【完結】虐げられてきた白百合が、その一途な溺愛に気付くまで

五蕾 明日花

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余談2.人間不信の兄が、妹離れを決意するまで

4.人間不信の兄から見る、妹の婚約者

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 デイビッドがクラーク伯爵にジュードとリリィの婚約を打診したのも、ジュード自身がそれに首を縦に振ったのも、まあ予想通りの展開で。
 アンドリューも、それに関して意義はなかった。不平や不満がないわけではなかったけれど。


 「……ジュード。僕は君が嫌いだ」

 そんなことを本人に言ってしまったのは、彼とリリィの婚約が決まったとデイビッドから聞かされた当日のことだ。
 リリィと逢ったらしい彼とのすれ違いざまに、なんだか憎たらしくて言ってしまった。

 「……なんとなく、気付いてはいました」

 ジュードは、涼しい顔をしてそう答える。

 「ああ、そうかい」

 自分がわかりやすかったのか、それともジュードの方の察しが良過ぎたのか。どちらにしろその表情が、答えが、やっぱり憎たらしい。

 「……リリィは、僕の大切な妹なんだ」
 「はい、存じております」
 「…………あの子はずっと、周りの子供達に傷付けられてきた」
 「はい……それも」

 思い出すだけでも腸が煮えくり返ってどうにかなりそうなのだ。もう二度と、あんな涙をリリィに流させてはいけない。
 アンドリューは、ジュードを睨み付けた。

 「……僕は君が嫌いだ。でもね、悔しいことに妹を幸せに出来るのはきっと君だけなんだよ」

 それは、リリィが彼と出会って交流を持つようになったここ数年で嫌という程思い知らされた。今までのことでも、そして今回のことでも。彼は幾度となくリリィを救ってきたし、笑顔にしてきた。

 「リリィを傷付けたら、例え君でも許さないよ。いくらリリィ本人が許しても、父上や母上が許しても、僕は許さない」

 彼女はもうじゅうぶん傷付いてきたのだ。たくさん、傷だらけの宝石を流してきたのだ。これ以上誰かが彼女を傷付けるなんて、アンドリュー自身が許せない。
 そんな人によっては怯んでしまいそうな程の、殺気とも取れるそんなアンドリューの視線に、ジュードは臆することなく真っ直ぐ頷いて返す。

 「肝に銘じます。リリィは、必ず」

 そんな言葉が、表情が、ムカつく程に真っ直ぐで力強くて。
 嗚呼、本当に腹立たしい。

 「……ああ、そう」

 そうやって素っ気なく返してしまったのも、悔しさとか腹立たしさとかが先行してしまった結果だ。

 「…………リリィのこと、頼んだよ」
 「はい」

 それだけ言い残して、アンドリューはジュードの方を見向きもせず、その場から足早に立ち去った。


~*~*~*~


 一緒に剣術稽古をしているルヴェール家に雇われた護衛達でさえの戸惑ってしまう程、その日のアンドリューは荒れに荒れていた。理由は簡単。
 リリィが落ちてしまった池の近くに、彼女や一緒にいたシンシア、そして駆け付けたジュード以外の誰かの足跡が見付かったからだ。それも、リリィの足跡のすぐ近くで。


───リリィは、誰かの手によって池へ突き落とされたらしい。


 明確な殺意を持っての犯行か、それとも衝動的なものかはわからないけれど。しかし、リリィが誰かによってその命を落としかけたのは確かで。
 足跡は野次馬によって踏み荒らされ、消えてしまっているらしい。リリィもリリィで、溺れた時の精神的なショックからその前後の記憶が曖昧になっていて、犯人の顔すら覚えていないようで。

 (いや……むしろ覚えていない方がよかったか……)

 怖い思いをしたのだ。その点だけ言えば、覚えていない方がまだ心の傷の治りも早いだろう。
 しかしまあ、こうしている間にも妹に害を成した犯人がのうのうと暮らしているというのは癪に障る。

 (僕にもっと力があれば……)

 すぐにでも犯人を見付け出して、その体を八つ裂きにしてやるというのに。自分はまだまだ子供で、権力も力もない。

 「アンドリュー様っ……!」

 どこからか聞こえてきた自分を呼ぶ声により我に返れば、自分の足元に尻もちをついた護衛が怯えたようにアンドリューを見上げていた。持っていたはずの剣は随分と遠くに落ちていて、自分の持つ剣の切っ先はそんな護衛の首元に突き付けられている。

 どうやら怒りの中、稽古相手を必要以上に追い詰めてしまったらしい。

 「……すまない」
 「い、いえ……」

 剣を納めるけれど、相手はまだ顔を真っ青にして震えている。
 どうもリリィのこととなると、抑えが効かなくなってしまうのだ。積み重ねた稽古によって力がついてしまったのも、それを更に助長させていて。まあ稽古相手となった護衛には、怒り狂った相手が敵となった時の予行練習だと思ってもらおう。

 「僕はもう、今日は上がるよ。すまない……頭を冷やしてくる」

 今日はもう、何をしてもダメだろう。アンドリューは手近にいた護衛の一人に剣を渡し、稽古場からそそくさと去る。
 苛立たしさとか、焦りとか、マイナスな感情ばかりが募って、気を抜くと冷静さを失ってしまいそうだ。このまま部屋に戻ったところで、無力な自分に辟易してしまうだけだろう。爪先を向ける先を変え、中庭へと下りて。

 「あれ……リリィ?」

 静かな庭園を歩いていれば、噴水の縁にリリィが腰掛けているのが見えた。

 「あ……お兄様……」

 アンドリューを見た彼女は、どこか悪戯がバレた子供のような苦い表情をして。見たところ、傍には従者もジュードもいない。

 「もう出歩いて大丈夫なのかい?」
 「はい、だいぶん良くなったので。まだジュードにも、シンシア達にも止められてはいるんですが……ちょっと、退屈になってしまって」

 えへへ、と。何処かバツが悪そうに笑って、アンドリューから目を逸らした。どうやら、部屋からこっそり抜け出してきたらしい。

 「それはよかった。水はもう、怖くないのかい?」
 「はい。飲むのも、触れるのも……このくらいなら。ジュードのお陰です」

 彼女は、手でちゃぷちゃぷと噴水の水面を揺らした。その顔色は悪くなく、本当にもうそのくらいは平気なのだろう。きっと彼女の言う通り、ジュードの献身的な介抱のお陰だろうか。

 「悔しいなぁ」

 なんて。アンドリューは冗談めかしながらも、本音がついつい口を出てしまった。

 「悔しい、ですか……?」

 そんな彼の言葉に、リリィはきょとんとした顔で首を傾げる。しまった、なんて一瞬思いはしたけれど、しかし言ってしまったものはしょうがないし誤魔化しようもないだろう。

 「今回僕は、リリィのために何もしてあげられていないなと思ってね。ジュードにばかり任せてしまって、僕は何も力になれていない」

 リリィを助けたのも、献身的に看病したのもジュードだ。自分は、ただ見ているだけで何も出来なかった。

 「……? お兄様にはいつも、助けられていますよ?」

 リリィはただ、純粋な目でそう言ってくれる。
 その目に、言葉に、安心してしまうけれど。しかしそれじゃいつまで経っても、成長出来ずこのままになってしまうのだろう。

 そんな自分やリリィに甘えたままでいては、どうしたって子供のままだ。

 「……リリィ。僕はもっと強くなるからね」

 剣の腕だけではなく。全ての悪意あるものから、大切な妹を守ってやれるように。害した者を見付け、捕え、懲らしめてやれるように。

 「は、はい……? お兄様なら、きっとなれますよ」

 なんて。そんなアンドリューの野心も知らず、リリィはやっぱり純粋な目でそう言ってくれる。彼女は何も、知らなくていい。
 ジュードもリリィも、まだ自分よりは幼いのだ。いずれは彼に全てを奪われてしまうだろう。しかしその時が来るまでは、まだもう少しだけその役目を奪われてなるものか……なんて、そんな思いも知らなくていい。

 「ありがとう。そう言ってくれたら、頑張れるよ」

 そう言ってリリィの頭を撫でて。彼女の体温がまだ少し高いのだと気付いたとほぼ同時に。

 「リリィ! どこだ!?」

 ジュードの声が、少し遠くから聞こえてきた。
 どうやら、リリィが部屋から抜け出したことに気付いたらしい。彼が思いの外慌ててリリィを呼んでいる理由が、手のひらから伝わってきている。

 「……ねえリリィ。もしかして、まだ熱があるのかい?」
 「………………もう、微熱程度ですよ」

 リリィは、バツが悪そうに目を逸らした。
 だいぶん良くなった、と確かに彼女は言っていたけれど。確かに、最初よりは良くなっているから嘘を吐いていたわけではないようだけれど。

 「おーいジュード。ここだよ、ここ」
 「あっ……お兄様……!」

 隣で、裏切り者、なんて小さく拗ねたような声が聞こえたけれど聞こえない振りをした。
 数分としないうちに、こちらに向かって走ってくる足音が聞こえて。やがて植え込みの陰からジュードが姿を現した。

 「お前はっ……!!」

 彼はリリィを見付けた途端、眉を上げる。
 助けを求めるような彼女の視線を感じるけれど、この場合はジュードの味方だからそれににこやかな笑顔を返して。

 「悪化したらどうするんだ……! 戻るぞ」
 「……はぁい」

 リリィは素直に頷いた。まあでも、不服そうではあるけれど。

 「ほら、掴まっていろ」
 「あ、ちょっと……」

 微かな抵抗虚しく、リリィはジュードによって抱き上げられてしまう。顔を真っ赤にさせた彼女の、「もう歩けるのに」なんて小さな文句にアンドリューは再び聞こえない振りをした。アンドリュー以上に聞こえているはずのジュードも、それには一切の無反応で。

 「ありがとうございます、アンドリュー様。助かりました」
 「いやいや。こちらこそ、お転婆な妹がすまないね」
 「……お兄様」

 むすりとした抗議の声に思わず笑ってしまうけれど、しかし今は彼女の体調が何よりの最優先事項だ。

 「早く治さないと、父上も母上も心配するよ。それに僕もジュードも、気が気じゃないからね」
 「……わかりました」

 そう言って頭を撫でてやれば、不服そうながらも頷いてくれて。

 「では失礼します、アンドリュー様」
 「ああ。妹を頼んだよ」

 頭を下げて背中を向けるジュードの、腕の中。一瞬見えたリリィの顔は、やっぱり彼にしか見せないものだ。
 やっぱり悔しいなぁ、なんて。もう少しの期間だけ抱くことは、許されるだろうか。
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