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余談1.ほんわか専属メイドから見た、二人の顛末と行く末
3.自信をなくしたほんわかした少女から見る、白百合と婚約者
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ジュードとリリィの婚約が決まった数日後、シンシアはデイビッドへと呼び出された。
何を言われるのだろう。そう重い足を引きずりながら指定された応接室を訪れれば、そこで待っていたデイビッドから告げられたのは予想だにしていなかったもので。
「もしこの先君が大きくなって、見習としてではなく使用人としてここで働いてくれるなら……その時は、リリィのことをお願いしたいんだ。いいかな?」
「え……で、でも……」
その言葉に即答出来なかったのは、シンシアの中には恐怖心や不安感しかなかったからだ。
「私では、ダメです……今回、私のせいでお嬢様は……」
自分が目を離さなければ、リリィはあんな怖い目に遭わずに済んだはずなのに。それはシンシアが、あの日からずっと後悔してきたことで。そして今日は、そのことを責められるつもりで呼び出しに応じたのに。
デイビッドは、そんなシンシアに優しく首を横に振る。
「君は、ジュードの元へ走ってくれた。だからリリィを助けることが出来たんだ」
「わ、私は……それしか出来なかったから……」
泳げないから池に飛び込むことだって出来なかったし、何もわからないからジュードがリリィを助けようとしているのを、ただ震えて見てることしか出来なかった。
無力な自分に、怒りや悔しさしか湧かないのに。しかしデイビッドは、優しく笑ってくれる。
「それでいい。君は、君の出来ることをしてくれれば」
「私は、私の出来ることを……」
あるのだろうか、そんなものが。出来るのだろうか、自分に。
「リリィは、君に心を開いている。あの子から君の話をよく聞くんだ。あの子に優しく寄り添ってくれているのは、私も知っているよ」
「お嬢様、が……」
寄り添ってあげられていたんだ。それがわかった途端胸の中がきゅうと温かくなって、少しだけ苦しくなる。善意の押付けだと思われていたら、なんて不安になってしまった時もあったけれど。
「……私に、出来るでしょうか」
正直言って自信がないのだ。というよりも、今回のことで自信がなくなってしまった。何よりも、リリィの身を危険に晒してしまったというショックややるせなさの方が大きくて。
「私は、君が適任だと思っているよ。返事は急いでいない。人生、まだまだ長いからね。ひとつの道として、私の言葉を覚えていてほしい」
「……はい」
結局答えは出ないまま、シンシアは応接室を後にする。
~*~*~*~
婚約してからの二人は、前よりも一緒にいる時間が長くなっていった。何もない昼間でも、書斎や中庭で二人並んで過ごして。時々同じ家庭教師に座学やダンスを習っていたり、どちらかが習い事をしている時でもこっそり見守っていたり。
茶会や舞踏会でも離れず一緒に過ごすようになったのは、やっぱりあの狩猟大会での出来事が原因だろう。でもその日以来、貴族の子供達がリリィへの虐めをしてこなくなったのも事実で。
───リリィは、誰かの手によって池へ突き落とされたらしい。
それは、あの後の調査でわかったことだ。
リリィ本人の記憶は、精神的なショックでよく覚えていないそうだけれど。池の畔に、リリィやジュードやシンシアとは違う足跡が見付かったらしい。それもまあ誰のものかは、後々来た野次馬の足跡に混じってしまってわからないようだったけれど。
それを聞いたシンシアを支配したのは、やっぱり後悔の文字だった。
あの時、どうしてリリィから離れてしまったのだろう。一緒にいれば、こんなことにはならなかったのに。
……なんて。
「シンシアは、何も悪くないでしょ?」
リリィはそう、優しい笑顔で言ってくれたけれど。やっぱり、許せないものは許せないのだ。
そんなことがあり、それがきっかけで今まで自分の子供がルヴェール公爵家の愛娘に危害を加えていたことが発覚した家では、かなりの大騒ぎになったらしい。
こっぴどく叱られ、ルヴェール邸へ直接詫びを入れにくる家もあって。中には、遠い領地まで子供を飛ばした家もあるらしい。
だからもう、お茶会や舞踏会ではそれなりに安心して過ごせるようにはなっていた。それでも子供達からは、奇異な目で見られるようではあるけれど。
あんなことがあったのにも関わらず、シンシアは何度か茶会での付き人を任されたことがある。護衛達の横で二人の様子を見守って、何か必要なものがあったら持っていく……なんていう、簡単なものだったけれど。
その中で、二人が人目から隠れるように仲睦まじく寄り添っているのを何度も見たことがある。ある時は、日々の習い事で疲れ眠ってしまったリリィに肩を貸し、その寝顔を愛おしそうに見つめるジュードの姿とか。またある時は、お互い幸せそうに見つめ合ってこっそりと口付けを交わす二人の姿とか。
話し声の絶えない茶会とは違う時間が、二人の周りだけ流れているようで。そしてそんな時間がいつまでも続けばいいと、シンシアは願う。
あの笑顔が、幸せが、他人によって壊されてはならない。あの笑顔を曇らせてはならない。あの幸せを、奪われてはならない。
(私は……)
出来ることなら、二人の傍でその幸せが続くように少しでも手助けをしたい。そう思ってはいるものの、やっぱりどうしたって失ってしまった自信や勇気はそう簡単には湧き上がってはこなかった。
~*~*~*~
ある日の夕方、屋敷で見かけたリリィはお忍び用の質素な、しかしそれでもオシャレなワンピースを着ていて。
「お出かけですか?」
そう聞けば、彼女はどこか照れたように頷いた。
「うん。街で豊穣祭をやってて……ジュードと、一緒に行くんだ」
嬉しそうに笑うその表情に、シンシアはなんだか自分まで嬉しくなって。
「楽しんできてくださいね、お嬢様」
「うん、ありがとう、シンシア」
そうして、笑って送り出したのだ。
その後、いつも通り母親と共に家に帰って、いつも通り家族で夕食を食べて、いつも通り眠って。そして翌朝、いつも通り母親と共にルヴェール邸へと向かう。
しかし屋敷の様子は、いつもとは大きく違っていた。使用人達は落ち着きがなく、警察隊が慌ただしく出入りしており、応接室からは警察隊とルヴェール夫妻の会話の合間にクリスティーの悲痛な泣き声が聞こえて。そして屋敷のどこにも、リリィの姿がなかった。
───豊穣祭の最中、リリィ・ルヴェールが何者かに誘拐された。
それを知ったのは、聞こえてきた使用人達の会話を繋ぎ合わせた結果からだ。
陰で見守っていた護衛は何者かに襲われ動くことが出来なかったらしい。そしてジュードの目の前で、リリィは。
シンシアは、すぐにそれを信じることが出来なかった。
───おはよう、シンシア。
廊下の角からリリィが顔を出して、いつものあの綺麗な笑顔でそう声をかけてくれるのではないかと信じて疑わなくて。しかし屋敷をいくら捜してもリリィの姿はなく、物々しい雰囲気で動き回る警察隊とばかり出くわすだけだ。
それでも信じたくなくて、シンシアの足は自然とリリィの部屋に向く。そこになら、彼女がいるだろうと思ったからで。
しかし扉を開けてみれば、中にいたのはリリィではなかった。
「……ジュード様?」
扉の方に背を向ける形で、リリィがいつも眠っているベッドの脇に座っているジュードの背中が見えて。思わず声をかけたものの、返事はない。
ベッドは、空だ。
「ジュード様、お嬢様は───」
そうだ。きっと彼なら、リリィがどこにいるか知っているはずだ。最後の希望にすがって、そう口を開いて。
「すまない、シンシア……」
しかし全てを言う前に、震えるジュードの声で遮られてしまった。
彼は背を向けたまま。だから、シンシアにはその表情は見えない。でもその声が涙で濡れているのだけはわかって、またそれと同時にその背中も震えていることに気が付いた。
「守ることが、出来なかった……」
「あ……」
視界が、ぼんやりと滲んでくる。ダメだ、だめだ、泣いてはいけない。これ以上、彼を絶望の中に落としてはいけない。
「だ、大丈夫ですよ、ジュード様……お嬢様は、すぐに帰ってきます、から……」
震える声でそう言ったのは、ジュードに向けてでもあったけれど。そう自分に言い聞かせなければ、心が耐えられなかったからで。
「きっと、すぐに……」
そうだ。きっとすぐに帰ってくるはずだ。
そんなシンシアの願いが届くことはなく。
その後長い間、リリィがルヴェール邸へと帰ってくることはなかった。
何を言われるのだろう。そう重い足を引きずりながら指定された応接室を訪れれば、そこで待っていたデイビッドから告げられたのは予想だにしていなかったもので。
「もしこの先君が大きくなって、見習としてではなく使用人としてここで働いてくれるなら……その時は、リリィのことをお願いしたいんだ。いいかな?」
「え……で、でも……」
その言葉に即答出来なかったのは、シンシアの中には恐怖心や不安感しかなかったからだ。
「私では、ダメです……今回、私のせいでお嬢様は……」
自分が目を離さなければ、リリィはあんな怖い目に遭わずに済んだはずなのに。それはシンシアが、あの日からずっと後悔してきたことで。そして今日は、そのことを責められるつもりで呼び出しに応じたのに。
デイビッドは、そんなシンシアに優しく首を横に振る。
「君は、ジュードの元へ走ってくれた。だからリリィを助けることが出来たんだ」
「わ、私は……それしか出来なかったから……」
泳げないから池に飛び込むことだって出来なかったし、何もわからないからジュードがリリィを助けようとしているのを、ただ震えて見てることしか出来なかった。
無力な自分に、怒りや悔しさしか湧かないのに。しかしデイビッドは、優しく笑ってくれる。
「それでいい。君は、君の出来ることをしてくれれば」
「私は、私の出来ることを……」
あるのだろうか、そんなものが。出来るのだろうか、自分に。
「リリィは、君に心を開いている。あの子から君の話をよく聞くんだ。あの子に優しく寄り添ってくれているのは、私も知っているよ」
「お嬢様、が……」
寄り添ってあげられていたんだ。それがわかった途端胸の中がきゅうと温かくなって、少しだけ苦しくなる。善意の押付けだと思われていたら、なんて不安になってしまった時もあったけれど。
「……私に、出来るでしょうか」
正直言って自信がないのだ。というよりも、今回のことで自信がなくなってしまった。何よりも、リリィの身を危険に晒してしまったというショックややるせなさの方が大きくて。
「私は、君が適任だと思っているよ。返事は急いでいない。人生、まだまだ長いからね。ひとつの道として、私の言葉を覚えていてほしい」
「……はい」
結局答えは出ないまま、シンシアは応接室を後にする。
~*~*~*~
婚約してからの二人は、前よりも一緒にいる時間が長くなっていった。何もない昼間でも、書斎や中庭で二人並んで過ごして。時々同じ家庭教師に座学やダンスを習っていたり、どちらかが習い事をしている時でもこっそり見守っていたり。
茶会や舞踏会でも離れず一緒に過ごすようになったのは、やっぱりあの狩猟大会での出来事が原因だろう。でもその日以来、貴族の子供達がリリィへの虐めをしてこなくなったのも事実で。
───リリィは、誰かの手によって池へ突き落とされたらしい。
それは、あの後の調査でわかったことだ。
リリィ本人の記憶は、精神的なショックでよく覚えていないそうだけれど。池の畔に、リリィやジュードやシンシアとは違う足跡が見付かったらしい。それもまあ誰のものかは、後々来た野次馬の足跡に混じってしまってわからないようだったけれど。
それを聞いたシンシアを支配したのは、やっぱり後悔の文字だった。
あの時、どうしてリリィから離れてしまったのだろう。一緒にいれば、こんなことにはならなかったのに。
……なんて。
「シンシアは、何も悪くないでしょ?」
リリィはそう、優しい笑顔で言ってくれたけれど。やっぱり、許せないものは許せないのだ。
そんなことがあり、それがきっかけで今まで自分の子供がルヴェール公爵家の愛娘に危害を加えていたことが発覚した家では、かなりの大騒ぎになったらしい。
こっぴどく叱られ、ルヴェール邸へ直接詫びを入れにくる家もあって。中には、遠い領地まで子供を飛ばした家もあるらしい。
だからもう、お茶会や舞踏会ではそれなりに安心して過ごせるようにはなっていた。それでも子供達からは、奇異な目で見られるようではあるけれど。
あんなことがあったのにも関わらず、シンシアは何度か茶会での付き人を任されたことがある。護衛達の横で二人の様子を見守って、何か必要なものがあったら持っていく……なんていう、簡単なものだったけれど。
その中で、二人が人目から隠れるように仲睦まじく寄り添っているのを何度も見たことがある。ある時は、日々の習い事で疲れ眠ってしまったリリィに肩を貸し、その寝顔を愛おしそうに見つめるジュードの姿とか。またある時は、お互い幸せそうに見つめ合ってこっそりと口付けを交わす二人の姿とか。
話し声の絶えない茶会とは違う時間が、二人の周りだけ流れているようで。そしてそんな時間がいつまでも続けばいいと、シンシアは願う。
あの笑顔が、幸せが、他人によって壊されてはならない。あの笑顔を曇らせてはならない。あの幸せを、奪われてはならない。
(私は……)
出来ることなら、二人の傍でその幸せが続くように少しでも手助けをしたい。そう思ってはいるものの、やっぱりどうしたって失ってしまった自信や勇気はそう簡単には湧き上がってはこなかった。
~*~*~*~
ある日の夕方、屋敷で見かけたリリィはお忍び用の質素な、しかしそれでもオシャレなワンピースを着ていて。
「お出かけですか?」
そう聞けば、彼女はどこか照れたように頷いた。
「うん。街で豊穣祭をやってて……ジュードと、一緒に行くんだ」
嬉しそうに笑うその表情に、シンシアはなんだか自分まで嬉しくなって。
「楽しんできてくださいね、お嬢様」
「うん、ありがとう、シンシア」
そうして、笑って送り出したのだ。
その後、いつも通り母親と共に家に帰って、いつも通り家族で夕食を食べて、いつも通り眠って。そして翌朝、いつも通り母親と共にルヴェール邸へと向かう。
しかし屋敷の様子は、いつもとは大きく違っていた。使用人達は落ち着きがなく、警察隊が慌ただしく出入りしており、応接室からは警察隊とルヴェール夫妻の会話の合間にクリスティーの悲痛な泣き声が聞こえて。そして屋敷のどこにも、リリィの姿がなかった。
───豊穣祭の最中、リリィ・ルヴェールが何者かに誘拐された。
それを知ったのは、聞こえてきた使用人達の会話を繋ぎ合わせた結果からだ。
陰で見守っていた護衛は何者かに襲われ動くことが出来なかったらしい。そしてジュードの目の前で、リリィは。
シンシアは、すぐにそれを信じることが出来なかった。
───おはよう、シンシア。
廊下の角からリリィが顔を出して、いつものあの綺麗な笑顔でそう声をかけてくれるのではないかと信じて疑わなくて。しかし屋敷をいくら捜してもリリィの姿はなく、物々しい雰囲気で動き回る警察隊とばかり出くわすだけだ。
それでも信じたくなくて、シンシアの足は自然とリリィの部屋に向く。そこになら、彼女がいるだろうと思ったからで。
しかし扉を開けてみれば、中にいたのはリリィではなかった。
「……ジュード様?」
扉の方に背を向ける形で、リリィがいつも眠っているベッドの脇に座っているジュードの背中が見えて。思わず声をかけたものの、返事はない。
ベッドは、空だ。
「ジュード様、お嬢様は───」
そうだ。きっと彼なら、リリィがどこにいるか知っているはずだ。最後の希望にすがって、そう口を開いて。
「すまない、シンシア……」
しかし全てを言う前に、震えるジュードの声で遮られてしまった。
彼は背を向けたまま。だから、シンシアにはその表情は見えない。でもその声が涙で濡れているのだけはわかって、またそれと同時にその背中も震えていることに気が付いた。
「守ることが、出来なかった……」
「あ……」
視界が、ぼんやりと滲んでくる。ダメだ、だめだ、泣いてはいけない。これ以上、彼を絶望の中に落としてはいけない。
「だ、大丈夫ですよ、ジュード様……お嬢様は、すぐに帰ってきます、から……」
震える声でそう言ったのは、ジュードに向けてでもあったけれど。そう自分に言い聞かせなければ、心が耐えられなかったからで。
「きっと、すぐに……」
そうだ。きっとすぐに帰ってくるはずだ。
そんなシンシアの願いが届くことはなく。
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