【完結】独占欲の花束

空条かの

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1章『恋着編』

16「友達だからな」

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『四角形 ABCDABCD において,AB=5, BC=6, CD=7, DA=8, ∠ABC+∠ADC=……、の面積 SS を求めよ』


解き方がいまいち分からないと相談すれば、天王寺はペンを手にスラスラと文字を書き始める。

「この問題は、∠ABC+∠ADC=180°より四角形……、となり、ブラーマグプタの公式により、このような式になるのだ」
「そんな公式あったけ?」
「円に内接する四角形の四辺の長さから、その四角形の面積を求める公式であるぞ」
「そういえば、習ったことあったような気もするな」

天王寺から説明を受けて、俺はようやく記憶の片隅にその単語を思い出す。それから、他にも解けなかった問題を開いて、天王寺から解き方や仕組みを教わった。
すっかり勉強会となったベンチで、俺は丁寧に教えてくれる天王寺に、あれもこれもと聞き始めて、気が付けば解けなかった問題が全て解けていた。

「全部、解けたぁ~~」

回答が白紙になっていた部分が埋まり、俺は大満足で伸びをしたが、ここでここが外だったことに気が付く。

「ごめん天王寺。付き合わせちゃって」

時間にして一時間も勉強に付き合わせてしまったことに、俺は悪いことをしてしまったと大きく謝罪した。だって、送迎の車待たせてるのに。

「謝ることはない。姫と過ごせてとても幸せであった」
「だって、車待たせてるよな」
「急用などよくあることだ。気にすることはない」

とはいうけど、やっぱり運転手さんに悪いから、俺は急いで片付けると天王寺の手をとった。

「姫ッ」
「走るぞ」

少しでも早くと、俺は天王寺の手を引いて走る。校門には真っ白な車が止まっていて、天王寺の姿が見えれば、運転手が車から降りる。

「ぜぇ、……ぇ、ごめんなさい」

息を切らせながら、俺は運転手に頭をさげた。

「あの?」
「俺が天王寺を引き留めちゃって、すごく待たせちゃって、本当にすみません」
「いえ、……その……」

待つのは当然の仕事だが、それを謝罪されて運転手は困惑して声を詰まらせてしまった。何と返答すればいいのか分からなくて。

「悪いのは俺です、ごめんなさい」

さらに謝られて、運転手はどう対応すべきなのか困ったまま俺を見つめる。

「姫の気持ちを受けってはくれまいか?」

頭を下げる姫木の気持ちを汲んで欲しいと言われ、運転手は表情を和らげる。

「お気持ち、頂戴いたしますので、どうぞ顔をあげてください」
「今度、ちゃんと何かお詫びするから」
「いえ、そのお気持ちだけで十分ですよ」

運転手は姫木の気持ちだけいただくと告げて、車のドアを開けた。

「姫、とても楽しい時間であった。差し支えなければ、このまま自宅まで送り届けたいのだが」
「それはいいって言ったろ。でも勉強見てくれて助かった」
「他にも解けない問題があれば、また尋ねて構わぬ」
「古文とかも大丈夫なのか?」
「なんでも聞くがよい」

優しく微笑んだ天王寺は、どの教科も得意だと話す。それを聞き、俺はすごく教え方が上手い天王寺に、また教えて欲しいと口にした。それを聞き、天王寺はますます嬉しそうに笑った。

「私は毎日でも構わぬゆえに、声をかけるがいい」

それは毎日会いたいと言っていたが、俺はさすがに悪いと思い、たまにでいいと返していた。すると、天王寺の表情が少しだけ曇った。

「姫からの誘いならば、いつでも赴く。あまり日を空けず、声をかけてほしいのだ」
「じゃあ、見かけたときにな」

ちゃんと声かけるからと言ったのに、天王寺の顔は晴れない。それに車にも乗らない。
運転手はさっきから、ドアを開けたままずっと待ってるのに。

「後少しでよい、姫と居たい」

突然の我儘が飛び出した。

「これ以上待たせるなよ。また明日学校で会えるだろう」
「会ってくれるのか?!」
「別に会いたかったら、会えばいいだろう」

面会謝絶がでているわけじゃないし、誰かに禁止されてるわけでもないし、そもそも会いに来なかったのは天王寺だし。
ほんとわけわかんないけど、会いにくればいいと言ったら、天王寺の顔がようやく晴れた。

「その言葉に偽りはあるまいな」

何の確認かは分からなかったけど、俺はどうしてか、天王寺が会いに来るのを許可してしまっていた。

「ないけど、確認してもいいか?」
「確認とは?」
「友達だからな」
「今はそれで構わぬ」

なんか引っかかる言い方をされて、俺の眉が上がる。『今は』ってことは、この先何になるんだ? と、嫌な予感しかしない。
綺麗に微笑む笑顔がすっごく怖い。

「そ、それじゃ、またな」

深く追求してはいけないと警報が鳴り響き、俺は天王寺を車に押し込んだ。

「ひ、姫?!」
「これ以上待たせるなよ。お願いします」

背中を押して車に乗るように促して、運転手にあとはよろしくと、俺は急いでその場を去った。

「姫、必ず会いに行くゆえに、待っておるのだぞ」

そんな声が背中に聞こえた気がしたが、俺は夢中で走って逃げた。
もしかして、諦めてないのか? 本当にとんでもない奴に好かれてしまったと、ゾッとする悪寒を味わいながら、俺は帰路についた。

「誰なの、アレ」

送迎の車が走り出してすぐに、木陰から桜井が顔を見せた。その背後には取り巻きと呼ばれる男が三人。

「一年の姫木陸です」
「入学早々、天王寺様の頬を叩いたと、かなり話題になっておりましたが」

浅見が手を回したおかげで、大ごとにはならなかったが、陰ではそれなりの騒ぎになっていた。桜井はその情報を聞き、ダンッと地団駄を踏む。

「尚様の頬が腫れていたのって、あいつが叩いたからなの?!」
「しかも、二度も叩いたとの情報もあります」
「一般人が尚様の頬をひっぱたくなんて、絶対許せない!」

怪我を負わせたのだと知り、桜井の瞳は赤く燃え盛る。大好きな大好きな天王寺。しかも誰もが認める御曹司だ、あんな奴が手を出して言い訳がないと、怒りはどんどん膨れ上がる。そして、取り巻きたちはその火に油を注ぐ。

「その上、暴言を吐いたり、呼び捨てにしているとも聞きます」

身分違いをわきまえない、下衆だと口々に言われ、桜井の怒りが頂点まで達する。
天王寺を侮辱するなど、あってはならず、絶対にしてはいけないのだと、奥歯を噛む。教師ですら逆らうものはおらず、皆、それ相応の対応をする。それなのに、下層の者が無礼を振舞うなど本来あり得ない事実だった。

「姫木、陸……、僕が絶対に許さないから」

心に刻むように名前を口にして、桜井は復讐と報復を誓った。
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