駆け落ちした愚兄の来訪~厚顔無恥のクズを叩き潰します~

haru.

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安らぎを求めて

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「……疲れたわ」

  お母様を自分の意思で屋敷から追い出した私は、自分の中にある力が何処かへいってしまい、無気力な状態へ陥っていた。

「まだあの男の件も片付いていないのに……しっかりしなきゃいけないのに……」

  手の中にある書類に意識が集中できない。
  文字を読もうとしているのに、内容が頭の中へ入ってこないのだ。

  机の上へ山積みになっている書類の山を見て溜め息をつく。

  今、あの男を叩き潰す為の準備を進めている所だから表立って私がやれる事は何もない。私に出来る事はお母様が屋敷から出ていった事をあの男に悟られないようにする事だけ。私が動いていると気づかれないように普段通りに過ごす事だけ。

  わかってる。普段通り仕事をして過ごせばいいとわかってるんだけど気分が乗らない。執事や使用人達が様子の可笑しい私を心配してくれている。こまめにお茶を用意してくれたり、リラックス効果のあるアロマを焚いてくれたりした。

「気分転換に本でも読もうかしら」

  仕事に必要な資料の本を手に取る。
  小さな文字の羅列が目に入り頭がグラグラする。

「駄目ね。今日は本当に駄目。仕事にならないわ」

  無理矢理こういう日に仕事をするととんでもないミスをする。集中出来ないのなら仕事は止めにしよう。

  そう決めた私は外出すると執事に告げた。

「その方がよろしいかと存じます。ジュリエッタ様はこの五年間休みなく動かれていました。今日一日ぐらいは全ての事を忘れてゆっくりと過ごされても誰も貴女様を責めたりはしません。……最近はお疲れになる事も沢山ございましたから、どうぞ気分転換でもされてきて下さいませ」

  最初は少し驚いていた執事だったが、すぐに穏やかで暖かい表情になり、私の五年間の苦労を労ってくれた。

「外は日差しが強いですから此方を」

  侍女がつばの広い白の帽子を差し出してくれた。

「ありがとう」

「「「「「いってらっしゃいませ」」」」」

  使用人達に見送られ、私は護衛達と共に出掛けた。

  とりあえず静かな所へ行きたかった私は馬車に揺られながら植物園へ向かう事にした。花や木々が溢れる植物園には沢山の自然ある。其処でこの疲れてしまった心を癒そうと思ったのだ。


  * * *


「本当に見事ね」

  自然が溢れる植物園の入り口には花の優しい香りが風と共に現れる薔薇のアーチがあった。白と黄色の薔薇が絡み合うように咲いており、色のグラデーションがとても美しかった。

  アーチを潜り抜け、植物園の奥へ進むと自然の中で感じられる澄んだ空気が其処にはあった。道は二通りあり、一方はデートに最適な庭園があり、もう一方は緑が溢れる植物好きの為にある森林があった。

「折角だから此方にしようかしら」

  カップル達が庭園のある道へ進む姿を見て少し居たたまれなくなった私は人混みのない森林の道を進むことにした。

  素人には険しそうな道に護衛達は少し難しい顔をしていたが、私はなんだかちょっとした冒険でもしている気分になっており思いの外、軽い足取りで道の奥へ進んでいった。

  森林の道は木々が周囲を取り囲み、進むべき通路を作っていた。木の根っこや石で平坦ではない道は少し歩きづらく疲労が足に溜まっていくのがわかった。

  だけど疲労とは反対に私の心は好奇心に溢れ、久しぶりにとても楽しい気持ちになっていた。

「まぁっ! なんて綺麗なの!」

  木々の道を通り抜けた先に待っていたのは、一面シロツメクサが広がっている花畑だった。白くて小さな花が地面を覆い隠していて、まるで白い絨毯が敷き詰められているようだった。

  思わず駆け出してしまった私はその勢いのまま地面へ座り込んだ。

「あ、ジュリエッタ様!」

  背後から一瞬私を引き止める護衛の声が聞こえてきたが、私の行動を咎める様子はなかったので放っておいた。

「止めておけ。折角の休日だ。幸い人の姿はないのだから我々もジュリエッタ様の行動に口を出すのは止めておこう」

「そうだな。ジュリエッタ様のあんな楽しそうな表情は久しぶりに見た」

「ああ、カイル様と遊ばれていた頃を思い出すな」

「昔はよくあの暴れん坊達のお伴にさせられてたからな。ピクニックすると逝って森へ行ったり、絵本に載っていた兎を見てみたいと言い出して野うさぎを一日中探した事もあったな」

「お前は途中で蜂の巣を見つけて大騒ぎしてたよな」

「そりゃお嬢様方を連れてたんだから騒ぎもするさ。怪我一つでもさせてたら旦那様にこっぴどく叱られるんだからな」

「くくく、そうだな。旦那様はジュリエッタ様をとても愛されていたからな」

「旦那様だけじゃない。執事長や侍女長、使用人達全てを敵に回すっつーの」

「当然だろ。あの方は俺達の大切な主なんだから」

「そうだな。あの方は絶対に守らなくてはならない、俺達の愛すべき主様だ。」

  童心に帰ってシロツメクサの花冠を黙々と作り続けていた私は護衛達の暖かい視線に全く気づかなかった。


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