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10章『恋慕編』
183「ほんとに少しだけなら」
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「ちょっとでいいのか?」
「ああ、少しでいい。外の世界を見たい」
「ほんとに少しだけなら」
ホテルの周りの街中を少しだけ散策するくらいなら、怒られないよな、と考えた俺は、男にちょっと待っててというと、館内に戻る。
何か身を隠せそうなものがあれば連れ出せると、俺は必死にホテル内を探って、ちょうどいい物を発見した。
それは、使用済みのシーツやタオルを回収する大きなワゴン。
これならいけると思った俺は、急いで庭園に戻ると、
「えっと、……」
名前を呼ぼうとして声を詰まらせた。そういえば聞いてなかったと。
それを悟った男は、はにかみながら、
「アデルだ」
と、教えてくれた。
俺はアデルの手をとると、周りを気にしながら引っ張る。そして、さっき見つけたワゴンに入るように促し、シーツやらタオルやらでアデルを隠すと、掃除の人に扮するため、俺も頭にタオル、そこらへんにあったエプロンを身に着けて、申し訳ないとは思ったが、ワゴンを少々お借りした。
従業員が多数いる現場で、みんなそれぞれ自分の仕事に精をだしているため、俺も自然にその中に溶け込め、裏口まで案外すんなり来ることができていた。
なるべく人気のない場所まで運んだ俺は、周囲に誰もいないことを確かめると、アデルに声をかけた。
「たぶん、もう大丈夫」
「出てもいいのか?」
「うん、大丈夫」
俺が返事をすれば、アデルは息苦しかったと顔を出す。そして、俺たちはこっそりとホテルを抜け出した。
「外だ、外、外だぞ!」
アデルは俺の両手を掴んで、飛び跳ねる勢いで盛大に喜んだ。
俺にとってはいつもの街並み、アデルにとっては初めての街並み、キラキラとさせた眼差しで辺りを見回す姿は、子供みたい。
「これをやる、俺をもてなせ」
そういって手渡されたのは、財布? めちゃめちゃ大きい財布は、厚さも半端ない。
俺は恐る恐る中身を確認させていただき、思わず財布を落っことしそうになる。見たこともない金額のお金が……。
それも全部ピン札、札束のまま。
「無理無理、こんな財布持ち歩けないって」
「足りないのか?」
「多すぎるんだよっ」
街中をちょっと散策するのに使う量じゃないと、俺は反論するが、アデルはそこに案内料も含まれるから、好きなだけ使っていいと言ってきた。
そして、財布を突き返した俺の腕をとって歩き出した。
「時間がもったいない、行くぞ陸」
「え、ちょっと、財布受け取れよぉ~」
結局、財布は俺が管理する羽目になり、俺は興味津々で街を歩くアデルのお供と化した。
あれはなんだ? これはどうするんだ? あの店は何を売ってる、あの者が食べているものが食べたい、あそこに入りたい、あれがしたい、これが欲しいと、本当に全部が全部初めて尽くしのアデルは、子供みたいにはしゃいでいた。
箱入り息子というのは、間違っていなかったと知らされた。
初めて見るのだろうか、アデルは美術品のように美しいと、見惚れた和菓子をいたく気に入っていた。
甘いものは得意な俺でも、クレープに綿菓子、ケーキ、シュークリーム、アイス、タルト、たい焼き……数々の食べ歩きはさすがに胃に来る。
胃もたれを起こしそうになっている俺とは裏腹に、アデルの食欲は止まらない。
しかも、どれを口にしても瞳を輝かせて、感動しながら、俺に感謝して食べる。なんだか餌付けしてるみたいな感覚がしてきた。
お腹もいっぱいになり、海が見てみたいといったアデルを連れて、海岸沿いの公園に来た俺は、柵越しに海を眺めるアデルの後ろでベンチに腰かけた。
「本当に水なんだな」
乗り出す勢いで海を眺めるアデルの興奮は止まらない。
「海水っていうんだよ。塩分が多いから飲めないぞ」
「塩が入っているのか?」
「めちゃめちゃしょっぱいぞ」
俺がそう忠告すれば、アデルは興味を抱き海に手を伸ばす。そして、海の水を少しだけ救うと、それを口に当てた。
「おお~~! すごくしょっぱいぞ」
「塩は海から作るんだ」
それくらい知ってるかと、口にしてからちょっと恥ずかしくなった俺だったが、アデルはきょとんとして、すごく驚いた顔をしてみせた。
知らなかったんだ。
「ああ、少しでいい。外の世界を見たい」
「ほんとに少しだけなら」
ホテルの周りの街中を少しだけ散策するくらいなら、怒られないよな、と考えた俺は、男にちょっと待っててというと、館内に戻る。
何か身を隠せそうなものがあれば連れ出せると、俺は必死にホテル内を探って、ちょうどいい物を発見した。
それは、使用済みのシーツやタオルを回収する大きなワゴン。
これならいけると思った俺は、急いで庭園に戻ると、
「えっと、……」
名前を呼ぼうとして声を詰まらせた。そういえば聞いてなかったと。
それを悟った男は、はにかみながら、
「アデルだ」
と、教えてくれた。
俺はアデルの手をとると、周りを気にしながら引っ張る。そして、さっき見つけたワゴンに入るように促し、シーツやらタオルやらでアデルを隠すと、掃除の人に扮するため、俺も頭にタオル、そこらへんにあったエプロンを身に着けて、申し訳ないとは思ったが、ワゴンを少々お借りした。
従業員が多数いる現場で、みんなそれぞれ自分の仕事に精をだしているため、俺も自然にその中に溶け込め、裏口まで案外すんなり来ることができていた。
なるべく人気のない場所まで運んだ俺は、周囲に誰もいないことを確かめると、アデルに声をかけた。
「たぶん、もう大丈夫」
「出てもいいのか?」
「うん、大丈夫」
俺が返事をすれば、アデルは息苦しかったと顔を出す。そして、俺たちはこっそりとホテルを抜け出した。
「外だ、外、外だぞ!」
アデルは俺の両手を掴んで、飛び跳ねる勢いで盛大に喜んだ。
俺にとってはいつもの街並み、アデルにとっては初めての街並み、キラキラとさせた眼差しで辺りを見回す姿は、子供みたい。
「これをやる、俺をもてなせ」
そういって手渡されたのは、財布? めちゃめちゃ大きい財布は、厚さも半端ない。
俺は恐る恐る中身を確認させていただき、思わず財布を落っことしそうになる。見たこともない金額のお金が……。
それも全部ピン札、札束のまま。
「無理無理、こんな財布持ち歩けないって」
「足りないのか?」
「多すぎるんだよっ」
街中をちょっと散策するのに使う量じゃないと、俺は反論するが、アデルはそこに案内料も含まれるから、好きなだけ使っていいと言ってきた。
そして、財布を突き返した俺の腕をとって歩き出した。
「時間がもったいない、行くぞ陸」
「え、ちょっと、財布受け取れよぉ~」
結局、財布は俺が管理する羽目になり、俺は興味津々で街を歩くアデルのお供と化した。
あれはなんだ? これはどうするんだ? あの店は何を売ってる、あの者が食べているものが食べたい、あそこに入りたい、あれがしたい、これが欲しいと、本当に全部が全部初めて尽くしのアデルは、子供みたいにはしゃいでいた。
箱入り息子というのは、間違っていなかったと知らされた。
初めて見るのだろうか、アデルは美術品のように美しいと、見惚れた和菓子をいたく気に入っていた。
甘いものは得意な俺でも、クレープに綿菓子、ケーキ、シュークリーム、アイス、タルト、たい焼き……数々の食べ歩きはさすがに胃に来る。
胃もたれを起こしそうになっている俺とは裏腹に、アデルの食欲は止まらない。
しかも、どれを口にしても瞳を輝かせて、感動しながら、俺に感謝して食べる。なんだか餌付けしてるみたいな感覚がしてきた。
お腹もいっぱいになり、海が見てみたいといったアデルを連れて、海岸沿いの公園に来た俺は、柵越しに海を眺めるアデルの後ろでベンチに腰かけた。
「本当に水なんだな」
乗り出す勢いで海を眺めるアデルの興奮は止まらない。
「海水っていうんだよ。塩分が多いから飲めないぞ」
「塩が入っているのか?」
「めちゃめちゃしょっぱいぞ」
俺がそう忠告すれば、アデルは興味を抱き海に手を伸ばす。そして、海の水を少しだけ救うと、それを口に当てた。
「おお~~! すごくしょっぱいぞ」
「塩は海から作るんだ」
それくらい知ってるかと、口にしてからちょっと恥ずかしくなった俺だったが、アデルはきょとんとして、すごく驚いた顔をしてみせた。
知らなかったんだ。
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