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結婚生活 2年4ヵ月 ~愛すべきは雑草? ~
素朴で可憐な物売りとは?
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「いい天気ですねぇ」
青い空の下、侯爵家の庭園を望むバルコニー。そこに大きなパラソルを広げ、午後のひとときを楽しんでいます。
レモンを浮かべた紅茶は、汗をかいた身体にすうっと沁みました。夏のだるさを吹き飛ばしてくれるようです。
隣では、マルス子爵婦人が涼しげな顔で扇子を揺らしています。彼女は、いつでも完璧でした。
「ルイディア様、最近、街で奇妙な噂を耳にいたしましたわ」
マルス子爵婦人が小声で囁きます。
「あら、何かしら? まさか、またどこぞの令嬢が、どこぞのご子息と浮名を流しているとでも?」
「いいえ、それよりももっと……不思議なお話ですわ。最近、街に怪しくも美しい行商の女が出入りしているとか。色鮮やかなボトルに入った『奇跡の魔法液』なるものを売り歩いているそうです」
「奇跡の魔法液……? まあ、ずいぶんと胡散臭い話ですね」
私が呆れたように言うと、マルス子爵婦人はさらに身を乗り出しました。
「買うわけありませんわね、そんなもの」
「ええ。それが、その行商の女、ただ者ではないそうですわ。一度目を合わせたら、その美しさの虜になり、どんな高値でも言いなりになってしまうとか」
その話に、私の眉間がぴくりと痙攣しました。
嫌な予感がします。なぜなら、侯爵家で「美しさの虜になる」という言葉が飛び交うとき、大抵その矛先は一人の人物に向かうからです。
「それは、気になりますね」
「ええ、そう思いますわ」
そのとき、聞き慣れた慌ただしい足音が近づいてきました。
「おーい、ルイディア!」
……やはり来ました。不愉快の元凶が。いえ、私の愛おしい旦那様が。
「どうなさいました、旦那様。今日は街へ行くとおっしゃっていましたが、ずいぶんとお早いお帰りで」
「ルイディアに会いたくて、早く帰ってきたんだよ!」
「まあ、それは……残念な……いえ、嬉しいですわ」
ですが、と私はひと睨みします。
「常日頃から、冷静にどーんと構えていてくださいと申し上げていますよ」
「ああ、ごめん、ごめん」
まったく悪びれる様子もなく、旦那様はマルス子爵婦人が座っていた椅子に、がたんと音を立てて腰を下ろしました。私の眉間が、再びぴくぴくと痙攣します。
「それでねぇ、ルイディア! 聞いてくれよ! すごいものを見つけたんだ!」
旦那様はきらきらと目を輝かせながら、鞄の中から色鮮やかなボトルを取り出しました。
そのボトルには、「奇跡の魔法液!」と書かれています。
マルス子爵婦人が、手にしていた扇子を落としました。
「あら、旦那様。それは……」
「街でローズっていう行商の女の子が売ってたんだ。これを使えば、庭の雑草が全部消えて、君が喜んでくれると思ってさ」
旦那様は満面の笑みで、ボトルを掲げます。
ローズ……?
まさか、マルス子爵婦人が言っていた怪しい行商の女が、彼の新しい浮気相手ではありませんよね。
「まあ、旦那様。あなたは本当に懲りない方ですわね。ただ、庭園の手入れを熱心にしてくださるというなら、任せてみましょうか。ただし、私の愛する薔薇には、決して手を出さないでくださいね」
「もちろん! ルイディアのためなら、なんだってするさ!」
そう言うと、旦那様はボトルを片手に庭園へと駆け出していきました。その後ろ姿を見送りながら、私は小さくため息をつきます。
「大丈夫でしょうか?」
「庭師も腰痛で寝込んでいますし、少し様子を見ましょうか」
マルス子爵婦人も、不安そうでした。
数日が過ぎました。
旦那様は毎日のように庭園へ出て、熱心に「奇跡の魔法液」を撒いています。最初は半信半疑だった私も、その熱意には少しだけ感心していました。
「それにしても旦那様。最近は街によく行かれますわね。もしかして、あの奇跡の魔法液がなくなったのかしら?」
ある日のティータイム、私が尋ねると、旦那様は少し頬を赤らめて言いました。
「ああ、そうなんだ」
「ローズ、でしたか?」
その言葉に、旦那様はさらに頬を赤らめます。
「え? なに? 違うよ! 変な勘違いしないでくれよ。ローズはとても素朴で静かで、地味な女の子だよ。例えるなら……そうだな、ルイディアとは正反対だ」
「本当ですか?」
「うん」
嘘をついているようには見えませんでした。
マルス子爵婦人の言う、噂の行商とは違うのでしょうか。
しかし、その日の夕方にも、彼はまた意気揚々と街へと出かけていったのです。
そして私は、街の様子を探ってくるよう、使いを出したのです。
青い空の下、侯爵家の庭園を望むバルコニー。そこに大きなパラソルを広げ、午後のひとときを楽しんでいます。
レモンを浮かべた紅茶は、汗をかいた身体にすうっと沁みました。夏のだるさを吹き飛ばしてくれるようです。
隣では、マルス子爵婦人が涼しげな顔で扇子を揺らしています。彼女は、いつでも完璧でした。
「ルイディア様、最近、街で奇妙な噂を耳にいたしましたわ」
マルス子爵婦人が小声で囁きます。
「あら、何かしら? まさか、またどこぞの令嬢が、どこぞのご子息と浮名を流しているとでも?」
「いいえ、それよりももっと……不思議なお話ですわ。最近、街に怪しくも美しい行商の女が出入りしているとか。色鮮やかなボトルに入った『奇跡の魔法液』なるものを売り歩いているそうです」
「奇跡の魔法液……? まあ、ずいぶんと胡散臭い話ですね」
私が呆れたように言うと、マルス子爵婦人はさらに身を乗り出しました。
「買うわけありませんわね、そんなもの」
「ええ。それが、その行商の女、ただ者ではないそうですわ。一度目を合わせたら、その美しさの虜になり、どんな高値でも言いなりになってしまうとか」
その話に、私の眉間がぴくりと痙攣しました。
嫌な予感がします。なぜなら、侯爵家で「美しさの虜になる」という言葉が飛び交うとき、大抵その矛先は一人の人物に向かうからです。
「それは、気になりますね」
「ええ、そう思いますわ」
そのとき、聞き慣れた慌ただしい足音が近づいてきました。
「おーい、ルイディア!」
……やはり来ました。不愉快の元凶が。いえ、私の愛おしい旦那様が。
「どうなさいました、旦那様。今日は街へ行くとおっしゃっていましたが、ずいぶんとお早いお帰りで」
「ルイディアに会いたくて、早く帰ってきたんだよ!」
「まあ、それは……残念な……いえ、嬉しいですわ」
ですが、と私はひと睨みします。
「常日頃から、冷静にどーんと構えていてくださいと申し上げていますよ」
「ああ、ごめん、ごめん」
まったく悪びれる様子もなく、旦那様はマルス子爵婦人が座っていた椅子に、がたんと音を立てて腰を下ろしました。私の眉間が、再びぴくぴくと痙攣します。
「それでねぇ、ルイディア! 聞いてくれよ! すごいものを見つけたんだ!」
旦那様はきらきらと目を輝かせながら、鞄の中から色鮮やかなボトルを取り出しました。
そのボトルには、「奇跡の魔法液!」と書かれています。
マルス子爵婦人が、手にしていた扇子を落としました。
「あら、旦那様。それは……」
「街でローズっていう行商の女の子が売ってたんだ。これを使えば、庭の雑草が全部消えて、君が喜んでくれると思ってさ」
旦那様は満面の笑みで、ボトルを掲げます。
ローズ……?
まさか、マルス子爵婦人が言っていた怪しい行商の女が、彼の新しい浮気相手ではありませんよね。
「まあ、旦那様。あなたは本当に懲りない方ですわね。ただ、庭園の手入れを熱心にしてくださるというなら、任せてみましょうか。ただし、私の愛する薔薇には、決して手を出さないでくださいね」
「もちろん! ルイディアのためなら、なんだってするさ!」
そう言うと、旦那様はボトルを片手に庭園へと駆け出していきました。その後ろ姿を見送りながら、私は小さくため息をつきます。
「大丈夫でしょうか?」
「庭師も腰痛で寝込んでいますし、少し様子を見ましょうか」
マルス子爵婦人も、不安そうでした。
数日が過ぎました。
旦那様は毎日のように庭園へ出て、熱心に「奇跡の魔法液」を撒いています。最初は半信半疑だった私も、その熱意には少しだけ感心していました。
「それにしても旦那様。最近は街によく行かれますわね。もしかして、あの奇跡の魔法液がなくなったのかしら?」
ある日のティータイム、私が尋ねると、旦那様は少し頬を赤らめて言いました。
「ああ、そうなんだ」
「ローズ、でしたか?」
その言葉に、旦那様はさらに頬を赤らめます。
「え? なに? 違うよ! 変な勘違いしないでくれよ。ローズはとても素朴で静かで、地味な女の子だよ。例えるなら……そうだな、ルイディアとは正反対だ」
「本当ですか?」
「うん」
嘘をついているようには見えませんでした。
マルス子爵婦人の言う、噂の行商とは違うのでしょうか。
しかし、その日の夕方にも、彼はまた意気揚々と街へと出かけていったのです。
そして私は、街の様子を探ってくるよう、使いを出したのです。
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