【完結】独占欲の花束

空条かの

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8章『星合編』

157「姫は、男なのです」

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誰も何も答えず、会長の怒りは冷気のように場を凍らせる。

「答えられぬのか、尚人」
「いえ、私が至らずに姫を怒らせてしまったのです」
「ほう、怒らせたと」
「……はい」

静かに天王寺がそう話すと、会長は俺に視線を向け射貫くように見る。

「お嬢さんは、怒ると尚人に暴言を浴びせるのかな?」

落ち着いた様子で尋ねてきたが、それはそれは怖い声色だった。
何か、何か言わないと。

「いえ」

怖すぎてそれしか出てこなかった。

「我が可愛い孫を最低、変態などと、どちらの口が申したのであろうな」
「……」
「我が孫を侮辱することは許さぬ、出て行きなさい」

杖を玄関の扉に向け、俺に即刻出て行けと命令した。

「二度と尚人に近づくことは許さぬ、よいな。近づけばお嬢さんの身の保証はできぬぞ」

それは完全に脅しだった。もし天王寺に近づいたら、その命はないと告げられたのだ。
本当に殺される、俺は本気の殺気を向けられ、恐怖で心臓が止まりそうになりながら、走って逃げようとしたのだが、

「待つのだ、姫ッ」

なぜか天王寺に腕を掴まれた。
引き留められた俺は顔を上げることもできず、その腕を振り払うこともできず、止まってしまった。

「何をしておるのだ尚人。そのお嬢さんと付き合うことは禁止する」
「……受け入れられません」
「わしの命が聞けぬと申すか」
「例えお爺様のお言葉でも、それだけは聞けません」

天王寺が苦しそうに吐き出したその言葉に、会長は目を白黒とさせた。生まれて初めて尚人が反抗した。どんなときも自分の言葉を素直に聞き入れ、物分かりのいい子だった尚人が、従えないと反論した。
おそらく非常識なお嬢さんと付き合ったからだと、会長はますます二人を引き離すことが重要だと決める。

「そのような者と関わったりしたから、お前は自分を見失っておるだけだ」

離れれば、いつもの素直で可愛い尚人に戻ると会長は、天王寺に優しく声をかける。

「己を見失っていたのは、過去です」
「何が言いたいのだ」
「姫と出会い、私は素直に感情を表に出すことが叶いました。これほど心が揺れたことなどありません」

笑ったり、泣いたり、怒ったりと感情が揺れ、それを受け入れ、ありのままに行動する。こんな感覚は初めて味わったと、天王寺は真っすぐに会長を見る。

「騙されておるのが分からぬかっ」

声を荒げて、会長は杖を床に叩きつける。大切な孫を守りたいとする怒り。天王寺家に対してあのような暴言を吐くような者を認める訳にはいかないと、尚人を傷つけさせまいとする会長の心がそうさせる。

「騙されてなどおりません」
「言っても分からぬようなら、お嬢さんには消えてもらう」
「お爺様ッ」

消えてなくなれば、会うことも出来ず、想うことも叶わず、天王寺の心も元に戻る。そう考えた会長は、俺を闇に葬ると堂々と宣言した。
なんで俺が抹消されなきゃならないんだと、唇を血が出るほど噛んだ俺は俯いたまま、じっと床を睨んだ。

「尚ちゃんは、姫ちゃんを心から愛しているのです」
「お爺様、考え直しを」

俺を葬るといった会長に、尚希と尚政も噛みつく。

「お主らも騙されておるというのか、……恐ろしいお嬢さんだ」

まるで俺の事を悪魔みたいに言った会長は、早めに処分すべきだと執事を呼ぶ。
その時だった、天王寺の腕が俺に伸びると、長い髪を思いっきり引っ張られた。
かつらを取られ、その下に綺麗に纏めて隠してあった俺の短い髪をくしゃくしゃにして、元に戻すように整えると、今度は自分の服の袖で俺の顔を磨き始めた。
化粧に口紅が落とされていく。
雑ではあるが、俺はほぼ普段通りの姿へと変えられた。
一体何が起きたのか、会長は天王寺の行動に目を見張る。清楚で可愛かった俺は、ボーイッシュな女の子へと変わる。
もちろん、尚政と尚希も天王寺の行動の意図が分からずに、ただただ驚きながらそれを見ているだけだった。

「姫は、男なのです」

天王寺から衝撃の発言が飛び出す。
俺も尚政も尚希も唖然となり、天王寺を見る。

「……男」

当然会長も半開きになった口から、それしか出てこなかった。

「お爺様を騙したのは謝罪いたします。しかし、私は姫以外愛するものなどいない」

深く頭を下げた天王寺は、頭をあげると強い想いを胸に会長をじっと見つめた。
愛しの可愛い孫が男の子に恋を……。それもあのような暴言を吐く乱暴な者に。
会長の腕が震え、杖が床を鳴らす。

「二人とも知っておったのかッ」

尚政と尚希に向かって声をあげた会長は、怒り心頭で顔を真っ赤にしていた。知っていて、それを見逃していたのかと、兄二人は会長から睨みつけられる。

「申し訳ありません」
「……すみません」

素直に謝罪したが、末っ子の禁断の恋を許容していた罪は重いと、会長は苛立ちを露にする。男の子に恋した時点で兄ならば、説得なりなんなりして、二人を引き離すべきだと、手段など選ばずにそうすべきではないのか、と怒鳴る。

「もうよい。その者の処罰はわしが下す」

天王寺家の兄弟には任せられないと、会長が俺の腕を掴み上げた。けれど、その手を振り払い天王寺が俺を抱き寄せる。

「姫に手出しはさせぬ」

強い意志表示と抵抗を見せた天王寺に、会長の顔色は太陽のように熱くなる。

「お前は何を言っているのか、わかっておるのか、尚人」
「お爺様に仇なす罪は、この身で受けます」
「どのような覚悟もあると申すのだな」
「はい」

俺を腕に抱いたまま、天王寺はどんな罰も受けるが、俺だけは手放さないと強く言った。

「天王寺家の孫ともあろう者が、男に恋心を抱き、一緒になるだと……」

ワナワナと怒りに満ち溢れる会長は、信じられないものを見るように天王寺をじっと見つめながら、言葉を吐く。
そして、杖を壊れるほど床に叩きつけた会長は、

戯言たわごとを申す出ないッ! お前は私に泥を塗るというのだな」

怒声に混じる冷たい温度の声を出した。
天王寺家三男ともあろう者が、男に恋をし、その上その者しか愛さないなど、許されることではない。天王寺家に泥を汚名を被せるのかと、天王寺は鋭く睨まれた。
俺は、天王寺が家を追い出されるかもしれないと思い、抱きしめられていた腕を逃れる。

「姫?!」
「触るなっ」

再度伸ばされた手を制止するように、強く言い放てば、天王寺は俺に触れるのを止めた。
俺のせいで天王寺が家を追い出される、罰を受ける、そんなの黙って見ていられる訳ないだろう。例え全部天王寺のせいだとしても、罰なんか受けさせられない。
そういうのは、俺が受ければいいんじゃないかと、自然と思考が働いた。
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