【完結】虐げられてきた白百合が、その一途な溺愛に気付くまで

五蕾 明日花

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本編

25.専属護衛から見る、荒れる雇い主

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 「……アルバート様」

 街の路地裏で待っていれば、赤髪のメイドがこそりと物陰から顔を出す。

 「ああ、ご苦労様。誰にもバレてはいないよね?」
 「はい……大丈夫です」

 周りを見回しても、彼女以外に人の気配はない。

 「そうみたいだね。それで……今回も上手くいったのかな?」
 「はい、持ってまいりました」

 彼女から差し出されたのは、小さな麻の袋だ。それを受け取り、逸る気持ちで紐を解く。中に入っていたのは、所望していた通りの小さな宝石達だった。
 ガス灯の明かりに照らされ輝く宝石達に、アルバートはうっとりと顔を蕩けさせる。

 「ああ、ああ! やっぱり綺麗だ……!」

 少しずつ手元に戻ってきてくれる彼女の痕跡達。
 今は少量だけれど仕方ない。何、もう少しで全てが取り戻せるのだから。

 「ありがとう、よくやったよ。君は、あのジュスティーヌよりも優秀なようだ」

 ジュスティーヌは、自分の命に背いて彼女を殺そうとしたのだから。自分の言うことなら大人しく言うことを聞いてくれるだろうと思っていたのだけれど、とんだ思い違いだった。
 そんなジュスティーヌの処刑は、明日の正午きっかりに行われる。ルヴェール家の人間も全て出払ってしまうことは、事前に赤毛のメイドが報告してくれた。
 つまり、取り戻すなら明日が絶好のチャンスなのだ。

 「明日は事前に伝えた通りに。どんなトラブルがあったとしても、君なら乗り越えてくれると信じているよ。だから君を選んだのだから」
 「あの…………いえ……はい、わかりました、アルバート様」

 何か言いたげなメイドは、しかし口を噤み頷いた。

 「ふふっ……ああ、期待しているよ」

 また明日ね、と。アルバートは手を振って背を向ける。
 赤毛のメイドは頭を深々と下げて見送り、主君の背中が見えなくなったのを確認すると、元来た道を急ぎ足で戻っていった。


~*~*~*~


 雇い主の執務室へと入れば、呼び出した当の本人は不機嫌そうに仕事机へと向かい、カリカリと書類に万年筆を走らせていた。

 (おーおー、荒れてんねェ)

 二日前にシンシアを経由して伝えられたリリィの、〝ジュード様には会いたくない〟の言葉。
 彼女も随分と精神的に不安定になっている様子だというのを伝え聞いて、ある程度落ち着くまでは会うのを控えるということにはなったのだけれど。昨日も一昨日も、使用人や部下達が怯えてしまう程には不機嫌なオーラを放っていた。

 (まァ、仕方ねェよな)

 ジュード本人には、避けられる心当たりなんて勿論ない。
 またルヴェール家からの報告によれば、会いたくないと言っていたリリィ本人はジュードと会えないことで憔悴しきっている様子らしい。
 となれば彼女は、第三者と何かがあってそう言ってきたらしい。

 ジュードが何に対して苛立っているかと言えば、そんな正体不明の第三者に対してだろうか。

 (ったく、こんな時だってのに……)

 ルヴェール家内で不審な動きをする者がいる。そんな報告が上がってきている中、明日はあの男爵令嬢が処刑されるにあたりルヴェール夫妻とアンドリューは屋敷を空けなければいけないというのに。

 「いつまでそうして突っ立ってるつもりだ?」

 不機嫌そうなジュードの顔が書類の方から上がってきて、ライマーを睨み付けてくる。

 「報告することがあるなら早くしろ」

 いつも以上に温度が低く鋭い声ではあるけれど、いつもより覇気がないのはライマーの気のせいではないのだろう。他の人間が気付いているかはわからないけれど。

 「はいよ」

 まあ、それを指摘したら指摘したで不機嫌度合いが増すだけのデメリットしかないのでやらない。しかしそれはそれで面白そうではあるのだ。まあ、本当にそれをしたら本当に殺されてしまうからやらないけれど。

 「ルヴェール家に新しく入った使用人達、洗い直してきましたよ。人数がそれなりにいたんで時間がかかっちまったが……身分やら経歴やらがまるっきり捏造されたメイドが、一人」

 へへっ、と。ライマーは面白そうに笑う。

 「……それで? まさかそれだけを調べるだけに、時間を浪費したというんじゃないだろうな?」

 ジュードは相も変わらずツレない。元々深かった眉間のシワが更に深くなり、睨み付けてくる眼光は鋭さが増す。
 まあこんな時だから仕方ないだろう。
 他の人間は怯んでしまうかもしれないけれど、生憎とライマーはその逆だ。

 「お~、怖ェ怖ェ。最後まで話は聞いてくださいよ。坊ちゃんが満足するような情報、ちゃァんと掴んできましたんで」

 ケケケ、と笑いながら殺気とも取れる鋭さを持つ眼光を、何処吹く風で受け流す。

 「ルヴェール家もそこまでは掴んでるらしいが、そっから先に手こずってるらしい。まァそりゃそうでしょうね。公的な書類を使っての身分や経歴詐称ですからねェ、いくらルヴェール公爵家と言えど見破れっていう方が無理ですよ」
 「……他の貴族連中か」
 「でしょうねェ。こんな芸当、裏で糸を引く権力者がいないと無理無理。ましてや一介のメイドじゃ尚更」

 到底、単独で行動に移せるようなやり方ではない。

 「坊ちゃんは誰だと思いますぅ? 哀れな女を操り人形にしてる、あの天下のルヴェール一族の愛娘を害そうとしている貴族って奴ァ」
 「……まあ、大方予想はつくがな」

 冷めたような返事をしながらも、ジュードのその目には確かな怒りが燃えていて。

 「クククッ……そう。ご想像の通り」

 ライマーとて同じだ。経歴詐称のメイドの存在を知った時、真っ先に調査したのは件の伯爵家子息の周辺だった。
 まあ、相手も馬鹿ではない。証拠はそれほど残っていなかったから手こずってしまって時間はかかってしまったけれど、今日ようやく辿り着いた。

 「ルヴェール家の新しい使用人達が決まったちょうど同じ時期、フォークナー家のメイドが一人辞めたそうです。目立たない地味ィなメイドでね。んで、そいつを調べてみたら見事……ビンゴってね」

 ライマーはパチンと指を鳴らして、茶目っ気たっぷりに片目を瞑る。まあ、ジュードの方は相も変わらず冷たい表情のままだったけれど。
 ツレないねぇ、なんて言いながらもライマーはその先を続けた。

 「フォークナー伯爵子息アルバート周辺の世話をしてたメイドの一人だったそうですよ。名前も髪型も雰囲気も変えて別人に扮してはいるが、魔法を使うか、特異体質者でない限り人相までは変えられねぇ。哀れだねぇ、狂人の雇い主を持ったばかりに」

 それはある意味、ライマーも同じかもしれない。とはやっぱり、本人を前には言えないけれど。

 「……動くとすれば、やはり明日か」
 「でしょうねェ。向こうからしても、またとないチャンスだ」

 ルヴェール夫妻もアンドリューも屋敷を出て、リリィしかいない瞬間が生まれる。勿論、護衛は配置されるだろうけれど。

 「上手く尻尾を引きずり出せるといいがな……」
 「さぁ、どうでしょうねェ。なんせ相手方も、相当頭がキレるようでして」

 捕らえた男爵家の使用人達やジュスティーヌから、アルバート・フォークナーの名前は確かに出ている。しかし彼が関わったという物的証拠が何一つ出てこないのだ。貴族相手なものだから、警察隊も下手に手出しが出来ずにいる。
 今回彼が動くとしたら、どうだろうか。

 「まあでも? 人間、恋焦がれる相手には見境がなくなって狂っちまうモンだ。心当たりあんだろ、坊ちゃんにも」
 「…………かもな」

 案外素直な……それでも渋々といった様子だったけれど……ジュードの返答に、ライマーはひゅうっとひとつ口笛を吹く。
 どうやらそこは自覚があったようで。
 まあそれでも、ライマー自身人のことが言えるかと言われたらそうではないけれど。

 「アルバート・フォークナー関与の可能性は、ルヴェール家の方にも伝えておく」
 「はいよ。んじゃ、オレは先に休ませてもらいますよ。坊ちゃんも八つ当たりの業務は程々にしねェと。明日、寝不足でどうにかなっても知りませんよ」
 「お前が心配することではない。用が済んだのなら、早く行け」
 「あーそうですか。んじゃ、おやすみなさーぃ」

 冷たい声に背中を押され、執務室を後にする。
 明日は大きな事は何も起こらないといいのだけれど。しかし悲しいかな、自分の中で湧き上がる嫌な予感は十中八九当たってしまうと、ライマーは自負していた。
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