日も来るの……?」
シンシアの言葉を遮ってしまったその声は、自分で思ったよりも嫌そうになってしまって。シンシアは目を大きく見開いた。
「え、ええ……何かありました……?」
「……んーん、何もない……けど……」
ジュードと特別何かあったわけではないし、この場合彼は何も関係がない。強いて言うなら、リリィ自身の問題だ。素直に打ち明けるのは、やっぱり気恥しい……けれど。
リリィはベッドから起き上がり、シンシアをじっと見る。
「ねえ、シンシア……好きだよ」
「へっ!?」
突然の告白に驚く彼女をぎゅうっと抱き締めた。ふんわりと柔らかい体は抱き心地が良くて、温かくて、幸せになれて。でも、やっぱりそれはジュード相手に感じるものとは違った。
「本当に好きなんだよ? シンシアは、ずっとずっと前から私の大切な人で……でも、違うの」
「違う……?」
「きっとジュード様には、こんなこと出来ないよ……すごくドキドキして、恥ずかしくて……多分、無理……」
「まあ……! ふふふっ」
割と真剣に悩んでいるのだ。でもシンシアは、どこか嬉しそうに笑って。
「〝好き〟という感情には、色々な種類があるのです。家族に対する〝好き〟、友人に対する〝好き〟……そして、想い人に対する〝好き〟」
「想い人……」
やっぱりそうなのだろうか。今のリリィにはよくわからない。
「記憶が戻れば、お嬢様にもきっとわかると思いますよ~」
嬉しそうな声と共に、シンシアのふくふくとした腕が背中に回ってくる。ポンポンと背中を撫でられ、温かくて安心して。
「シンシアも……誰かにこう感じることはある……?」
「うーん……残念ながら、私はまだ……いつかそういう方に会えるといいのですが……」
彼女は、少し困ったように眉を下げて笑う。でも、と。そう笑うその笑顔は花が咲くようで。
「ありがとうございます、お嬢様。私も、お嬢様が大好きですよ。あの時から、私の、何よりも大切な方なんです」
「あ……ありがとう、シンシア……」
面と向かってそう言われると、照れ臭くて恥ずかしくなってしまう。
しばらくそうして二人で抱き合って、やがてシンシアは少しだけ体を離した。
「ジュード様がお見えになる前に、朝食とお着替えを済ませてしまいましょう。私、今日は張り切っちゃいますよ~!」
「えっ……う、うん? お願い……?」
彼女が、一体何に張り切ろうとしているのかわからない。ただ何もわからないまま、なされるがままに彼女の言うことに従って。
シンシアが上機嫌で着替えや髪のセットを手伝ってくれていた理由が、「出来ましたよ~! カンペキです!」なんて彼女が言った時に見た鏡に映る自分の姿でようやく判明した。
~*~*~*~
「は……」
部屋に入ってきたジュードは、リリィの姿を見るなり固まる。彼のその反応で、更にこの場から逃げたくなってしまった。
普段は梳かすだけの髪は綺麗に編み込まれ、綺麗な髪飾りなんて付けられている。いつもは簡素なドレスを選んでもらえるのに、今日はシンプルとはいえ上品なレースやフリルなんかがあしらわれているものを着させられて。
「……シンシア、が」
自分の意思でこういう格好をしたのではないと、目を逸らしながら告げる。
自分からは、こういう格好なんて出来ない。だってまだ、だいぶんまともになってきたとはいえ髪はまだツヤやハリもないし、ドレスから伸びる手足はまだまだ貧弱で細い。シンシアのことは信頼しているけれど、どうしたって今の自分に似合っているとは思えないのだ。
「…………あんまり見ないでください」
服に着られている気がして恥ずかしいから、あんまりそうまじまじと見ないでほしい……なんて。
「そんな顔をするな」
顔を俯けているリリィの頭に、ジュードの手がふわりと乗った。
「似合ってる」
「う、嘘です……」
そんなの、嘘か気遣いのどちらかに決まっている。余計に恥ずかしくなって、また顔を俯けて。そうしたまま顔を上げられないでいれば、ジュードがくすりと笑う声が聞こえた。
「そうしているのも勿体ないだろう?」
「えっ……ちょ、っと……!」
声が近付いて来たかと思えば、問答無用で抱き上げられてしまう。いつもなら、そのまま用意されている車椅子に乗せられるのだけれど。どうしてだか今日は、そのまま使用人によって開けられた扉から部屋を出てしまって。
「ちょっと、ジュード様……!?」
「たまにはこういうするのもいいだろう?」
「な、なん……」
何が、いい、のかわからない。
わからない、けれど。しかしこんなことをされてしまえば、落ち着かないのはリリィの方だ。
細身でいてがっしりとした腕に支えられ、服越しに彼の体温が伝わってくる程に体が密着して。なにより、すぐ近くに彼の顔がある。
(うるさい……)
心臓の音が、いやに大きく聞こえる。顔が熱くなって、恥ずかしくて、照れ臭くて。
視界の端に、こちらを微笑ましげに眺める使用人やメイド達が見える時がある所為か、余計に恥ずかしくなる。
それだけ落ち着かない空間にいるのに、〝離れたくない〟なんて思ってしまうなんて。
───〝好き〟という感情には、色々な種類があるのです。
───家族に対する〝好き〟、友人に対する〝好き〟……
───……そして、想い人に対する〝好き〟
(……好き)
やっぱりそうなんだろうか。自分が抱く、彼に対する感情は。
無意識に、リリィはジュードにしがみつく手に力がこもっていた。それで余計に二人の体が密着してしまっていることに、リリィ本人は気付かない。
顔を俯けてしまっているから、自分を見るジュードの表情がどこか微笑ましげだということにも気付くことはない。
〝昔昔あるところに〟なんて文章から始まる色々な国の御伽噺の、そのヒロイン達が抱える恋心。それを、リリィはあまり理解することが出来なかった。
父であるデイビッドや、母であるクリスティーや、兄であるアンドリュー。彼らのことが好きかと聞かれたら、リリィは迷わず「好き」と答える。しかしそれは決して、〝恋〟ではない。
専属のメイドであるシンシアが好きかと聞かれたら、やっぱり迷わず「好き」と答える。しかしやっぱりそれも、〝恋〟というものではないだろう。
では、主治医であるジュードは?
彼に対して「好き」と答えるには、自分の家族や、近しい人達に対して「好き」と答える時とは違う……なんというか、むず痒さがあるのだ。
自問自答をする時でさえ変に照れてしまうのに、それを本人に直接伝えようとしたら……考えるだけでも恥ずかしくて、照れてしまう。
「す、き……」
口にしてみて、やっぱり恥ずかしくなって枕に顔を埋めた。心臓がドキドキと大きい音を立てて、頬が熱くなる。
明らかに、他の人達に対する〝好き〟の感情とは違って。
「お嬢様、入りますよ~」
のんびりとしたシンシアの声が、扉の向こうから聞こえる。それに答えられないくらいには、今は余裕がなかった。
「お嬢様……? あの、大丈夫ですか?」
扉が開く音が聞こえ、シンシアの足音が心配そうな声と共に部屋の中へと入ってくる。
「……大丈夫じゃない」
「具合、悪いですか? もう少しでジュード様も到着されると思いますが……お辛いのであれば、薬を……」
「ジュード様、今日も来るの……?」
シンシアの言葉を遮ってしまったその声は、自分で思ったよりも嫌そうになってしまって。シンシアは目を大きく見開いた。
「え、ええ……何かありました……?」
「……んーん、何もない……けど……」
ジュードと特別何かあったわけではないし、この場合彼は何も関係がない。強いて言うなら、リリィ自身の問題だ。素直に打ち明けるのは、やっぱり気恥しい……けれど。
リリィはベッドから起き上がり、シンシアをじっと見る。
「ねえ、シンシア……好きだよ」
「へっ!?」
突然の告白に驚く彼女をぎゅうっと抱き締めた。ふんわりと柔らかい体は抱き心地が良くて、温かくて、幸せになれて。でも、やっぱりそれはジュード相手に感じるものとは違った。
「本当に好きなんだよ? シンシアは、ずっとずっと前から私の大切な人で……でも、違うの」
「違う……?」
「きっとジュード様には、こんなこと出来ないよ……すごくドキドキして、恥ずかしくて……多分、無理……」
「まあ……! ふふふっ」
割と真剣に悩んでいるのだ。でもシンシアは、どこか嬉しそうに笑って。
「〝好き〟という感情には、色々な種類があるのです。家族に対する〝好き〟、友人に対する〝好き〟……そして、想い人に対する〝好き〟」
「想い人……」
やっぱりそうなのだろうか。今のリリィにはよくわからない。
「記憶が戻れば、お嬢様にもきっとわかると思いますよ~」
嬉しそうな声と共に、シンシアのふくふくとした腕が背中に回ってくる。ポンポンと背中を撫でられ、温かくて安心して。
「シンシアも……誰かにこう感じることはある……?」
「うーん……残念ながら、私はまだ……いつかそういう方に会えるといいのですが……」
彼女は、少し困ったように眉を下げて笑う。でも、と。そう笑うその笑顔は花が咲くようで。
「ありがとうございます、お嬢様。私も、お嬢様が大好きですよ。あの時から、私の、何よりも大切な方なんです」
「あ……ありがとう、シンシア……」
面と向かってそう言われると、照れ臭くて恥ずかしくなってしまう。
しばらくそうして二人で抱き合って、やがてシンシアは少しだけ体を離した。
「ジュード様がお見えになる前に、朝食とお着替えを済ませてしまいましょう。私、今日は張り切っちゃいますよ~!」
「えっ……う、うん? お願い……?」
彼女が、一体何に張り切ろうとしているのかわからない。ただ何もわからないまま、なされるがままに彼女の言うことに従って。
シンシアが上機嫌で着替えや髪のセットを手伝ってくれていた理由が、「出来ましたよ~! カンペキです!」なんて彼女が言った時に見た鏡に映る自分の姿でようやく判明した。
~*~*~*~
「は……」
部屋に入ってきたジュードは、リリィの姿を見るなり固まる。彼のその反応で、更にこの場から逃げたくなってしまった。
普段は梳かすだけの髪は綺麗に編み込まれ、綺麗な髪飾りなんて付けられている。いつもは簡素なドレスを選んでもらえるのに、今日はシンプルとはいえ上品なレースやフリルなんかがあしらわれているものを着させられて。
「……シンシア、が」
自分の意思でこういう格好をしたのではないと、目を逸らしながら告げる。
自分からは、こういう格好なんて出来ない。だってまだ、だいぶんまともになってきたとはいえ髪はまだツヤやハリもないし、ドレスから伸びる手足はまだまだ貧弱で細い。シンシアのことは信頼しているけれど、どうしたって今の自分に似合っているとは思えないのだ。
「…………あんまり見ないでください」
服に着られている気がして恥ずかしいから、あんまりそうまじまじと見ないでほしい……なんて。
「そんな顔をするな」
顔を俯けているリリィの頭に、ジュードの手がふわりと乗った。
「似合ってる」
「う、嘘です……」
そんなの、嘘か気遣いのどちらかに決まっている。余計に恥ずかしくなって、また顔を俯けて。そうしたまま顔を上げられないでいれば、ジュードがくすりと笑う声が聞こえた。
「そうしているのも勿体ないだろう?」
「えっ……ちょ、っと……!」
声が近付いて来たかと思えば、問答無用で抱き上げられてしまう。いつもなら、そのまま用意されている車椅子に乗せられるのだけれど。どうしてだか今日は、そのまま使用人によって開けられた扉から部屋を出てしまって。
「ちょっと、ジュード様……!?」
「たまにはこういうするのもいいだろう?」
「な、なん……」
何が、いい、のかわからない。
わからない、けれど。しかしこんなことをされてしまえば、落ち着かないのはリリィの方だ。
細身でいてがっしりとした腕に支えられ、服越しに彼の体温が伝わってくる程に体が密着して。なにより、すぐ近くに彼の顔がある。
(うるさい……)
心臓の音が、いやに大きく聞こえる。顔が熱くなって、恥ずかしくて、照れ臭くて。
視界の端に、こちらを微笑ましげに眺める使用人やメイド達が見える時がある所為か、余計に恥ずかしくなる。
それだけ落ち着かない空間にいるのに、〝離れたくない〟なんて思ってしまうなんて。
───〝好き〟という感情には、色々な種類があるのです。
───家族に対する〝好き〟、友人に対する〝好き〟……
───……そして、想い人に対する〝好き〟
(……好き)
やっぱりそうなんだろうか。自分が抱く、彼に対する感情は。
無意識に、リリィはジュードにしがみつく手に力がこもっていた。それで余計に二人の体が密着してしまっていることに、リリィ本人は気付かない。
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