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〈番外編〉マネージャーの憂鬱
仕事に生きるアラフォー談義
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「悪い、待たせたね」
暗い店内にヒールの足音が響く。ひっつめたアップのヘアスタイル、細身の濃紺のスーツ。まるで隙のないバリキャリといった出で立ち。
「モヒートをお願いします」
席に着くなり、カウンター越しに注文する。相変わらず、せっかちだな。
「人気アイドルのマネージャーさんは忙しそうだね」
「聞こえはいいけど、実際はたいした肩書きも無い平社員よ。和泉こそ忙しいんじゃないの?クリエイティブディクレターさん」
葉山は目の前に出されたグラスを手に取る。
「おかげさまで、大きな案件が取れて大忙しだ」
グラスを合わせる。
「会議室に和泉がいたときは驚いたわ」
「会議室に入ってきたのが葉山で驚いたよ」
2人で同時に笑い出す。
「何年振りかしら?」
「祥子の結婚式だから、5年くらい前かな」
「30代はあっという間に終るわね」
「噂じゃ、40代はもっと早いらしい」
「ゾッとするわね」
葉山とは同郷で高校時代の友人だ。一緒に東京の大学に進学したが、社会人になりお互い忙しくなり、疎遠になっていた。
今回の仕事で偶然にも再会したが、コネだと誤解されたくはないから、暗黙の了解で、お互い面識があることは伏せていた。
「結婚したのね。知らなかったわ」
「ついでに、教えておくと、離婚もした」
最終プレゼンを欠席したとき、その理由を伝えたことは、杏菜から報告を受けていた。別に隠すことでもない。その時々で、優先順位は変わるものだ。
「あら、そうだったの」
「誰かと一緒に暮らすことが合わなかった。例えそれが、我が子でも」
10才になる息子は、誰より愛しく大切な存在。そんな息子を育ててくれる元夫にも、最大級の感謝しかない。
「不器用なのよね、高校時代から」
葉山は長いネイルの指先で、マドラーを回した。
「目の前にあることに集中してしまうと、他のことができなくなる。真面目で必死になり過ぎて、初彼に振られたわよね、生徒会長さん」
古い話を持ち出される。確かに、あの頃と同じことを繰り返しているから、反省も成長もないのか。
「副会長みたいに、三股してもバレない器用さが欲しかったよ」
当時の葉山は、恋多き魔性の女だった。
「ふふ、今では5人の超イケメン相手だからね」
「うらやましい限りだな」
「そうでもないわ。ひとりね、問題児がいるのよ」
葉山は深いため息のあと、グラスを一気に飲み干した。
「ねぇ、今夜は付き合ってもらうわよ」
「同性相手に言うセリフじゃないだろ」
「男に言っても無駄なんよ」
地元の訛りが出てるが、まぁ、いいか。
東京に出て思うのは、自分より酒に強い男がいないこと。おそらく、葉山もそうなんだろう。
早々に日本酒が登場した。
「ファンに手を出す、共演者とロケバスでいちゃつく、港区の飲み会に頻発に目撃情報が来る。ヤバそうな人脈ギワク有り。とにかく人気がある自覚が無いんよ、あんの末っ子アイドルは!」
ゲンキライブ企画に正式受注が決まった、ライブグッズの担当、ケイタのことらしい。
「自覚というより、執着心が無さそうだったな。人気者であることにも、その地位や価値、たぶん、自分にも」
「あら、わかるの?」
「それなりに、若者と組んで仕事はしてるからな」
「言いたくないけど、Z世代はみんなそうなのかしら」
若さを否定したくないが、ギリ昭和を知る世代の私たちとは、考え方も価値観も異なるのか。
「アイドルのマネージャーが言うことじゃないけん、でも、誰かおらんのかね、面倒見の良い女が」
「葉山が面倒みてやれば?」
「もう、男はいらん」
どうやら、色々あったらしいが、男がいらんのは、私も同感だ。結局、ひとりがいいのだ。
「あ、でも、あの子はいいわ。和泉のとこのデザイナー。あんたの、不在時も堂々としてたわ。仕事ができて。タフで、でも謙虚さもあっていいわ。嫁にしたいタイプね」
「杏菜か?あれも離婚しばっかりだよ。仕事のし過ぎで、夫婦中が壊れたらしい」
「なんじゃ、私らと同類か」
ガッカリと言わんばかりに肩を落とす。
いや、同類とも言えないかな。
杏菜は面倒見もよく、正義感が強い。支えられるよりも、誰かを支えることで強くなるタイプだ。
前の旦那さんには申し訳ないが、結婚式で会ったときに、違和感があったことを覚えている。あの男は、女の弱さに惹かれるタイプに見えたから。
そう、私の夫だった人と同じように。
「まあ、若者の恋愛に口出すような野暮はしないこった」
「わかってるわよ」
そのとき、葉山のスマホが鳴った。
「噂の問題児からのメッセージだわ」
視線を画面に落とす。
「は?大事な彼女ができたから恋愛ドラマはお断りして、ですって?」
ゴトッ!
スマホがテーブルに落ちた。
「すごいな、Z世代」
「この前の胸きゅん映画が好評だったから、続編にドラマの話が出てたのよ。ネット配信だけど主演なのよ。ちょっとエッチな展開で、小娘たちのハートを鷲掴むはずだったのに!何を血迷ってんじゃ、あのハナタレは!ちょっと、電話してくる」
「お、お手柔らかに」
やれやれ、何だかんだ楽しそうに仕事してる。
「マスター、もう1本開けて」
四合瓶なんてあっという間に終ってしまう。葉山が戻ってきたら、とことん付き合ってやろう。
暗い店内にヒールの足音が響く。ひっつめたアップのヘアスタイル、細身の濃紺のスーツ。まるで隙のないバリキャリといった出で立ち。
「モヒートをお願いします」
席に着くなり、カウンター越しに注文する。相変わらず、せっかちだな。
「人気アイドルのマネージャーさんは忙しそうだね」
「聞こえはいいけど、実際はたいした肩書きも無い平社員よ。和泉こそ忙しいんじゃないの?クリエイティブディクレターさん」
葉山は目の前に出されたグラスを手に取る。
「おかげさまで、大きな案件が取れて大忙しだ」
グラスを合わせる。
「会議室に和泉がいたときは驚いたわ」
「会議室に入ってきたのが葉山で驚いたよ」
2人で同時に笑い出す。
「何年振りかしら?」
「祥子の結婚式だから、5年くらい前かな」
「30代はあっという間に終るわね」
「噂じゃ、40代はもっと早いらしい」
「ゾッとするわね」
葉山とは同郷で高校時代の友人だ。一緒に東京の大学に進学したが、社会人になりお互い忙しくなり、疎遠になっていた。
今回の仕事で偶然にも再会したが、コネだと誤解されたくはないから、暗黙の了解で、お互い面識があることは伏せていた。
「結婚したのね。知らなかったわ」
「ついでに、教えておくと、離婚もした」
最終プレゼンを欠席したとき、その理由を伝えたことは、杏菜から報告を受けていた。別に隠すことでもない。その時々で、優先順位は変わるものだ。
「あら、そうだったの」
「誰かと一緒に暮らすことが合わなかった。例えそれが、我が子でも」
10才になる息子は、誰より愛しく大切な存在。そんな息子を育ててくれる元夫にも、最大級の感謝しかない。
「不器用なのよね、高校時代から」
葉山は長いネイルの指先で、マドラーを回した。
「目の前にあることに集中してしまうと、他のことができなくなる。真面目で必死になり過ぎて、初彼に振られたわよね、生徒会長さん」
古い話を持ち出される。確かに、あの頃と同じことを繰り返しているから、反省も成長もないのか。
「副会長みたいに、三股してもバレない器用さが欲しかったよ」
当時の葉山は、恋多き魔性の女だった。
「ふふ、今では5人の超イケメン相手だからね」
「うらやましい限りだな」
「そうでもないわ。ひとりね、問題児がいるのよ」
葉山は深いため息のあと、グラスを一気に飲み干した。
「ねぇ、今夜は付き合ってもらうわよ」
「同性相手に言うセリフじゃないだろ」
「男に言っても無駄なんよ」
地元の訛りが出てるが、まぁ、いいか。
東京に出て思うのは、自分より酒に強い男がいないこと。おそらく、葉山もそうなんだろう。
早々に日本酒が登場した。
「ファンに手を出す、共演者とロケバスでいちゃつく、港区の飲み会に頻発に目撃情報が来る。ヤバそうな人脈ギワク有り。とにかく人気がある自覚が無いんよ、あんの末っ子アイドルは!」
ゲンキライブ企画に正式受注が決まった、ライブグッズの担当、ケイタのことらしい。
「自覚というより、執着心が無さそうだったな。人気者であることにも、その地位や価値、たぶん、自分にも」
「あら、わかるの?」
「それなりに、若者と組んで仕事はしてるからな」
「言いたくないけど、Z世代はみんなそうなのかしら」
若さを否定したくないが、ギリ昭和を知る世代の私たちとは、考え方も価値観も異なるのか。
「アイドルのマネージャーが言うことじゃないけん、でも、誰かおらんのかね、面倒見の良い女が」
「葉山が面倒みてやれば?」
「もう、男はいらん」
どうやら、色々あったらしいが、男がいらんのは、私も同感だ。結局、ひとりがいいのだ。
「あ、でも、あの子はいいわ。和泉のとこのデザイナー。あんたの、不在時も堂々としてたわ。仕事ができて。タフで、でも謙虚さもあっていいわ。嫁にしたいタイプね」
「杏菜か?あれも離婚しばっかりだよ。仕事のし過ぎで、夫婦中が壊れたらしい」
「なんじゃ、私らと同類か」
ガッカリと言わんばかりに肩を落とす。
いや、同類とも言えないかな。
杏菜は面倒見もよく、正義感が強い。支えられるよりも、誰かを支えることで強くなるタイプだ。
前の旦那さんには申し訳ないが、結婚式で会ったときに、違和感があったことを覚えている。あの男は、女の弱さに惹かれるタイプに見えたから。
そう、私の夫だった人と同じように。
「まあ、若者の恋愛に口出すような野暮はしないこった」
「わかってるわよ」
そのとき、葉山のスマホが鳴った。
「噂の問題児からのメッセージだわ」
視線を画面に落とす。
「は?大事な彼女ができたから恋愛ドラマはお断りして、ですって?」
ゴトッ!
スマホがテーブルに落ちた。
「すごいな、Z世代」
「この前の胸きゅん映画が好評だったから、続編にドラマの話が出てたのよ。ネット配信だけど主演なのよ。ちょっとエッチな展開で、小娘たちのハートを鷲掴むはずだったのに!何を血迷ってんじゃ、あのハナタレは!ちょっと、電話してくる」
「お、お手柔らかに」
やれやれ、何だかんだ楽しそうに仕事してる。
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