かいご生活 風変わりなヘルパー

桜海 ゆう

文字の大きさ
11 / 14

第11話 生活

しおりを挟む

  「お母さんは、どこへ行ったの?」
   火葬場の煙突からのぼる白い煙をぼんやり見ていたら、きつく手を握りしめていたまだ7才の義雄が聞いてきた。


   「お父さんにもわからないなあ」
 その後に、結婚に反対していた両親がそらみたことかと言う顔したのを覚えている。


   「由紀子さん、体が弱いって言ったじゃない。義雄は小学生にあがるまでは、預りますけど、後は自分で育てなさい」
     少し年老いて、醜くゆがんだ眉間のシワを寄せながら母親が呟き、無口な父親と火葬場を去って行った。


    もともと結婚に反対も賛成もしていなかった由紀子の両親は、すでに由紀子の兄に子供がいるためか、興味のない顔で火葬場を去る。


   親戚、数人に挨拶して義雄の手を握りしめたまま由紀子のいない家へ戻った。


   義雄が小学生に上がるまでは、しぶしぶという顔をして両親が預かってくれたが、義雄の顔が母親を亡くしてから、さらに暗くなっていき1年もせずに2人暮らしを始めた。


   幸い、昔は近所や隣人同士が顔見知りで困った時は助けあっていた時期だった。


   お隣に、すでに娘と息子が社会に出た義一よりも歳上の定年退職したご夫婦が仕事に行っている間、義雄をみてくれた。


    それでも、由紀子の見よう見まねで昼の弁当を義雄に持たせ、出勤して1日をクタクタになるまで仕事に時間をとられ、お隣にたまにお土産を渡して、義雄の夕飯を作り、風呂に入れ、眠るまで話を聞いた。


   正直、精神的にも肉体的にもまだ40代とはいえ、限界を超えていた。


   仕事中に電話がくれば、たいていは義雄が熱を出したり近所の子供とケンカをしてケガをした時だ。


   今よりも年功序列の世界で休みもとりやすい。だが由紀子を亡くした悲しみにもひたる時間すらない。

     試行錯誤の料理も子育ても仕事も、毎日止まってもくれない生活に、精神も体力も押し潰され自分を見失う生活だ。


   気がついたら、目の前で義雄がうずくまり泣いていた。


   自分は何をしたのだろうか・・・。
よく見ると義雄の左頬が赤くはれている。


   その時に、初めて自分が義雄に手をあげたのだと分かり頭の血が足元まで下がっていき、止まらない急行のような頭が冷静になり、鈍行列車のように動く。


    「おかあさ~ん!おかあさ~ん!わああああ!おかあさ~ん!わああっ!」
   亡くなって半年は、経って初めて義雄が由紀子を呼びながら泣き叫んだ。


     まだ、まだ子供なのに・・・。この子は自分しか頼る大人がいないのに、手をだしてしまった・・・。


   ささいな事だ。

 
    夕飯を作っている時に、近所の子供が遊園地に行った話を聞いた義雄が、珍しく自分も遊園地に行きたいと駄々をこねた。


    寂しい思いをさせている事も、親戚からほとんど絶縁状態で知り合いがいない事も、母親がいない事で色眼鏡から、近所で遊ぶ子供が少ない事も、全部知っていたのに・・・。


    気がつくと、自分の目からダムが決壊したように涙と嗚咽が止まらなくなった、


    「ごめん・・・父さんが悪かった・・・遊園地、行こうな・・・」
    由紀子が亡くなってから、自分も泣いていない事に気がついたら、涙も腕の中で暴れながらも泣いている義雄の温かさも、全てが愛おしかった。


   義雄が泣き止むまで抱きしめ続けた。


  大人になって、義雄にその時の話を聞くと覚えていないと言う。


    小学校にあがり、大学まで無事に卒業し、社会人になり、いろんな人間と会っては別れてきたのを見送ってきた。


  最近は・・・。義雄のあの頃と同じ顔しか見ていない気がしたが・・・。


   窓から差し込む夕日を、ゆっくり目をあけて義一は見た。うまく体は動かない。これでは義雄に何もしてやれないじゃないか・・・。


   リビングの方から、義雄と誰か男の声が聞こえる。義雄が笑い声をあげる。


   良かった・・・1人じゃないのか。由紀子がいなくても、もう泣かなくてすむのか。

 
     義一は、ゆっくり夢の中へと落ちていく。

  


    
     
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

ママと中学生の僕

キムラエス
大衆娯楽
「ママと僕」は、中学生編、高校生編、大学生編の3部作で、本編は中学生編になります。ママは子供の時に両親を事故で亡くしており、結婚後に夫を病気で失い、身内として残された僕に精神的に依存をするようになる。幼少期の「僕」はそのママの依存が嬉しく、素敵なママに甘える閉鎖的な生活を当たり前のことと考える。成長し、性に目覚め始めた中学生の「僕」は自分の性もママとの日常の中で処理すべきものと疑わず、ママも戸惑いながらもママに甘える「僕」に満足する。ママも僕もそうした行為が少なからず社会規範に反していることは理解しているが、ママとの甘美な繋がりは解消できずに戸惑いながらも続く「ママと中学生の僕」の営みを描いてみました。

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

まなの秘密日記

到冠
大衆娯楽
胸の大きな〇学生の一日を描いた物語です。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

あるフィギュアスケーターの性事情

蔵屋
恋愛
この小説はフィクションです。 しかし、そのようなことが現実にあったかもしれません。 何故ならどんな人間も、悪魔や邪神や悪神に憑依された偽善者なのですから。 この物語は浅岡結衣(16才)とそのコーチ(25才)の恋の物語。 そのコーチの名前は高木文哉(25才)という。 この物語はフィクションです。 実在の人物、団体等とは、一切関係がありません。

吊るされた少年は惨めな絶頂を繰り返す

五月雨時雨
BL
ブログに掲載した短編です。

服を脱いで妹に食べられにいく兄

スローン
恋愛
貞操観念ってのが逆転してる世界らしいです。

久々に幼なじみの家に遊びに行ったら、寝ている間に…

しゅうじつ
BL
俺の隣の家に住んでいる有沢は幼なじみだ。 高校に入ってからは、学校で話したり遊んだりするくらいの仲だったが、今日数人の友達と彼の家に遊びに行くことになった。 数年ぶりの幼なじみの家を懐かしんでいる中、いつの間にか友人たちは帰っており、幼なじみと2人きりに。 そこで俺は彼の部屋であるものを見つけてしまい、部屋に来た有沢に咄嗟に寝たフリをするが…

処理中です...