紅の宝玉と二人の守護者

凍星

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第1章 焔の精霊

◆9 揺れる未来

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「俺は構わないぞ?この予想が的中したら、部屋の掃除を1ヶ月イリヤにお願いしたいね」

フィルが挑戦的な目をしてイリヤを見る。

「じゃあ僕が勝ったら――学食で見晴らしの良い席の場所取りを、1ヶ月してもらおうかな?」

イリヤも負けじと対抗し、上目遣いにフィルを見る。

「いいとも、その賭けに乗った。これを機に、ぜひ神道教徒に、と。貴方を教主に次ぐ地位でお迎え致します……とか何とか言ってくるのが、目に見えるようだよ」

陰謀論とか政治の話も好きなフィルが、不敵な笑みを浮かべる。

「――ふふっ」

思わず、イリヤも笑ってしまう。

「もし本当にそう言われたら、噴き出しちゃうかも」
「想定内過ぎて、面白くないって言ってやれ」
「あはは」

声を上げて笑ったのは久しぶりな気がした。
フィルが悪ノリに付き合ってくれたお陰で、いくらか気持ちが軽くなった。
彼が同室で良かったな……と、ふと思った。
普通の生徒だったら、イリヤのこの境遇におののいて距離を置こうとするとか、そういうこともあったかもしれない。

だけど彼は全くいつも通りの……いや、ちょっとだけテンション高めではあるけれど、雰囲気は全く変わらない。それにフィルと話していると色々なことが見えてくる気がした。
周囲からは、頭が良すぎてちょっと「変わり者」として扱われている彼だが、誰に対しても公平な目線と率直な考えを示してくれる。

「僕はただ、平和に暮らしたいだけなのにな……まぁいくら頼まれても、改教する気も、家族と離れて他国へ籍を移す気もないし。それで話しは終わってしまうと思うけどね?」
「……そう簡単にいけば良いが」

両手を広げて肩をすくめている。
何だか不穏な返事がかえってきた。

「……そんなにマズい事態かな?」
「現実は現実として、知っておくのも大事だと思うよ。とにかく、そういう話が来たら丁重に、だがハッキリと断ることだな。じゃないと学院側の対応にも影響が出そうだ」
「学院の?」
「君が、他国へ移る気があるかもしれないなんて思われてみろ。大変な事になるぞ?」
「いや、まさか!教授がサポートしてくれるって、ハッキリ言ってたんだから何も問題なんて」

学院側にまでおかしな目で見られたら、どこにも居場所が無くなってしまう……!とイリヤは焦った。

「その考えは、いささか楽観的過ぎるんじゃないかな。君の気持ちひとつで、国の勢力図が変わる可能性もあるんだぞ?上からどんな圧力がかかるか分からない。例え学院長といえど、皇室や内閣府の意向には逆らえないかもしれないって事、よーく肝に銘じておけよ」

フィルにハッキリと現実を突き付けられて、イリヤは顔を強張らせた。

「そんなの――国同士の勢力図なんて、正直どうでもいい。僕には関係ないし国の道具になる気なんて、さらさら無い。皇室も軍も、いつも自分たちの力を強くすることしか考えていないじゃないか。権力に組み込まれるなんて、まっぴらだね」

普段は大人しいイリヤが吐き捨てるような口調で言い放ったことに驚いたのか、フィルは口を噤む。カラドリウス教授の前ではさすがに言えなかったが、それがイリヤの偽らざる本音だった。
イリヤの胸の裡には、国家権力に対する不信感がどうしても消えずにある。それは、かつて自分の家門が受けた、酷い扱いに理由があった。

(国同士の関係が変わる程の……精霊ちから

「朱雀」が自分に憑いているという事実が明らかになったあの時、一瞬、復讐という言葉が頭をかすめたイリヤだったが――

(だけど、冷静にならなきゃ。精霊の力を悪しきことに利用するなんて、以ての外だ。精霊の力は、自然界からの賜物たまわりもの……自分の欲望で穢すようなことがあってはならない)

「四神」のことは未だよく分からないが、これまで学んだ精霊についての知識から、そう自分を縛める。
自分の中にそんな思いが浮かんだこと自体、イリヤにはショックだった。
姉の、シルヴィアの死から3年以上経って……少しずつ、自分の気持ちを制御し考えないようにしてきたのに。
あの頃の感情、シルヴィアが死んだ直後の思い。
塞がりかけた傷口に触れてしまったような気がして、それがイリヤの中に新たな不安を生んでいた。

「イリヤ……お前のその思いは、お姉さんのことが関係して――」

フィルが何か言いかけた、その時。

「――ノックの音も聞こえないとは。随分お喋りに夢中だな」
「!?」

突然、第三者の声がした。2人はハッとして扉の方を振り返る。
声の主は余りにも予想外で――イリヤは心底驚いてしまった。

「ラグナ……先輩っ!?」
「えっ、どうして貴方がここに――?」

いつの間にか部屋の扉を開け、入口にもたれ掛かって立っていたのは――
漆黒の髪に縁取られた男らしく整った顔立ち。その中心で青金石ラピスラズリのような瞳が、こちらを射抜く強さで輝いている。
精悍な顔立ちの長身の男。最上級生のラグナ・ロックフォードだった。

歴史に名を残す有名な武人を輩出しているロックフォード家。そんな名門侯爵家の次男だ。文武両道の秀才で、主に体術、武術の成績がずば抜けている。とくに槍術の腕前に関しては学院一と言われていた。もちろん、魔術の成績も優秀で、皆の崇拝を集めるカリスマ的な存在でもある。

腰のベルトに軽く手をかけ、鍛え上げられた肉体をゆっくりと揺らし、部屋の中へと踏み入ってきた。
四年生の中には、彼のように制服の肩の片側だけに、美しい宝石のブローチと短めのケープを付けている者がいる。それは精霊の加護を受けている証しで、ラグナの濃いオリーブグリーンのケープは「風の守護精霊」のものだ。

彼が入ってきただけで部屋が狭く感じるほど威圧感があって、イリヤたちは押し黙ってしまう。


(何で……がここに?)


イリヤの心臓が、ドクンと大きな音を立てた。



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