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3章『邪恋編』
65「俺の事も名前で呼べよ」
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体中が軋む鈍さと、後ろに感じる痛みに、俺は顔を顰めながら目を覚ました。
「──ッ」
わずかに動かしただけでも痛みが走る。
ふと隣をみれば幸せそうな顔で眠っている天王寺が視界に入った。いつ見ても綺麗な整った顔だな、なんて関心してしまう。
ピトッ
なんとなくその顔に触れてみたくて、俺はそっと触れてしまう。
「──ん……っ」
小さな声をあげて天王寺の瞳が開く。夢の中より醒めた天王寺は俺を見つけると、優しく綺麗に笑ってくれる。そんな顔されたら、昨日の事を全部許しちゃうだろうと、俺は完全に毒された。
「……姫、愛しておる」
ふんわりと甘い声を出して、天王寺は俺の髪をそっと掬うと、後頭部を包み込むように優しく触れる。
「薬、……抜けたのか……?」
「身体の火照りは消えたが、姫を見れば自然と熱くなる」
「ばっ、バカなこと言うな」
「嘘ではない。私の身体に火をつけられるのは姫ただ一人だ」
どうしてこいつは恥ずかしいことを平気で口にするんだ、俺の方が恥ずかしくて居たたまれない。けれど、全身が痛すぎて俺はベッドから逃げることができず、視線だけを逸らしたけど、天王寺が腕を回してきて抱きしめてきた。
「すまなかった……」
消え入るような細い声で謝罪された。それが何を差しているのかわかるだけに、俺は返答に困る。だが相手は天王寺、もちろん言いにくいことを恥もなく口にする。
「あのように乱暴に抱くつもりなどなかったのだ……」
「──ッ」
一気に顔が全身が沸騰する。
「私が与える快楽に溺れ、淫らに乱れる姿と、あのような可愛い声を聞かされ、どうしても止めることができなかったのだ。すまぬ」
そっと抱き寄せた天王寺は、顔から火が出る台詞を吐きながら真面目に謝罪するが、聞かされる俺はとんでもない羞恥を与えられた。
もちろん天王寺の顔なんてまともに見られるはずもなく、俺は無理やり身体を反転させて肩を震わせた。
「姫、どうしたのだ?」
「お前の辞書には、恥ずかしいって言葉はないのかぁ」
「何を恥ずかしがることがある。姫の乱れる姿はとても甘美で……」
「だぁ~、かぁ~、らぁ~。そういうことを言うなぁぁぁ!」
このとんでもなく恥ずかしい口を誰か塞いでくれ! 俺は真っ赤になって声にならない叫びをあげた。自分の痴態なんかわざわざ言葉にしなくていいと。
「何を言ってはならぬのだ。姫が私を求めて喘いだことか、それとも私を感じて何度も達してくれたことか、それより……」
「わああっ! もういい、もういい。何もしゃべるな──ッ!」
これ以上、俺を辱めるな。耳まで沸騰して慌てた俺は再び身体を反転すると、天王寺の恥ずかしすぎる口を手で押さえつけた。
「ふぐ…っ、んん……」
「許すから、……昨日の事は許すから、もう言うな」
なんでもいいから昨日の事はもう何も口にするなと、俺は必死に口を塞ぐ。これ以上恥ずかしい台詞をしゃべらせてたまるかと、俺は謝罪していた天王寺を許した。
あれは、変な薬のせいで、……俺は天王寺を助けたくてああしたんだ。そう催淫剤という薬のせいだと、俺はその薬に全部押し付けた。
「──ん、んんっ!」
「へ……?」
「んぐ……んッ!!」
口を押えた天王寺の顔が真っ赤になっている。よく見れば俺は口だけじゃなくて鼻も一緒に塞いでいた。つまり、完全に呼吸を止めていた。
「あ、っ」
慌てた俺が手をどけると、天王寺は全身で呼吸をするように深く深く呼吸を繰り返す。赤くなった顔も呼吸が整うとともに戻っていく。
「ぁは……。姫に殺されるのなら本望だが、私はまだ死ぬつもりはない……」
「はは、ごめん天王寺」
「尚人、とは呼んではくれぬのだな」
微かに目を伏せた。
「だったら、俺の事も名前で呼べよ」
一度は許可してしまった『姫』だが、やっぱり人前で呼ばれるのは遠慮したい。これを機にちゃんと訂正するべきだと俺は決意を固めた。
「姫」
「じゃなくて、陸」
「陸」
やっぱり天王寺にそう呼ばれると、背中がもぞもぞする気持ち悪い感じがするが、いつまでも『姫』なんて恥ずかしい名前で呼ばれるわけにはいかない。俺は慣れるまで我慢だと、天王寺にちゃんと名前で呼んでもらうことにした。
「ならば私の事も尚人と呼んで欲しい」
俺のことを名前で呼ぶ代わりに、天王寺のことも名前で呼んで欲しいと言われたが、年上で身分も偉くて、とても名前でなんて呼べる立場ではないのはわかっている。
浅見は『尚人』と呼んでいたが、あんな風に呼べるはずはないと、俺はしばらく沈黙してしまった。
「姫、……いや陸」
黙り込んでしまった俺に天王寺が声をかける。
「……呼べない」
「何故だ」
「俺とお前ではいろいろ違うんだよ。いいだろう天王寺で」
「抱き合っているときは呼んでくれたではないか」
たしかに最中に呼んだ記憶はある。けどアレはあれだ。なんていうか、その成り行きというか、言わされたというか、……もう、なんであんな恥ずかしいことを思い出さなきゃならないんだ。俺は一人で赤くなって、天王寺を睨んでしまっていた。
「──ッ」
わずかに動かしただけでも痛みが走る。
ふと隣をみれば幸せそうな顔で眠っている天王寺が視界に入った。いつ見ても綺麗な整った顔だな、なんて関心してしまう。
ピトッ
なんとなくその顔に触れてみたくて、俺はそっと触れてしまう。
「──ん……っ」
小さな声をあげて天王寺の瞳が開く。夢の中より醒めた天王寺は俺を見つけると、優しく綺麗に笑ってくれる。そんな顔されたら、昨日の事を全部許しちゃうだろうと、俺は完全に毒された。
「……姫、愛しておる」
ふんわりと甘い声を出して、天王寺は俺の髪をそっと掬うと、後頭部を包み込むように優しく触れる。
「薬、……抜けたのか……?」
「身体の火照りは消えたが、姫を見れば自然と熱くなる」
「ばっ、バカなこと言うな」
「嘘ではない。私の身体に火をつけられるのは姫ただ一人だ」
どうしてこいつは恥ずかしいことを平気で口にするんだ、俺の方が恥ずかしくて居たたまれない。けれど、全身が痛すぎて俺はベッドから逃げることができず、視線だけを逸らしたけど、天王寺が腕を回してきて抱きしめてきた。
「すまなかった……」
消え入るような細い声で謝罪された。それが何を差しているのかわかるだけに、俺は返答に困る。だが相手は天王寺、もちろん言いにくいことを恥もなく口にする。
「あのように乱暴に抱くつもりなどなかったのだ……」
「──ッ」
一気に顔が全身が沸騰する。
「私が与える快楽に溺れ、淫らに乱れる姿と、あのような可愛い声を聞かされ、どうしても止めることができなかったのだ。すまぬ」
そっと抱き寄せた天王寺は、顔から火が出る台詞を吐きながら真面目に謝罪するが、聞かされる俺はとんでもない羞恥を与えられた。
もちろん天王寺の顔なんてまともに見られるはずもなく、俺は無理やり身体を反転させて肩を震わせた。
「姫、どうしたのだ?」
「お前の辞書には、恥ずかしいって言葉はないのかぁ」
「何を恥ずかしがることがある。姫の乱れる姿はとても甘美で……」
「だぁ~、かぁ~、らぁ~。そういうことを言うなぁぁぁ!」
このとんでもなく恥ずかしい口を誰か塞いでくれ! 俺は真っ赤になって声にならない叫びをあげた。自分の痴態なんかわざわざ言葉にしなくていいと。
「何を言ってはならぬのだ。姫が私を求めて喘いだことか、それとも私を感じて何度も達してくれたことか、それより……」
「わああっ! もういい、もういい。何もしゃべるな──ッ!」
これ以上、俺を辱めるな。耳まで沸騰して慌てた俺は再び身体を反転すると、天王寺の恥ずかしすぎる口を手で押さえつけた。
「ふぐ…っ、んん……」
「許すから、……昨日の事は許すから、もう言うな」
なんでもいいから昨日の事はもう何も口にするなと、俺は必死に口を塞ぐ。これ以上恥ずかしい台詞をしゃべらせてたまるかと、俺は謝罪していた天王寺を許した。
あれは、変な薬のせいで、……俺は天王寺を助けたくてああしたんだ。そう催淫剤という薬のせいだと、俺はその薬に全部押し付けた。
「──ん、んんっ!」
「へ……?」
「んぐ……んッ!!」
口を押えた天王寺の顔が真っ赤になっている。よく見れば俺は口だけじゃなくて鼻も一緒に塞いでいた。つまり、完全に呼吸を止めていた。
「あ、っ」
慌てた俺が手をどけると、天王寺は全身で呼吸をするように深く深く呼吸を繰り返す。赤くなった顔も呼吸が整うとともに戻っていく。
「ぁは……。姫に殺されるのなら本望だが、私はまだ死ぬつもりはない……」
「はは、ごめん天王寺」
「尚人、とは呼んではくれぬのだな」
微かに目を伏せた。
「だったら、俺の事も名前で呼べよ」
一度は許可してしまった『姫』だが、やっぱり人前で呼ばれるのは遠慮したい。これを機にちゃんと訂正するべきだと俺は決意を固めた。
「姫」
「じゃなくて、陸」
「陸」
やっぱり天王寺にそう呼ばれると、背中がもぞもぞする気持ち悪い感じがするが、いつまでも『姫』なんて恥ずかしい名前で呼ばれるわけにはいかない。俺は慣れるまで我慢だと、天王寺にちゃんと名前で呼んでもらうことにした。
「ならば私の事も尚人と呼んで欲しい」
俺のことを名前で呼ぶ代わりに、天王寺のことも名前で呼んで欲しいと言われたが、年上で身分も偉くて、とても名前でなんて呼べる立場ではないのはわかっている。
浅見は『尚人』と呼んでいたが、あんな風に呼べるはずはないと、俺はしばらく沈黙してしまった。
「姫、……いや陸」
黙り込んでしまった俺に天王寺が声をかける。
「……呼べない」
「何故だ」
「俺とお前ではいろいろ違うんだよ。いいだろう天王寺で」
「抱き合っているときは呼んでくれたではないか」
たしかに最中に呼んだ記憶はある。けどアレはあれだ。なんていうか、その成り行きというか、言わされたというか、……もう、なんであんな恥ずかしいことを思い出さなきゃならないんだ。俺は一人で赤くなって、天王寺を睨んでしまっていた。
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