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本編
34(終).想いを繋ぐ白百合と婚約者
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子供なんて純真無垢で単純なものだ。
拒絶することなく、奇異な目で見ることなく、普通に接してくれた。
そんな単純な理由で一度リリィに心を開いてからは、彼女と一緒にいる空間や時間が心地良くすらなっていた。
最初に抱いていたのは、〝この心地良い居場所を壊されたくない〟という思いだったと思う。周りに対して疎外感や疑念を抱いていたジュードにとっては、当たり前の防衛本能だったのだ。
いつからだろう。それが、〝この場を壊されたくない〟という自分本位のものから、〝リリィを失いたくない〟という彼女本位のものになったのは。
無表情だったリリィが、いつしかするようになってくれた笑顔を、もっと見てみたいと思うようになっていた頃だろうか。
特異体質が理由で周りの子供達により傷付けられていた彼女を見付け、手当をした時だろうか。
曖昧過ぎて、よく覚えていない。
ジュードが明確にリリィへの想いを自覚したのは、彼女が池で溺れてしまったのを助けた時だ。
「ジュード様! お嬢様が、池に落ちてしまって……! 私、泳げなくて、助けることが出来なくて……どうしましょう、どうしましょう……!!」
酷く取り乱したシンシアがそう助けを求めにきた時は肝が冷えた。彼女のあとについて走っていた時は生きた心地がしなくて、池へと飛び込み、沈んでしまっていたリリィを捜して引き上げた時は恐怖でどうにかなってしまいそうで。
そんな彼女が息をしていないとわかった時、失ってしまうかもしれないという恐怖をはっきりと自覚し、どうにかなってしまいそうだった。
当時子供だったジュードに、今のようなしっかりとした医学の知識なんてあるわけもなく。どこかで読んだ医学書の内容を記憶のそこから引っ張り出して、ただがむしゃらに曖昧な蘇生法を繰り返した。
止まってしまいそうな心臓を、強く胸を押すことで無理矢理その動かして。止まってしまった肺に、口移しで息を吹き込むことでその動かし方を思い出させて。
「リリィ……リリィ……! ダメだ、死ぬな……!」
苦しそうな表情のまま目を閉じているリリィの頬に落ちた雫が、髪から滴った水だったのか、いつの間にか流れていた涙だったのかは、今でも定かではない。
なかなか息を吹き返さなかったリリィの姿は、今でも鮮明に覚えている。だんだんと体温が薄れていった彼女のその冷たさは、今でも手から離れてくれない程で。その時感じた焦りや恐怖は、今でも忘れられない。
「なあ、頼む、起きてくれ……! 息を、してくれ……!!」
その時の取り乱し様といったら、医者を志す者としては失格だった。しかしそれだけ、リリィを失ってしまうことへの恐怖心が大きくなっていて。
「けほっ……ぅ、あ……」
やっとのことで水を吐き出しながら息を吹き返し、薄らと開いたリリィの瞳を見た時だ。彼女を失いたくない、失うなんて耐えられない、考えたくないと、明確に自覚したのは。
「ぁ……ジュー、ド……ジュード……ッ! こわ、っ……こわかった……ッ……!」
「ッ……よく頑張ったな、もう大丈夫だ」
そうして自分にしがみつき、いくつもの傷付いた宝石を流す彼女の震える体を抱き締めていた時だ。もうこれ以上彼女を傷付けさせてなるものかと、決心したのは。
だから、精神的ショックと池に落ち体を冷やしたこが原因で熱を出し、数日間寝込んでしまっていたリリィから片時も離れず傍にいたのだ。
高熱の中、溺れている最中に水をたくさん飲んでしまったトラウマで、水を飲むことを嫌がっていた彼女に口移しで水を飲ませて。
悪夢にうなされる彼女の手を握り、もう怖がるものは何もないのだと優しく声をかけて。
そんな看病を続け、リリィの体調も安定してきた頃だ。
「ジュード。君には、あの子の婚約者になってほしいんだ。これは君にしか頼めない。どうかあの子を、幸せにしてあげてくれはしないか」
デイビッドから、そう打診されたのは。
「はい。リリィは必ず、俺が幸せにします」
ジュードは、迷わず頷いたのだ。その頃にはもうとっくに、覚悟を決めていたから。
もう二度と傷付けさせないと。絶対に守ってやれると。
……そう、思っていたのに。
~*~*~*~
「お前が目の前で連れ去られた時、何度も後悔した。無力な自分が嫌になって……八年間、お前のことを忘れたことなんて、一日たりともなかったよ」
ジュードの目が悲しげに伏せられ、リリィの肩口にその顔が埋まった。首筋に感じる息遣いから悔しさを感じ取って、リリィは彼の背中へと手を伸ばす。
「ッ……恨んでいるか? すぐ近くにいたにも関わらず、守ることが出来なかった俺を」
「ううん」
彼の言葉に、リリィは間を置かず首を横に振った。
「恨んでなんかないよ。あの時も、思い出した今も」
確かに怖い思いはしたけれど。八年間、離れ離れになってしまったけれど。
それでもこうして帰ってくることが出来て、こうして彼が隣にいてくれる。
「私ね……記憶がない中でもジュードを、あの頃みたいに好きになったんだよ。婚約者がいるって知ってショックを受けくらいには、どうしようもなく好きになってた」
結局、その婚約者とやらは自分だったわけだけれど。
「私はね、どうしたってジュードを好きになる運命なんだよ。何度記憶が消されても、例えジュードに嫌われても……生まれ変わって、来世で出会っても」
不思議と、そう断言できた。だって考えられないのだ。自分が彼を好きにならない世界が存在し得ることなんて。どうしたって彼に惹かれてしまうのだろう、きっと。
「ありがとう、ね、ジュード……私を好きになってくれて……ずっとずっと待っていてくれて……私といる未来を、選んでくれて」
言葉では伝えきれない想いを込めて、ジュードを抱き締める腕の力を強めて。そうすれば耳元で嬉しそうな笑い声が聞こえ、強い力がリリィを抱き締め返した。
「俺も同じだ。どうしたって、お前を好きになる。何年経とうと、どこにいようと、何度生まれ変わろうと」
上げられた瞳に、真っ直ぐ射止められる。
「誓おう。もうお前のこの手を離すことはない。この先も、ずっと……永遠に」
それは、甘くも強い束縛の誓いだった。受け入れてしまえば、この先ジュードから離れることすら出来なくなるだろう。
嗚呼、でもどうしてかな。リリィはそれを嬉しいと思っていた。そもそももう、彼から離れることも逃れることもするつもりなんてないのだ。
「ありがとう。嬉しい」
今度は自分からジュードに顔を寄せた。不慣れでぎこちない、触れるだけのキスだ。しかしジュードがそれを優しく受け入れてくれたものだから、嬉しくなって彼に身を寄せる。
頬に触れる彼の手は、温かい。
「愛しているよ、リリィ。もう一人にはさせない。守るさ、何があっても」
再び重ねられた唇は、抱き締めてくれる腕はどこまでも優しくて。深く長くなるその口付けを、リリィは喜んで受け入れた。
幸せに浸るにはじゅうぶんでいて少し物足りない長さの時が流れ、やがて二人の顔が離れる。それでも顔は離れないまま。
ジュードはそのままベッドへ乗り上げ、リリィの隣へ転がって。そして彼女の体を抱き締め直した。
「今まで色々あって疲れただろう? 今はゆっくり休め。これからのことは、落ち着いたら考えればいいさ」
優しく頭を撫でられ、優しく囁く彼の声も相俟ってリリィは少しずつ夢の世界へと落ちていく。重くなる瞼に逆らわないまま、目を閉じて。
「ん……おやすみ、ジュード」
「ああ、おやすみ。いい夢を」
彼の声を聞きながら、安らかな眠りへと身を委ねる。
その晩見た夢は、今まで見たどんな夢よりも優しく幸せなものだった。
拒絶することなく、奇異な目で見ることなく、普通に接してくれた。
そんな単純な理由で一度リリィに心を開いてからは、彼女と一緒にいる空間や時間が心地良くすらなっていた。
最初に抱いていたのは、〝この心地良い居場所を壊されたくない〟という思いだったと思う。周りに対して疎外感や疑念を抱いていたジュードにとっては、当たり前の防衛本能だったのだ。
いつからだろう。それが、〝この場を壊されたくない〟という自分本位のものから、〝リリィを失いたくない〟という彼女本位のものになったのは。
無表情だったリリィが、いつしかするようになってくれた笑顔を、もっと見てみたいと思うようになっていた頃だろうか。
特異体質が理由で周りの子供達により傷付けられていた彼女を見付け、手当をした時だろうか。
曖昧過ぎて、よく覚えていない。
ジュードが明確にリリィへの想いを自覚したのは、彼女が池で溺れてしまったのを助けた時だ。
「ジュード様! お嬢様が、池に落ちてしまって……! 私、泳げなくて、助けることが出来なくて……どうしましょう、どうしましょう……!!」
酷く取り乱したシンシアがそう助けを求めにきた時は肝が冷えた。彼女のあとについて走っていた時は生きた心地がしなくて、池へと飛び込み、沈んでしまっていたリリィを捜して引き上げた時は恐怖でどうにかなってしまいそうで。
そんな彼女が息をしていないとわかった時、失ってしまうかもしれないという恐怖をはっきりと自覚し、どうにかなってしまいそうだった。
当時子供だったジュードに、今のようなしっかりとした医学の知識なんてあるわけもなく。どこかで読んだ医学書の内容を記憶のそこから引っ張り出して、ただがむしゃらに曖昧な蘇生法を繰り返した。
止まってしまいそうな心臓を、強く胸を押すことで無理矢理その動かして。止まってしまった肺に、口移しで息を吹き込むことでその動かし方を思い出させて。
「リリィ……リリィ……! ダメだ、死ぬな……!」
苦しそうな表情のまま目を閉じているリリィの頬に落ちた雫が、髪から滴った水だったのか、いつの間にか流れていた涙だったのかは、今でも定かではない。
なかなか息を吹き返さなかったリリィの姿は、今でも鮮明に覚えている。だんだんと体温が薄れていった彼女のその冷たさは、今でも手から離れてくれない程で。その時感じた焦りや恐怖は、今でも忘れられない。
「なあ、頼む、起きてくれ……! 息を、してくれ……!!」
その時の取り乱し様といったら、医者を志す者としては失格だった。しかしそれだけ、リリィを失ってしまうことへの恐怖心が大きくなっていて。
「けほっ……ぅ、あ……」
やっとのことで水を吐き出しながら息を吹き返し、薄らと開いたリリィの瞳を見た時だ。彼女を失いたくない、失うなんて耐えられない、考えたくないと、明確に自覚したのは。
「ぁ……ジュー、ド……ジュード……ッ! こわ、っ……こわかった……ッ……!」
「ッ……よく頑張ったな、もう大丈夫だ」
そうして自分にしがみつき、いくつもの傷付いた宝石を流す彼女の震える体を抱き締めていた時だ。もうこれ以上彼女を傷付けさせてなるものかと、決心したのは。
だから、精神的ショックと池に落ち体を冷やしたこが原因で熱を出し、数日間寝込んでしまっていたリリィから片時も離れず傍にいたのだ。
高熱の中、溺れている最中に水をたくさん飲んでしまったトラウマで、水を飲むことを嫌がっていた彼女に口移しで水を飲ませて。
悪夢にうなされる彼女の手を握り、もう怖がるものは何もないのだと優しく声をかけて。
そんな看病を続け、リリィの体調も安定してきた頃だ。
「ジュード。君には、あの子の婚約者になってほしいんだ。これは君にしか頼めない。どうかあの子を、幸せにしてあげてくれはしないか」
デイビッドから、そう打診されたのは。
「はい。リリィは必ず、俺が幸せにします」
ジュードは、迷わず頷いたのだ。その頃にはもうとっくに、覚悟を決めていたから。
もう二度と傷付けさせないと。絶対に守ってやれると。
……そう、思っていたのに。
~*~*~*~
「お前が目の前で連れ去られた時、何度も後悔した。無力な自分が嫌になって……八年間、お前のことを忘れたことなんて、一日たりともなかったよ」
ジュードの目が悲しげに伏せられ、リリィの肩口にその顔が埋まった。首筋に感じる息遣いから悔しさを感じ取って、リリィは彼の背中へと手を伸ばす。
「ッ……恨んでいるか? すぐ近くにいたにも関わらず、守ることが出来なかった俺を」
「ううん」
彼の言葉に、リリィは間を置かず首を横に振った。
「恨んでなんかないよ。あの時も、思い出した今も」
確かに怖い思いはしたけれど。八年間、離れ離れになってしまったけれど。
それでもこうして帰ってくることが出来て、こうして彼が隣にいてくれる。
「私ね……記憶がない中でもジュードを、あの頃みたいに好きになったんだよ。婚約者がいるって知ってショックを受けくらいには、どうしようもなく好きになってた」
結局、その婚約者とやらは自分だったわけだけれど。
「私はね、どうしたってジュードを好きになる運命なんだよ。何度記憶が消されても、例えジュードに嫌われても……生まれ変わって、来世で出会っても」
不思議と、そう断言できた。だって考えられないのだ。自分が彼を好きにならない世界が存在し得ることなんて。どうしたって彼に惹かれてしまうのだろう、きっと。
「ありがとう、ね、ジュード……私を好きになってくれて……ずっとずっと待っていてくれて……私といる未来を、選んでくれて」
言葉では伝えきれない想いを込めて、ジュードを抱き締める腕の力を強めて。そうすれば耳元で嬉しそうな笑い声が聞こえ、強い力がリリィを抱き締め返した。
「俺も同じだ。どうしたって、お前を好きになる。何年経とうと、どこにいようと、何度生まれ変わろうと」
上げられた瞳に、真っ直ぐ射止められる。
「誓おう。もうお前のこの手を離すことはない。この先も、ずっと……永遠に」
それは、甘くも強い束縛の誓いだった。受け入れてしまえば、この先ジュードから離れることすら出来なくなるだろう。
嗚呼、でもどうしてかな。リリィはそれを嬉しいと思っていた。そもそももう、彼から離れることも逃れることもするつもりなんてないのだ。
「ありがとう。嬉しい」
今度は自分からジュードに顔を寄せた。不慣れでぎこちない、触れるだけのキスだ。しかしジュードがそれを優しく受け入れてくれたものだから、嬉しくなって彼に身を寄せる。
頬に触れる彼の手は、温かい。
「愛しているよ、リリィ。もう一人にはさせない。守るさ、何があっても」
再び重ねられた唇は、抱き締めてくれる腕はどこまでも優しくて。深く長くなるその口付けを、リリィは喜んで受け入れた。
幸せに浸るにはじゅうぶんでいて少し物足りない長さの時が流れ、やがて二人の顔が離れる。それでも顔は離れないまま。
ジュードはそのままベッドへ乗り上げ、リリィの隣へ転がって。そして彼女の体を抱き締め直した。
「今まで色々あって疲れただろう? 今はゆっくり休め。これからのことは、落ち着いたら考えればいいさ」
優しく頭を撫でられ、優しく囁く彼の声も相俟ってリリィは少しずつ夢の世界へと落ちていく。重くなる瞼に逆らわないまま、目を閉じて。
「ん……おやすみ、ジュード」
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