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アルバート様からの手紙

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  いつもよりも早く屋敷へ帰宅した娘に両親は酷く驚いていたが心配をかけたくなかった私は少し寒気がしたから帰ってきたと言って嘘をついた。

「多分風邪の引き始めだと思うからアルバート様が来ても会えないって断ってくれる?」

  侍女達にもそう言ってアルバート様が屋敷に来たとしても取り次がないように頼んだ。

  そして部屋で一人きりになった私は布団の中でようやく涙を流すことが出来た。

  悔しくて悲しくてどうしようもなく辛かった。
  なんで私があんな目にあわなきゃいけなかったの?
  どうしてあんな人前で約束を破ったの?
  ユリア様とパートナーになるつもりならどうして事前に伝えてくれなかったの? 私との約束だけでなく、存在すら忘れていたって事?

  あの時、アルバート様は私とユリア様を見比べてユリア様を選んだ。どんな事情があったとしてもそれは事実だ。

「……っ……信じるって難しいわね……」

  こんな事を思いたくないのにアルバート様への不満と不信が募っていく。

  既にもうアルバート様への感情が以前とは違うように思えるが、まだ耐えられる。うん、耐えてみせると自分に言い聞かせた。

  貴族が一度結んだ婚約を解消する事は稀だ。
  どちらかに決定的な問題があれば婚約解消もありえるかもしれないが、現時点ではアルバート様の態度がいくら最悪だろうと浮気をしている証拠はないのだ。

  それに家同士で結んだ契約がある以上、アルバート様との繋がりは切ることは出来ない。家族や家に迷惑がかかる事はしたくない。

  ……大丈夫よ。
  三年間だけってアルバート様も言ってたじゃない。
  きっとどうしようもない事情があるのよ。

  泣き疲れて眠ってしまった私は、翌朝荒ぶっていた感情の波が収まり気持ちが落ち着いていた。

「カタリナ様どうされたんですか!?」

  泣き腫れた瞳を見て侍女が大騒ぎしそうになったが、騒がず具合が悪いことにしてほしいと頼んだ。

「学園も今日は休むわ。誰が来ても通さないでちょうだい」

「畏まりました」

  よっぽど酷い顔をしているのか、侍女は痛々しそうな物を見るように見つめてきた。

  暖かいタオルと冷たいタオルで腫れた眼をマッサージしてくれて、そのままアロマオイル入りの風呂に入ってゆったりとした時間を過ごした。

  風邪が皆に移ると悪いからといって食事も部屋で取り、一人で過ごしていると五歳になる弟のジオルと執事のカーターが一緒にやってきた。

  私が具合が悪くて寝込んでいると思っているジオルは扉の影から心配そうに顔を出してきた。

「姉さまぁ~具合大丈夫?」

「お休みの所、申し訳ございません。アルバート様より手紙と薔薇の花束が送られてきましたので、お嬢様へお届けに参ろうかと思いましたら坊っちゃまも一緒に行きたいと仰られまして……」

「すっごく大きな花束が届いたんだよ! いっぱい薔薇があるのー!」

「……そう。それは凄いわね。二人とも届けてくれてありがとう」

「姉さま、早く元気になってね!」

「ささ、坊っちゃま。此方を渡したらすぐに戻る約束ですぞ」

「はーい」

  風邪が移ってはいけないと執事に急かされたジオルは渋々返事をして薔薇の花束と手紙を置いて去っていった。

  その様子を私の側にいた侍女は言いづらそうにして「昨日の夕方頃、屋敷にアルバート様がいらしたのですがお嬢様が寝込まれていると聞き、酷く慌てた様子で帰っていかれました」と言ってきた。
   
  朝の私の姿を見ていた侍女はきっと私達の間に何かがあったと察しているのだろう。

  まぁ泣き腫れた眼をして、仮病を使って部屋に引きこもっていれば、何かあったと思うだろうな。

「アルバート様は何か言ってたかしら?」

「いえ、……あの……」

「どんな事でもいいわ。教えてちょうだい」

「それがお嬢様は本当に具合が悪いのか、何か言っていなかったかと何度も聞かれまして……」

「そう」

「あの時はお嬢様を心配してあのような態度だったのかと思っていましたが、今思えば屋敷の様子や我々の態度を窺っているようでした」

  侍女はそう言うと実体験なのか「ハッ! あれは嫁に浮気がバレた夫が嫁が実家に話していないか確認をしにきた時、そのものでした。そうですわ! 思い返せばあれは嫁の動向を偵察にきた裏切り者の顔付きでしたわ!」と言って突然顔付きを変えて鼻息を荒くした。

  ……一昨年婚姻して我が家の侍女を辞めていった筈が何故か出戻りしてきたのには、そういう夫の浮気事情があったのか。

  部屋から出ていく直前も「男の浮気は一生治りませんからお嬢様も気をつけて下さいませ!」と言っていた。

  恐らく侍女の中ではアルバート様がとんでもない浮気男になっているのではないかと少しだけ心配になった。



  一人きりになった私は飾られた薔薇を見つめながらアルバート様からの手紙を開いた。

「……何これ」

  其処には私の心を更に打ち砕く内容が書かれてあった。



 ────────────────────────

  親愛なる我が婚約者 カタリナ

  具合が悪くなったと聞いたが大丈夫かい?
  授業中に早退するなど君らしくもない。あんな状況で君が去ってしまったから私達が悪者みたいに周囲から言われて困っているんだ。

  なのでなるべく早く学園に来て私との婚約は何も問題ないと君から周囲に伝えてほしい。

  あと今回の事は悪かったと思っている。
  だからこの件は君のご両親には黙っていてほしい。

  これは決して浮気ではない。
  疚しい事は一切ないと誓える。
  だから私を信じて三年間耐えてくれ。

         君の婚約者 アルバート

 ────────────────────────



  まるであの場から去った私が悪いかのように書かれ、謝罪がおざなりになった手紙がそこにはあった。

「信じられない。これが寝込んでる婚約者に対する手紙なの? 全部自分の事ばかりじゃない」

  どうしてこんな仕打ちをするの。
  私は言われた通り耐えているじゃない。
  なんでこんな手紙を……
  
  私は確信した。
  アルバートは昨日の出来事を少しも悪いとは思っていないのだと。

  約束を破ったこと。
  私ではなくユリア様を選んだこと。
  周囲の目がある中で婚約者をあのような立場に追いやったこともアルバート様にとっては仕方がない事で、悪いとは思っていないのだ。

  手紙の内容からそう察する事が出来て、私は酷く失望した。


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