紅の宝玉と二人の守護者

凍星

文字の大きさ
11 / 29
第1章 焔の精霊

◆10 忘れられない記憶

しおりを挟む
 

「……イリヤと2人で話したい。お前は外に出ていろ、眼鏡」

ラグナがいきなりそんな乱暴な台詞を言い放ったので、フィルとの間の空気が凍る。

「――は?眼鏡って誰のことですか?知性の欠片もないその言い方は、かなり失礼ですよね。ここは俺の部屋でもあるんですが、そこの所きちんと理解してるんでしょうか、ラグナ先輩」

(ええっ――いきなり喧嘩!?)

バチバチと視線を交わし合う2人の雰囲気に、イリヤは慌てて止めに入る。

「フィ、フィル!本当にごめん、もうすぐ授業が始まるよね!?僕に構わず先に行ってて」
「………イリヤが、そう言うなら行くけどね。何かあったら大声で叫べよ?」
「それはどういう意味だ?」
「言葉どおりの意味ですが?イリヤが叫びたくなるようなことが何もなければいいなと。では失礼します、ラグナ先輩」

すれ違いざまにラグナを睨みつけ、教科書を手にして大股に歩いていく。バタン!と大きな音を立てて、フィルが部屋から出ていった。

(……びっくりした)

思わずヒヤヒヤしてしまった。フィルがあそこまで好戦的な態度をとるなんて珍しい。相手は四年生で――しかもこの男ラグナだというのに全く怯まないのが、良くも悪くもフィルらしい。

「…………」

2人きりになると急にラグナから威圧感が消えて、気まずい沈黙が落ちた。
こちらの顔色を窺うような気配があり、イリヤは戸惑う。

(一体、何しに来たんだろう……?)

入学してから今まで、全く交流がなかったのに。突然の訪問理由がまるで分からない。

「あまり昔と変わっていないな……苺頭」
「………!」

そう声をかけられて――イリヤはハッとなり顔を上げ、ラグナと視線を合わせた。


一瞬。
懐かしい風が吹いた気がした。

昔の想いが、その声の奥にまだ潜んでいるのでは――と。
勝手な妄想にとらわれてしまう。

大地を蹴る二頭の馬の足音と、荒い息遣い。
低く轟くドラムのようなその響きに、くつわあぶみの擦れる金属音が重なって、音楽のように身体全体を揺らす。
馬のたてがみが風にそよぐのを綺麗だなと、うっとり眺めながら手綱を握っていたあの時間。

土と草の混じった濃密な匂いを運ぶ風。
それを頬に受けながら、彼を必死になって追いかけた――……

他には誰もいない、2人だけの世界が全てだった時間。

幼い頃の記憶が。
瞬間的に甦って、イリヤを切なくさせた。


(……その呼び方)

面と向かって声を聞くのは、本当に久しぶりだった。子供の頃とは違う、大人の男の声。
目の前に立つラグナは。
逞しい肩や腕……姿形はすっかり変わってしまったけれど、宝石みたいな藍色の瞳は昔と同じ。

イリヤは、太陽の光にあたって輝く彼の瞳を見るのが――好きだった。
金色の星が散った夜空のようなラピスラズリの瞳。

“2人だけで遠乗りに行こう“

そう言ってイリヤの手を引いた彼。
一緒にお弁当を食べて、草の中に転がって笑い合った記憶。
どれもこれも、イリヤにはかけがえの無い記憶だったのに……

鮮やかな思い出。
でもそれは燐寸マッチの炎のように、長くは続かない。ほんのひとときで儚く消えた。

ラグナの瞳に浮かんでいるのがどんな感情なのか、イリヤには分からなかった。
立派な青年になった彼は、昔のように自分の感情そのままに表情をコロコロ変えるようなことはない。
そのくせ「苺頭いちごあたま」だなんて――昔を思い出すような渾名あだなで優しく呼ぶのは、やめてほしかった。

「貴方は随分変わりましたね……ラグナ、先輩」
「敬語も、余計な挨拶もいい。2人だけなんだから面倒だ」
「………」

何やら不満気に腕を組み、目の前のイリヤを見下ろしてくる。
この「横柄なカリスマ」という雰囲気のラグナは、イリヤより3つ歳上の――幼馴染だ。
その事実をこの学院の誰にも、フィルにも話したことはない。


しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

たとえ運命じゃなくても、僕は

mimi
BL
「僕は自分の気持ちを信じたい。 たとえ運命から背を背けようとも」 音楽大学に通うΩの青年・相田ひなた。 努力家の先輩αと、 運命の番だと告げられた天才α。 運命か、愛情か―― 選ぶのは、僕自身だ。 ※直接的な描写はありません。

夜が明けなければいいのに(洋風)

万里
BL
大国の第三皇子・ルシアンは、幼い頃から「王位には縁のない皇子」として育てられてきた。輝く金髪と碧眼を持つその美貌は、まるで人形のように完璧だが、どこか冷ややかで近寄りがたい。 しかしその裏には、誰よりも繊細で、愛されたいと願う幼い心が隠されている。 そんなルシアンに、ある日突然、国の命運を背負う役目が降りかかる。 長年対立してきた隣国との和平の証として、敵国の大公令嬢への婿入り――実質的な“人質”としての政略結婚が正式に決まったのだ。 「名誉ある生贄」。 それが自分に与えられた役割だと、ルシアンは理解していた。 部屋に戻ると、いつものように従者のカイルが静かに迎える。 黒髪の護衛騎士――幼い頃からずっと傍にいてくれた唯一の存在。 本当は、別れが怖くてたまらない。 けれど、その弱さを見せることができない。 「やっとこの退屈な城から出られる。せいせいする」 心にもない言葉を吐き捨てる。 カイルが引き止めてくれることを、どこかで期待しながら。 だがカイルは、いつもと変わらぬ落ち着いた声で告げる。 「……おめでとうございます、殿下」 恭しく頭を下げるその姿は、あまりにも遠い。 その淡々とした態度が、ルシアンの胸に鋭く突き刺さる。 ――おめでとうなんて、言わないでほしかった。 ――本当は、行きたくなんてないのに。 和風と洋風はどちらも大筋は同じようにしようかと。ところどころ違うかもしれませんが。 お楽しみいただければ幸いです。

愛だの恋だの馬鹿馬鹿しい!

蘇鉄
BL
「俺は誰とも関わりたくないんだけどなあ、おかしいなあ?」 『回答。ユーザー様の行動が微妙に裏目に出ています。シミュレーション通りにならず当システムは困惑しております( ゚Д゚)』 平和な学生生活を手に入れるために生活サポートAIシュレディンガーと共に色々と先回りして行動していたらいつの間にか風紀委員やら生徒会やらに追い回される羽目になっていた物部戯藍。 街を牛耳る二大不良チームも加わる中、執着される理由がわからず困惑しつつも彼は平穏な生活の為に逃げ回る。 彼は愛も恋も信じない。それはとても不確かなものだから。バカバカしいまやかしだと決めつけて。 ※ 不定期更新です

祖国に棄てられた少年は賢者に愛される

結衣可
BL
 祖国に棄てられた少年――ユリアン。  彼は王家の反逆を疑われ、追放された身だと信じていた。  その真実は、前王の庶子。王位継承権を持ち、権力争いの渦中で邪魔者として葬られようとしていたのだった。  絶望の中、彼を救ったのは、森に隠棲する冷徹な賢者ヴァルター。  誰も寄せつけない彼が、なぜかユリアンを庇護し、結界に守られた森の家で共に過ごすことになるが、王都の陰謀は止まらず、幾度も追っ手が迫る。   棄てられた少年と、孤独な賢者。  陰謀に覆われた王国の中で二人が選ぶ道は――。

職業寵妃の薬膳茶

なか
BL
大国のむちゃぶりは小国には断れない。 俺は帝国に求められ、人質として輿入れすることになる。

【8話完結】ざまぁされて廃嫡されたバカ王子とは俺のことです。

キノア9g
BL
廃嫡され全てを失った元王子。地道に生きたいのにハイスペ幼馴染が逃がしてくれません。 あらすじ 「第二王子カイル、お前を廃嫡する」 傲慢な振る舞いを理由に、王位継承権も婚約者も失い、国外追放されたカイル。 絶望の最中、彼に蘇ったのは「ブラック企業で使い潰された前世の記憶」だった。  「もう二度と、他人任せにはしない」 前世の反省を活かし、隣国の冒険者ギルドで雑用係(清掃員)として地道にやり直そうとするカイル。しかし、そんな彼を追いかけてきたのは、隣国の貴族であり幼馴染のレオナードだった。  「君がどんな立場になろうと、僕にとっては君は君だ」 落ちぶれたカイルに変わらぬ愛を注ぎ、元婚約者の悪意ある噂からも守り抜くレオナード。 すべてを失った元バカ王子が、社畜根性と幼馴染の溺愛によって幸せを掴むまでの、再起と愛の物語。 全8話。

金の野獣と薔薇の番

むー
BL
結季には記憶と共に失った大切な約束があった。 ❇︎❇︎❇︎❇︎❇︎ 止むを得ない事情で全寮制の学園の高等部に編入した結季。 彼は事故により7歳より以前の記憶がない。 高校進学時の検査でオメガ因子が見つかるまでベータとして養父母に育てられた。 オメガと判明したがフェロモンが出ることも発情期が来ることはなかった。 ある日、編入先の学園で金髪金眼の皇貴と出逢う。 彼の纒う薔薇の香りに発情し、結季の中のオメガが開花する。 その薔薇の香りのフェロモンを纏う皇貴は、全ての性を魅了し学園の頂点に立つアルファだ。 来るもの拒まずで性に奔放だが、番は持つつもりはないと公言していた。 皇貴との出会いが、少しずつ結季のオメガとしての運命が動き出す……? 4/20 本編開始。 『至高のオメガとガラスの靴』と同じ世界の話です。 (『至高の〜』完結から4ヶ月後の設定です。) ※シリーズものになっていますが、どの物語から読んでも大丈夫です。 【至高のオメガとガラスの靴】  ↓ 【金の野獣と薔薇の番】←今ココ  ↓ 【魔法使いと眠れるオメガ】

病弱の花

雨水林檎
BL
痩せた身体の病弱な青年遠野空音は資産家の男、藤篠清月に望まれて単身東京に向かうことになる。清月は彼をぜひ跡継ぎにしたいのだと言う。明らかに怪しい話に乗ったのは空音が引き取られた遠縁の家に住んでいたからだった。できそこないとも言えるほど、寝込んでばかりいる空音を彼らは厄介払いしたのだ。そして空音は清月の家で同居生活を始めることになる。そんな空音の願いは一つ、誰よりも痩せていることだった。誰もが眉をひそめるようなそんな願いを、清月は何故か肯定する……。

処理中です...