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本編
26.動き出す物事
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ジュスティーヌの処刑が決行される当日の朝。ルヴェール家は物々しい雰囲気に包まれていた。
過度に不安を煽ってしまうのもよくないから、という理由で事の次第を知らされていないリリィですら、その変化を感じてしまう程には。
「ねえ、シンシア……何かあったの?」
自室の窓から見える範囲でも、護衛の数が異様な程に多い。
それに両親や兄から、何があっても部屋から出ないようにと口酸っぱく言われてしまえば、何が起こっているかわからないにしても、何かがあったことくらいは察してしまうわけで。
「う~ん……そうですね」
リリィは両親や兄に似て聡いのだ。だから下手な方法では誤魔化せないことくらい、シンシアは知っていた。
「お嬢様。不安だとは思いますが、私達を信じていただけませんか? 何があっても、決して部屋から出ないでください。私達も、お嬢様をここから連れ出すようなことはいたしませんので」
ただ、今は信じてほしい。それだけを告げて手を握れば、リリィは少し困惑した様子を見せるもののしっかりと握り返してくれる。
「わかった。お父様達や皆……シンシアが、危なくなることはない?」
「……はい、大丈夫です。だから、ね、信じてください」
「そっか……うん、そっか」
自分の質問に対するシンシアの返答に、リリィは何を感じ取ったのだろう。
「待てるよ、大丈夫。そのくらいのことしか、私は出来ないから」
彼女はただ、優しく笑ってシンシアへと身を寄せた。
~*~*~*~
「ああ、やはり繋がっていたか」
ルヴェール邸から少し離れた道端で、ジュードはルヴェール夫妻やアンドリューと落ち合っていた。
クリスティーを馬車の中へと待機させ、デイビッドとアンドリューに昨晩受けたライマーからの報告と自分の見解を併せて伝えて。デイビッドは忌々しそうに上記の言葉を呟いた。
「公的書類を偽装したメイドを、貴族の家に雇わせるなんてね。それも、一族の一人を害するための行いだ。今すぐにでも捕まえてやりたいが……証拠はないんだね?」
「はい。メイドの方は証拠も揃っているので、今すぐにでも捕まえることは可能でしょう。しかしアルバート・フォークナーは……」
デイビッドの問いに、ジュードは首を横に振って答える。
「メイドが僕達に捕まったとしても、自分は知らぬ存ぜぬを貫き通せばいい。あくどいやり方で、感心すらしてしまうよ」
メイドですらも利用されている捨て駒に過ぎないということだ。アンドリューは不快感を顕にさせ、強く拳を握る。
「……昨晩、またリリィの宝石が盗まれたんだ。犯人は、間違いなくそのメイドで間違いはないだろう。ジュード。フォークナー伯爵子息が私達の家にメイドを送り込んだ理由は、単に宝石を盗ませるためだと思うかい?」
「いいえ」
デイビッドの問いに、ジュードは迷わず即答した。
そんなわけがないじゃないか。それは聞いてきたデイビッド自身も、またアンドリューも察しているのだろう。
だよね、とデイビッドは大きく溜息を吐いた。
「宝石やそれに付随する金品が目的だとしたら、あまりにもリスクを背負い過ぎていて釣り合っていません。アルバート・フォークナーの狙いは、最初から……」
「……まあ、そうだろうね」
「…………っ」
デイビッドは困ったように笑い、アンドリューは怒りを顕に唇を噛む。
「……ジュード、リリィのことを頼んだよ。私はね、ジュード。あの子を害する者よりも、寄り添って大切にしてくれる者に傍にいてほしいんだ。わかるだろう?」
「……はい」
「明日、リリィと話すといい。アンドリューから聞くところによると、あの子は大きな誤解をしてしまっているようだからね。大丈夫、君達二人なら乗り越えられるさ」
「ッ……はい。ありがとうございます……」
深々と頭を下げたジュードの表情は、そこで初めて崩れた。悔しさや、苦しさや、そんな感情達が渦巻いているようで顔を歪めている。
そんな彼の肩に、デイビッドは優しく手を乗せた。慰めるようにその手に力を込めて、やがてゆっくりと離す。
顔を上げたジュードの表情は、またいつも通りのものへと戻っていた。
「では行こうか、アンドリュー」
「……はい。ジュード、妹をよろしく頼む」
アンドリューの言葉にジュードは力強く頷いて。馬車へと乗り込む彼らを、再び頭を深く下げて見送った。
小さくなっていく馬車を見送ったジュードは、ルヴェール邸へと向かうために馬を走らせる。
「……デイビッド様」
街の広場へと走る馬車の中。クリスティーは不安そうな表情で、隣に座るデイビッドへと寄りかかる。
「そんな顔をしないでおくれ、クリスティー」
彼女を苛む不安を消し去るように抱き寄せ、そっとその頬を撫でた。
「あのメイドは今日、休暇を出した。何かあればすぐ知らせてくれるように頼んであるからね。それに、ジュードもいてくれる」
それだけで消え去ってくれるようなものだったらよかったけれど、しかしそうもいかないだろう。それはデイビッドも、またその様子を対面に座って見守るアンドリューも同じだった。
「わかっていますわ……でも、怖くてたまらないのです……またあの子に何かあったら……」
デイビッドは不安に震えるクリスティーを抱き締め、その髪へと触れる。
大丈夫、と言えればよかったのだけれど。やっぱり、そうも言えない状況なのだ。
「今日は早く帰ろう。あの場所に、長居は不要だ」
家に帰って、あの子の元気な姿が見られたら。それで、いい。
~*~*~*~
いくら大変な日とは言えど、日々の仕事はこなさなければいけない。特に今日は、ルヴェール家の中でも信頼出来る使用人のみが駆り出されているために人手も少ないのだ。
シンシアはあっちへこっちへと走り回りながら、いつもよりも量の多い仕事をテキパキとこなしていく。
(早く終わらせて、お嬢様の元へ戻らなきゃ……!)
四六時中一緒にいる必要はないのだけれど、やっぱり心配なのだ。リリィが標的となっているのならなおのこと。
リリィは聡い人だ。だから何があっても、部屋から出ることはないだろう。でもどうして、こんなに不安になってしまうのだろう。嫌な焦燥感に駆られながら、それでもしっかりと仕事をこなして。
そんな中、視界の端で何かが動いた気がして反射的にそちらの方を見てしまう。
二つの人影が、アクセサリー類の保管室へ入っていくのが見えた。そこには装飾品の他、今までリリィの流した涙の宝石が保管されている。
いつもなら気にしないはずなのだ。しかしそんな二つの人影の後を追い保管室に入ったのは、そのうちの一人が今日ここにいるはずのない人間だったからで。
「そこで何をしているのですか?」
声をかければ、二人のうち一人……赤い髪をしているメイドの方が振り向いた。もう片方は、護衛達の着ている制服を身に付けている男だ。
「えっ……あ……」
赤い髪のメイドは、大きく目を泳がせる。
「貴女は今日、旦那様から休暇を言い渡されていたはずですが……どうしてここにいるのですか?」
「あ、の……その……」
言い訳を考えているらしい。時折助けを求めるように護衛姿の男の方へと視線を向けるが、彼は無反応だ。慌てる気配も、シンシアの方へ向く気配もない。ひどく落ち着いている。
そんな二人の足は、案の定リリィの流した涙の宝石へと向いていて。
「それは貴方々が触れてはいけないものです。何をしようとしていたのか、教えていただけますか?」
「ちが、私は……あの……」
言い逃れの出来ない状況に、赤い髪のメイドはどうにか逃げ道を探そうとしているようで。
逃がすわけがないじゃないか。
「貴女がこの屋敷に来てから、お嬢様の宝石が二度盗まれました。そのうちの一回は、昨晩のことです。心当たりはありますよね?」
「ッ…………」
シンシアの追求に、彼女は青い顔をして震えているばかりで。どうやら、完全に逃げ場を失ってしまったらしい。
「ついてきなさい。貴方もです。護衛の者ではありませんよね? 貴方々を護衛の方々へと引渡します」
不穏分子は取り除かなければいけない。
二人はその場からなかなか動こうとしなかった。この状況で彼らから目を離すわけにはいかないけれど、しかし不用意に近付いていくのも危険だ。大きな声を出せば、近くにいる護衛の耳に届くだろうか。
そう思った時だった。
「……うるさいな」
護衛姿の男が、ぼそりと呟くのが聞こえて。
「えっ……」
次の瞬間には、すぐそこまで距離を詰められていた。
一瞬。ほんの一瞬、深々と被られていた制帽の下にある顔が見える。
いけない。そう思った頃にはもう、シンシアに向けてその拳が振り上げられていた。
「この宝石をどうしようと、お前達には関係ないだろう? この宝石も、マインも、僕のものなんだから」
過度に不安を煽ってしまうのもよくないから、という理由で事の次第を知らされていないリリィですら、その変化を感じてしまう程には。
「ねえ、シンシア……何かあったの?」
自室の窓から見える範囲でも、護衛の数が異様な程に多い。
それに両親や兄から、何があっても部屋から出ないようにと口酸っぱく言われてしまえば、何が起こっているかわからないにしても、何かがあったことくらいは察してしまうわけで。
「う~ん……そうですね」
リリィは両親や兄に似て聡いのだ。だから下手な方法では誤魔化せないことくらい、シンシアは知っていた。
「お嬢様。不安だとは思いますが、私達を信じていただけませんか? 何があっても、決して部屋から出ないでください。私達も、お嬢様をここから連れ出すようなことはいたしませんので」
ただ、今は信じてほしい。それだけを告げて手を握れば、リリィは少し困惑した様子を見せるもののしっかりと握り返してくれる。
「わかった。お父様達や皆……シンシアが、危なくなることはない?」
「……はい、大丈夫です。だから、ね、信じてください」
「そっか……うん、そっか」
自分の質問に対するシンシアの返答に、リリィは何を感じ取ったのだろう。
「待てるよ、大丈夫。そのくらいのことしか、私は出来ないから」
彼女はただ、優しく笑ってシンシアへと身を寄せた。
~*~*~*~
「ああ、やはり繋がっていたか」
ルヴェール邸から少し離れた道端で、ジュードはルヴェール夫妻やアンドリューと落ち合っていた。
クリスティーを馬車の中へと待機させ、デイビッドとアンドリューに昨晩受けたライマーからの報告と自分の見解を併せて伝えて。デイビッドは忌々しそうに上記の言葉を呟いた。
「公的書類を偽装したメイドを、貴族の家に雇わせるなんてね。それも、一族の一人を害するための行いだ。今すぐにでも捕まえてやりたいが……証拠はないんだね?」
「はい。メイドの方は証拠も揃っているので、今すぐにでも捕まえることは可能でしょう。しかしアルバート・フォークナーは……」
デイビッドの問いに、ジュードは首を横に振って答える。
「メイドが僕達に捕まったとしても、自分は知らぬ存ぜぬを貫き通せばいい。あくどいやり方で、感心すらしてしまうよ」
メイドですらも利用されている捨て駒に過ぎないということだ。アンドリューは不快感を顕にさせ、強く拳を握る。
「……昨晩、またリリィの宝石が盗まれたんだ。犯人は、間違いなくそのメイドで間違いはないだろう。ジュード。フォークナー伯爵子息が私達の家にメイドを送り込んだ理由は、単に宝石を盗ませるためだと思うかい?」
「いいえ」
デイビッドの問いに、ジュードは迷わず即答した。
そんなわけがないじゃないか。それは聞いてきたデイビッド自身も、またアンドリューも察しているのだろう。
だよね、とデイビッドは大きく溜息を吐いた。
「宝石やそれに付随する金品が目的だとしたら、あまりにもリスクを背負い過ぎていて釣り合っていません。アルバート・フォークナーの狙いは、最初から……」
「……まあ、そうだろうね」
「…………っ」
デイビッドは困ったように笑い、アンドリューは怒りを顕に唇を噛む。
「……ジュード、リリィのことを頼んだよ。私はね、ジュード。あの子を害する者よりも、寄り添って大切にしてくれる者に傍にいてほしいんだ。わかるだろう?」
「……はい」
「明日、リリィと話すといい。アンドリューから聞くところによると、あの子は大きな誤解をしてしまっているようだからね。大丈夫、君達二人なら乗り越えられるさ」
「ッ……はい。ありがとうございます……」
深々と頭を下げたジュードの表情は、そこで初めて崩れた。悔しさや、苦しさや、そんな感情達が渦巻いているようで顔を歪めている。
そんな彼の肩に、デイビッドは優しく手を乗せた。慰めるようにその手に力を込めて、やがてゆっくりと離す。
顔を上げたジュードの表情は、またいつも通りのものへと戻っていた。
「では行こうか、アンドリュー」
「……はい。ジュード、妹をよろしく頼む」
アンドリューの言葉にジュードは力強く頷いて。馬車へと乗り込む彼らを、再び頭を深く下げて見送った。
小さくなっていく馬車を見送ったジュードは、ルヴェール邸へと向かうために馬を走らせる。
「……デイビッド様」
街の広場へと走る馬車の中。クリスティーは不安そうな表情で、隣に座るデイビッドへと寄りかかる。
「そんな顔をしないでおくれ、クリスティー」
彼女を苛む不安を消し去るように抱き寄せ、そっとその頬を撫でた。
「あのメイドは今日、休暇を出した。何かあればすぐ知らせてくれるように頼んであるからね。それに、ジュードもいてくれる」
それだけで消え去ってくれるようなものだったらよかったけれど、しかしそうもいかないだろう。それはデイビッドも、またその様子を対面に座って見守るアンドリューも同じだった。
「わかっていますわ……でも、怖くてたまらないのです……またあの子に何かあったら……」
デイビッドは不安に震えるクリスティーを抱き締め、その髪へと触れる。
大丈夫、と言えればよかったのだけれど。やっぱり、そうも言えない状況なのだ。
「今日は早く帰ろう。あの場所に、長居は不要だ」
家に帰って、あの子の元気な姿が見られたら。それで、いい。
~*~*~*~
いくら大変な日とは言えど、日々の仕事はこなさなければいけない。特に今日は、ルヴェール家の中でも信頼出来る使用人のみが駆り出されているために人手も少ないのだ。
シンシアはあっちへこっちへと走り回りながら、いつもよりも量の多い仕事をテキパキとこなしていく。
(早く終わらせて、お嬢様の元へ戻らなきゃ……!)
四六時中一緒にいる必要はないのだけれど、やっぱり心配なのだ。リリィが標的となっているのならなおのこと。
リリィは聡い人だ。だから何があっても、部屋から出ることはないだろう。でもどうして、こんなに不安になってしまうのだろう。嫌な焦燥感に駆られながら、それでもしっかりと仕事をこなして。
そんな中、視界の端で何かが動いた気がして反射的にそちらの方を見てしまう。
二つの人影が、アクセサリー類の保管室へ入っていくのが見えた。そこには装飾品の他、今までリリィの流した涙の宝石が保管されている。
いつもなら気にしないはずなのだ。しかしそんな二つの人影の後を追い保管室に入ったのは、そのうちの一人が今日ここにいるはずのない人間だったからで。
「そこで何をしているのですか?」
声をかければ、二人のうち一人……赤い髪をしているメイドの方が振り向いた。もう片方は、護衛達の着ている制服を身に付けている男だ。
「えっ……あ……」
赤い髪のメイドは、大きく目を泳がせる。
「貴女は今日、旦那様から休暇を言い渡されていたはずですが……どうしてここにいるのですか?」
「あ、の……その……」
言い訳を考えているらしい。時折助けを求めるように護衛姿の男の方へと視線を向けるが、彼は無反応だ。慌てる気配も、シンシアの方へ向く気配もない。ひどく落ち着いている。
そんな二人の足は、案の定リリィの流した涙の宝石へと向いていて。
「それは貴方々が触れてはいけないものです。何をしようとしていたのか、教えていただけますか?」
「ちが、私は……あの……」
言い逃れの出来ない状況に、赤い髪のメイドはどうにか逃げ道を探そうとしているようで。
逃がすわけがないじゃないか。
「貴女がこの屋敷に来てから、お嬢様の宝石が二度盗まれました。そのうちの一回は、昨晩のことです。心当たりはありますよね?」
「ッ…………」
シンシアの追求に、彼女は青い顔をして震えているばかりで。どうやら、完全に逃げ場を失ってしまったらしい。
「ついてきなさい。貴方もです。護衛の者ではありませんよね? 貴方々を護衛の方々へと引渡します」
不穏分子は取り除かなければいけない。
二人はその場からなかなか動こうとしなかった。この状況で彼らから目を離すわけにはいかないけれど、しかし不用意に近付いていくのも危険だ。大きな声を出せば、近くにいる護衛の耳に届くだろうか。
そう思った時だった。
「……うるさいな」
護衛姿の男が、ぼそりと呟くのが聞こえて。
「えっ……」
次の瞬間には、すぐそこまで距離を詰められていた。
一瞬。ほんの一瞬、深々と被られていた制帽の下にある顔が見える。
いけない。そう思った頃にはもう、シンシアに向けてその拳が振り上げられていた。
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