さみしがりやの末っ子アイドルは、仕事ばかりの30才バツイチに愛されたい <dulcisシリーズ>

はなたろう

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#4〈ケイタの嫉妬〉

1.離婚届け

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日曜日の朝、枕元でスマホが震えた。


『今から行きたいのだけど、いいだろうか?』


ケイタではない。ケイタなら疑問系ではなく、『今から行くね』、もしくは、連絡も無しに『来ちゃった』だから。


メッセージの送り主は、離婚した元夫、祐介だった。


「久しぶり」


2ヶ月ぶりに会う祐介は、少しだけ痩せたように見える。


「パスポート、置いたままだったのね。言ってくれたら送ったのに」

「いや、急な出張でさ。週明けから上海に行くことになったから」


祐介は慣れた手付きで、リビングの引き出しを開けた。


「新婚旅行から、もう1年経ったんだな」


アルバムを手に祐介が笑いながら言った。


「そうね」


新婚旅行の行き先は祐介が決めた。
1年前、この部屋でのやり取りが思い出される。


◆◆◆


「え、モルディブ?」


インド洋に浮かぶ熱帯国。たくさんの島が、それぞれ独立したリゾートホテルになっている。珊瑚礁に囲まれ、美しいビーチと、どこまでも碧い海。


「5泊もするの?グアムか沖縄で3泊でいいのに」

「新婚旅行なんだから、仕事は休めるだろう?」


しかし、猫カフェの納期と重なり、新婚旅行の前日はまさかの徹夜。職場から成田空港へ向かった。

保安検査葉の前、祐介は「怒るよりも呆れるな」と言って、長いため息を吐いた。


10時間以上のフライト。

アルマゲドンを見て泣いている祐介の隣で、私は機内食も食べずに爆睡。


ホテルに着いたあとも、なんだかんだと仕事をしてしまい、夫婦ケンカばかりの旅行だった。

さらに、祐介がお腹を壊して寝込んでしまった。

デリケートなお坊ちゃまに、現地の水は合わなかったらしい。歯磨きもミネラルウォーターを使っていたのは何だったのか。どんもおかゆも無い。料理上手なママもいない。


一方の私は、学生時代にバイト代を貯めては、アジア各地をバックパッカーのように旅行をしていた。屋台でもバクバク食べられる。


性格も価値観も違う2人。離婚したのは当然だろうか。


◆◆◆


「散々な新婚旅行だったよな」


祐介はアルバムを引き出しに戻そうとした。


「あ、いいよ。戻さないで。そこの段ボールに入れて」


実のところ、祐介の来訪はタイミングとしてはとても良かった。不要なものを処分しようと、部屋の整理をはじめていたから。


「捨てるの?」

「だって、いらないでしょ?」


離婚したのに、アルバムを大事に取っておく必要があるのだろうか。


「結婚式の写真もいらないよね」

「……ああ、そうだな」


結婚式は私の意向で、親族と親しい友人だけで行った。

大手企業に勤める祐介。もしも、仕事関係の人を披露宴に招待していたら、かなりの人数になっていたはず。

わずか1年で離婚となった今、派手な結婚式にしなくて良かったと、心底思う。

祐介のご両親は派手な披露宴を希望していて、よく嫌味を言われたものだ。


「離婚したこと、ご両親は怒ってないの?」

「いや、まぁ、上手く言っておいたから大丈夫だよ」


自分の不倫で離婚したとは言えないはず。でも、私には関係ないことだ。


「冬服も持って行けば?」

「ああ、そうだな」


クローゼットのある寝室に祐介が入って行く。


この寝室で、私は祐介に何度も抱かれたし、祐介が他の女を抱く姿も見た。

そして、少し前にはケイタに抱かれた――。


複雑すぎて、ベッドを直視できない。


「私、リビングにいるからね」

「ああ、すぐ終わらせるよ」


無音に耐えられず、テレビの電源を入れた。すると――、


『みなさぁん、こんにちわぁ!』


ゴトッ!


思わずリモコンを床に落としてしまった。

画面には、大きなサツマイモを持ったケイタが映っていたからだ。

そうだ、今日は日曜日。

この時間はケイタのレギュラー番組放送日だ。いつも見ているのに、すっかり忘れていた。

画面の左上には『本日は生放送でお届け中!』とテロップが出ている。


メンバーカラーのオレンジ色のつなぎ、軍手、長靴、頭には白いタオルを巻き、背中に籠を背負っている。


『わぁ、焼き芋だ!いただきまぁす!』


満面の笑顔で頬張る。


新曲のミュージックビデオで見せる色気のある表情とは、まるで違う姿を見せていた。

演技は嫌いだと言っていたけど、やっぱりプロだなぁと、感心する。


『都内で楽しくお芋ほり!皆さんもぜひ楽しんでください!以上、dulcis〈ドゥルキス〉のケイタがお届けしました。スタジオにお返ししまーーす』


そのとき、祐介が寝室から出てきた。


「帰る前に、タバコ吸ってもいい?」

「うん、どうぞ」


祐介は定位置だった椅子に座ると、電子タバコに火を付けた。

2ヶ月振りの、祐介のタバコの香り。


私と祐介との数少ない共通点は、どちらも愛煙家だったことぐらいだ。


「家具とか家電はどうする?年内に引っ越す予定なの」

「要らなければ処分して。費用は出すから」

「祐介は1人で暮らしてるの?」

「浮気相手と暮らしてるとでも思った?」

「え、いや、そんなことは……」


歯切れの悪い返事になってしまった。

ケイタの差し金で近づいた女だなんて知ったら、傷ついてしまうだろう。騙されていたなんて、言えない。


「彼女とは会ってないよ。会社も辞めちゃったし」


そりゃ。そうでしょうね。ケイタも連絡をとっていないと言っていたから、他のターゲットを見つけたのだろうか。


「なぁ、杏菜」

「なに?」

「やり直すつもりはないか?」


そう言うと、1枚の紙をテーブルに広げて置いた。思わず手に取る。


「これ、離婚届じゃない!まだ出してなかったの?」


証人者は私の母と弟のサイン。離婚に反対した父はサインを拒否したからだ。


私は、まだ『田中杏菜』だったんだ。


「冷却期間が必要だと思ったんだ。お互い感情的になっていたら、冷静な判断はできないだろう」

「そんなことない」

「ああ、そうだったな」


祐介は寂しそうに笑った。


「不倫現場を見て、泣くことも怒ることもない。杏菜は最初から興味が無かったんだ。結婚にも、俺にも、2人の将来にも」

「子供は欲しいって思ったよ。だから、禁煙もしたじゃない」

「徹夜ばかりの不規則な生活、働き方を改めて欲しいって言ったとき、杏菜は『そんなの無理』て笑ったよな」

「だって、好きなんだもの。今の仕事も、会社のことも」

「不倫した言い訳にはならないけど、ずっと寂しかったよ」


あぁ、やっぱりそうか。それを言われると、なにも返せなくなる。


「離婚届は、この後ちゃんと役所に出すよ。今度こそ本当に」


タバコを消すと、祐介は立ち上がった。


「いつか、仕事を越えるほど、好きな男に会えるといいな」


優しさから出た言葉か、それともただの、皮肉だったのか。どちらにしても、これで、本当に結婚という、私たちの契約は白紙になった。

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感想 1

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みんなの感想(1件)

XX
2025.09.15 XX

危うさ、綱渡り感が伝わってきますね。

解除

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