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余談2.人間不信の兄が、妹離れを決意するまで
3.妹離れ出来ない兄から見る、近付いていく二人
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「……父上、僕はジュードが嫌いです」
ある日の夜。遂にそうデイビッドに零してしまったのは、あの日以降更に距離が縮まってしまったらしいジュードとリリィの二人を見てしまったからだ。
「……そうか」
デイビッドは頭ごなしに叱ることはせず、否定することもせず、ただ穏やかな笑顔で話を聞いてくれる。だからついつい、全部話してしまうのだ。
あれだけ誰にも心を開こうとしなかったリリィが、すっかりと心を許してしまったのが悔しいこととか。リリィが取られてしまうようで嫌だとか。
「アンドリューはずっと、リリィとずっと一緒にいたからね。そう思ってしまうのは、仕方のないことだよ」
全てを聞き終えた後でも、デイビッドはやっぱりアンドリューの言葉を否定することはなくて。
「でもね、アンドリュー。君もリリィも、このまま二人だけの世界に居続けるわけにはいかない。いつかはその世界を広げなければならないんだ。わかるね?」
「それは……」
わかっているのだ、アンドリューだって。でもやっぱり、悔しいものは悔しいのだ。
「今は受け入れられなくていい。でもね、これはリリィも……君も、成長するいい機会なんだ。だからどうか、見守っていてあげてほしい」
「……はい、父上」
優しく投げかけられた正論に納得せざるを得ない。それでも消えてくれない不満や不安や焦りを抱きながらもそう頷けば、デイビッドの手が優しく頭を撫でた。
~*~*~*~
それから数年が経っても、やっぱりジュードのことは好きになれなかった。
クリスティーの体調が回復したというのにも関わらず、ジュードは度々ルヴェール邸を訪れていたし、リリィもリリィで時々クラーク邸へと足を運んでいて。二人の交流は、更に深くなっていた。
両家の使用人の間では、二人は婚約するのではないかと噂されているくらいにはなっていて。
アンドリューもアンドリューで友人が出来ていないわけではなかったけれど、やっぱりそれが気に入らなかった。
そんな日々が続いたある日のこと。そんな二人の関係とアンドリューが勝手に抱いていた劣等感が、急速に動く事態が起きた。
ある狩猟大会でのことだ。デイビッドと共に森へと入っていれば、馬に乗った護衛が一人駆けてきた。
「リリィ様が池に落ちたと報せがありました……!」
なんて。運ばれてきたそんな報せに、心臓が凍り付いた感覚になったのを今でも覚えている。
デイビッドと共に馬を走らせて戻れば、テントでは大きな騒ぎとなっていて。事態は、想像しているよりも深刻だということを察してしまった。
テントではびしょ濡れになったリリィが、同じようにびしょ濡れになったジュードに弱くしがみつきながら、ぽろぽろと傷だらけの宝石を流していて。そんな彼女を、クラーク伯爵が診察しているところだった。
一時は呼吸が止まっていた、とか。吐き出したものの水をたくさん飲んでいたから、もう少しだけ注意が必要だろう、とか。今は何より精神的なショックが大きい、とか。聞こえてくるデイビッドやクリスティーと伯爵の間で行われている会話に、背筋がぞくりと凍る。
そしてリリィを助けたのがジュードだと知り、また大きな悔しさを感じて。そしてそれと同時に、大きな敗北感を覚えた。
「ジュー、ド……」
「ああ、ここにいる。もう大丈夫だ」
父のデイビッドでも、母のクリスティーでも、ましてや兄のアンドリューでもなく、ジュードにしがみつき泣くリリィ。それを優しく撫でて安心させようとしているジュード。
嗚呼、ほらまた。どうしたって妹は、彼に取られてしまう。
リリィに好かれていないわけでも、また頼りにされていないわけでもない。だからこの先どんな未来が待っていたって、家族としての縁が切られてしまうわけではないだろう。それはわかっている。わかってはいるけれど、それでもやっぱりリリィが取られてしまったようで悔しくて気に食わない。
ようは単純に妹のことで人間不信になって、妹のことを守ろうと躍起になっていたところ現れた存在に嫉妬しているだけなのだ、アンドリューは。
~*~*~*~
狩猟大会の後、リリィは高熱を出して寝込んでしまった。池に落ちて体が冷えてしまったのと、精神的なショックが原因らしい。
クラーク伯爵の所見によれば、しばらく安静にしていればすぐに良くなるとのことだったのだけれど。しかし、大きな問題が起こってしまった。
「リリィ……お願いだから、飲んで……」
「ん、ぅ……ぅ……けふっ……」
吸い飲みで少しずつ水を飲ませようとしても、全て吐き出してしまう。高熱で意識が朦朧としている中、反射的に吐き出してしまうのだろうとデイビッド達やアンドリューも思っていたけれど、しかしどうやらそうではないらしい。
「お兄様、ごめん、なさい……でも……怖くて……」
熱に浮かされたリリィは、そう泣きながら震えていた。どうやら、溺れていた時水中で水を飲んでしまった時の感覚がトラウマとなってしまったらしい。
とはいえ、高熱の中水分が摂れないのなら治らないどころか悪化してしまう一方だ。目に見えて衰弱していっているリリィにどうしたものかとルヴェール邸の人間達が頭を悩ませている中、アンドリューは見てしまった。
リリィを診るために訪れているクラーク伯爵に、ジュードは毎日のように付き添っていて。そしてずっと、リリィの傍へ寄り添っていた。
「公爵や父上から聞いた。水、怖いのか?」
「……うん。思い出しちゃって……」
剣術稽古に向かう途中、リリィの部屋の前を通りかかった時にそんな会話が聞こえてきて。足を止めて部屋を覗いてしまったのは、アンドリューの中で色々と不安が渦巻いていたからだったのだろう。
「……リリィ。少し我慢出来るか?」
「え……?」
ジュードは、戸惑っている様子のリリィをそっと抱き起こして。
「ジュード……?」
「そのまま動くなよ」
ジュードはそのまま水を呷ると、リリィへと口付けた。
「は……」
アンドリューは驚きのあまり声が出かけ、しかしすんでのところでそれを抑える。
「ん、ぅっ……!?」
驚いたのはアンドリューだけではない。当のリリィも、目を大きく見開いていて。
「ん、ん……ぅ……ん……」
一瞬苦しそうにジュードの服を掴んだけれど、やがてその喉がこくりと上下する。そうすれば、ジュードの顔がゆっくりと彼女から離れた。
「じ、ジュード……!? 今、何をしたの……!?」
ただでさえ高熱で赤くなっていたリリィの顔が、更に赤くなっていて。対してジュードは何事もなかったかのように涼しい顔をして、彼女の頬に触れた。
「飲めたか?」
「え……う、うん……飲めた、けど……」
もじ、とリリィは照れたように彼から目を逸らす。その返答に、ジュードは柔らかく笑って。
「それなら……ほら」
彼はそうして、リリィの口元に吸い飲みの口を持っていく。
「あ……」
彼女は恐る恐るそこに口を付けて、ゆっくりゆっくり水を飲んでいるようで。どうやら今ので、水に対する恐怖が少し他のものに塗り替えられたようだ。
ジュードは、安堵したような表情で水を飲み始めたリリィを見守っている。
その様子を見たアンドリューは、何も言わず部屋の前を立ち去った。胸に広がっているのは、やっぱり大きな敗北感で。
どうしたところで、リリィは彼に奪われてしまうのだろう。彼女が生まれた時からずっと二人で育ってきて、辛い日もずっと寄り添ってきたのに。
自分も成長しなければいけないとわかっているし、そろそろ妹離れをしないといけないのもわかっている。
でもどうしたところで、大切な妹を傷付けられたというのが理由で陥ってしまった人間不信は治りそうにないし、そんな大切な妹を取られてしまうという不安感や焦りは拭えそうにない。
「本当、嫌いだ……」
何よりも大切な妹を奪っていくジュードも。いい加減妹から離れられない自分も。
そんな出来事の後で、リリィの体調が少しずつ快復に向かっていったのは言うまでもない。
ある日の夜。遂にそうデイビッドに零してしまったのは、あの日以降更に距離が縮まってしまったらしいジュードとリリィの二人を見てしまったからだ。
「……そうか」
デイビッドは頭ごなしに叱ることはせず、否定することもせず、ただ穏やかな笑顔で話を聞いてくれる。だからついつい、全部話してしまうのだ。
あれだけ誰にも心を開こうとしなかったリリィが、すっかりと心を許してしまったのが悔しいこととか。リリィが取られてしまうようで嫌だとか。
「アンドリューはずっと、リリィとずっと一緒にいたからね。そう思ってしまうのは、仕方のないことだよ」
全てを聞き終えた後でも、デイビッドはやっぱりアンドリューの言葉を否定することはなくて。
「でもね、アンドリュー。君もリリィも、このまま二人だけの世界に居続けるわけにはいかない。いつかはその世界を広げなければならないんだ。わかるね?」
「それは……」
わかっているのだ、アンドリューだって。でもやっぱり、悔しいものは悔しいのだ。
「今は受け入れられなくていい。でもね、これはリリィも……君も、成長するいい機会なんだ。だからどうか、見守っていてあげてほしい」
「……はい、父上」
優しく投げかけられた正論に納得せざるを得ない。それでも消えてくれない不満や不安や焦りを抱きながらもそう頷けば、デイビッドの手が優しく頭を撫でた。
~*~*~*~
それから数年が経っても、やっぱりジュードのことは好きになれなかった。
クリスティーの体調が回復したというのにも関わらず、ジュードは度々ルヴェール邸を訪れていたし、リリィもリリィで時々クラーク邸へと足を運んでいて。二人の交流は、更に深くなっていた。
両家の使用人の間では、二人は婚約するのではないかと噂されているくらいにはなっていて。
アンドリューもアンドリューで友人が出来ていないわけではなかったけれど、やっぱりそれが気に入らなかった。
そんな日々が続いたある日のこと。そんな二人の関係とアンドリューが勝手に抱いていた劣等感が、急速に動く事態が起きた。
ある狩猟大会でのことだ。デイビッドと共に森へと入っていれば、馬に乗った護衛が一人駆けてきた。
「リリィ様が池に落ちたと報せがありました……!」
なんて。運ばれてきたそんな報せに、心臓が凍り付いた感覚になったのを今でも覚えている。
デイビッドと共に馬を走らせて戻れば、テントでは大きな騒ぎとなっていて。事態は、想像しているよりも深刻だということを察してしまった。
テントではびしょ濡れになったリリィが、同じようにびしょ濡れになったジュードに弱くしがみつきながら、ぽろぽろと傷だらけの宝石を流していて。そんな彼女を、クラーク伯爵が診察しているところだった。
一時は呼吸が止まっていた、とか。吐き出したものの水をたくさん飲んでいたから、もう少しだけ注意が必要だろう、とか。今は何より精神的なショックが大きい、とか。聞こえてくるデイビッドやクリスティーと伯爵の間で行われている会話に、背筋がぞくりと凍る。
そしてリリィを助けたのがジュードだと知り、また大きな悔しさを感じて。そしてそれと同時に、大きな敗北感を覚えた。
「ジュー、ド……」
「ああ、ここにいる。もう大丈夫だ」
父のデイビッドでも、母のクリスティーでも、ましてや兄のアンドリューでもなく、ジュードにしがみつき泣くリリィ。それを優しく撫でて安心させようとしているジュード。
嗚呼、ほらまた。どうしたって妹は、彼に取られてしまう。
リリィに好かれていないわけでも、また頼りにされていないわけでもない。だからこの先どんな未来が待っていたって、家族としての縁が切られてしまうわけではないだろう。それはわかっている。わかってはいるけれど、それでもやっぱりリリィが取られてしまったようで悔しくて気に食わない。
ようは単純に妹のことで人間不信になって、妹のことを守ろうと躍起になっていたところ現れた存在に嫉妬しているだけなのだ、アンドリューは。
~*~*~*~
狩猟大会の後、リリィは高熱を出して寝込んでしまった。池に落ちて体が冷えてしまったのと、精神的なショックが原因らしい。
クラーク伯爵の所見によれば、しばらく安静にしていればすぐに良くなるとのことだったのだけれど。しかし、大きな問題が起こってしまった。
「リリィ……お願いだから、飲んで……」
「ん、ぅ……ぅ……けふっ……」
吸い飲みで少しずつ水を飲ませようとしても、全て吐き出してしまう。高熱で意識が朦朧としている中、反射的に吐き出してしまうのだろうとデイビッド達やアンドリューも思っていたけれど、しかしどうやらそうではないらしい。
「お兄様、ごめん、なさい……でも……怖くて……」
熱に浮かされたリリィは、そう泣きながら震えていた。どうやら、溺れていた時水中で水を飲んでしまった時の感覚がトラウマとなってしまったらしい。
とはいえ、高熱の中水分が摂れないのなら治らないどころか悪化してしまう一方だ。目に見えて衰弱していっているリリィにどうしたものかとルヴェール邸の人間達が頭を悩ませている中、アンドリューは見てしまった。
リリィを診るために訪れているクラーク伯爵に、ジュードは毎日のように付き添っていて。そしてずっと、リリィの傍へ寄り添っていた。
「公爵や父上から聞いた。水、怖いのか?」
「……うん。思い出しちゃって……」
剣術稽古に向かう途中、リリィの部屋の前を通りかかった時にそんな会話が聞こえてきて。足を止めて部屋を覗いてしまったのは、アンドリューの中で色々と不安が渦巻いていたからだったのだろう。
「……リリィ。少し我慢出来るか?」
「え……?」
ジュードは、戸惑っている様子のリリィをそっと抱き起こして。
「ジュード……?」
「そのまま動くなよ」
ジュードはそのまま水を呷ると、リリィへと口付けた。
「は……」
アンドリューは驚きのあまり声が出かけ、しかしすんでのところでそれを抑える。
「ん、ぅっ……!?」
驚いたのはアンドリューだけではない。当のリリィも、目を大きく見開いていて。
「ん、ん……ぅ……ん……」
一瞬苦しそうにジュードの服を掴んだけれど、やがてその喉がこくりと上下する。そうすれば、ジュードの顔がゆっくりと彼女から離れた。
「じ、ジュード……!? 今、何をしたの……!?」
ただでさえ高熱で赤くなっていたリリィの顔が、更に赤くなっていて。対してジュードは何事もなかったかのように涼しい顔をして、彼女の頬に触れた。
「飲めたか?」
「え……う、うん……飲めた、けど……」
もじ、とリリィは照れたように彼から目を逸らす。その返答に、ジュードは柔らかく笑って。
「それなら……ほら」
彼はそうして、リリィの口元に吸い飲みの口を持っていく。
「あ……」
彼女は恐る恐るそこに口を付けて、ゆっくりゆっくり水を飲んでいるようで。どうやら今ので、水に対する恐怖が少し他のものに塗り替えられたようだ。
ジュードは、安堵したような表情で水を飲み始めたリリィを見守っている。
その様子を見たアンドリューは、何も言わず部屋の前を立ち去った。胸に広がっているのは、やっぱり大きな敗北感で。
どうしたところで、リリィは彼に奪われてしまうのだろう。彼女が生まれた時からずっと二人で育ってきて、辛い日もずっと寄り添ってきたのに。
自分も成長しなければいけないとわかっているし、そろそろ妹離れをしないといけないのもわかっている。
でもどうしたところで、大切な妹を傷付けられたというのが理由で陥ってしまった人間不信は治りそうにないし、そんな大切な妹を取られてしまうという不安感や焦りは拭えそうにない。
「本当、嫌いだ……」
何よりも大切な妹を奪っていくジュードも。いい加減妹から離れられない自分も。
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