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余談2.人間不信の兄が、妹離れを決意するまで
2.兄から見る、気に入らない男
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結局、リリィからブローチを奪った犯人は見付けることが出来なかった。
お茶会が終わりかけだったこともあり、帰ってしまった子供達もいたというのも原因だろう。しかし一番は、リリィがこのことについて触れてほしくないらしいというのが大きかった。
余程ショックだったのか、余計に塞ぎ込むようになってしまって。前よりも笑わなくなってしまった。
精神的に弱っているのもあるのだろう。よく体調を崩して臥せるようになってしまって。
「お兄様、風邪が移ってしまいます……」
「大丈夫だよ、リリィ。寂しくないように、僕が一緒にいてあげる」
それでもリリィから片時も離れなかったのは、彼女を一人にしたくなかったからだ。ここで一人にしてしまえば、本当に心を閉ざしてしまいそうだったからで。
リリィから風邪が移ってしまうのも構わず、ずっとずっと傍にいて。その甲斐もあってか、リリィが完全に心を閉ざすことはなかった。
また、家族や屋敷の人間達以外に心を閉ざしてしまったのはアンドリューも同じで。自分だけはリリィの味方でいようと決心したのも、何かあった時守れるように剣術を習い始めたのもこの頃だった。
そんな生活が半年以上続いたある時だ。
ルヴェール邸に二人の来客があった。数ヶ月前のお茶会で出会ったから知っている。デイビッドと旧知の仲であるクラーク伯爵と、その息子のジュードだった。
風邪を拗らせたクリスティーの治療のため、医者である伯爵を呼び寄せたらしい。その付き添いで来たのがジュードというわけだ。
そんなジュードが、リリィのいる書斎に入り浸っているらしい。
それを知ったのは、剣術稽古の終わりに彼が書斎から出てきたのを見た時だ。
慌てて書斎に入ったものの、リリィに変わった様子はない。
「リリィ、大丈夫だったかい?」
「はい、何もされませんでした。見向きもされませんでしたし、私に興味がないんだと思います」
「そうは言っても……」
いつ彼がリリィに危害を加えようとするかわからない。いくら父親の友人の子供とはいえ、信用なんてしてはいけない。
「リリィ、彼になにかされたら言うんだよ? 僕が守ってあげるからね」
そのために剣術だって習っているのだ。
「あ、ありがとうございます、お兄様」
ふわりとしたその笑顔は、何がなんでも守らなければいけない。だから、ジュードのことを出来るだけ見張って。何かあったらすぐ駆けつけられるように……
そう思っていたアンドリューの予想が思わぬ方向で外れていったのは、それから数日後のことだ。
ジュードとリリィの距離が、だんだんと近付いていっていた。剣術稽古の後でリリィを書斎へと迎えに行った時、全く別々の場所に座っていたはずなのに、最近では少しずつその距離が近付いていって。
「本、ありがとう。面白かった」
「もう読んだのか? 気に入ったならなによりだ」
その日は、そんな話し声が聞こえてきた。覗いてみれば、二人は隣に座って楽しそうに話していて。
「……気に入ったなら、他のも読むか?」
「いいの……?」
「言っただろう? 俺は、冒険譚や御伽噺には興味がないんだ」
「ジュード、難しい本好きだもんね。凄いよ。私は全然理解出来なかったのに」
「別に……これくらい普通だ」
「だから凄いんだよ」
いつの間にこんなに仲良くなったんだろう。どうしてそんなに仲良くなったんだろう。どうしてリリィは、そんなにジュードに心を開きかけているんだろう。
アンドリューの心の中に、黒いモヤモヤが広がって。
「では、また明日───」
「リリィ」
これ以上ジュードの近くにリリィをいさせたくなくて、彼の言葉を遮って書斎へと入った。
「お兄様……?」
「メイド長が捜していたよ。一緒に行こう」
「えっ……あ、ちょっと……」
半ば無理矢理リリィの手を引いて背中を押す。ジュードの方を振り返り、リリィにはバレないように彼を睨み付けた。
───これ以上リリィに近付くな。
───どうせお前も彼女の特異体質を知れば、傷付けようとしてくるんだから。
なんて、そんな感情を込めて。
だってそうじゃないか。今まで屋敷の外の人間は皆皆そうだった。きっと彼も、同じに決まっている。
(リリィは僕が守らなきゃ)
これ以上傷付けさせてはいけない。
そう意気込んだアンドリューの予想はやっぱり、今回は当たらないようだった。
~*~*~*~
アンドリュー程の歳になれば、嫌でも周りの子供達と関わりを持たなくてはならない。だからリリィと離れてしまう時間が嫌でも出来てしまうわけで。
とあるお茶会にて、用が済んでから慌ててリリィを捜しにいけば、しかし彼女は会場にはいなかった。一体どこになんて走り回れば、彼女はルヴェール家の馬車の中にいて。そしてそこにいたのは、リリィ一人ではなかった。
「ほらもうすぐで終わる……だから、もう泣くな」
「…………だって」
椅子に座りぽろぽろと傷付いた宝石を落とすリリィと、そんな彼女の前に跪くジュードの姿がそこにはあって。
リリィの涙の理由がジュードでないことくらい、すぐにわかった。だって彼はリリィの手を取って、その傷口に薬を塗っていたから。
彼は、リリィの涙が宝石に変わる様子に目の色を変えることも、または気味悪がることもなくただ優しく手を取って。
「いつもこうなのか?」
「……一人になると、そう」
「それなら、俺のところに来ればいい」
「いいの……?」
「ああ。どうせ俺も一人だ」
「ふふふ……うん、ありがとう」
記憶にあるよりも柔らかい表情をしているジュードの指が、リリィの目尻に溜まった涙を拭う。彼の手の中で、涙が宝石に変わったのが見えて。
泣きながらも笑うリリィの横顔に、アンドリューはどこか焦りを覚えた。
「リリィ、ここにいたんだね。心配したよ」
ジュードがリリィの手に触れていることすら嫌で、彼らが話しているのも構わず声をかける。
「お兄様……!」
目が合えばそうして安心したように笑ってくれるから、アンドリューも安心して多少は冷静さを取り戻した。
「妹を助けてくれたんだろう? すまない。ありがとう、ジュード」
「いえ、当然のことをしたまでです」
リリィに向けていたものとは違いツンとすました表情でそう返してきたジュードは、傍に置いていた医療道具のポーチを閉じる。
「アンドリュー様も来てくださったんだ。俺はもう行くぞ」
「あ……う、うん……」
離れていくジュードに、リリィは寂しそうな顔をして。それを見た彼は、また柔らかい表情で笑った。
「そんな顔をするな。どうせまた明日も会うんだ」
「……うん、そうだね」
どこが嬉しそうに笑うそのリリィの顔に、アンドリューの心にはまたモヤがかかる。
(また、明日も……)
来るのだろうか、彼は。そうしたらリリィは、彼のところに行ってしまうのだろうか。それは嫌だな、なんて。そう思えばまた、モヤモヤが大きくなっていってしまう。
「……リリィ」
「お兄様……?」
なんだかリリィが自分の傍から離れてしまう気がして、ジュードを見送る彼女の手を思わず握ってしまった。
「あ……」
これ以上彼に近付かないでとか。どうせ裏切られてしまうんだとか。……僕から離れていかないでとか。そんなことを言ってしまいそうになって、必死に口を噤む。
実際、ジュードと関わるようになってきたことでリリィが少しずつ笑顔になってきているのは確かなのだ。
でも、やっぱり好きになれないのだ、ジュードのことは。握った小さな手が、自分の手の届かない場所にまで連れていかれてしまいそうで。〝リリィが傷付かないように〟なんて、単なる言い訳でしかなかった。
お茶会が終わりかけだったこともあり、帰ってしまった子供達もいたというのも原因だろう。しかし一番は、リリィがこのことについて触れてほしくないらしいというのが大きかった。
余程ショックだったのか、余計に塞ぎ込むようになってしまって。前よりも笑わなくなってしまった。
精神的に弱っているのもあるのだろう。よく体調を崩して臥せるようになってしまって。
「お兄様、風邪が移ってしまいます……」
「大丈夫だよ、リリィ。寂しくないように、僕が一緒にいてあげる」
それでもリリィから片時も離れなかったのは、彼女を一人にしたくなかったからだ。ここで一人にしてしまえば、本当に心を閉ざしてしまいそうだったからで。
リリィから風邪が移ってしまうのも構わず、ずっとずっと傍にいて。その甲斐もあってか、リリィが完全に心を閉ざすことはなかった。
また、家族や屋敷の人間達以外に心を閉ざしてしまったのはアンドリューも同じで。自分だけはリリィの味方でいようと決心したのも、何かあった時守れるように剣術を習い始めたのもこの頃だった。
そんな生活が半年以上続いたある時だ。
ルヴェール邸に二人の来客があった。数ヶ月前のお茶会で出会ったから知っている。デイビッドと旧知の仲であるクラーク伯爵と、その息子のジュードだった。
風邪を拗らせたクリスティーの治療のため、医者である伯爵を呼び寄せたらしい。その付き添いで来たのがジュードというわけだ。
そんなジュードが、リリィのいる書斎に入り浸っているらしい。
それを知ったのは、剣術稽古の終わりに彼が書斎から出てきたのを見た時だ。
慌てて書斎に入ったものの、リリィに変わった様子はない。
「リリィ、大丈夫だったかい?」
「はい、何もされませんでした。見向きもされませんでしたし、私に興味がないんだと思います」
「そうは言っても……」
いつ彼がリリィに危害を加えようとするかわからない。いくら父親の友人の子供とはいえ、信用なんてしてはいけない。
「リリィ、彼になにかされたら言うんだよ? 僕が守ってあげるからね」
そのために剣術だって習っているのだ。
「あ、ありがとうございます、お兄様」
ふわりとしたその笑顔は、何がなんでも守らなければいけない。だから、ジュードのことを出来るだけ見張って。何かあったらすぐ駆けつけられるように……
そう思っていたアンドリューの予想が思わぬ方向で外れていったのは、それから数日後のことだ。
ジュードとリリィの距離が、だんだんと近付いていっていた。剣術稽古の後でリリィを書斎へと迎えに行った時、全く別々の場所に座っていたはずなのに、最近では少しずつその距離が近付いていって。
「本、ありがとう。面白かった」
「もう読んだのか? 気に入ったならなによりだ」
その日は、そんな話し声が聞こえてきた。覗いてみれば、二人は隣に座って楽しそうに話していて。
「……気に入ったなら、他のも読むか?」
「いいの……?」
「言っただろう? 俺は、冒険譚や御伽噺には興味がないんだ」
「ジュード、難しい本好きだもんね。凄いよ。私は全然理解出来なかったのに」
「別に……これくらい普通だ」
「だから凄いんだよ」
いつの間にこんなに仲良くなったんだろう。どうしてそんなに仲良くなったんだろう。どうしてリリィは、そんなにジュードに心を開きかけているんだろう。
アンドリューの心の中に、黒いモヤモヤが広がって。
「では、また明日───」
「リリィ」
これ以上ジュードの近くにリリィをいさせたくなくて、彼の言葉を遮って書斎へと入った。
「お兄様……?」
「メイド長が捜していたよ。一緒に行こう」
「えっ……あ、ちょっと……」
半ば無理矢理リリィの手を引いて背中を押す。ジュードの方を振り返り、リリィにはバレないように彼を睨み付けた。
───これ以上リリィに近付くな。
───どうせお前も彼女の特異体質を知れば、傷付けようとしてくるんだから。
なんて、そんな感情を込めて。
だってそうじゃないか。今まで屋敷の外の人間は皆皆そうだった。きっと彼も、同じに決まっている。
(リリィは僕が守らなきゃ)
これ以上傷付けさせてはいけない。
そう意気込んだアンドリューの予想はやっぱり、今回は当たらないようだった。
~*~*~*~
アンドリュー程の歳になれば、嫌でも周りの子供達と関わりを持たなくてはならない。だからリリィと離れてしまう時間が嫌でも出来てしまうわけで。
とあるお茶会にて、用が済んでから慌ててリリィを捜しにいけば、しかし彼女は会場にはいなかった。一体どこになんて走り回れば、彼女はルヴェール家の馬車の中にいて。そしてそこにいたのは、リリィ一人ではなかった。
「ほらもうすぐで終わる……だから、もう泣くな」
「…………だって」
椅子に座りぽろぽろと傷付いた宝石を落とすリリィと、そんな彼女の前に跪くジュードの姿がそこにはあって。
リリィの涙の理由がジュードでないことくらい、すぐにわかった。だって彼はリリィの手を取って、その傷口に薬を塗っていたから。
彼は、リリィの涙が宝石に変わる様子に目の色を変えることも、または気味悪がることもなくただ優しく手を取って。
「いつもこうなのか?」
「……一人になると、そう」
「それなら、俺のところに来ればいい」
「いいの……?」
「ああ。どうせ俺も一人だ」
「ふふふ……うん、ありがとう」
記憶にあるよりも柔らかい表情をしているジュードの指が、リリィの目尻に溜まった涙を拭う。彼の手の中で、涙が宝石に変わったのが見えて。
泣きながらも笑うリリィの横顔に、アンドリューはどこか焦りを覚えた。
「リリィ、ここにいたんだね。心配したよ」
ジュードがリリィの手に触れていることすら嫌で、彼らが話しているのも構わず声をかける。
「お兄様……!」
目が合えばそうして安心したように笑ってくれるから、アンドリューも安心して多少は冷静さを取り戻した。
「妹を助けてくれたんだろう? すまない。ありがとう、ジュード」
「いえ、当然のことをしたまでです」
リリィに向けていたものとは違いツンとすました表情でそう返してきたジュードは、傍に置いていた医療道具のポーチを閉じる。
「アンドリュー様も来てくださったんだ。俺はもう行くぞ」
「あ……う、うん……」
離れていくジュードに、リリィは寂しそうな顔をして。それを見た彼は、また柔らかい表情で笑った。
「そんな顔をするな。どうせまた明日も会うんだ」
「……うん、そうだね」
どこが嬉しそうに笑うそのリリィの顔に、アンドリューの心にはまたモヤがかかる。
(また、明日も……)
来るのだろうか、彼は。そうしたらリリィは、彼のところに行ってしまうのだろうか。それは嫌だな、なんて。そう思えばまた、モヤモヤが大きくなっていってしまう。
「……リリィ」
「お兄様……?」
なんだかリリィが自分の傍から離れてしまう気がして、ジュードを見送る彼女の手を思わず握ってしまった。
「あ……」
これ以上彼に近付かないでとか。どうせ裏切られてしまうんだとか。……僕から離れていかないでとか。そんなことを言ってしまいそうになって、必死に口を噤む。
実際、ジュードと関わるようになってきたことでリリィが少しずつ笑顔になってきているのは確かなのだ。
でも、やっぱり好きになれないのだ、ジュードのことは。握った小さな手が、自分の手の届かない場所にまで連れていかれてしまいそうで。〝リリィが傷付かないように〟なんて、単なる言い訳でしかなかった。
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