【完結】虐げられてきた白百合が、その一途な溺愛に気付くまで

五蕾 明日花

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本編

31.婚約者の成長を知る白百合

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 「お嬢様っ……! よかっ……本当に、よかった……」

 目を覚ました直後、そうして泣きながら自分に抱き着いてきたシンシアの体が傷だらけだったのに、どれだけ驚いたことか。
 またしばらくは、彼女と共に絶対安静の日々になるらしい。

 アルバート侵入の知らせを受け、すぐに屋敷へと戻ってきた両親と兄にはまた、ひどく心配をかけてしまっていたようで。

 「侵入を許してしまった上に、娘が殺されかけ、メイドも襲われたんだ。しばらくは屋敷が慌ただしくなる。ゆっくり休めないだろうからね、ジュードの屋敷に行ってくるといい」

 そんなデイビッドの提案を受け、その日の夜にはクラーク邸から迎えとしてきた馬車に乗っていた。

 「シンシアは、大丈夫かな……」

 外傷で言えば、リリィよりも彼女の方が重症だった。

 「全治一ヶ月半といったところだ。安静にしていればすぐによくなるだろう。それに……今は、ライマーがついている」
 「ああ、それは……うん、確かに大丈夫だね」

 二人してそう思えるのは、ライマーの気持ちに気付いていたからだ。


───うーん……残念ながら、私はまだ……いつかそういう方に会えるといいのですが……


 彼女の方はまだ、気付いてはいないようだったけれど。
 なんて。そんなことを話していれば、馬車が止まる気配がした。

 「着いたぞ」
 「う、うん…………え?」

 従者によって開けられた扉の、その向こう側に広がる光景。それに、リリィは固まり目を見張る。
 馬車の窓にはカーテンがかけられていたから、どの道を通ってきたのかわからない。そもそも、クラーク邸に行ったのは八年も前のことだったから、具体的な記憶は毒の影響でなくてもぼんやりと薄れてしまっているのだけれど。それにしたって、覚えのあるものとは違いすぎた。

 ルヴェール邸とそれほど変わらない規模の屋敷や庭に、馬車の到着を待っていたらしい使用人達の人数。想像していたものと大きく異なり、リリィは固まった。

 「ほら、行くぞ」
 「え、あ……わっ……!?」

 馬車の外へと降りたジュードに差し出された手を取れば、強い力で抱き上げられ、そのまま馬車の外へ連れ出される。
 困惑状態のまま、彼の体にしがみついていることしか出来なくて。

 「おかえりなさいませ、公爵様。お部屋の準備は出来ております」
 「ああ。後続の馬車に怪我人を乗せている。無下には扱うな。彼女の従者だ」
 「承知いたしました、お任せ下さい。その方の部屋の準備も出来ておりますので」
 「えっ、あ……ええ……?」

 ジュードの腕の中、自分を置き去りに進む会話を聞きながらクラーク邸を眺め、理解出来そうにない状況を理解するので精一杯だった。
 そうしている間にも景色は流れ、やがてひとつの部屋へと通される。華美ではないが、しかし決して質素というわけでもない。落ち着いた雰囲気の部屋のそのベッドに、リリィは下ろされた。

 「後ほど、下のものがお着替えを手伝いに参ります」
 「ああ、すまない。お前達は下がっていい」
 「はい。それではゆっくり、お休みください」

 そうして恭しく頭を下げた使用人達は去っていき、扉は閉められ、部屋には二人きり。
 リリィは混乱から抜け出せないままベッドの上から、ジュードを見上げた。

 「…………公爵、様……?」

 と、使用人達は彼をそう呼んでいた。彼は伯爵家子息、ではなかっただろうか。少なくとも、覚えている限りでは。
 男爵家で与えられた毒の影響が残っている可能性はあるけれど、そんなまさか。

「……十四の頃に父上から、伯爵の位を受け継いだ。それを公爵まで押し上げた……それだけの話だ。とは言っても、公爵となったのはつい最近だがな」
 「それだけの話って……」

 言葉で言うのは簡単だ。しかし現実は、そう簡単なものではなかっただろうに。
 ジュードはリリィのいるベッドの脇へと跪き、そっとその手を取る。

 「無力な自分を何度も呪ったさ。だから強くなった。お前を見付けるために。お前を、守れるように」
 「あ……」

 たった一人のために、異例の速さで地位を確立させる……なんて、どこかで聞いた話じゃないか。

 「……ジュード、お父様みたい」

 おかしくなって、でも嬉しくて。笑うリリィから、またひとつ綺麗な宝石が落ちた。

 「あの人には、まだまだ敵わないさ」
 「そうかも……でも、ありがとう」

 彼の気持ちに応えるように、今出せる限りの力を使ってその手を握り返す。

 「クラーク夫妻は? このお屋敷にいるの?」
 「いいや。今は遠方に住んでいて、父上は医者を続けている。元々貴族社会が好きではなかったからな。少し早めの隠居と言ったところだ」
 「そっか……じゃあ、挨拶に行かなきゃ。帰ってこれました、って……」
 「体調が快復したら、な。でも、そうしてやってくれ。お前を取り戻した報せを送ったら、会いたがっていたから」
 「そっか……心配、かけちゃってたんだね」

 色々と忘れてしまっている間に、色々なところで心配をかけてしまっていたらしい。
 それに。忘れてしまっていたとはいえ、随分と迷惑をかけてしまっていた。

 「……ねえ、ジュード」
 「ん? っ、と……」

 半ば倒れ込むように、ジュードの体へと身を寄せる。支えてくれたその腕は、記憶にあるよりもがっしりとしていて。
 名前を呼ぶ声に、焦りの色が見え隠れしていた。

 「どうした? 辛いか……?」

 心配してくれることが嬉しくて、笑いながらも首を振る。

 「ううん……そうじゃなくて…………ごめんね、避けちゃって」

 今思えば本当に申し訳なくなってしまう。

 「ジュードに婚約者がいるって使用人達の話を聞いて、ショックだったんだよ……それで、会いたくなくなって……」

 全てを思い出してみれば、その婚約者が自分だったのだ。彼は、自分のことを覚えていない婚約者のことを傍でずっとずっと支えてくれていたというのに。

 「お前は……自分が婚約者である可能性は考えなかったのか?」
 「あはは……うん、全然……全部全部、私の主治医だからしてくれてるんだって……思い込もうとしてたから」

 有り得ないだろうと、自然と選択肢から外してしまっていた。

 「でも、ジュードだって人のこと言えないでしょ? どうして教えてくれなかったの……?」

 初めから婚約者だと教えてくれていたら、こんなに遠回りすることはなかっただろうに。

 「まあ……そうだな……」

 ジュードは、どこか寂しそうな笑顔を浮かべた。

 「混乱させたくなかった、というのもひとつの理由だ。しかし……拒絶されたくなかった、という方が大きかったよ」

 婚約者だと名乗ることで、自分に関する記憶もなくなってしまったリリィに拒絶されてしまったら。婚約者であることも、自分も否定されてしまったら。きっと立ち直れなかっただろう。

 「それは、あの……」

 否定出来なかったのは、アルバートの存在があったからだ。婚約者だと正直に名乗られていたら、きっと必要以上に拒絶してしまったに違いない。

 「お前はいつか、俺のことも思い出す。だから多少怖がられようと、警戒されようと耐えられたよ。でもやはり、完全に距離を置かれたのは耐えられなかった」
 「あ、の……それは……ごめんなさい……」

 申し訳なくなって、彼の服をぎゅうと握る。

 「構わないさ。お前はちゃんと、俺を思い出した」

 くすりと笑ったジュードはそのままリリィを抱き上げ、ベッドの縁へと腰掛けた自身の膝にそっと彼女を座らせた。

 「俺は最初から、お前を患者としてなんて扱っていなかったよ」
 「ジュード……? あ……っ……」

 重ねられた唇は、強引なくせに優しいもので。
 触れるだけの口付けの合間、その手に触れれば強く握り返された。顔が離れても、繋ぎ合った手はそのままで。

 「ただの患者相手に、あんなことをすると思うか?」

 口移しで水を飲ませたり、同じベッドで眠ったり。〝あんなこと〟の心当たりが多過ぎるけれど、今ならどうして彼がそんな行動を起こしたのかもわかる。

 「うん……そうじゃなきゃ、嫌だよ」

 そういうことをするのは、自分相手じゃなきゃ嫌だ。彼がそんな不誠実な人間ではないと知っているし、今はちゃんと、自分を想ってくれているという認識はあるけれど。

 「お前だけだ。だから、そんな顔をするな」

 一体どんな顔をしていたのだろう。きっと、拗ねていたに違いない。
 しかし再び落ちてきた口付けに、他のことはどうでもよくなった。
 顔が離れて、そのまま。リリィはジュードの体に身を委ね、寄りかかる。繋がれたままの自分の手は、すっかりと彼の大きな手に包まれてしまった。

 「ジュード、大きくなったね」

 八年前の彼は、背の高さも手の大きさも自分とあまりに変わらなかったのに。八年という時間は、あまりにも長過ぎた。

 「……ああ」

 リリィが何を思っているか、察したのだろう。彼は何も言わず、その頭を撫でた。

 「ねえ、ジュード。八年間何をしてたか、教えてよ」
 「……構わないが、聞いていて楽しい話は何もないぞ?」
 「いいよ、それでも。私の知らない間のジュードを、教えてほしいから」

 離れ離れになっていた間、彼がどこで何をして、何を見てきたか。知らないのは、あまりにも寂し過ぎる。


 嗚呼、でも。出来ることなら。


 ぽろぽろと、膝の上へ宝石が落ちていった。繋ぎ合った手に、自然と力が入って震える。

 「一緒に……いたかったのに……」

 隣を歩いて、傍で支えて、寄り添って。一緒の時間を歩みたかったのに、どうしてこうなってしまったのかな。

 「これから一緒にいればいい。もう、何があっても離しはしないさ」

 腕の中で震えるリリィの体を、ジュードは強く抱き締めた。
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