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兄の世界
しおりを挟む祖母の世界から、兄の世界は列車で1時間と短く、バレは、列車の窓の外をながめながら、離れた世界の2人の祖母のギルバー・マナーとJ・マフラーを想っていた。
「あれ?バレじゃない?」
あいかわらず五両の列車の1両には、2、3人の乗客しかいない。
バレが顔をあげると、そこには金色の短髪のブルーの瞳のバレと同じ40代の男が立っていた。
バレの名前を知っているのは、家族と最初に出会った少年と少女くらいだ。
「あ、グランド?」
思わずバレは、立ち上がると、自分よりも10センチは背の高くなったグランドを見上げた。
列車で、初めて声をかけてくれた少年だ。
「前、良い?お互い、歳とったな」
最初に母親の世界に行く列車で会った時のグランドの瞳は、この世界に絶望し、冷めていた。
バレとグランド父親は、駅前にある同じ藁葺き屋根の子供だった。先に宙の国から出国して、お互いに出鼻をくじかれた。
「バレが脱落していなくて、良かったよ」
グランドが小さなチョコレートのクッキーをくれた。グランドのおばあちゃんが作って持たせたクッキーで、甘すぎずカカオの苦味もあって、美味しい。
バレは内心、自分の2人の祖母が作ったトマトと料理の方が世界一だと思ったが、グランドが幸せそうにチョコレートクッキーを食べていたので、礼を言った。
「脱落って、なんの事?」
チョコレートクッキーを全部食べたバレは、グランドに聞いた。
グランドは、残りのチョコレートクッキーをたべ終わると、きょとんとした顔をしてバレを見た。
「何?私、何か変な事を言った?」
グランドは、ブルーの瞳をぐるりと1周させると、またバレを見た。
「いや、変じゃない。最初会った時は、あまり話さないし、この世界をにらみつけて見ているようだったけど、今は幸せそう」
グランドは、少し照れくさそうに言った。短い時間で、20年以上前の自分の事を覚えているグランドに、バレは驚いた。
「脱落ってのは、俺の言葉だからな」
いいよどんだ後、グランドは話した。
宙の国から出国すれば、家族の世界、愛する人の世界を旅し、1ヶ月の滞在後に次の世界に行く義務がある。
それを破れば、罰として、宙の国で永遠に命を与えられ、永遠に番人として働く。
グランドが言うには、父親の世界や母親の世界で、良い親に会った子供ほど義務を放棄し、1ヶ月以上その世界に滞在し、宙の国から番人が来て、強制的にその年齢のまま、宙の国へ連れていかれるそうだ。
父親の世界では20代、母親の世界では30代、グランドは、連れていかれる子供達を百人以上は、見たそうだ。
「9ヶ月、俺はどんな嫌な家族だろうが、最後の愛する人の世界まで行って、命をまっとうしたい」
グランドのブルーの瞳は、かたくなに自分のシワの出てきた手を見ながら決心していた。
バレも命が尽きるのは怖いが、自分がどんな人を愛するのか、2人の祖母に出逢い、ますます会ってみたくなった。
バレもシワの出てきた、自分の白い手を見つめた。
バレは45歳になっていた。
兄の世界は、森におおわれた自然豊かた世界だった。
兄の世界住人7億人、バレの兄の名前ギルバー・ミネラル、ユリ区在住。
兄の世界は、5つの区に別れている。兄が住むユリ区は、駅前徒歩5分、つまり父親のギルバー・ルーターと同じ貧しい藁葺き屋根の家だ。
駅員から列車賃を渡されたが、バレが自分にはお金があるから列車賃を渡すと言ったら
「これは、この国の義務だ。お金を持っていようが列車賃の5パレを君に持って行ってもらわないと、私が罪にとわれる」
バレは仕方なく無表情な駅員から5パレをもらうと、重たい足どりで兄の住む藁葺き屋根の家の中の一軒に向かった。
父親のギルバー・ルータの家とは違い、藁葺き屋根が2つくっついた変わった家。
「あの、バレです。ギルバー・ミネラルさんはいらっしゃいますか?」
父親の家どうように、家の中は薄暗くヒンヤリしているが、綺麗だった。
玄関口は1つだが、中は2軒の家の間のさかいの壁を壊して、1軒家になっている。
手前に台所、リビングらしき部屋には大きなテーブル1つと小さな手製のレンガの暖炉、奥のもう1つの部屋が寝室らしい。
「ああ!ごめん、ごめんよ!薪をひろいに行ってたんだよ!バレだろ?」
地響きのような大きな豪快な声に、バレは思わず身をひるがえした。
バレより30センチは高い身長に、大きな体にはたくさんの薪であふれ、顔がちらっと見えるだけだった。
バレと同じ茶色の瞳をしていて、茶色の髪は短髪に刈り上げられている。バレと同じ40代くらいだ。
「入った!入った!と言っても片足は入ってるか!がははは!」
見ると兄に驚いたバレの右足は、扉の中に入っていた。
「ここは、自然が多いから、夜は寒くなる。焚き火でもしないとな。あと兄の世界の名前の通り、男しかいないからバレは昼でも、俺と共に行動しなさい。あまり良い野郎ばかりじゃない」
バレは少し顔を曇らせる。グランドとは駅前で別れたが、また会いたくなるほど、心細くなった。
「安心しなさい。お前の兄であるミネラルさんは、この界隈じゃ、強者で知られてるんだ。親父が酒飲みのぶん苦労させられたが、ケンカに強くもなったよ」
その兄の横顔は、なんだか寂しげに揺れる。
リュックの中には小さなナイフがある事も知っているミネラルは、1週間で簡単な護身術を教えてあげるから、身に付いたらこの世界から、出た方が良いとバレに言った。
弟ならともかく、女が少ないこの兄の世界では時々、妹が来ると分かると人さらいが起きる。
国は、義務のみを国民に課しているため、誘拐されても、助けてはくれない。
夜になると、兄は暖炉に火を入れ、鍋をかけて暖かいお粥を作ってくれた。
バレが2人の祖母からもらったトマトサラダを出すと、うまい、うまい、とあっという間にたいらげてしまった。
「熊みたい。あははっ」
いつの間にか、バレは兄を見て笑っていた。宙の世界から出国して、初めて笑った。
兄も笑ったが、突然顔つきが険しくなり、バレにジェスチャーで静かにするように言うと、外に出て行き、玄関を閉めた。
「いいじゃないか!お前に51パレもやると言ってるんだ!」
年老いた男の声だ。とっさにバレは暖炉の火を水で消した。
「俺の妹は、売りもんじゃねぇ!金なんかでは及ばない大切な妹だ!去れよ!」
鈍い、人を殴る音、数人がもみ合う音が聞こえた。
バレは、恐怖が限界をこえて叫びそうになったが、耳をふさぎ、兄を信じて、目を閉じて、数分間待った。
数分後、玄関があくと、服のあちこちがぼろぼろになって兄のミネラルが1人で家に入ってきた。
バレは、ポロポロ泣きながら兄に走りよる。
「大丈夫?ケガはない?」
息は荒いものの、兄は無傷だった。
「1週間じゃ長い、3日でも長いくらいだが、バレは賢そうだから、剣術くらい覚えるだろ」
兄は、泣いているバレに、にっこり笑う。
暖炉の火を落とし、バレは寝室の木で出来た手製のベッドで、兄はリビングで横になった。
バレは、初めて男が怖いと思った。
「欲のある奴ばかりじゃないんだけど、女が少ない世界だから、よくある事なんだ」
焚き火の火に揺れる兄の横顔は、優しかった。
「守ってくれて、ありがとう」
バレが礼を言うと、兄はまた、にっこり笑った。
次の日から、昼間だけ外で小型のナイフでの護身術の特訓が始まった。
1相手の懐に入り腹を切る、2後に回り込み喉を切る、3倒されたら全身の力を抜き膝に力を入れみぞおちに蹴り込みナイフで目を切る
3つの護身術を兄は3日で教えてくれた。最初はバレに近寄ろうとする男も数人いたが、兄との特訓の荒々しさに、おののき、いつの間にか、ギャラリーは1人もいなくなった。
バレが、兄の世界を去る前日の夜に、ミネラルはバレの唯一の知り合いのグランドの家に行き、バレと1緒に次の世界まで連れていって欲しいと約束まで、とりつけてきた。
「グランド、迷惑じゃないかな・・・せっかくの1ヶ月なのに」
バレが不安そうにミネラルに聞くと、グランドの兄とミネラルは幼なじみで、バレが来た日の事情も知っており、あっさりグランドと約束をしてくれたそうだ。
最後の夜、バレも兄も黙っていたのでパチパチと焚き火の音がする。
「親父が酒飲みがひどい時、1度だけ殴った事がある。華奢な親父が壁まで飛んだのを見たのを最後に、俺は父親の世界を出た」
兄はそれだけ言うと、寝息をたて始めた。
バレが兄の横顔を見ると、兄の閉じた瞳には、キラキラと焚き火に光るオレンジ色の涙が、流れていた。
次の日、グランドが家の前まで迎えに来てくれていた。
「なんだ、太陽の下で見ると、ますます良い男だなあ!がはは!」
何だかバレは、恥ずかしくなり、残りのトマトサラダも兄に全部渡す。
「残りの世界を、頑張りながら、楽しんで生きなさい」
ミネラルが、寂しそうに、優しい笑顔でバレに言った最後の言葉だった。
何だか、去りがたかったが、振り向くと、すでに兄の姿はなく玄関がしまっていた。
「兄貴に聞いたよ、ミネラルさんは、家族の中でもバレが1番好きで、来るのを楽しみにしていたんだって。泣かないでよ」
横を歩くグランドに言われ、初めてまた自分が泣いていた事に、バレは気がついた。
短い時間でも、兄といた時間は長く暖かかった。
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