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#10 仮面舞踏会
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馬車の窓越しに見える宮殿は、想像をはるかに超える華やかさだった。高くそびえる門扉、色鮮やかなフレスコ画、そして窓から覗くシャンデリアの光――すべてが、自分の知る街や屋敷とは異世界のようだった。
(ここが、フィオレンツァーニ宮殿……)
馬車の車輪が石畳を転がるたび、胸の奥で微かにざわめきが広がる。目立たぬよう背を縮め、控えめに座っていたが、すでに周囲の視線に晒されている気がした。
だが、ダンテの指示は明確だった。舞踏会では誰とも口をきくな。目立たぬように、ただ静かに控えめに――。
(大丈夫。僕はダンテに従うだけ……)
覚悟を決め、深く息を吸い込む。
「馬車を降りましょう」
ルチアーナの声に促され、ゆっくりとドアに手をかける。ステップを降りると、冷たい夜気が頬を撫で、緊張がいっそう募った。
豪華な衣装と宝飾で着飾った貴族たちが、興味とも怪訝ともつかぬ視線をエイドリアンに向け、思わず足が竦む。
それでも、彼はルチアーナと伯爵一行の後に続き、広間の大扉をそっとくぐった。
目の前に広がるシャンデリアの光、磨かれた大理石、フレスコ画に描かれた荘厳な聖母の姿……すべてが、自分の想像を超えた世界だった。
「フェデリコ公爵閣下、今宵の御席にお招きいただき、まことに光栄に存じます」
「カルロ伯爵、その御夫人、そして御令息も。よくぞお運びくださいました」
公爵閣下に挨拶する伯爵たちの後ろ、エイドリアンは少し離れて控え、肩を丸めるように背筋を縮めた。目立たぬよう、息を殺すように、ただ静かに立つ。
周囲の貴族たちが煌びやかな衣装で談笑する中、エイドリアンの存在は否応なく視線を集めてしまう。胸の奥で微かにざわめく緊張を抑え、手は自然に前で組むしかなかった。
ダンテの横顔をちらりと確認する。彼の表情はいつも通り冷静だが、わずかに眉を寄せたその仕草が、静かに「動くな」という命令のように伝わる。
心の中で自分に言い聞かせ、深く息を吸う。足の先まで緊張で固まったまま、公爵閣下の前での短い礼に耐えた。
礼が終わると、伯爵一行はすぐに仮面舞踏会の広間へと進む。エイドリアンはルチアーナと伯爵の背中を追いながら、壁際に沿って足を運ぶ。ここでも視線を避け、まるで壁の一部にでも溶け込むように――自分の存在を極力消すのだった。
やがて公爵閣下のスピーチが終わると、静かに開会の宣言が下される。すると、宮殿の使用人たちが舞踏用の仮面を手渡し始めた。参加者はそれを受け取り、自らの顔にそっと仮面を着ける。
使用人たちの控えめな動きと、華やかな貴族たちの喧騒が、妙に非日常感を際立たせる。仮面越しに会話する貴婦人たちの声、ヴェールや装飾の隙間からの視線、足音ひとつひとつが、エイドリアンの心臓を早鐘のように打たせた。
アンドレアは子供用の小さな仮面をつけていたものの、踊りには加わらず、壁際で控えるエイドリアンとルチアーナの隣に静かに佇み、家族の舞踏を見守っていた。
その視線の先には、どこかの令嬢と手を取り、軽やかに舞うダンテの姿があった。彼の踊りは、まるでバレエダンサーのように滑らかで、見る者を自然と惹きつける洗練された美しさを放っている。思わず、エイドリアンも目を奪われた。
長い手足が描く弧、服の上からもわかる鍛え抜かれた筋肉のしなやかな躍動――そのすべてがエイドリアンの視界を占め、彼は呼吸を忘れるほどだった。
仮面に覆われていても、時折、彼の視線がこちらに向けられているような気がする。その目には、ほんのわずかに焦りや苛立ちが滲んでいるように見え、触れられぬ存在に胸がざわついた。
あまり社交の場に顔を出さないダンテに、踊りをせがむ令嬢は後を絶たない。手の届く距離にいながら、決して向こう側に行けない――貴族と使用人、古代人と未来人という、越えられない壁を思い知らされるようだった。羨望ともどかしさが入り混じり、胸の奥で小さな熱がくすぶる。
その時、絢爛たる衣装に身を包み、仮面をつけた一人の貴族が、優雅な足取りでエイドリアンの前へと進み出た。
「――君は、どの家に仕えているのかね?」
本来なら、他家の従者に主の許可なく声をかけるのは、礼を失した行いである。
だが、今宵に限ってはその常識も仮面の下に隠されていた。
仮面舞踏会という非日常の場では、身分も序列も一時の幻。誰もが顔を覆い、名を伏せて、普段なら口にできぬ言葉を交わし、あるいは探り合い、あるいは戯れ合う――そんな自由が、この夜だけは許されているのだ。
エイドリアンは慌てず、でも声を震わせぬよう努めて答えた。
「申し訳ございません――主より、口を慎むよう仰せつかっております」
エイドリアンは深く頭を垂れ、静かに告げる。
その様子を面白く思ったのか、扇を手にした御婦人が微笑みながら声をかけた。
「まあ……少しお言葉に訛りがございますわね。お国はどちらかしら?」
しかし、エイドリアンは小さく首を振り、命に背くことなく、落ち着いた声で重ねた。
「……申し訳ございません。お答えすることは許されておりません」
その返答を聞くと、最初に話しかけた仮面の貴族はふと視線を隣に控えるアンドレアに移した。
「坊や、君の家の従者かね? 随分と顔立ちの整った……いや、人目を引く装いだ」
アンドレアは口元に笑みを浮かべたまま、静かに、しかしどこか含みのある視線でエイドリアンを見つめる。
「さあ、どうでしょう。兄に聞いていただけませんか?」
そのとき、群衆の間から鋭い視線が注がれる。
若い貴族の令息が静かに歩み寄り、低く呟いた。
「……君は、サントロ家の使用人だな。大聖堂で見かけたことがある」
突然名を挙げられ、エイドリアンは思わず息を呑み、うつむいて唇をきつく閉ざした。主の命を守るように、言葉は一切漏らさない。
(大聖堂……? もしかして、この人は、エンリコ伯爵の――)
その思考の途中で、ふいに伸ばされた手が自分の手を掴んだ。仮面に覆われた令息の瞳が、興味深げに、そして鋭く自分を見据えている。
「会話は禁止されていても、――ダンスまで禁じられてはいないだろう?」
突然の誘いにエイドリアンは息を呑む。
「……っ、僕は、男です」
令息はくつくつと笑い、優雅な仕草で広間を示した。
「関係ないさ。ほら、周りを見てごらん」
視線を巡らせれば、確かに御婦人同士や紳士同士、仮面に隠れて誰もが自由に手を取り合い、舞っている姿がちらほらと見受けられる。
その光景に、エイドリアンの胸はさらに強くざわめいた。
「っ……申、申し訳ありません。踊れません、僕は……っ」
必死に言葉を重ねても、令息の手は放してくれない。強引に握られた手から、逃げ場のない力が伝わる。
楽団の音が一層高まり、周囲の視線がちらほらと集まり始める。
胸の奥でざわめきが恐怖に変わりかけた、その瞬間――。
「……私の従者に何か御用ですか?」
背後から落ち着いた声が響いた。
振り返ると、仮面をつけた男――ダンテが立っていた。声音は穏やかでありながら、有無を言わせぬ冷ややかさを帯びている。
令息は一瞬たじろいだが、すぐに気取った笑みを浮かべ、肩をすくめた。
「やぁ、誰かと思えばダンテじゃないか。ごきげんよう」
「ロレンツォ。聞こえなかったのか? 用があるなら私を通せ」
「これは失礼。……ただ、異国の方に仮面舞踏会の趣向を楽しんでいただければと思っただけさ」
「強引に誘うのが、君の礼儀なのか?」
「礼儀? 使用人にそんなもの尽くす必要があるのかな」
「……そうか。君の屋敷では、主が自分のものを守る権利すらないらしい」
その言葉に、ロレンツォは皮肉げに唇を吊り上げた。
「ふふっ……やはり噂は本当だったんだな。君が新しい玩具を手に入れて、ご機嫌だと」
ロレンツォはそう言い、ダンテの張り詰めた表情を面白がるように眺めながら、ようやくエイドリアンの手首から指を離した。
解放されたエイドリアンは、すぐさまダンテの背後に半歩退き、主人の影に隠れるように身を寄せた。
その怯えにも似た仕草が、かえってロレンツォの唇にゆるやかな笑みを刻ませる。
そこには、他人の動揺を愉しむような――どこか 艶めいた嗜虐の色 が滲んでいた。
「残念だよ、ロレンツォ。君の目には、私が見出した“稀代の色彩”が、ただの“玩具”にしか映らないのか。――それは君自身の、貧しい感性を証明しているに過ぎない」
ダンテの静かな一言に、ロレンツォの仮面の下で笑みが深まる。
「悪く思うなよ、ダンテ。ただ――僕と同じ、公爵の駒に過ぎない君が、その程度の戯れに時間を費やせるのを、少しばかり羨ましく思っただけだよ」
彼は言葉を切り、背後のエイドリアンに視線を滑らせた。
その瞳は、冷たいだけではない。
まるで、手の中に転がる獲物の価値を測るような――腹の底を覗かせぬ光が、仮面の奥で静かに揺れていた。
「その“稀代の色彩”とやらを、婚約の日までせいぜい楽しんでおくといい」
そう言い放つと、ロレンツォは勝ち誇ったように一礼し、くるりと身を翻した。
優雅に人波の中へ消えていく背中を、ダンテは微動だにせず見据えていた。仮面の下の表情は読み取れない。だがその身に纏う気配は、氷のように冷たく張り詰めている。
やがてロレンツォの影が完全に消えるのを見届けると、ダンテは視線をエイドリアンに戻した。
仮面越しでも、その双眸が鋭く射抜いてくるのがわかる。けれど同時に、心の奥では――救い出された安堵が熱く広がっていた。
「……ありがとう、ございました」
ダンテは仮面越しにエイドリアンを見つめた。
胸の奥を射抜かれるような視線に、エイドリアンは思わず身じろぎする。
「……エイドリアン。私と一曲、踊ってくれないか?」
その声は先ほどの冷ややかさとは違い、ひどく静かで、熱を帯びていた。
冗談や社交辞令ではない――まるで命令のように重みを持った誘いだった。
「……あの、僕は、一度も踊りを習った事が」
戸惑いを口にしようとする前に、ダンテの手が差し伸べられる。
「心配はいらない。私が導く」
仮面の奥で柔らかく笑んだ気配がして、エイドリアンの胸が跳ねた。
「……ですが、僕が目立つのは、お嫌だったのでは……?」
恐る恐る問いかけると、ダンテは一瞬だけ目を伏せ、低く息を吐いた。
「……ああ」
次に顔を上げた時には、もう迷いはなかった。
「もう、どうでもよくなった」
その眼差しを見つめた瞬間、さっきまでの恐怖が嘘のようにほどけていく。
曲調が変わり、先ほどより柔らかく穏やかな音楽が流れ始める。
ダンテの手に吸い寄せられるようにそっと触れると、瞬間、その手がぐっと力強く握り返された。
そしてまるで導かれるように、互いの歩幅を合わせるように前へと誘われる。
右へ、左へとゆるやかに歩みを進め、次の拍で身体をくるりと回される。ぎこちなく足がもつれそうになるたび、ダンテの掌がしっかりと支えてくれ、自然に正しい位置へと戻されていた。
(……僕は、ただ彼に導かれるだけでいいんだ)
掌は温かく、指先が触れるたび、言葉より雄弁に「信じろ」と告げられているようだった。腕を軽く絡め、またほどき、互いに再び歩みをそろえる。その繰り返しの中で、心の奥に張りつめていた緊張が少しずつ解けていく。
(……ああ、今だけは、身分も、過去も、未来も、関係ない……。ただ一人の男に恋い焦がれる──その僕を、今、演じていられる)
舞踏会の喧騒や視線の圧力も、この瞬間には届かない。宝飾の輝きや楽の音でさえ、二人の間に流れる静かな世界には及ばない。
「……ダンテ様」
小さく漏れた声に、胸の高鳴りが重なる。仮面の奥で瞳を細めた彼の息遣いが耳をかすめ、次の一歩へと導かれる。肩が触れ、体温が交わるたび、まるで世界そのものが二人の歩みに合わせて回っているかのようだった。
音楽が静かに余韻を残し、広間を包んでいた拍子が収まる。
周囲の貴族たちは互いに手を離し、優雅に一礼を交わして次の相手を探し始めていた。
本来なら、自分もここで礼をして下がるべきだ――そう思い、エイドリアンはそっと手を解こうとする。
だが、その瞬間、ダンテの掌がさらに強く重ねられ、逃がさぬよう指先を絡め取られた。
「……ダンテ様?」
小さく問いかけた声は、ざわめきの中にすぐ溶けてしまう。
彼は答えず、ただそのまま視線を絡めたまま、もう一度、ゆっくりと手を差し出してきた。
本来なら次の曲では別の相手と踊るのが礼儀――それを承知のうえで、なお差し伸べられた手。
(……一曲だけと、言っていたのに)
エイドリアンの胸が強く脈打つ。
周囲の目が集まるのを感じながらも、その掌を拒むことはできなかった。
再び音楽が変わり、少し軽やかで優雅な旋律が流れる。歩みを合わせるたび、肩先が触れ、腕が絡み、指先の温もりがじわりと体を駆け抜ける。微かな緊張と甘い昂ぶりが、呼吸のたびに胸の奥で弾ける。視線は仮面に隠れても、肌が伝える感覚だけで彼の存在を全身で感じる。
ラベンダーの香りに混じって漂う、ダンテの汗と温もり。わずかに息づかいが荒くなる瞬間、胸の高鳴りは頂点に達し、エイドリアンは自分が完全に彼に心を奪われていることを悟った。
ダンテに導かれるまま、エイドリアンは舞踏を終えると、再び壁際――控えていたルチアーナと、アンドレアのもとへと送り届けられた。
名残惜しげに、指先が離れていく。
――けれどその直前、ほんの一瞬だけ、ダンテの手がわずかに強く握り返してきた。
錯覚だったのかもしれない。
それでも確かに、温もりを引き留めるような感触があった気がして、心臓が不意に大きく跳ねる。
次の瞬間には、もう何事もなかったように彼の掌は離れ、令嬢たちの輪の中へと背を向けていく。
伸ばしかけた自分の手を、エイドリアンは慌てて引き寄せた。胸の奥が締めつけられるのを感じながら、ただその姿を目で追った。
「……エイドリアン。ダンテ兄様、かっこよかったね」
子供用の小さな仮面の奥から、アンドレアがにっこりと笑う。
「……はい」
声がわずかに掠れてしまったのを、エイドリアン自身が気づいていた。
「いいな。僕も、あんなふうに踊りたい」
控えていたルチアーナがそっと微笑む。
「ふふ、若坊ちゃま。あんなに踊りのレッスンを嫌がっていらしたのに」
「うるさい、ルチアーナは黙ってて」
アンドレアはむくれて背を向ける。
「はい。申し訳ございません」
素直に頭を下げつつ、使用人らしからぬ柔らかな声色だった。
賑わう大広間の灯りの中、笑い声と音楽が絶え間なく続いている。
けれどエイドリアンの心には、もう別の音は届かなかった。
――あの背中に、この先どれほど手を伸ばしても、決して追いつくことはできない。
エイドリアンの足元には、散りばめられたガラスの破片のように、踏み出せない思いが転がっていた。裸足でその上を歩く勇気は、まだ持てない。胸の奥でざわつく感情が、指先や肩先にまで微かに伝わり、痛みと甘さの混ざった熱を生む。目の前の一歩は、手を伸ばしても届かない夢のように遠く、触れられそうで触れられない。息を呑み、体を震わせながら、彼はただ立ち尽くすしかなかった。
最初で最後の舞踏会は、夢のように美しく、そして深い傷を刻むように過ぎ去っていった。
胸に刻まれたのは、触れてはいけないと知りつつも、規則に背いてでも心が求めずにはいられない──ただ一人の男への、甘くも痛切な憧れだった。
(ここが、フィオレンツァーニ宮殿……)
馬車の車輪が石畳を転がるたび、胸の奥で微かにざわめきが広がる。目立たぬよう背を縮め、控えめに座っていたが、すでに周囲の視線に晒されている気がした。
だが、ダンテの指示は明確だった。舞踏会では誰とも口をきくな。目立たぬように、ただ静かに控えめに――。
(大丈夫。僕はダンテに従うだけ……)
覚悟を決め、深く息を吸い込む。
「馬車を降りましょう」
ルチアーナの声に促され、ゆっくりとドアに手をかける。ステップを降りると、冷たい夜気が頬を撫で、緊張がいっそう募った。
豪華な衣装と宝飾で着飾った貴族たちが、興味とも怪訝ともつかぬ視線をエイドリアンに向け、思わず足が竦む。
それでも、彼はルチアーナと伯爵一行の後に続き、広間の大扉をそっとくぐった。
目の前に広がるシャンデリアの光、磨かれた大理石、フレスコ画に描かれた荘厳な聖母の姿……すべてが、自分の想像を超えた世界だった。
「フェデリコ公爵閣下、今宵の御席にお招きいただき、まことに光栄に存じます」
「カルロ伯爵、その御夫人、そして御令息も。よくぞお運びくださいました」
公爵閣下に挨拶する伯爵たちの後ろ、エイドリアンは少し離れて控え、肩を丸めるように背筋を縮めた。目立たぬよう、息を殺すように、ただ静かに立つ。
周囲の貴族たちが煌びやかな衣装で談笑する中、エイドリアンの存在は否応なく視線を集めてしまう。胸の奥で微かにざわめく緊張を抑え、手は自然に前で組むしかなかった。
ダンテの横顔をちらりと確認する。彼の表情はいつも通り冷静だが、わずかに眉を寄せたその仕草が、静かに「動くな」という命令のように伝わる。
心の中で自分に言い聞かせ、深く息を吸う。足の先まで緊張で固まったまま、公爵閣下の前での短い礼に耐えた。
礼が終わると、伯爵一行はすぐに仮面舞踏会の広間へと進む。エイドリアンはルチアーナと伯爵の背中を追いながら、壁際に沿って足を運ぶ。ここでも視線を避け、まるで壁の一部にでも溶け込むように――自分の存在を極力消すのだった。
やがて公爵閣下のスピーチが終わると、静かに開会の宣言が下される。すると、宮殿の使用人たちが舞踏用の仮面を手渡し始めた。参加者はそれを受け取り、自らの顔にそっと仮面を着ける。
使用人たちの控えめな動きと、華やかな貴族たちの喧騒が、妙に非日常感を際立たせる。仮面越しに会話する貴婦人たちの声、ヴェールや装飾の隙間からの視線、足音ひとつひとつが、エイドリアンの心臓を早鐘のように打たせた。
アンドレアは子供用の小さな仮面をつけていたものの、踊りには加わらず、壁際で控えるエイドリアンとルチアーナの隣に静かに佇み、家族の舞踏を見守っていた。
その視線の先には、どこかの令嬢と手を取り、軽やかに舞うダンテの姿があった。彼の踊りは、まるでバレエダンサーのように滑らかで、見る者を自然と惹きつける洗練された美しさを放っている。思わず、エイドリアンも目を奪われた。
長い手足が描く弧、服の上からもわかる鍛え抜かれた筋肉のしなやかな躍動――そのすべてがエイドリアンの視界を占め、彼は呼吸を忘れるほどだった。
仮面に覆われていても、時折、彼の視線がこちらに向けられているような気がする。その目には、ほんのわずかに焦りや苛立ちが滲んでいるように見え、触れられぬ存在に胸がざわついた。
あまり社交の場に顔を出さないダンテに、踊りをせがむ令嬢は後を絶たない。手の届く距離にいながら、決して向こう側に行けない――貴族と使用人、古代人と未来人という、越えられない壁を思い知らされるようだった。羨望ともどかしさが入り混じり、胸の奥で小さな熱がくすぶる。
その時、絢爛たる衣装に身を包み、仮面をつけた一人の貴族が、優雅な足取りでエイドリアンの前へと進み出た。
「――君は、どの家に仕えているのかね?」
本来なら、他家の従者に主の許可なく声をかけるのは、礼を失した行いである。
だが、今宵に限ってはその常識も仮面の下に隠されていた。
仮面舞踏会という非日常の場では、身分も序列も一時の幻。誰もが顔を覆い、名を伏せて、普段なら口にできぬ言葉を交わし、あるいは探り合い、あるいは戯れ合う――そんな自由が、この夜だけは許されているのだ。
エイドリアンは慌てず、でも声を震わせぬよう努めて答えた。
「申し訳ございません――主より、口を慎むよう仰せつかっております」
エイドリアンは深く頭を垂れ、静かに告げる。
その様子を面白く思ったのか、扇を手にした御婦人が微笑みながら声をかけた。
「まあ……少しお言葉に訛りがございますわね。お国はどちらかしら?」
しかし、エイドリアンは小さく首を振り、命に背くことなく、落ち着いた声で重ねた。
「……申し訳ございません。お答えすることは許されておりません」
その返答を聞くと、最初に話しかけた仮面の貴族はふと視線を隣に控えるアンドレアに移した。
「坊や、君の家の従者かね? 随分と顔立ちの整った……いや、人目を引く装いだ」
アンドレアは口元に笑みを浮かべたまま、静かに、しかしどこか含みのある視線でエイドリアンを見つめる。
「さあ、どうでしょう。兄に聞いていただけませんか?」
そのとき、群衆の間から鋭い視線が注がれる。
若い貴族の令息が静かに歩み寄り、低く呟いた。
「……君は、サントロ家の使用人だな。大聖堂で見かけたことがある」
突然名を挙げられ、エイドリアンは思わず息を呑み、うつむいて唇をきつく閉ざした。主の命を守るように、言葉は一切漏らさない。
(大聖堂……? もしかして、この人は、エンリコ伯爵の――)
その思考の途中で、ふいに伸ばされた手が自分の手を掴んだ。仮面に覆われた令息の瞳が、興味深げに、そして鋭く自分を見据えている。
「会話は禁止されていても、――ダンスまで禁じられてはいないだろう?」
突然の誘いにエイドリアンは息を呑む。
「……っ、僕は、男です」
令息はくつくつと笑い、優雅な仕草で広間を示した。
「関係ないさ。ほら、周りを見てごらん」
視線を巡らせれば、確かに御婦人同士や紳士同士、仮面に隠れて誰もが自由に手を取り合い、舞っている姿がちらほらと見受けられる。
その光景に、エイドリアンの胸はさらに強くざわめいた。
「っ……申、申し訳ありません。踊れません、僕は……っ」
必死に言葉を重ねても、令息の手は放してくれない。強引に握られた手から、逃げ場のない力が伝わる。
楽団の音が一層高まり、周囲の視線がちらほらと集まり始める。
胸の奥でざわめきが恐怖に変わりかけた、その瞬間――。
「……私の従者に何か御用ですか?」
背後から落ち着いた声が響いた。
振り返ると、仮面をつけた男――ダンテが立っていた。声音は穏やかでありながら、有無を言わせぬ冷ややかさを帯びている。
令息は一瞬たじろいだが、すぐに気取った笑みを浮かべ、肩をすくめた。
「やぁ、誰かと思えばダンテじゃないか。ごきげんよう」
「ロレンツォ。聞こえなかったのか? 用があるなら私を通せ」
「これは失礼。……ただ、異国の方に仮面舞踏会の趣向を楽しんでいただければと思っただけさ」
「強引に誘うのが、君の礼儀なのか?」
「礼儀? 使用人にそんなもの尽くす必要があるのかな」
「……そうか。君の屋敷では、主が自分のものを守る権利すらないらしい」
その言葉に、ロレンツォは皮肉げに唇を吊り上げた。
「ふふっ……やはり噂は本当だったんだな。君が新しい玩具を手に入れて、ご機嫌だと」
ロレンツォはそう言い、ダンテの張り詰めた表情を面白がるように眺めながら、ようやくエイドリアンの手首から指を離した。
解放されたエイドリアンは、すぐさまダンテの背後に半歩退き、主人の影に隠れるように身を寄せた。
その怯えにも似た仕草が、かえってロレンツォの唇にゆるやかな笑みを刻ませる。
そこには、他人の動揺を愉しむような――どこか 艶めいた嗜虐の色 が滲んでいた。
「残念だよ、ロレンツォ。君の目には、私が見出した“稀代の色彩”が、ただの“玩具”にしか映らないのか。――それは君自身の、貧しい感性を証明しているに過ぎない」
ダンテの静かな一言に、ロレンツォの仮面の下で笑みが深まる。
「悪く思うなよ、ダンテ。ただ――僕と同じ、公爵の駒に過ぎない君が、その程度の戯れに時間を費やせるのを、少しばかり羨ましく思っただけだよ」
彼は言葉を切り、背後のエイドリアンに視線を滑らせた。
その瞳は、冷たいだけではない。
まるで、手の中に転がる獲物の価値を測るような――腹の底を覗かせぬ光が、仮面の奥で静かに揺れていた。
「その“稀代の色彩”とやらを、婚約の日までせいぜい楽しんでおくといい」
そう言い放つと、ロレンツォは勝ち誇ったように一礼し、くるりと身を翻した。
優雅に人波の中へ消えていく背中を、ダンテは微動だにせず見据えていた。仮面の下の表情は読み取れない。だがその身に纏う気配は、氷のように冷たく張り詰めている。
やがてロレンツォの影が完全に消えるのを見届けると、ダンテは視線をエイドリアンに戻した。
仮面越しでも、その双眸が鋭く射抜いてくるのがわかる。けれど同時に、心の奥では――救い出された安堵が熱く広がっていた。
「……ありがとう、ございました」
ダンテは仮面越しにエイドリアンを見つめた。
胸の奥を射抜かれるような視線に、エイドリアンは思わず身じろぎする。
「……エイドリアン。私と一曲、踊ってくれないか?」
その声は先ほどの冷ややかさとは違い、ひどく静かで、熱を帯びていた。
冗談や社交辞令ではない――まるで命令のように重みを持った誘いだった。
「……あの、僕は、一度も踊りを習った事が」
戸惑いを口にしようとする前に、ダンテの手が差し伸べられる。
「心配はいらない。私が導く」
仮面の奥で柔らかく笑んだ気配がして、エイドリアンの胸が跳ねた。
「……ですが、僕が目立つのは、お嫌だったのでは……?」
恐る恐る問いかけると、ダンテは一瞬だけ目を伏せ、低く息を吐いた。
「……ああ」
次に顔を上げた時には、もう迷いはなかった。
「もう、どうでもよくなった」
その眼差しを見つめた瞬間、さっきまでの恐怖が嘘のようにほどけていく。
曲調が変わり、先ほどより柔らかく穏やかな音楽が流れ始める。
ダンテの手に吸い寄せられるようにそっと触れると、瞬間、その手がぐっと力強く握り返された。
そしてまるで導かれるように、互いの歩幅を合わせるように前へと誘われる。
右へ、左へとゆるやかに歩みを進め、次の拍で身体をくるりと回される。ぎこちなく足がもつれそうになるたび、ダンテの掌がしっかりと支えてくれ、自然に正しい位置へと戻されていた。
(……僕は、ただ彼に導かれるだけでいいんだ)
掌は温かく、指先が触れるたび、言葉より雄弁に「信じろ」と告げられているようだった。腕を軽く絡め、またほどき、互いに再び歩みをそろえる。その繰り返しの中で、心の奥に張りつめていた緊張が少しずつ解けていく。
(……ああ、今だけは、身分も、過去も、未来も、関係ない……。ただ一人の男に恋い焦がれる──その僕を、今、演じていられる)
舞踏会の喧騒や視線の圧力も、この瞬間には届かない。宝飾の輝きや楽の音でさえ、二人の間に流れる静かな世界には及ばない。
「……ダンテ様」
小さく漏れた声に、胸の高鳴りが重なる。仮面の奥で瞳を細めた彼の息遣いが耳をかすめ、次の一歩へと導かれる。肩が触れ、体温が交わるたび、まるで世界そのものが二人の歩みに合わせて回っているかのようだった。
音楽が静かに余韻を残し、広間を包んでいた拍子が収まる。
周囲の貴族たちは互いに手を離し、優雅に一礼を交わして次の相手を探し始めていた。
本来なら、自分もここで礼をして下がるべきだ――そう思い、エイドリアンはそっと手を解こうとする。
だが、その瞬間、ダンテの掌がさらに強く重ねられ、逃がさぬよう指先を絡め取られた。
「……ダンテ様?」
小さく問いかけた声は、ざわめきの中にすぐ溶けてしまう。
彼は答えず、ただそのまま視線を絡めたまま、もう一度、ゆっくりと手を差し出してきた。
本来なら次の曲では別の相手と踊るのが礼儀――それを承知のうえで、なお差し伸べられた手。
(……一曲だけと、言っていたのに)
エイドリアンの胸が強く脈打つ。
周囲の目が集まるのを感じながらも、その掌を拒むことはできなかった。
再び音楽が変わり、少し軽やかで優雅な旋律が流れる。歩みを合わせるたび、肩先が触れ、腕が絡み、指先の温もりがじわりと体を駆け抜ける。微かな緊張と甘い昂ぶりが、呼吸のたびに胸の奥で弾ける。視線は仮面に隠れても、肌が伝える感覚だけで彼の存在を全身で感じる。
ラベンダーの香りに混じって漂う、ダンテの汗と温もり。わずかに息づかいが荒くなる瞬間、胸の高鳴りは頂点に達し、エイドリアンは自分が完全に彼に心を奪われていることを悟った。
ダンテに導かれるまま、エイドリアンは舞踏を終えると、再び壁際――控えていたルチアーナと、アンドレアのもとへと送り届けられた。
名残惜しげに、指先が離れていく。
――けれどその直前、ほんの一瞬だけ、ダンテの手がわずかに強く握り返してきた。
錯覚だったのかもしれない。
それでも確かに、温もりを引き留めるような感触があった気がして、心臓が不意に大きく跳ねる。
次の瞬間には、もう何事もなかったように彼の掌は離れ、令嬢たちの輪の中へと背を向けていく。
伸ばしかけた自分の手を、エイドリアンは慌てて引き寄せた。胸の奥が締めつけられるのを感じながら、ただその姿を目で追った。
「……エイドリアン。ダンテ兄様、かっこよかったね」
子供用の小さな仮面の奥から、アンドレアがにっこりと笑う。
「……はい」
声がわずかに掠れてしまったのを、エイドリアン自身が気づいていた。
「いいな。僕も、あんなふうに踊りたい」
控えていたルチアーナがそっと微笑む。
「ふふ、若坊ちゃま。あんなに踊りのレッスンを嫌がっていらしたのに」
「うるさい、ルチアーナは黙ってて」
アンドレアはむくれて背を向ける。
「はい。申し訳ございません」
素直に頭を下げつつ、使用人らしからぬ柔らかな声色だった。
賑わう大広間の灯りの中、笑い声と音楽が絶え間なく続いている。
けれどエイドリアンの心には、もう別の音は届かなかった。
――あの背中に、この先どれほど手を伸ばしても、決して追いつくことはできない。
エイドリアンの足元には、散りばめられたガラスの破片のように、踏み出せない思いが転がっていた。裸足でその上を歩く勇気は、まだ持てない。胸の奥でざわつく感情が、指先や肩先にまで微かに伝わり、痛みと甘さの混ざった熱を生む。目の前の一歩は、手を伸ばしても届かない夢のように遠く、触れられそうで触れられない。息を呑み、体を震わせながら、彼はただ立ち尽くすしかなかった。
最初で最後の舞踏会は、夢のように美しく、そして深い傷を刻むように過ぎ去っていった。
胸に刻まれたのは、触れてはいけないと知りつつも、規則に背いてでも心が求めずにはいられない──ただ一人の男への、甘くも痛切な憧れだった。
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