【完結】独占欲の花束

空条かの

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3章『邪恋編』

50「怒ってなどいない」

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夏季休暇が終わり、俺は再び学生生活に戻ったのだが、またまたとんでもない受難が待ち受けていたとは、この時はまだ知るよしもなかった……。
俺の普通の学生生活は、どうしたら取り戻せるのだろうか。





「隣座ってもいい?」

講義の始まる前、俺は見ず知らずの学生にいきなり声を掛けられた。別に断る理由もないので、俺はどうぞと声を返したんだが、そいつはなぜかぴったりと俺の隣に座った。

「あ、あの。ちょっと近いんだけど……」
「あっ、ごめんね。今日初めて学校へ来たばっかりだから、まだ何も用意できてなくて、良かったら教材とか見せてくれないかな?」
「今日から?」
「留学先から編入してきて、今日からここへ通うことになったんだ」

編入してきたのか、俺は教材がまだないと言った生徒に、仕方なく資料などを半分見せてあげることにした。
つまり、今日初めて学校に顔を見せたってことは、俺のこと知らない。だから声かけてきたのか、なんとなく誰かに声を掛けてもらえたことが、すごく嬉しいと思ってしまった。
俺ってめっちゃ孤独だったんだな……。

「ありがとう」

そいつはにこっりと笑って、感謝を述べるとノートを机に広げた。

「留学ってどこ行ってたの?」
「アメリカだよ。そうだ、自己紹介してないね。はじめまして、西園寺さいおんじ雅臣まさおみです」
「はじめまして、俺は姫木陸」

互いは小声で自己紹介を済ませた。天王寺に負けず劣らず綺麗な顔をした、肌の少し黒い西園寺は、長い指をしていた。

「この先生の講義は受けるべきだって聞いてきたんだけど、すごい人気なんだね」

はにかむように笑った西園寺は、席が空いててよかったと俺をみる。

「資料、勝手に見ていいから」
「大丈夫、姫木君の好きにめくって構わないから」

キラキラとした眩しい笑顔を向けてきた西園寺は、優しく笑うと邪魔にならないようにすると言ってくれた。
講義も終盤に差し掛かった頃、俺は西園寺からノートをそっと差し出された。


『この後空いてたら、構内を案内してほしいんだけど、ダメかな?』


片目でウインクするように俺を見てきた西園寺に、俺もノートの隅に返事を書いた。


『OK』


と。
別に天王寺と何か約束してるわけでもないし、編入生を案内してもいいだろうと、俺は軽くOKした。
それでも、一応水月には伝言だけ預けて、俺は西園寺を連れて構内を案内してやった。





◆◆◆
「顔に不機嫌だと書いてあるぞ」

夕刻の特別生徒室で、浅見が天王寺にそう声をかけた。
数日前から天王寺の機嫌が悪いのは分かっていたが、今日はあえて声に出してみた。このまま不機嫌全開で一緒に仕事をするのは今日で辞めたいと思ってのことだ。

「不機嫌どころではない、醜い嫉妬も不満も溢れかえっておる」
「そんなに怒るな」
「怒ってなどいない」

そういいつつも、眉間には深い皺が寄り、声も怒気を帯びていた。
編入生に付きっきりのせいで、数日、姫木に会えていないのだ。お昼に迎えにいけば、構内やサークルを案内していると説明され、放課後に会いに行けば、編入生と帰ったと聞かされる。
新しい学校に早く慣れるために、編入生に優しくする姫木に落ち度も悪気がないのも分かっている、そういう優しいところも好きなのだが、やはり会いたいと思ってしまう。

「編入生か……」

浅見は何気にそう口にして、ふと渋い顔をしてみせた。編入生などよくあることなのだが、西園寺という名前に妙な違和感を抱いた。

「冬至也、どうかしたのか?」

いきなりパソコンのキーボードを叩き出した浅見に、天王寺が不審に思い声をかける。

「素性を隠してはいるが、やはりこの顔、間違いない」

パソコン画面に写し出されたのは、西園寺雅臣。
それを見た天王寺もまた、苦い顔をしてみせた。

「西園寺雅也まさやの弟か……」
「間違いないだろう。プロフィールはでっちあげだが、この顔は見たことがある」

二人は写し出された西園寺の写真を睨むように眺めながら、重たい空気を作りあげ、浅見は小さく舌打ちをしてみせた。

「姫に近づいたのは、意図的なものか?」

天王寺は浅見にそれを問う。

「おそらくな」
「姫に一体何をするつもりなのだ」
「俺の憶測が正しければ、姫木ではなく尚人に恨みがあるんだろう」
「私にか?」

パソコン画面から視線を反らした浅見は、天王寺に視線を向けながら眼鏡を押し上げる。
そして同時に画面の西園寺を一瞬視界の隅に入れ、不機嫌な顔つきをしてみせた。

「しつこい男だ」

呟くように言った浅見は、すでに姫木がこのことに巻き込まれていることを知り、厄介なことになったとさらに深く息を吐く。

「冬至也、私に恨みがあるとはどういうことなのだ」

西園寺の弟から恨みを買うようなことはしていないと、天王寺が浅見に迫る。
確かに兄の雅也とは幼い頃から同じ学校で、よきライバルだったのは覚えていたが、弟との面識は殆んどなかった。
だから、恨みを買うようなことなどないと天王寺は詰め寄る。

「弟の雅臣は、極度のブラコンだ」
「ブラコンと私が何か関係するのか?」
「雅臣は兄の雅也を溺愛しているが故に、尚人、お前が嫌いなんだ。つまりだ……」

溺愛などと口に出すもの背中がゾクゾクすると、浅見は軽く身震いをしながら天王寺にその理由を簡単に話した。
西園寺グループと天王寺グループは、何かと仲が悪いのは世間でも有名であり、それは先祖代々続いている……、犬猿の仲。
子供たちには大人の事情など関係ないはずだったのだが、たまたま西園寺家の長男と天王寺家の三男が同い年で、同じ学校に通うことになり、どちらも秀才なのは間違いなく、ことあるごとに比べられる事態が起きていた。
テストはもちろん、運動やコンテストなどなど、順位がつくものはなんでも比べられていた。
まあ、秀才の二人だからこそ目立っていただけなのだが、なんの嫌がらせか、神様は意地悪だったのか、天王寺がいつも1番になり、雅也はいつも2番目という結果に。
本人の雅也はそれほど気にしている様子はなかったのだが、弟がそれをまったくもって快く思っていなかったのだ。
なんとか天王寺を貶めようとしていたのは、浅見の中でも黒歴史に近かった。
兄の雅也をなんとしても天王寺よりも優れさせたいと、影で仕組む雅臣と何度か張り合ったこともあったほどだ。

「厄介なことになりそうだな」

ため息を溢しながら、浅見は再度眼鏡を正す。

「厄介とはどういう意味なのだ、冬至也」
「すでに姫木が巻き込まれている、一筋縄では解決しないということだ」
「姫に何かあるというのか!」

浅見の言葉から、姫木に危害が加わると悟った天王寺は、怒りの形相で浅見に詰め寄る。

「それは分からないが、何かしらのアクションは起こすだろう」
「許せぬ。姫に何かするというのならば、この私が許さぬ」
「正確には尚人、お前に何かをしたいのだろう、だから姫木に近づいた」

眼鏡を曇らせた浅見は、姫木を利用して天王寺を陥れようとしていると話す。
つまり、天王寺と姫木の仲を知ってのことだと察しがついた。姫木を天王寺から奪って、悔しがる姿をみたいのか、はたまた姫木を利用して天王寺に一泡ふかせるつもりなのか、現時点では浅見にも分からなかった。

「西園寺雅臣……」

天王寺は胸に刻むようにその名を口にした。
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