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#2 ドライブデート
2.星空の下ではじめてのおねだり
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車内の気まずい沈黙は、目的地が近づくにつれて、さらに重みを増していった。
美咲は窓の外に映る自分の顔をぼんやりと見ていて、俺はただハンドルを握る手に力を込めることしかできない。
さっきまであんなに楽しそうだったのに。
醜い嫉妬でこんなにも暗い気持ちにさせてしまった。自己嫌悪の嵐が、俺の心の中で吹き荒れる。
人を好きになると、相手の過去も全部が欲しくなる、知りたくもなる。
美咲は、どんな恋をしてきたのか、どんな風に抱かれたのかーーーー。
くだらない想像と感情に支配された。ダメだ、暗い夜道の運転は集中しないと。
カーナビの音声が、目的地に到着したことを告げた。車を降りると、そこには人工の光が一つもない、静寂に包まれた世界が広がっていた。俺がエンジンを切ると、美咲はふと顔を上げた。
「……わぁ、すごくきれいだね」
美咲が、かすれた声で言った。言葉を交わすよりも先に、二人の視線が空に向けられる。
満点の星空が、夜空いっぱいに広がっていた。都会では決して見ることのできない、一つ一つの星が、まるで宝石のように輝いている。美咲は、その星空を見上げて、息をのんだ。
涙をこぼしたのではないかと思うほど、儚く見えた。
車のボンネットにもたれるように見上げる。軽く指先が触れると、美咲が指を絡めて来て、思わぬ行動にドキッとする。
俺は、美咲を傷つけたのではないかと思い、思わず強く握り返した。
「美咲……、ごめん」
俺がそう謝ると、美咲はゆっくりと俺の方を向いた。
「どうして謝るの?」
美咲は、不思議そうに首を傾げた。
「俺、みっともないこと言った。美咲の過去に、嫉妬して……」
「私だって、気になることはいっぱいあるよ。コウキの過去も、それに今も」
「今?」
「来週のドラマの予告、見たよ」
美咲が、星空を見上げながら、低いトーンでポツリとつぶやいた。不貞腐れたような横顔が可愛くて、俺はつい吹き出してしまった。
「ちょっと、笑うところじゃない!」
「ごめん、でも、可愛くて」
俺が主演ドラマのベッドシーン、人気の女優とアイドルの濡れ場とあって、SNSでも話題になっているようだ。撮影はとっくに終わっていたから、忘れていた。
「もしかして、やきもち?」
俺がそう聞くと、美咲は黙って俺の肩に顔をうずめた。
「もう……、聞かないでよ」
美咲の声に俺の心は満たされていく。ベッドシーンもキスシーンも、慣れてしまえばどうってことは無い。仕事と割り切っているから、相手が誰でも、特別な感情なんていらない。それでも、美咲が妬いてくれるなら悪くない。
「嬉しそうな顔しちゃって、性格の悪いアイドルですね。世間は騙されるよ」
「はは。それ、よくケイタに言われるよ」
俺を真っ向から否定して、キャンキャンと吠えてくる。適当に言っているかと思いきや、時々、ものすごく的を射るようなことを言うから、侮れないのがアイツの怖いところだ。
「私だって、コウキが嫉妬してくれたってことは、それだけ私を好きでいてくれるのかなって、ちょっとだけ嬉しかったの」
そのまっすぐな言葉に、俺は胸が熱くなった。
「前の彼氏とは、こうやって、のんびりと時間を過ごすことができなかったんだ」
美咲は、星空を見上げたまま言った。
「毎週末どこかに出かけたい、友達も多いから、みんなでBBQしたり、海にスキーに、季節ごとにアクティブに過ごすのが好きな人だったの。もちろん、それはそれで楽しかったんだけど、たまにはふたりでのんびりしたかった。でも言えなくて、だんだん、デートが苦痛になって、それが態度が出ちゃったの」
「浮気されたのは、美咲のせいだって、まさか、そう思ってるの?」
「そうじゃないよ、でも、素直に言えない自分を反省はしたの」
「今も、俺に遠慮して言えないこと、あるんじゃないの?」
美咲は、俺の質問に目を伏せた。
「そうだね、たまに、ほんの少しだけどね……」
美咲は、恥ずかしそうに顔を伏せ、小さな声で続けた。
「もう少し、会いたいなって思う時もあるの。コウキが忙しいことは分かってるし、無理をしてほしいわけではないよ」
その言葉に、俺はたまらなく愛おしくなった。美咲は、いつも俺の仕事や立場を理解して、我慢してくれていた。その優しさに甘えていたのは、俺の方だ。
「会いたいときに、会いたいって、言ってもいいのかな?」
俺は、美咲を抱き寄せ、その唇に、ゆっくりとキスを落とした。美咲もそれに応えるように、俺の首に手を回し、深くキスを返してきた。
「好きだよ、美咲」
「私も。コウキのこと、大好きだよ」
星空の下、俺たちは言葉を交わすことなく、ただただ互いの体温を感じていた。俺の心は、美咲の優しさに満たされていた。俺は、美咲を離したくない。美咲の全部が、俺の全部だ。
俺は、美咲の髪を撫で、その頬にキスをする。
「……帰りたくないな、今夜」
美咲が、まるで猫のように甘えた声でつぶやいた。いつもは我慢ばかりしている美咲からの、初めてのわがままだった。
俺は、美咲の腰に回した腕に、さらに力を込める。
「……ああ、このまま連れて帰るよ。最初から、そのつもりだったけどね」
俺がそう言うと、美咲は俺の胸に顔をうずめたまま、小さく「うん」と頷いた。
こんなに満点の星空なのに、見上げるよりも、腕の中の美咲を見ていたい。
せっかく遠出して来たのに、早く帰って、もっと抱きしめたいなんて、アイドルと言えども、一人の男でしかない。
そう思わせるのは、美咲だけなんだ。
美咲は窓の外に映る自分の顔をぼんやりと見ていて、俺はただハンドルを握る手に力を込めることしかできない。
さっきまであんなに楽しそうだったのに。
醜い嫉妬でこんなにも暗い気持ちにさせてしまった。自己嫌悪の嵐が、俺の心の中で吹き荒れる。
人を好きになると、相手の過去も全部が欲しくなる、知りたくもなる。
美咲は、どんな恋をしてきたのか、どんな風に抱かれたのかーーーー。
くだらない想像と感情に支配された。ダメだ、暗い夜道の運転は集中しないと。
カーナビの音声が、目的地に到着したことを告げた。車を降りると、そこには人工の光が一つもない、静寂に包まれた世界が広がっていた。俺がエンジンを切ると、美咲はふと顔を上げた。
「……わぁ、すごくきれいだね」
美咲が、かすれた声で言った。言葉を交わすよりも先に、二人の視線が空に向けられる。
満点の星空が、夜空いっぱいに広がっていた。都会では決して見ることのできない、一つ一つの星が、まるで宝石のように輝いている。美咲は、その星空を見上げて、息をのんだ。
涙をこぼしたのではないかと思うほど、儚く見えた。
車のボンネットにもたれるように見上げる。軽く指先が触れると、美咲が指を絡めて来て、思わぬ行動にドキッとする。
俺は、美咲を傷つけたのではないかと思い、思わず強く握り返した。
「美咲……、ごめん」
俺がそう謝ると、美咲はゆっくりと俺の方を向いた。
「どうして謝るの?」
美咲は、不思議そうに首を傾げた。
「俺、みっともないこと言った。美咲の過去に、嫉妬して……」
「私だって、気になることはいっぱいあるよ。コウキの過去も、それに今も」
「今?」
「来週のドラマの予告、見たよ」
美咲が、星空を見上げながら、低いトーンでポツリとつぶやいた。不貞腐れたような横顔が可愛くて、俺はつい吹き出してしまった。
「ちょっと、笑うところじゃない!」
「ごめん、でも、可愛くて」
俺が主演ドラマのベッドシーン、人気の女優とアイドルの濡れ場とあって、SNSでも話題になっているようだ。撮影はとっくに終わっていたから、忘れていた。
「もしかして、やきもち?」
俺がそう聞くと、美咲は黙って俺の肩に顔をうずめた。
「もう……、聞かないでよ」
美咲の声に俺の心は満たされていく。ベッドシーンもキスシーンも、慣れてしまえばどうってことは無い。仕事と割り切っているから、相手が誰でも、特別な感情なんていらない。それでも、美咲が妬いてくれるなら悪くない。
「嬉しそうな顔しちゃって、性格の悪いアイドルですね。世間は騙されるよ」
「はは。それ、よくケイタに言われるよ」
俺を真っ向から否定して、キャンキャンと吠えてくる。適当に言っているかと思いきや、時々、ものすごく的を射るようなことを言うから、侮れないのがアイツの怖いところだ。
「私だって、コウキが嫉妬してくれたってことは、それだけ私を好きでいてくれるのかなって、ちょっとだけ嬉しかったの」
そのまっすぐな言葉に、俺は胸が熱くなった。
「前の彼氏とは、こうやって、のんびりと時間を過ごすことができなかったんだ」
美咲は、星空を見上げたまま言った。
「毎週末どこかに出かけたい、友達も多いから、みんなでBBQしたり、海にスキーに、季節ごとにアクティブに過ごすのが好きな人だったの。もちろん、それはそれで楽しかったんだけど、たまにはふたりでのんびりしたかった。でも言えなくて、だんだん、デートが苦痛になって、それが態度が出ちゃったの」
「浮気されたのは、美咲のせいだって、まさか、そう思ってるの?」
「そうじゃないよ、でも、素直に言えない自分を反省はしたの」
「今も、俺に遠慮して言えないこと、あるんじゃないの?」
美咲は、俺の質問に目を伏せた。
「そうだね、たまに、ほんの少しだけどね……」
美咲は、恥ずかしそうに顔を伏せ、小さな声で続けた。
「もう少し、会いたいなって思う時もあるの。コウキが忙しいことは分かってるし、無理をしてほしいわけではないよ」
その言葉に、俺はたまらなく愛おしくなった。美咲は、いつも俺の仕事や立場を理解して、我慢してくれていた。その優しさに甘えていたのは、俺の方だ。
「会いたいときに、会いたいって、言ってもいいのかな?」
俺は、美咲を抱き寄せ、その唇に、ゆっくりとキスを落とした。美咲もそれに応えるように、俺の首に手を回し、深くキスを返してきた。
「好きだよ、美咲」
「私も。コウキのこと、大好きだよ」
星空の下、俺たちは言葉を交わすことなく、ただただ互いの体温を感じていた。俺の心は、美咲の優しさに満たされていた。俺は、美咲を離したくない。美咲の全部が、俺の全部だ。
俺は、美咲の髪を撫で、その頬にキスをする。
「……帰りたくないな、今夜」
美咲が、まるで猫のように甘えた声でつぶやいた。いつもは我慢ばかりしている美咲からの、初めてのわがままだった。
俺は、美咲の腰に回した腕に、さらに力を込める。
「……ああ、このまま連れて帰るよ。最初から、そのつもりだったけどね」
俺がそう言うと、美咲は俺の胸に顔をうずめたまま、小さく「うん」と頷いた。
こんなに満点の星空なのに、見上げるよりも、腕の中の美咲を見ていたい。
せっかく遠出して来たのに、早く帰って、もっと抱きしめたいなんて、アイドルと言えども、一人の男でしかない。
そう思わせるのは、美咲だけなんだ。
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