全て切り捨てて自分の幸せを掴みます～都合良い駒として生きるのはやめてやる～

58

「それにしても、梨花に嫌がらせとか……何も出来ない自分が悔しい」

　車を走らせながら、隼人が悔しそうに唇を噛みしめて言うのを見て、私は安堵の息を吐いた。
　軽蔑されていない。
　失望もされていない。
　ただただ心配そうにしている隼人を見て、心に温かいものが溢れる。
　思い返してみれば、前回の時から、もう何十年も心配された事なんてなかった。
　人の顔色を窺って、認められたいが為に自分を押し殺して、必死で尽くしてきただけだった。
　だからこそ……嬉しさが溢れる。

「いっそ大学辞めるか？」
「大丈夫だよ。そんな大した事されてないし」
「……大した事……？」

　訝し気に隼人は私のシミを見つめ、眉間に皺を寄せる。
　まぁ大した事と言えば、大した事かもしれないけれど……。

「まぁ……足を引っかけられて転ばされたり、連絡網が回ってこなかったり……私だけ提出物のプリント貰えなかったり……？」
「十分すぎるだろ！」

　私の言葉に、隼人は怒りを含んだ声で叫ぶように言葉を放った。
　驚いて、ビクリと身体が揺れる。
　私は何か間違ってしまったのかと。
　前のように、とんでもない事になってしまうのかと、不安が心に広がる中で隼人が大きく息を吐いた。

「ごめん……でも、もっと早く言ってくれ……心配すぎるだろ……」

　そんな隼人の言葉が、胸に温かく広がった。
　私の事を心配して、そんなに怒ってくれるのかと。
　そんな事もあるのだと。
　だけれど、私はふと現実的な事を口にしてしまった。

「でも……言っても……何も」
「それでも知らないよりは良いし、出来る限り守らせてくれ」

　所詮大学内の事。
　隼人には何も出来ないのにと思ったのだけれど、まさかの言葉で驚いた。
　こんな私に対して、そこまでして守りたいと思ってくれているのかと。
　たかが政略的な婚約者に過ぎないのに。

「それに……問題は一人で悩むより二人で考えた方が良いだろう」
「……うん……」

　じわり、じわりと心が温かくなっていく。
　一人じゃない、誰かが居る。
　私のためにと、心配してくれ、寄り添ってくれる人。
　思い返せば、幼い時だけだったような気がする。
　親に甘えて……素の自分で居られた時。

　――あぁ、そうか。そういう事なのか。

　分かったつもりでも、本当の理解はしていなかった。
　両親が言っていた、本当の笑顔。言葉の意味。
　私は真に理解などしていなかったのだ。

「着いたよ」

　学び、経験して成長していくという事を噛みしめていると、隼人が車を止めた。
　ここはどこだろうと、窓から見える建物を見れば、そこは某ブランドの高級ブティックだった。