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1章『恋着編』
27「どうして陸くんなんですか?」
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「陸くん、聞いてッ」
妙な沈黙の中で、突如響いた声に全員が振り向いた。息を荒げて叫んだのは水月だった。
「水月?」
珍しく必死な姿を目撃し、火月が驚いたように名を呼ぶ。すると、水月は真っすぐに姫木の元へと歩き出す。
「こんなこと僕が言える立場じゃないって、分かってるけど、どうしても聞いてほしいの」
目の前まで来た水月は、姫木の両腕を掴んで話を聞いてほしいと願った。
「別に、いいけど……。どうしたんだ水月?」
「ごめんね陸くん」
始めに謝っておくと、水月は謝罪をしてから誰もが予想しなかった名前を出した。
「天王寺会長のことなんだけど……」
と。
◆◆◆
それは先日の出来事だった。
天王寺に出逢ったのは、構内にある図書館に寄った帰り。
本日は16時に閉館だと言われていたのに、ついつい夢中になりすぎて、声をかけられたときは16時20分だった。
いつもは18時までだったので、水月は慌てて片付けると、何度も何度も頭を下げて慌てて飛び出した。
「天王寺会長……?」
前方に何かを抱えて歩く姿が見え、水月は足を止めてその姿を追う。てっきり今帰りなのかと見ていれば、天王寺は校舎裏へと歩いていく。
そんなところに何の用があるのかと、不信に思った水月はこっそりと後をつけた。
天王寺が向かったのは、焼却炉。
手にした包みをじっと見つめて、それを捨てるかどうかを迷っているようだった。
「天王寺会長」
あまりにも思い詰めた表情で数分も立ち尽くしていたから、思わず声をかけてしまった。
背後から水月に声をかけられ、天王寺はようやく顔をあげた。
「たしか、秋元水月と言ったか?」
「はい」
「甘いものは好きか?」
元気良く返事を返せば、そんなことを聞かれた。別に嫌いではないため、水月は「好きです」と、素直に答える。
そうすれば、抱えていた包みを手渡された。
「あの……?」
「和菓子が入っておる、貰ってはくれまいか?」
若草色の風呂敷に包まれた中身は和菓子で、天王寺はそれを貰って欲しいと言ってきた。もちろん、賞味期限は切れてはおらず、本日作ったもので安全だと告げて。
「会長は食べないんですか?」
見たところ、開封されておらず、水月はこのお菓子は誰から貰ったのだろうかと、首を捻る。
「私が取り寄せたものだ、味の保証はする」
「それって……」
そこまで聞いて、水月は和菓子の本来の役目を悟る。
たぶん、姫木と食べるために用意したんだと。連日のように甘味をぶら下げて誘いに来ていた天王寺。あんなことがなければ、今もまだ誘いに来ていたのだろうかと、水月は少し懐かしそうに思い出す。
「秋元水月、少し話したい。時間はあるか?」
弱々しい声色と光を失った瞳が、水月を捉える。
いつもキラキラと眩しかった天王寺が、足元から崩れてしまいそうなほど弱く見えて、水月はつい頷いてしまっていた。
二人は近くのベンチへと移動し、並んで座る。
水月の膝には高級風呂敷の包み。天王寺といえば、ぐったりと項垂れるように下を向いている。
「私に資格などないと分かっておるが、姫は元気であるか?」
姫木のことを聞くなど、許されないことだと理解しているが、どうしても聞きたいのだと、天王寺は絞り出すような声でそれを聞く。
「なんか無理してるかな」
変に明るく振る舞ってはいたが、どことなく元気がないのは分かっていた。
「全て私のせいであるな」
「……会長」
「私は姫に謝罪することすら、許されてはおらぬ」
あの日より、顔を、姿を見せるなと言い渡された。それが天王寺に課せられた罪。
どれほど謝りたいか、傷を拭いたいか、計り知れないほどの後悔を抱いているのだと、天王寺は頭を抱え込む。
「どうして陸くんなんですか?」
たまたま落ちてきた姫木を助けただけなのに、どうして恋に落ちたのか、水月は不思議だと返事を返す。
「姫を見た瞬間、運命を感じたのだ。愛しいと、愛らしいとこの腕に欲しいと願った」
言葉では言い表せない、愛しさが埋め尽くしたのだと、天王寺はあの時の光景を思い出す。
自分でも理解など出来ていない。視線があった時、『愛している』ただそう思った。
「陸くん、普通の家の普通の男の子ですよ」
「何か問題でもあるのか?」
「天王寺会長とは、不釣り合いじゃないかなって」
身分が違いすぎると、水月は少し遠回しに言葉にする。自分達とは住む世界が違うのだと。
「同等の立場でなければ、恋をしてはならぬ、などという法律は現在存在しておらぬ」
規則も契約もないのに、なぜ自分は姫木に恋をしてはいけないのだと、素直に答えた。
「それは……」
水月は、答えを見失い、口を閉じた。
恋する気持ちに壁なんかないって。自分も副会長の浅見に惹かれた。
天王寺の気持ちは分かるつもりで、水月は正しい答えを必死に探す。
妙な沈黙の中で、突如響いた声に全員が振り向いた。息を荒げて叫んだのは水月だった。
「水月?」
珍しく必死な姿を目撃し、火月が驚いたように名を呼ぶ。すると、水月は真っすぐに姫木の元へと歩き出す。
「こんなこと僕が言える立場じゃないって、分かってるけど、どうしても聞いてほしいの」
目の前まで来た水月は、姫木の両腕を掴んで話を聞いてほしいと願った。
「別に、いいけど……。どうしたんだ水月?」
「ごめんね陸くん」
始めに謝っておくと、水月は謝罪をしてから誰もが予想しなかった名前を出した。
「天王寺会長のことなんだけど……」
と。
◆◆◆
それは先日の出来事だった。
天王寺に出逢ったのは、構内にある図書館に寄った帰り。
本日は16時に閉館だと言われていたのに、ついつい夢中になりすぎて、声をかけられたときは16時20分だった。
いつもは18時までだったので、水月は慌てて片付けると、何度も何度も頭を下げて慌てて飛び出した。
「天王寺会長……?」
前方に何かを抱えて歩く姿が見え、水月は足を止めてその姿を追う。てっきり今帰りなのかと見ていれば、天王寺は校舎裏へと歩いていく。
そんなところに何の用があるのかと、不信に思った水月はこっそりと後をつけた。
天王寺が向かったのは、焼却炉。
手にした包みをじっと見つめて、それを捨てるかどうかを迷っているようだった。
「天王寺会長」
あまりにも思い詰めた表情で数分も立ち尽くしていたから、思わず声をかけてしまった。
背後から水月に声をかけられ、天王寺はようやく顔をあげた。
「たしか、秋元水月と言ったか?」
「はい」
「甘いものは好きか?」
元気良く返事を返せば、そんなことを聞かれた。別に嫌いではないため、水月は「好きです」と、素直に答える。
そうすれば、抱えていた包みを手渡された。
「あの……?」
「和菓子が入っておる、貰ってはくれまいか?」
若草色の風呂敷に包まれた中身は和菓子で、天王寺はそれを貰って欲しいと言ってきた。もちろん、賞味期限は切れてはおらず、本日作ったもので安全だと告げて。
「会長は食べないんですか?」
見たところ、開封されておらず、水月はこのお菓子は誰から貰ったのだろうかと、首を捻る。
「私が取り寄せたものだ、味の保証はする」
「それって……」
そこまで聞いて、水月は和菓子の本来の役目を悟る。
たぶん、姫木と食べるために用意したんだと。連日のように甘味をぶら下げて誘いに来ていた天王寺。あんなことがなければ、今もまだ誘いに来ていたのだろうかと、水月は少し懐かしそうに思い出す。
「秋元水月、少し話したい。時間はあるか?」
弱々しい声色と光を失った瞳が、水月を捉える。
いつもキラキラと眩しかった天王寺が、足元から崩れてしまいそうなほど弱く見えて、水月はつい頷いてしまっていた。
二人は近くのベンチへと移動し、並んで座る。
水月の膝には高級風呂敷の包み。天王寺といえば、ぐったりと項垂れるように下を向いている。
「私に資格などないと分かっておるが、姫は元気であるか?」
姫木のことを聞くなど、許されないことだと理解しているが、どうしても聞きたいのだと、天王寺は絞り出すような声でそれを聞く。
「なんか無理してるかな」
変に明るく振る舞ってはいたが、どことなく元気がないのは分かっていた。
「全て私のせいであるな」
「……会長」
「私は姫に謝罪することすら、許されてはおらぬ」
あの日より、顔を、姿を見せるなと言い渡された。それが天王寺に課せられた罪。
どれほど謝りたいか、傷を拭いたいか、計り知れないほどの後悔を抱いているのだと、天王寺は頭を抱え込む。
「どうして陸くんなんですか?」
たまたま落ちてきた姫木を助けただけなのに、どうして恋に落ちたのか、水月は不思議だと返事を返す。
「姫を見た瞬間、運命を感じたのだ。愛しいと、愛らしいとこの腕に欲しいと願った」
言葉では言い表せない、愛しさが埋め尽くしたのだと、天王寺はあの時の光景を思い出す。
自分でも理解など出来ていない。視線があった時、『愛している』ただそう思った。
「陸くん、普通の家の普通の男の子ですよ」
「何か問題でもあるのか?」
「天王寺会長とは、不釣り合いじゃないかなって」
身分が違いすぎると、水月は少し遠回しに言葉にする。自分達とは住む世界が違うのだと。
「同等の立場でなければ、恋をしてはならぬ、などという法律は現在存在しておらぬ」
規則も契約もないのに、なぜ自分は姫木に恋をしてはいけないのだと、素直に答えた。
「それは……」
水月は、答えを見失い、口を閉じた。
恋する気持ちに壁なんかないって。自分も副会長の浅見に惹かれた。
天王寺の気持ちは分かるつもりで、水月は正しい答えを必死に探す。
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