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第11話 生活
しおりを挟む「お母さんは、どこへ行ったの?」
火葬場の煙突からのぼる白い煙をぼんやり見ていたら、きつく手を握りしめていたまだ7才の義雄が聞いてきた。
「お父さんにもわからないなあ」
その後に、結婚に反対していた両親がそらみたことかと言う顔したのを覚えている。
「由紀子さん、体が弱いって言ったじゃない。義雄は小学生にあがるまでは、預りますけど、後は自分で育てなさい」
少し年老いて、醜くゆがんだ眉間のシワを寄せながら母親が呟き、無口な父親と火葬場を去って行った。
もともと結婚に反対も賛成もしていなかった由紀子の両親は、すでに由紀子の兄に子供がいるためか、興味のない顔で火葬場を去る。
親戚、数人に挨拶して義雄の手を握りしめたまま由紀子のいない家へ戻った。
義雄が小学生に上がるまでは、しぶしぶという顔をして両親が預かってくれたが、義雄の顔が母親を亡くしてから、さらに暗くなっていき1年もせずに2人暮らしを始めた。
幸い、昔は近所や隣人同士が顔見知りで困った時は助けあっていた時期だった。
お隣に、すでに娘と息子が社会に出た義一よりも歳上の定年退職したご夫婦が仕事に行っている間、義雄をみてくれた。
それでも、由紀子の見よう見まねで昼の弁当を義雄に持たせ、出勤して1日をクタクタになるまで仕事に時間をとられ、お隣にたまにお土産を渡して、義雄の夕飯を作り、風呂に入れ、眠るまで話を聞いた。
正直、精神的にも肉体的にもまだ40代とはいえ、限界を超えていた。
仕事中に電話がくれば、たいていは義雄が熱を出したり近所の子供とケンカをしてケガをした時だ。
今よりも年功序列の世界で休みもとりやすい。だが由紀子を亡くした悲しみにもひたる時間すらない。
試行錯誤の料理も子育ても仕事も、毎日止まってもくれない生活に、精神も体力も押し潰され自分を見失う生活だ。
気がついたら、目の前で義雄がうずくまり泣いていた。
自分は何をしたのだろうか・・・。
よく見ると義雄の左頬が赤くはれている。
その時に、初めて自分が義雄に手をあげたのだと分かり頭の血が足元まで下がっていき、止まらない急行のような頭が冷静になり、鈍行列車のように動く。
「おかあさ~ん!おかあさ~ん!わああああ!おかあさ~ん!わああっ!」
亡くなって半年は、経って初めて義雄が由紀子を呼びながら泣き叫んだ。
まだ、まだ子供なのに・・・。この子は自分しか頼る大人がいないのに、手をだしてしまった・・・。
ささいな事だ。
夕飯を作っている時に、近所の子供が遊園地に行った話を聞いた義雄が、珍しく自分も遊園地に行きたいと駄々をこねた。
寂しい思いをさせている事も、親戚からほとんど絶縁状態で知り合いがいない事も、母親がいない事で色眼鏡から、近所で遊ぶ子供が少ない事も、全部知っていたのに・・・。
気がつくと、自分の目からダムが決壊したように涙と嗚咽が止まらなくなった、
「ごめん・・・父さんが悪かった・・・遊園地、行こうな・・・」
由紀子が亡くなってから、自分も泣いていない事に気がついたら、涙も腕の中で暴れながらも泣いている義雄の温かさも、全てが愛おしかった。
義雄が泣き止むまで抱きしめ続けた。
大人になって、義雄にその時の話を聞くと覚えていないと言う。
小学校にあがり、大学まで無事に卒業し、社会人になり、いろんな人間と会っては別れてきたのを見送ってきた。
最近は・・・。義雄のあの頃と同じ顔しか見ていない気がしたが・・・。
窓から差し込む夕日を、ゆっくり目をあけて義一は見た。うまく体は動かない。これでは義雄に何もしてやれないじゃないか・・・。
リビングの方から、義雄と誰か男の声が聞こえる。義雄が笑い声をあげる。
良かった・・・1人じゃないのか。由紀子がいなくても、もう泣かなくてすむのか。
義一は、ゆっくり夢の中へと落ちていく。
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