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第3章:南海の決闘

第147話:意外な再会

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「なんだって!」

 キールの視線の先に目を移すと崖の遥か下の岩場に人影が見えた。

 今朝出会った子供たちだ。

 そして子供たちは魔獣に囲まれていた。

 灰色の肌を持った醜悪な魔獣で手には石を加工した武器を手にしている。

 子供たちも銛や鍬で抵抗しているが力の差は歴然だ。


「クソ、あれは潮豚猿シーゴブリンだ!だから朝は危ないって言ったのに!」

 叫ぶなりキールが崖に飛び出した。

 落下しそうな勢いで崖を滑り降りていく。

「キール、危ないよ!」

 慌ててルークとアルマもそれに続く。

「あいつらは潮豚猿シーゴブリン、磯に潜む魔獣で時々子供を襲うことがあるんだ!」

 キールは岩や木々の枝で肌が傷つくのも構わずに崖を下っていく。

 しかし子供たちがいる場所はあまりに遠く離れすぎていた。

「キール!気を付けて!」

「うわ!」

 岩に足を取られてキールの体が宙に浮く。

 ルークがその体を掴み上げた。

 そのままもう片方の手でアルマを抱え、宙に飛び上がった。

纏風滑空グライングウィンド!」

 ルークは風の魔法を3人の体に纏わせると滑るように宙を降りていった。

「うわああああああっ!」

「口を開けてると舌を噛むよ!」

 3人は空中を滑り降りながら子供たちのもとへと向かっていく。

 それでもルークは険しい表情を消すことができなかった。

(間に合う……だろうか)

 潮豚猿シーゴブリンは今や一斉に子供たちに襲い掛かろうとしている。

 子供たちとの距離が近すぎるために攻撃魔法を放つこともできない。

(やむを得ない……!)

 ほんの少しでも注意を逸らすためにルークは子供たちから離れた場所に火炎弾を撃ち込んだ。

「これなら多少は時間を稼げ……ええっ!?」


 視線を子供たちに戻したとき、その場に広がる光景にルークは言葉を失った。

 子供たちの周りにいた潮豚猿シーゴブリンが全員地に倒れ伏していたのだ。

「馬鹿な!いったい何が!?」

 3人は着地するなりは子供たちに向かって走り出した。

「みんな無事かい!」

「「「キール姉ちゃん!」」」

 子供たちが一斉にキールにしがみつく。

「怖かった、怖かったよう」

「あいつら、突然岩陰から襲ってきたんだ」

「よしよし、もう大丈夫だからね」

 キールが泣きじゃくる子供たちを優しくあやしている。

「これは……なんて太刀筋だ……」

 一方ルークは岩場でこと切れている潮豚猿シーゴブリンを見て絶句していた。

 全員一刀のもとに切り伏せられている。

 しかも抵抗どころか反応した様子すらない。

 ひょっとすると自分たちが斬られたことにすら気付かなかったかもしれない。

「しかも……あ《・》倒したなんて……」

 ルークは息を飲みながら海の方を振り返った。

 波の打ち付ける岩場に1人の男が佇んでいる。

 長い金髪を風にたなびかせた細身の男だった。

 男が手にしているのは釣り竿代わりの細い竹だけだ。

(あんなものであの魔獣を斬り殺したというのか……!)

 潮豚猿シーゴブリンは決して弱い魔獣ではない。

 むしろ海を生息域にしている分普通のゴブリンよりも筋肉密度が高く、また分厚い脂肪の層を持っているために倒すのはより困難を極めると言ってもいい。

 剣の達人は小枝ですら鎧ごと肉体を両断すると言われている。

(この人はその域まで到達しているというのか……)

 畏怖の念を抱きながらルークは背を向ける男へと近づいて行った。

「あの……子供たちを助けていただきありがとうございます」

「……釣りの邪魔になるから排除しただけだ」

 男は顔を向けることなく不愛想に答える。

 その声を聞いたとき、ルークは飛び上がりそうなくらい仰天した。

「そ、その声は……ゲイル王子!?」





「なにっ!」

「ええええっ!?」


 ルークの声に男とアルマが同時に反応する。

 振り返った男は……まごうことなくゲイル王子その人だった。


 ― ゲイル・アロガス ―アロガス王国の王位第一継承権を持ち、100年に1人の天才と謳われた無類の魔法剣士でもある。

 かつてルークとともにベヒーモス討伐に参加し、その際に傲慢な自意識を完全にへし折られて以来その名を聞くことはほとんどなくなっていた。

 そのゲイル王子が行方不明になったと街で噂になったのは半年ほど前だった。

 王位継承権を諦めたとか魔法薬に溺れて人前に出せる状態ではないなど様々な噂が流れていたが王族の内情を聞くのは憚られたしフローラも率先して説明することはなかったのでルークも何が真実なのかを知ることはなかった。

 そのゲイル王子が今ルークの目の前に立っている。

 しかも一目見ただけではそこにいるのがゲイル王子だとは信じられないほどに変わり果た姿だ。

 自慢の金髪は伸び放題に伸び、なめし皮のように滑らかだった顔には無精髭がまとわりついている。

 そしてかつては筋肉が隆々と盛り上がった肉体はすっかり痩せ細っていた。

 しかしそれ故にまるで研ぎ澄まされた刀のような鋭さを放っている。

 何よりルークにとって驚きだったのはその佇まいだった。

 本来であればルークは外見に関わらず個人を特定することができる。

 ルークはその人特有の体重のかけ方や体の歪み、癖などを解析することができるからだ。

 しかし今のゲイル王子にはそういった以前の身体的な癖が全て抜け落ちていた。

 例えるならその場に何百年も立っている老木、まるで景色と一体化したかのような泰然自若とした佇まいを見せている。

 1年前に出会ったゲイル王子とは体のつくりから何から何まで全て入れ替わってしまったかのようだった。

 しかしルークを見つめる傲慢な視線はあの頃と何も変わっていない。

「……チッ」

 ゲイル王子は舌打ちをするとルークから目を逸らした。

「なんで貴様がここにいる」

「そ、それはこちらも同じですよゲイル殿下!なんであなたがこんなところに?」

「……」

 ルークの問いに答えずに顔を背け続けるゲイル王子。

「…………」

「ゲイル殿下、王家はあなたがここにいることを知っているのですか?僕らはフローラ様に誘われてここに来ているのですが、フローラ様もご存じなのですか?」

「………………あいつは……フローラは知らない」

 長い沈黙の後でゲイルは渋々と口を開いた。

「俺は……貴様に勝つためにここで修行をしてるんだ」

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