【完結】独占欲の花束

空条かの

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6章『忘却編』

109「2時間でいいぞ」

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公園のベンチに腰をおろした俺は、困ったときの浅見頼みということで、浅見に電話をかけてしまっていた。
何か怒らせたかも……、と、電話すれば、大きなため息が返り、現在の居場所を問われる。

『俺が行くまでそこにいろ』

淡々と返事を返され、電話はあっさりと切られた。

「はぁ~、なんで俺が悪者なんだよぉ」

通話の切れた携帯を握り締めて、俺も盛大なため息を吐く。浅見が不機嫌そうなのはいつものことだが、今日は完全に呆れている様子だった。
なぜか俺がガックリと肩を落として待つこと、20分。

「俺を呼び出すとは良い度胸だな」

超不機嫌でやってきた浅見は、見下ろすように俺の目の前に立つと両腕を組んで見せた。

「だからぁ、俺は何も言ってないっていっただろう」
「だが、尚人は怒ってるんだろう」
「分かんないんだって。帰り道でいきなり怖い顔して、走って帰っちゃったんだから」

気に障るようなことを言った覚えはなく、俺はううっ、と浅見に唸ってみる。原因がわからないんだと、素直に言った。

「帰りの状況を説明しろ」

眼鏡を押し上げた浅見は、俺の隣に腰かけると、長い足を組んで帰りの会話を聞かせろと告げる。
天王寺を怒らせたかもしれないと、俺は仕方なしに浅見に帰りの状況説明をした。

「その状況で、なんで尚人を怒らせられるんだ」

説明を終えた俺に、浅見は再び深いため息を吐く。
状況や会話内容からして、天王寺を怒らせるような部分が見当たらず、浅見は怪訝な表情を浮かべながら、どこか見落としている箇所はないかと何度も考え込む。
が、皆目見当もつかない。

「……浅見さん」
「大丈夫だ」

急に黙り込んでしまった浅見に、俺は不安そうに声をかけたが、ポンポンと頭を掴むように、軽く手を置かれた。

「何が大丈夫なんですかぁ」
「お前の説明が事実なら、怒ってはいないだろう」
「本当にっ」
「原因は分からないが、怒らせるような要素はない」

幼き頃から天王寺を知っているが、怒らせるような事実はないと、浅見は微かに微笑んでから、不満そうな表情を浮かべた。
が、俺は怒らせていないと知って、深いため息を漏らす。

「よかったぁ~」

変な緊張感から解かれ、俺はスッキリとした気分だったのだが、浅見の機嫌はよろしくない。つまり、少し低めの声が俺にかけられる。

「で、だ。この埋め合わせはどうしてくれるんだ」

こんなところまで呼び出しておいて、原因はなかった。そもそも天王寺を怒らせたなどと、全部俺の勘違いだったと責める。
ベンチに座ったまま、俺に向き合った浅見の顔が怖い。
眼鏡の奥が笑っていないのに、口元が歪んでいる。

「ええっと、その……」
「2時間でいいぞ」
「へ?」

突然不敵に笑った浅見は、何かを企むように俺に視線を送ってきた。嫌な予感しかしない。
そもそも2時間ってなんだよ。
俺は怯えた瞳で浅見を捉えながら、その詳細を尋ねようと唾を飲み込む。だって絶対いいことじゃないって分かっているから。
それを先読みした浅見は、眼鏡を一度上に押し上げると俺の顔を覗きこんでくる。

「特別生徒室が、埃っぽくなってきたとは思わないか?」

冷静にそう告げた浅見は、なんだかすごく楽しそうだ。
つまりだ、俺に部屋の掃除をしろと言ったんだ。2時間も。

「やだ」
「無駄足を踏まされた俺に対する答えとは思えんな」
「それは悪い事したって……」
「悪いとは思っているんだな。だったら」
「ちょ、浅見……さん?」

さらに不敵に笑った浅見は、なぜか俺の顎を捉えた。夕暮れ時、公園にはもう誰もいない。
浅見の整った顔が俺に近づく。

「その身体で償ってもらおうか、姫木」

意味深な台詞を吐いた浅見は、空いている手で俺のシャツのボタンをひとつ外して見せた。
これって、これって、ヤバいんじゃ。

「何考えてんだよっ」
「いいことだ」

もうずっと天王寺に触れられていない身体は、そんな簡単な刺激にさえ敏感に反応している。けど、嫌悪感しか生まれてこない。
俺は必死に浅見の手を掴んで抵抗をみせる。

「止めろって。……掃除でもなんでもするからッ」
「ふっ、ははは……」

何を思ったのか、唐突に浅見が声をあげて笑い出した。そして、俺に伸ばされていた手は全て引いていく。

「お前はからかいがいがある」

腹を抱える勢いで笑った浅見は、俺をおもちゃにすると楽しいと喜んだ。
当然、面白くないのは俺だ。

「浅見さん!」
「感情豊かだと、褒めてるんだ。そう怒るな」
「どこが褒めてるんだよ……」
「捉えようだな」

あくまでも冷静に受け答えする浅見に、俺はムッとむくれて見せる。だって、これ以上反論しても浅見には勝てそうもないから。
結局、俺は特別生徒室の掃除を言いつけられ、後日渋々それを受けることを承諾させられた。
まあ、天王寺が怒っていないならひとまずよかったと、胸を撫でおろして。
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