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#2 ドライブデート
1.助手席のお仕事
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車の助手席に座る美咲は、窓の外を流れる景色に上機嫌だ。
「ドライブっていいよね」
その言葉に、俺の心は救われる。
本当なら、街中で買い物や、アミューズメント施設に行きたいのかもしれない。そう、思っていたから。
人目を避けて都心を離れ、誰もいない場所へ向かう。高速道路降りると、窓の外には海が広がった 。
夕焼けに照らされる美咲の横顔は、今日がこの上なく楽しいと語っていた。それが俺には、何より嬉しかった。
「おなかすいた?」
「うん、そうだね」
美咲はスマホを、さっと操作する。
「この先に、インスタグラムで人気なカフェがあるよ」
「人気なカフェか」
俺がポツリとつぶやくと、
「ハンバーガーとタピオカドリンク、色々テイクアウトできるみたい」
楽しそうにメニューを読み上げる。
「車で食べようよ、ね」
「あ、ああ」
「それとも、車内に匂いがつくのは、嫌なタイプ?」
「いや、そんなの考えたこともないよ」
「モバイルオーダーできるって、何がいいかなぁ」
楽しそうな声の裏に、俺への気遣いが隠されているのが分かった。
「次の信号を右折して、郵便局の少し先にあるよ」
美咲はカーナビよりも、道案内が上手かった。迷うことなく、俺が車をカフェの駐車場に停めると、
「じゃあ、私、行ってくるね」
美咲は助手席から降りた。小走りで店のドアへと向かう美咲の後ろ姿を、俺は目で追う。
おしゃれなカフェだった。ウッドデッキのテラス席で、カップルが談笑している。楽しそうな声が、聞こえてくるようだ。
本当は、店内でゆっくりと食事をしたかったのだろう。俺だって、本当ならばそうしたい。
テラス席のカップルに、俺と美咲の姿を、想い重ねる。
俺がアイドルとして生きるために、失ってきたたくさんのものを、美咲は当たり前のように与えてくれる。俺が望むのは、ただただ彼女が隣にいてくれること。それだけで、俺の心は満たされる。
「お待たせ!」
美咲がテイクアウトの袋を持って、SUVの車内に戻ってきた。
「どこかに車を停めて食べる?」
「出来たてが美味しいだろ。俺は運転しながらでも食べれるよ」
「おっけー」
美咲は膝の上に置いた袋から、ハンバーガーを取り出した。包みをクルッと半分折り、片手でも食べやすいようにして、
「はい、どうぞ」
俺に差し出した。
「お、ありがと」
俺は片手でハンドルを握りながら、美咲がくれたハンバーガーにかぶりついた。
美咲は、ひとくち食べるたびに「美味しい!」と子供のように目を輝かせた。そんな彼女の様子を見るだけで、俺も幸せな気分になった。
「おっと」
ハンバーガーのソースが垂れそうだ、と、 美咲が紙ナフキンで、スッと俺の口許を拭いた。
「セーフ!」
美咲がポテト、俺の口元に差し出してきた。
「コウキ、あーん」
少し照れくさいが、口を開ける。カリッとした食感と、ほんのり塩味が効いたポテトが口の中に広がる。
こんなふうに、なんでもない日常を美咲と過ごせること。それが、俺にとっては何よりも尊い時間だ。
食べ終わると、美咲はアイスコーヒーにストローを差し、ごく自然に俺に渡してくれる。
その一連の動きが、あまりに自然で淀みなかった。
「……慣れてるな」
思わず本音が言葉が出た。
「え?」
「いや、助手席での働きが、ね」
「そうかな?」
その言葉に、俺はほんの少しだけ胸に違和感を覚えた。美咲は、俺が口にした言葉をどう解釈したのだろうか。
海に別れを告げ、カーナビは、人里離れた山道へと俺たちを誘う。
車は静かなエンジン音を響かせながら、滑るように山道を進んでいく。
道路は舗装されているものの、カーブが連続し、時折アップダウンもある。
「コウキ、運転うまいね。全然揺れない」
美咲が感心したように言った。
「それに、ハリアーってやっぱいいいね。都会でもオフロードでも走れるもん。内装もこってるし、シートもお洒落だよね」
「前から思ってたけど、美咲は車に詳しいね」
「あ、あーー、うん、そうかな」
流石にわかった。
「元彼、とか?」
「うん、まぁ」
「どんな人?」
「大学の先輩で、ディーラーで、車好きだったんだの」
言葉を最小限に、選んでいることはわかった。ドライブデートには慣れている、そういうことか。
俺はハンドルを握る手に力を込めた。
美咲は25才。恋愛経験なんていくつもあるだろう。
だけど、俺と出会う前に、誰かの隣で、俺の知らない笑顔を見せていたこと。当たり前だけど、気に入らない。
「何年くらい、付き合ったの?」
「三年くらいかな。でも、浮気されて終わっちゃったんだ。ショックだったけど、今思えばあれで良かったのかも」
美咲は、そんな過去を明るく話した。
だが、俺にはその言葉が、胸に刺さるトゲのように感じられた。俺は、美咲の明るい声と、自分のドロドロとした感情のギャップに苛立った。嫉妬や独占欲、今まで感じたことのない醜い感情が、俺の心を占めていく。
「……まだ、好きなんじゃないの?」
自分でも驚くほど、不器用でみっともない言葉が口から出た。
美咲は目を丸くして、少し困ったような顔をした。そして、すぐに顔を伏せてしまう。
「まさか!もう1年前の話だよ」
美咲がそう否定する。
その瞬間、俺は自分の醜い感情に、言いようのない自己嫌悪に陥った。車内には気まずい沈黙が流れる。
この空気、どうすればいいんだ。まるで、別人のようだった。こんなにみっともない男、美咲は知らないだろう。
この気まずい空気を変えようと、美咲が再び口を開いた。
「そういう、コウキは?どんな恋愛してきたの?」
俺は、ざっと今までを振り返る。
デビューしてから、仕事に明け暮れる日々。恋愛なんて、まともにしたことなんてなかった。
「それはーー」
俺が口を開きかけた時、美咲は静かに言った。
「ごめん、やっぱり聞きたくない」
美咲の知らない過去を聞きたくないのだろうか。
車はさらに山道を上っていく。
目的地は、美咲が以前、星が好きだと話していたことを思い出して、サプライズで計画していた星空スポットだ。
カーラジオからは静かに音楽が流れていた。
「ドライブっていいよね」
その言葉に、俺の心は救われる。
本当なら、街中で買い物や、アミューズメント施設に行きたいのかもしれない。そう、思っていたから。
人目を避けて都心を離れ、誰もいない場所へ向かう。高速道路降りると、窓の外には海が広がった 。
夕焼けに照らされる美咲の横顔は、今日がこの上なく楽しいと語っていた。それが俺には、何より嬉しかった。
「おなかすいた?」
「うん、そうだね」
美咲はスマホを、さっと操作する。
「この先に、インスタグラムで人気なカフェがあるよ」
「人気なカフェか」
俺がポツリとつぶやくと、
「ハンバーガーとタピオカドリンク、色々テイクアウトできるみたい」
楽しそうにメニューを読み上げる。
「車で食べようよ、ね」
「あ、ああ」
「それとも、車内に匂いがつくのは、嫌なタイプ?」
「いや、そんなの考えたこともないよ」
「モバイルオーダーできるって、何がいいかなぁ」
楽しそうな声の裏に、俺への気遣いが隠されているのが分かった。
「次の信号を右折して、郵便局の少し先にあるよ」
美咲はカーナビよりも、道案内が上手かった。迷うことなく、俺が車をカフェの駐車場に停めると、
「じゃあ、私、行ってくるね」
美咲は助手席から降りた。小走りで店のドアへと向かう美咲の後ろ姿を、俺は目で追う。
おしゃれなカフェだった。ウッドデッキのテラス席で、カップルが談笑している。楽しそうな声が、聞こえてくるようだ。
本当は、店内でゆっくりと食事をしたかったのだろう。俺だって、本当ならばそうしたい。
テラス席のカップルに、俺と美咲の姿を、想い重ねる。
俺がアイドルとして生きるために、失ってきたたくさんのものを、美咲は当たり前のように与えてくれる。俺が望むのは、ただただ彼女が隣にいてくれること。それだけで、俺の心は満たされる。
「お待たせ!」
美咲がテイクアウトの袋を持って、SUVの車内に戻ってきた。
「どこかに車を停めて食べる?」
「出来たてが美味しいだろ。俺は運転しながらでも食べれるよ」
「おっけー」
美咲は膝の上に置いた袋から、ハンバーガーを取り出した。包みをクルッと半分折り、片手でも食べやすいようにして、
「はい、どうぞ」
俺に差し出した。
「お、ありがと」
俺は片手でハンドルを握りながら、美咲がくれたハンバーガーにかぶりついた。
美咲は、ひとくち食べるたびに「美味しい!」と子供のように目を輝かせた。そんな彼女の様子を見るだけで、俺も幸せな気分になった。
「おっと」
ハンバーガーのソースが垂れそうだ、と、 美咲が紙ナフキンで、スッと俺の口許を拭いた。
「セーフ!」
美咲がポテト、俺の口元に差し出してきた。
「コウキ、あーん」
少し照れくさいが、口を開ける。カリッとした食感と、ほんのり塩味が効いたポテトが口の中に広がる。
こんなふうに、なんでもない日常を美咲と過ごせること。それが、俺にとっては何よりも尊い時間だ。
食べ終わると、美咲はアイスコーヒーにストローを差し、ごく自然に俺に渡してくれる。
その一連の動きが、あまりに自然で淀みなかった。
「……慣れてるな」
思わず本音が言葉が出た。
「え?」
「いや、助手席での働きが、ね」
「そうかな?」
その言葉に、俺はほんの少しだけ胸に違和感を覚えた。美咲は、俺が口にした言葉をどう解釈したのだろうか。
海に別れを告げ、カーナビは、人里離れた山道へと俺たちを誘う。
車は静かなエンジン音を響かせながら、滑るように山道を進んでいく。
道路は舗装されているものの、カーブが連続し、時折アップダウンもある。
「コウキ、運転うまいね。全然揺れない」
美咲が感心したように言った。
「それに、ハリアーってやっぱいいいね。都会でもオフロードでも走れるもん。内装もこってるし、シートもお洒落だよね」
「前から思ってたけど、美咲は車に詳しいね」
「あ、あーー、うん、そうかな」
流石にわかった。
「元彼、とか?」
「うん、まぁ」
「どんな人?」
「大学の先輩で、ディーラーで、車好きだったんだの」
言葉を最小限に、選んでいることはわかった。ドライブデートには慣れている、そういうことか。
俺はハンドルを握る手に力を込めた。
美咲は25才。恋愛経験なんていくつもあるだろう。
だけど、俺と出会う前に、誰かの隣で、俺の知らない笑顔を見せていたこと。当たり前だけど、気に入らない。
「何年くらい、付き合ったの?」
「三年くらいかな。でも、浮気されて終わっちゃったんだ。ショックだったけど、今思えばあれで良かったのかも」
美咲は、そんな過去を明るく話した。
だが、俺にはその言葉が、胸に刺さるトゲのように感じられた。俺は、美咲の明るい声と、自分のドロドロとした感情のギャップに苛立った。嫉妬や独占欲、今まで感じたことのない醜い感情が、俺の心を占めていく。
「……まだ、好きなんじゃないの?」
自分でも驚くほど、不器用でみっともない言葉が口から出た。
美咲は目を丸くして、少し困ったような顔をした。そして、すぐに顔を伏せてしまう。
「まさか!もう1年前の話だよ」
美咲がそう否定する。
その瞬間、俺は自分の醜い感情に、言いようのない自己嫌悪に陥った。車内には気まずい沈黙が流れる。
この空気、どうすればいいんだ。まるで、別人のようだった。こんなにみっともない男、美咲は知らないだろう。
この気まずい空気を変えようと、美咲が再び口を開いた。
「そういう、コウキは?どんな恋愛してきたの?」
俺は、ざっと今までを振り返る。
デビューしてから、仕事に明け暮れる日々。恋愛なんて、まともにしたことなんてなかった。
「それはーー」
俺が口を開きかけた時、美咲は静かに言った。
「ごめん、やっぱり聞きたくない」
美咲の知らない過去を聞きたくないのだろうか。
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