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少し一人にさせてほしい。

勇さんの話が終わった後に、私はそう申し出て、勇さんは少し心配そうな顔をした後に遠くへは行かないようにとだけ言って、仕事してくると消えて行った。
人は成長する事によって視野が広がると言うのであれば、何て皮肉な現状なのだろうかと、朝日を眺めながら思う。
ふわふわと浮いている幽体の状態にも慣れた私は、今になって色々と成長しているだろう自分に悔しさすら覚える。

――焼け焦げた平野でも、戦争の跡地でも――

勇さんの言葉を思い出し、嚙み締める。
自分が死ぬ事になった原因と、その結果を見つめていたんだろう。見つめる為、死神になったのだろうか。
だとしたら、勇さんにとって今の景色はどう見えるのだろうか。
終戦からの平和な日本。
食べる物がなかった時代からの食糧廃棄問題。
産地地消や国内生産も減り、輸入に頼るようになっている。
日本ならではの伝統工芸も廃れ、ITが発達していく。
お国の為に、なんて考え、今時持ってる人はいるのだろうか。
どこをどう考えても、私と勇さんは正反対の時代に生まれているんだ。
二歳かぁ……ご両親はどんな人だったんだろう……?

「って、なに勇さんの事ばっかり考えてんの!?」

思わず赤面し、両手で顔を覆った状態で、つい自分で自分に突っ込んでしまう。
身体に戻ったら無くなってしまう記憶。
そんな状態で成長したとしても嬉しさより虚しさが勝つし、何より……

「勇さんを忘れたくないなぁ……」

そんな想いがよぎる。
幽体同士の触れ合いなのに、温かさを感じた気がした。
我慢する事なく自然と涙が溢れ、甘える事すら忘れていたのに何を考えるともなく縋り付いてしまった。

「だからぁ!」

また勇さんの事を考えていて、頭を搔きむしると髪の毛がぐちゃぐちゃになる。
あ、と思いながら見ている人が居ないと分かっていても、つい手櫛で髪の毛を整えてしまう。うん、勇さんが来るかもしれないしね。
じゃなくて!
こんな自分に戸惑いながら、ふと思い出したのは勇さんのパートナーであるアキという人物の事だ。
一体どんな未練があるのだろうか、どんな人生だったのだろうか。
勇さんの話を聞いて、勝手に悲しいものなのかな、なんて想像して胸が痛くなる。

――……生きられるくせに

アキの言葉が胸に響く。
一体、どんな思いで言ったのだろう。私の言葉をどんな思いで聞いたのだろう。
死神になるのが子どもだと言うのならば、一体いくつで亡くなったのだろう。

「……選択……出来る年齢だったのかな……」

何を食べるか
何を買うか
何を見るか

日々の小さな積み重ねすら選択で。
スイッチを入れるとか、トイレに行くとかすらも選択で。
常に選択に付きまとわれている。
やるか、やらないか。選択の大小に関係なく、その一言に尽きるのだろう。
そして私も簡単に下した、死の選択。そして、身体へ戻らないという選択。
仕事をしてくると勇さんは言った……という事は魂を導いているのだろう。
今も誰かが何処かで死んでいる。そしてきっと、誰かが何処かで産まれてもいるんだろう。
晴天の空を仰ぎながら、そんな事を思う。
私には全く関係のないところで、泣き、悲しみ、叫び、そして喜び、笑い、楽しむ人が居る。
知らないし、分からないけれど、私にとってはそんなのでも、当事者にとっては全く違うわけで。
今も必死に人は生きている。色んな感情に飲まれながら。
選び、掴み取り、生きている。

何か小難しくて答えも出ないような事をずっと考えてえるな、と自分自身に苦笑しながら、空中で仰向けになったまま雲が流れていく様を眺める。
生きている時にはなかった、ゆっくりとした時間の中で、自然の美しさ、二度とは同じ形を見る事がないだろう雲の動きを目に焼き付けるかのように……。





「なーみーさん?」
「うひゃあ?!」

どれだけの時間が流れたのだろうか、ふいに眼前に現れたのは勇さんの顔で、その近さに思わず悲鳴のような声をあげ、その勢いのまま急降下した。

「えっ!?奈美さん!?」

思わず逃げるかのように、そこからつい海の方へ猛スピードで逃げだしてしまう。
バクバクと心臓が早く鼓動を打っているのは、驚きからだろうか。顔が火照っているのを自分でも自覚するものの、思わず頭を横に振って、その可能性を打ち消そうとする。
先ほどまで、ずっと勇さんの事を考えていたせいか、何故か今、まともに顔を見るのも照れくさいだけだ。

「奈美さん!ダメだ!!!」

後方で勇さんが声を張り上げるのが聞こえる。その大きな声で周囲が薄暗くなっている事に気が付く。

――逢魔が時――

「奈美さん!!」

気が付いた時には、海上から伸びた黒い影に足を掴まれて、引きずり込まれてしまっていた。
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