81 / 268
4章『恋路編』
81「いつもみたいに“姫”って呼んでみろよ」
しおりを挟む
まるで尚希に責められているようで、俺は居たたまれなくなってもっと俯いた。
しっかりしろ俺。俺は本当は天王寺のことどう考えてるんだ。嫌いじゃないのは知ってる、友達として好きなのも分かってる、けど恋愛対象って、どう考えたら好きと嫌いで区別できるんだ。
グルグル回る思考回路で、俺はただ下を向いて床を見つめた。
そんな俺を見かねた尚希が、ふいに立ち上がると俺の隣に来る。
「尚ちゃんのキス、嫌だった?」
尚政に聞こえないように耳打ちで囁かれた言葉に、俺の顔から湯気が出る。
「な、何言ってるんですかっ」
「どうなの?」
真顔で問われた。
「……嫌じゃなかった」
俺は無意識にそれを声にしていた。
へ、ちょ、何言ってんの俺。
「なら決まりでしょ。政兄、二人は恋人だよ」
勝手に納得して、尚希は尚政にそう告げた。
「やはり私は尚人に辛い思いをさせてしまったのだな」
「尚ちゃんは、姫ちゃんを一人にするようなことしないよ」
「尚希さ……ん……」
尚希は俺の肩に手を置くと、優しく微笑む。
「尚ちゃん、起こしてあげて」
俺なら天王寺を起こせると、尚希は自信たっぷりに言う。
「で、でも……」
「大丈夫、姫ちゃんすごく愛されてるんだから」
ウインクをされて、ポンポンと肩を叩かれたが、俺は恥ずかしくて尚希の顔が見れなかった。
『愛されてる』ってなんだよ。
ううっ、自覚が全くないわけじゃないけど、なんかこう人から言われると恥ずかしいだろう。
1人赤くなっている俺は、何にも言い返せなくなってしまい、結局、時間があればいつでも来てほしいと頼まれ、なぜか病室に1人残された。
しばらくして俺はようやくソファから立ち上がり、天王寺の眠るベッドへと歩く。
本当に眠っているだけなんじゃないかと思うほど、静かに目を閉じている天王寺。
俺は、肩下まで伸びている長い髪に手を伸ばした。今日は結んでいない髪。
「やっぱ、サラサラだよな」
触れた髪は、見た目の通りサラサラと指を滑る。それから俺は天王寺の頬に手を添えた。
やはり目は覚まさない。
「天王寺、お前何やってんだよ」
あの事件はお前のせいじゃないだろう。それに別れるってなんだよ、俺たちは友達だろう。会わないとか考えるなよ。
「俺に相談とかすればよかっただろう……、なあ」
なんでいつも一人で暴走すんだよと、俺は声にならない声をあげた。
その結果、こんなことにまでなって。
「……ほんとに俺に会えなくなってもいいのか」
そっと頬を撫でながら、俺は動かない天王寺の顔を覗きこむ。綺麗な顔だと再認識させられたが、その瞳を開くことは叶わず、俺はつい目を伏せてしまう。
「起きろよ」
怒声にも似た声色がでた。
「天王寺、起きろって。今起きたらなんでもしてやるからっ」
告白でも、キスでも、それ以上のことだって、なんでもしてやるから目を覚ませと、俺は無意識に横たわる天王寺の病衣を掴み上げていた。
力なく掴み上げられる天王寺は、何の反応も示さず、ただ俺の動きに合わせて動くだけ。それはただの人形と何も変わらない。
どうして動かないのか、なんで俺の声に応えないのか、なぜ目を覚まさないのか、俺には何もかも分からなくなっていた。
完全に抜け殻になってしまった天王寺に、俺はその勢いのままキスをしていた。
温度の低い唇は全然甘くなくて、嬉しくなくて、ただ胸を締め付けただけ。
「いつもみたいに“姫”って呼んでみろよ……」
悔しくて、切なくて、俺は掴んだ病衣を離すと、ベッドに沈んだ天王寺の胸元に顔を埋めた。涙が止まらない。
俺は気が済むまで泣いた。
あれから俺は、ほぼ毎日ここへ足を運んでいた。
相変わらず天王寺に変化は見られなかったが、声を掛けて欲しいと頼まれたから、俺は大学でのこと、浅見のこと、自分の事も、くだらないことまで話しかけていた。
聞こえているかどうかなんてわからない、けれど俺は声を掛け続けた。
勉強もここですることにし、俺はいつものように教材を机に広げて、予習やレポートを始める。
「姫ちゃん、来てたの?」
明るい声とともに入ってきたのは尚希だった。
「お邪魔してます」
「そんなに畏まらなくていいよ。何か飲む?」
「あ、はい。ありがとうございます」
俺が返事をすると、尚希が冷蔵庫から炭酸飲料を取り出して、渡してくれた。
それから尚希は俺の向かい側に座ると、意味深に俺の顔を覗きこんでくる。
「なんですか? 俺の顔に何かついてます?」
変なモノでもついているのかと、俺は自然と自分の顔を触るが、尚希はそれを見てクスッと笑う。
で、突然片手を上にあげた。
「姫ちゃんに質問」
「えっと、それって俺でも分かることですか?」
「むしろ姫ちゃんじゃないと分かんないんだけど」
「へ?」
尚希はニコニコと微笑んで俺を見てくる。その笑顔が何だか怖くて俺は思いっきりソファの背もたれに後ずさる。
止まらない冷や汗が背筋を流れるような感覚がした。
「そんなに怯えないでよ」
「怯えてません」
俺は手にしていたシャーペンを机に置くと、尚希に視線を合わせる。
しっかりしろ俺。俺は本当は天王寺のことどう考えてるんだ。嫌いじゃないのは知ってる、友達として好きなのも分かってる、けど恋愛対象って、どう考えたら好きと嫌いで区別できるんだ。
グルグル回る思考回路で、俺はただ下を向いて床を見つめた。
そんな俺を見かねた尚希が、ふいに立ち上がると俺の隣に来る。
「尚ちゃんのキス、嫌だった?」
尚政に聞こえないように耳打ちで囁かれた言葉に、俺の顔から湯気が出る。
「な、何言ってるんですかっ」
「どうなの?」
真顔で問われた。
「……嫌じゃなかった」
俺は無意識にそれを声にしていた。
へ、ちょ、何言ってんの俺。
「なら決まりでしょ。政兄、二人は恋人だよ」
勝手に納得して、尚希は尚政にそう告げた。
「やはり私は尚人に辛い思いをさせてしまったのだな」
「尚ちゃんは、姫ちゃんを一人にするようなことしないよ」
「尚希さ……ん……」
尚希は俺の肩に手を置くと、優しく微笑む。
「尚ちゃん、起こしてあげて」
俺なら天王寺を起こせると、尚希は自信たっぷりに言う。
「で、でも……」
「大丈夫、姫ちゃんすごく愛されてるんだから」
ウインクをされて、ポンポンと肩を叩かれたが、俺は恥ずかしくて尚希の顔が見れなかった。
『愛されてる』ってなんだよ。
ううっ、自覚が全くないわけじゃないけど、なんかこう人から言われると恥ずかしいだろう。
1人赤くなっている俺は、何にも言い返せなくなってしまい、結局、時間があればいつでも来てほしいと頼まれ、なぜか病室に1人残された。
しばらくして俺はようやくソファから立ち上がり、天王寺の眠るベッドへと歩く。
本当に眠っているだけなんじゃないかと思うほど、静かに目を閉じている天王寺。
俺は、肩下まで伸びている長い髪に手を伸ばした。今日は結んでいない髪。
「やっぱ、サラサラだよな」
触れた髪は、見た目の通りサラサラと指を滑る。それから俺は天王寺の頬に手を添えた。
やはり目は覚まさない。
「天王寺、お前何やってんだよ」
あの事件はお前のせいじゃないだろう。それに別れるってなんだよ、俺たちは友達だろう。会わないとか考えるなよ。
「俺に相談とかすればよかっただろう……、なあ」
なんでいつも一人で暴走すんだよと、俺は声にならない声をあげた。
その結果、こんなことにまでなって。
「……ほんとに俺に会えなくなってもいいのか」
そっと頬を撫でながら、俺は動かない天王寺の顔を覗きこむ。綺麗な顔だと再認識させられたが、その瞳を開くことは叶わず、俺はつい目を伏せてしまう。
「起きろよ」
怒声にも似た声色がでた。
「天王寺、起きろって。今起きたらなんでもしてやるからっ」
告白でも、キスでも、それ以上のことだって、なんでもしてやるから目を覚ませと、俺は無意識に横たわる天王寺の病衣を掴み上げていた。
力なく掴み上げられる天王寺は、何の反応も示さず、ただ俺の動きに合わせて動くだけ。それはただの人形と何も変わらない。
どうして動かないのか、なんで俺の声に応えないのか、なぜ目を覚まさないのか、俺には何もかも分からなくなっていた。
完全に抜け殻になってしまった天王寺に、俺はその勢いのままキスをしていた。
温度の低い唇は全然甘くなくて、嬉しくなくて、ただ胸を締め付けただけ。
「いつもみたいに“姫”って呼んでみろよ……」
悔しくて、切なくて、俺は掴んだ病衣を離すと、ベッドに沈んだ天王寺の胸元に顔を埋めた。涙が止まらない。
俺は気が済むまで泣いた。
あれから俺は、ほぼ毎日ここへ足を運んでいた。
相変わらず天王寺に変化は見られなかったが、声を掛けて欲しいと頼まれたから、俺は大学でのこと、浅見のこと、自分の事も、くだらないことまで話しかけていた。
聞こえているかどうかなんてわからない、けれど俺は声を掛け続けた。
勉強もここですることにし、俺はいつものように教材を机に広げて、予習やレポートを始める。
「姫ちゃん、来てたの?」
明るい声とともに入ってきたのは尚希だった。
「お邪魔してます」
「そんなに畏まらなくていいよ。何か飲む?」
「あ、はい。ありがとうございます」
俺が返事をすると、尚希が冷蔵庫から炭酸飲料を取り出して、渡してくれた。
それから尚希は俺の向かい側に座ると、意味深に俺の顔を覗きこんでくる。
「なんですか? 俺の顔に何かついてます?」
変なモノでもついているのかと、俺は自然と自分の顔を触るが、尚希はそれを見てクスッと笑う。
で、突然片手を上にあげた。
「姫ちゃんに質問」
「えっと、それって俺でも分かることですか?」
「むしろ姫ちゃんじゃないと分かんないんだけど」
「へ?」
尚希はニコニコと微笑んで俺を見てくる。その笑顔が何だか怖くて俺は思いっきりソファの背もたれに後ずさる。
止まらない冷や汗が背筋を流れるような感覚がした。
「そんなに怯えないでよ」
「怯えてません」
俺は手にしていたシャーペンを机に置くと、尚希に視線を合わせる。
応援ありがとうございます!
10
お気に入りに追加
295
1 / 5
この作品を読んでいる人はこんな作品も読んでいます!
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる