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騎士と姫と魔王の罪
しおりを挟む姫を守りたくて騎士になったヒーローが、姫を守ることができず絶望し、魔王になり時間を遡ってやり直す話。
ヒロインが陵辱されています。
ヒーローが殺戮をします。
エロメインではない暗い話です。
主従 騎士×姫 残酷な描写あり
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エドガーは騎士の家系に生まれた。
生まれたときから騎士になることを望まれ、それ以外を許されなかった。強くあることが当たり前で、弱音を吐けば厳しく叱責される。
子供だからと許されることはなく、過酷な訓練に身体中傷だらけだった。
痛くても苦しくても助けてはもらえない。傷を負いたくなければ、痛い思いをしたくなければ、強くなるしかなかった。
だからエドガーは毎日毎日剣を振る。日が暮れても演習場に残り、雨の日もひたすら剣を振りつづけた。
エドガーが十三歳の頃だった。
その日も誰もいなくなった演習場で、一人剣を振るっていた。
そこへ、一人の少女がやって来た。
エドガーは目を見開く。
エドガーよりも三つ年下の可憐な少女はこの国の王の一人娘のアンジェリカ。
今まで遠くから見かけることは何度かあった。けれどこうして対面するのはもちろんはじめてだ。
姫は美しいドレスを身に纏い、エドガーに微笑みかけていた。
「アンジェリカ、姫……」
驚きすぎて、掠れた声しか出なかった。膝をつくことも忘れ、呆然と目の前の少女を見つめる。
「邪魔をしてしまってごめんなさい。こんな風に部屋を抜け出せることなんて滅多にないから、どうしてもあなたとお話してみたくて」
愛らしい声を紡ぐアンジェリカに、しかしエドガーは反応できない。
放心状態のエドガーを見て、アンジェリカは申し訳なさそうに微笑んだ。
「驚かせて、ごめんなさい。私、ずっとあなたを見ていたの」
「お、俺……あ、いえ、私を……?」
「ええ。毎日毎日、遅くまでずっとここに残っていたでしょう?」
まだ幼い少女は、けれど洗練された完璧な淑女のようにはきはきと言葉を発する。
対してエドガーは、衝撃が大きすぎてまともに言葉を返すこともできない。
返事すらできないエドガーを気にすることなく、姫は話をつづけた。
「強い風が吹いても、雨が降っても、あなたはずっとここで剣を振っていた。最初は負けてばかりだったのに、あなたはひたすら努力して、どんどん強くなって、今では自分よりも体が大きくて年上の相手にも勝てるようになったわ」
アンジェリカの澄んだ瞳がエドガーをまっすぐに見つめた。
「そんなあなたの姿に、とても……とても救われたの。私は自分の立場に押し潰されそうになる。逃げ出したくなる。泣いて縋って、助けを求めたくなる」
「…………」
「でも、あなたのことを見ていると、私も頑張ろうと思えたの。強くなりたいと思えたの。国が、民が誇れるような存在になりたいと、そう願うようになったの」
「…………」
「ねぇ、手を見せて」
エドガーは辛うじて反応することができた。両手を姫の前に差し出す。
その手に、アンジェリカが触れた。
エドガーはぎょっとして手を引こうとするが、姫はそれを止める。
「いっ、いけません、汚れますっ」
「いいのよ、触らせて」
豆が潰れ、血と泥にまみれた剣だこだらけの手に、姫のほっそりとした小さな手が労るように優しく触れる。
「あなたの手に、ずっと触れてみたかったの。あなたの努力の証に」
「…………」
強いことが当たり前と思われているエドガーは、どれだけ強くなっても誉められることはなかった。エドガーの努力を認めてくれる者はいなかった。
「あなたがいたから、私は私のまま進むことができた。辛くても苦しくても、あなたのことを思い出すと頑張ろうと思えるの。だから、ありがとう」
アンジェリカの微笑みは、とても美しかった。
「一方的にあなたを尊敬していて、どうしてもお礼を伝えたくて、ここまで来てしまったの。そろそろ戻らないと、抜け出したことが知られてしまうわ」
アンジェリカは名残惜しそうに手を離した。
「話を聞いてくれてありがとう、エドガー。あなたが、あなたの望む未来へ進めるよう祈っているわ」
そう言って、アンジェリカはその場から離れていった。
結局エドガーはなにも言えず、走り去る姫の後ろ姿を見送ることしかできなかった。
そのことを深く後悔した。わざわざ部屋を抜け出して来てくれた姫に、せめて一言くらいお礼言えないものかと、自分で自分を殴りたくなった。
その日から、エドガーはより一層稽古に励んだ。
アンジェリカに近づきたかった。姫のために強くなりたかった。姫を守れる力がほしかった。
エドガーは自分の意思でそれを望んだ。
そして努力して努力して努力して、姫付きの近衛騎士になった。
姫は更に美しく成長していた。艶やかな長い髪、白く透けるような肌。清らかで、無垢で愛らしい。
軽々しく声をかけられる立場ではないが、それでも言葉を交わす機会は多かった。
エドガーは漸く、あのとき言えなかったお礼を姫に伝えることができた。
するとアンジェリカは恥ずかしそうに謝った。勢いに任せて行動して、自分が言いたいことだけ言ってさっさと帰ってしまったことを申し訳なく思っていたのだという。
「私は嬉しかったです。私の方こそ、姫の言葉に救われました」
あのときは緊張と混乱でなにも話せなかったが、今はこうして素直に自分の気持ちを伝えられた。
アンジェリカははにかみ、嬉しそうに微笑んだ。
姫と騎士。二人の立場は変わらないが、二人の関係は徐々に、ほんの少しだけ変わっていった。
こっそりと会話を楽しみ、微笑み合う。おおっぴらに親しくはできないけれど、それでも二人の距離は縮まっていった。
そんなとき。
姫の結婚が決まった。
隣国から、アンジェリカ姫を嫁に、と望まれたのだ。
隣国は大きな国ではなかった。その代わり、戦闘能力に優れていた。けれど侵略は好まず、この国とも友好的な関係を結んでした。
しかし最近王子が王を殺し、代替わりした。新たな王は残虐で横暴、そして人とは思えないほどに強かった。誰も逆らうことはできない。
そんな男が、アンジェリカを嫁に寄越せと言ってきた。
断れば、戦争になるだろう。そうなれば、恐らく負けるのはこの国だ。
アンジェリカは生け贄だった。
王はその要求を飲み、アンジェリカも受け入れた。
アンジェリカは決して弱音を吐かなかった。嫌だと口にしなかった。エドガーと二人きりのときでも、一言も。逃げたいと助けを求めることはなかった。
姫がこの結婚を望んでいるわけがない。
そんなことはわかっている。
けれどエドガーにできることなどなかった。
アンジェリカを守りたくて、努力して努力して近衛騎士になった。
それが無意味なものだったのだと突きつけられた。
騎士にはなれた。
けれど騎士という立場など、なんの役にも立たないのだ。
アンジェリカを助けることができない。救い出すことなどできない。
自分はなんのために騎士になったのか。
エドガーは絶望した。
アンジェリカは隣国へと発った。たった一人でという要求に、一人の侍女も護衛もつけることを許さ
れず、その身一つで隣国の王へ嫁いだ。
そして数年後。
隣国の王が病に倒れた。それをきっかけに大規模な反乱が起きた。
冷血で非情、暴君と呼ばれ、民を虐げてきた王に、搾取されつづけてきた国民が武器を持ち、王宮へ押し寄せた。
それを知ったアンジェリカの父は、娘を取り戻すべく隣国へと兵を放った。エドガーもその内の一人だった。
隣国は酷い状況だった。街中に死体が転がり、それが放置されたまま、争いがつづいていた。
地獄のような光景にも目もくれず、エドガーは王宮を目指した。
王宮内も似たような状態だった。血の匂いが充満する廊下を走り、エドガーはひたすらアンジェリカを捜した。
アンジェリカは地下にいた。冷たい石の床の上に、一糸纏わぬ姿で倒れていた。その体は傷だらけで、精液と血にまみれていた。
艶やかな長い髪は切り落とされ、滑らかな肌は痣と傷で酷い色をしていた。
凌辱の限りを尽くされた変わり果てたアンジェリカの姿に、エドガーの目の前は真っ赤に染まった。
「アンジェリカ様……!!」
駆け寄り、抱き起こせば、ゆっくりと瞼が開いた。
しかしエドガーを見つめるその瞳には、既に光はなかった。
「エドガー……来てくれたの……?」
あまりにも弱々しく、掠れた声。
「アンジェリカ様、迎えに来ました。国に帰りましょう、私と、一緒に……」
「嬉しい……最後に、あなたに、会えて……」
「待って、待ってください、アンジェリカ様……最後だなんて、そんな……」
「ずっと、あなたに言いたくて……本当は、言わずにいようと思ってて……でも、最後だから、言わせて……」
「アンジェリカ様……っ」
「愛してる、エドガー……ずっと、あなただけを……」
エドガーに向かって伸ばされた手は、届く前にパタリと落ちた。
アンジェリカは目を開けたまま、動かなくなった。
もうその口が言葉を紡ぐことはなかった。
「あっ……はっ……は、はあっ……」
エドガーの呼吸は乱れ、ぐらぐらと目眩を感じた。
アンジェリカの体を抱き締める。痩せ細った体。体に残る傷は、最近できたものばかりではない。
この国に嫁ぎ、アンジェリカは暴力を受けていたのだ。恐らく、夫となった男に。
残虐な王に嫁ぎ、幸せになれないことはわかっていた。幸せな未来などあるはずがないと。
それなのに、どうして自分は彼女を攫って逃げなかったのか。
命に代えても守りたかったはずの彼女が、どうしてこんな目に遭っているのか。
エドガーの咆哮が響き渡る。
アンジェリカから離れ、頭を掻き毟り、のたうち回る。
そしてエドガーは壊れた。
剣を手に、目につく人間を一人残らず殺して回った。
王宮の人間も、国民も、女も子供も、自国の兵も。
この国に生きている人間が自分一人になると、エドガーは自国へ帰った。
そしてそこでも人を殺した。
国の平和はアンジェリカの犠牲の上に成り立っている。そう考えると憎くて堪らなくなった。彼女は死んだのに。凌辱され、惨たらしく殺されたのに。この国の人間はそんなことも知らず、暢気に生活しているのだ。
それが許せなくて、隣国と同じように全ての人間を殺した。
殺戮を繰り返し、やがてエドガーは人間ではなくなっていた。
殺せば殺すほど、力が漲る。
しかしそんなことはどうでもよかった。
生きている全ての人間が憎くて、自国を離れ、また人を殺した。
人を殺せば憎しみが生まれる。エドガーに殺された人間の大量の憎悪が、この世界に魔物を生み出した。
エドガーは魔物も殺した。
人間を殺し、魔物が生まれ、魔物も殺す。
数えきれないほどの命を奪い、血を浴び、気づけばエドガーは魔王となっていた。
そして強大な力を得たエドガーは、時間を遡ることが可能となった。
今度こそ、彼女を守れる。
エドガーは過去へ戻った。
アンジェリカが隣国へ嫁ぐ前日だった。
過去に戻ったことにより、エドガーの肉体は人間に戻った。けれど魔王の力はそのまま宿っていた。
アンジェリカの部屋に入り、眠る彼女を攫った。
街で適当な宿屋に入り、部屋を借りた。力を使っているので、誰に見られても顔を認識されることはない。
部屋に入り、アンジェリカをベッドに下ろした。
彼女は小さく声を漏らす。
心臓が動いている。息をしている。
生きている彼女の姿に、泣きそうになる。
アンジェリカはゆっくりと目を開けた。
ぼんやりと焦点の合っていない視線が、エドガーを捉えた。
「……エドガー?」
目を擦りながら、アンジェリカは体を起こす。
「どうして、あなたがここに……あら? ここはどこ……?」
アンジェリカは自分のいる場所が自室ではないことに気付き、首を傾げた。
「ここは、宿屋の一室です」
「宿屋……? 私、どうしてここにいるの……?」
困惑する彼女に、エドガーは微笑んだ。
「私が姫を攫ってきたからです」
「…………さら……って……? どういう、こと……?」
「姫を王宮には帰しません。隣国にも行かせません」
「え、ま、待って、なにを、言ってるの……?」
アンジェリカは狼狽する。必死に状況を理解しようとしている。
懸命に説明をつけようとして、強張った顔に笑みを浮かべた。
「冗談、でしょう……? 私を、驚かせようとして、こんな、手の込んだことを……」
声が震えている。彼女の目が、それを肯定してほしいと訴えている。
今なら引き返せるのだと。
けれどエドガーは引き返すつもりなどない。
「冗談などではありませんよ。アンジェリカ姫は、私と共にここから遠くへと逃げてもらいます」
アンジェリカの笑みが固まる。
「……もしかして、誰かに、そうしろと命じられたの……? 誰かに脅されて、それで……」
「いいえ。私の独断ですよ」
まっすぐに目を見つめ、断言する。
漸くアンジェリカは、現状を理解したようだ。
痛ましいほどに、顔が青ざめていく。
「そん、そんな……だめよ、お願い、私を王宮に帰して……」
アンジェリカはひどく動揺しながらも、必死に言葉を連ねる。
「まだ、間に合うわ、大丈夫、だから……。私が、いなくなったら、大変なことになるわ……せん、戦争に、なって、この国は滅ぼされる……」
「そうでしょうね」
「たくさん……たくさん、人が殺されるわ……守るべき、国民が、たくさん……っ」
「ええ」
「お願い、エドガー……。私は、この国の王女で、果たすべき責任がある。私が、逃げるわけにはいかないの……」
「この国も、民も、私にとってはどうでもいいのです」
「っ……」
「あなたのいない世界なんていらない。あなた以外の人間がどうなろうと、私はなにも感じません」
エドガーの吐き捨てる言葉に、アンジェリカは瞳を揺らした。
「どう、どうして、エドガー……どうして、あなたが、そんなこと……」
「わかったのです。私にとって、なにが一番大切なのかが」
アンジェリカを失うまで、わからなかったけれど。
失って、気づいたのだ。
「私と一緒に逃げてください、姫」
「そんな、そんなの、無理よ……」
拒まれれば、エドガーは彼女を殺して自分も命を断つつもりだ。
人間でありながら人間以上の力を持つエドガーには、彼女を生かしたままこの国から連れ去り逃げつづけることは容易だ。
しかし、そんなことをすれば彼女の心は壊れてしまう。自国を捨てた罪悪感に押し潰され、正気を保っていられないだろう。
だから、彼女に逃げたいという意思がないのならば、この手で、今ここで彼女の命を終わらせる。
エドガーはアンジェリカの頬に触れた。
「私はもう、あなたが愛してくれた私ではないのでしょうね」
「……エドガー?」
「この手は血にまみれ、私の心は憎悪に塗り潰されています。私は、あなたに触れることも、近づくことさえ厭われる存在なのです。償いきれないほどの罪を背負って、幸せになることなど決して許されない」
アンジェリカに触れた手が震える。
エドガーがどれほど罪深い人間なのか。彼女は知らない。もうエドガーには、彼女に愛される資格などない。
「私は、幸せになれなくてもいいのです。どれだけの責め苦を味わうことになっても構わない。でも、あなたにだけは、幸せになってほしい。苦しんでほしくない」
傷だらけの体。痣だらけの肌。痩せ細り、男の体液と自身の血にまみれ、動かなくなったアンジェリカ。
あんな目には遭わせない。
それが叶わないのなら、この手で彼女を殺すことも厭わない。
本当に、自分はなんのために近衛騎士になったのだろうか。
ただ彼女に近づきたかった。守りたかった。幸せを願いたかった。
それなのに、魔王にまでなって、強大な力を手に入れて、こうして時間を遡って、それでも自分には無理なのか。
近衛騎士になり、一番近くで彼女を守ることを許され、彼女と話し、彼女に笑顔を向けられて、漸く自分の努力は報われたのだと思っていた。
でも違ったのだ。結局彼女を守ることなどできなかったのだから。彼女にあんな悲惨な死を迎えさせてしまったのだから。
そして今もまた、自分は彼女を守れない。殺すことでしか守ることができない。
「エドガー」
アンジェリカの手が、エドガーの頬に触れる。
「泣かないで、エドガー」
無意識に流れていた涙を、アンジェリカが拭う。
エドガーはその手を掴んだ。
「私はあなたを守りたかった。生きてほしかった。それなのに、私は、なんのために……っ」
苦しみに、顔が歪む。
縋るように、彼女の手を握る。
「……エドガー、私は、あなたに、そんな風に言ってもらえるような……そんな立派な人間ではないのよ……」
「アンジェリカ姫……?」
「私は、あなたが命を懸けて守る価値なんてない……私なんかのために、こんなこと、してはいけないわ……」
「そんな……私は、あなたを守りたくて……そのために近衛騎士になったのです……」
アンジェリカは瞳を伏せ、皮肉な笑みを浮かべる。彼女のそんな顔を見るのははじめてだった。
「私は、あなたが思うような、潔白な人間ではないわ……。綺麗な心なんて持っていない……私は醜く汚れている……」
「…………」
「私は……私は……国のために、民のために、立派な人間になりたいと願いながら……誰もが誇れる存在であろうと願いながら……本当は、ずっと……」
アンジェリカの瞳から涙が流れた。
「ずっと、あなたに、けがされたいと…………私の、全てを、あなたに奪ってほしいと、そう思っていたの……」
「っ……」
瞠目するエドガーを見て、アンジェリカは自嘲するように笑う。
「幻滅したでしょう……?」
「…………」
「本当は、逃げたかった……助けてほしかった。そんなことを言えば、あなたに失望される……だから、そんなこと言えなくて……」
泣き笑いの表情は、ひどく痛々しかった。
「ねえ、がっかりしたでしょう? 軽蔑したでしょう? 失望したでしょう? 私は王女の資格なんてない。あなたが命を懸ける価値もない。醜くて、汚い存在なのよ……」
エドガーは震える彼女を抱き締めた。
「エドガー……」
「軽蔑、なんて……私はあなたをそんな風には思いません」
軽蔑されるべきはエドガーの方だ。
エドガーは彼女に助けを求めてほしかった。攫ってほしいと言ってほしかった。自分から攫う勇気もないくせに。その結果、アンジェリカは殺された。最悪な死を迎えることになった。
けれどもう、後悔はしたくない。軽蔑されようと罵られようと、エドガーは彼女を離さない。
「私を選んでください、アンジェリカ姫……」
「っ……」
「国ではなく、民ではなく、私を選んでください」
「…………」
「他のなにもかもを捨てて、私だけを選んでください」
「そんなの……許される、ことじゃ……」
「許しなどいりません。どうか、私と共に……」
「父は、私を逃がさないわ……。どこまでも私を追って……捕まれば、あなたは殺されてしまう……私は、そんなことは耐えられない……私はどうなっても、あなたに生きてほしい……」
「私と共に生きる未来を選んでください」
「王女でなくなれば、私には、なにもないわ……」
「私が共に生きたいと願うのは、王女ではなく、あなたです、アンジェリカ」
「…………」
揺れる彼女の瞳を、まっすぐに見つめる。
「ひ、酷いわ……」
ぽろぽろと、止めどなく彼女の瞳から涙が零れる。
「諦めようと、思って……必死に、気持ちを押し殺して……今までずっと……それなのに、全部、台無しになってしまうわ……あなたにそんなことを言われたら、押し留めていた気持ちが、全部、溢れてしまう……っ」
「抑える必要はありません。全部、私が受け止めます」
「っ……エドガー」
アンジェリカはエドガーの腕を掴んだ。
「お願い、私を攫って逃げて」
「仰せのままに」
涙を流し、アンジェリカは微笑んだ。見惚れるほどに、切なく美しい笑顔だった。
どちらからともなく顔が近づき、誓うように唇を重ねた。
触れるだけの口づけに、眩暈を感じるほどの幸福感を覚えた。
唇を離したエドガーを引き止めるように、アンジェリカが強く手を握る。
「エドガー……」
「はい」
「……あなたが、嫌でなければ、今、ここで私を奪って……。私を、あなたのものにして……」
エドガーは僅かに目を見開いた。
アンジェリカの顔は紅潮し、瞳は弱々しく揺れている。エドガーの手を握る彼女の手は震えていた。
「はしたないことを言って、ごめんなさい……。でも、私、不安で……あなたと触れ合えたら、安心できると思うの……。だから、もし、エドガーが嫌でなければ……」
「嫌などと、思うわけがないでしょう」
きっぱりと断言すると、アンジェリカは不安げにエドガーを見上げた。
「本当に……? こんな状況で、私、とてもはしたないことを……」
「あなたに求められれば、私は喜びしか感じません。アンジェリカ姫は、本当にいいのですか? 私に全てを奪われて」
エドガーの問いかけに、アンジェリカはこくりと頷いた。
「エドガーに、捧げたいの……。私も、それが、嬉しいから……」
アンジェリカは、そっとエドガーの唇にキスをする。
「愛しているわ、エドガー」
「私も、愛しています、アンジェリカ姫」
エドガーは恭しい手付きで彼女の着ていたものを全て脱がせた。
アンジェリカは恥じらうように身を捩る。
傷も痣もない、綺麗な肌。
眩しいものを見るように、エドガーは目を細めた。
まっさらな彼女の裸体を見ると、様々な感情が込み上げてくる。それらをぐっと抑え込んだ。
エドガーの反応に、アンジェリカは怯えたように口を開く。
「も、もしかして、私の体、どこかおかしいのかしら……?」
「いいえ。とてもお綺麗です。目に焼き付けたいほど綺麗で……見惚れていました……」
「そん、なっ……恥ずかしいこと、言わない、で……」
アンジェリカは顔を真っ赤に染める。
「私ばかり、嫌……エドガーも、脱いで……」
泣きそうになっているアンジェリカに苦笑を浮かべ、エドガーは衣服を脱ぎ捨てた。
露になったエドガーの体を見て、アンジェリカは目を瞠る。
エドガーの体は傷だらけだ。大きく深い傷から、小さく浅い傷まで、たくさんの傷が刻まれている。
「体にも、こんなに、傷が……」
「申し訳ありません、お見苦しい体で……」
「そんなこと、ないわ」
アンジェリカの手が、胸元の一際大きな傷に触れる。彼女の指先が傷痕をなぞった。
「この傷の、一つ一つが、私は愛おしいの」
慈愛に満ちた表情で、アンジェリカは微笑んだ。
二人は抱き合い、キスを交わす。
互いに唇を明け渡し、好きなだけ互いを味わった。
とろんと瞳の蕩けたアンジェリカをそっと押し倒す。
頬を撫で、首筋に唇を落とし、愛おしむように、ゆっくりと彼女に触れていく。
柔らかな胸の膨らみをやんわりと掌で包み込めば、アンジェリカは甘い声を上げた。はじめて聞く彼女の官能的な声に、エドガーの興奮は高まった。
片方の乳房を手で揉み、もう片方は舌で触れる。徐々に固く尖っていく先端を重点的に弄れば、アンジェリカは嬌声を上げて身悶えた。
「あぁんっ、んっ、んんーっ」
「アンジェリカ姫、声を我慢しないでください」
「あっ、でも、でも……私、こんな……みっともない声を……」
「みっともないだなんて、とんでもありません。どうか、私にアンジェリカ姫の可愛らしい声を聞かせてください。私に、全てを捧げてくださるのでしょう?」
エドガーの言葉に、アンジェリカは恥ずかしそうに身動いだ。
「ずるいわ、そんなこと、言うなんて……」
拗ねた声音でエドガーを責めながらも、彼女は拒絶しなかった。エドガーの望むまま、甘やかな喘ぎ声を室内に響かせる。
部屋には結界を張っているのでどれだけ大声を上げようと漏れることはない。彼女の声を誰にも聞かせるつもりはなかった。
たっぷりと胸を愛撫したあと、エドガーは下肢へと手を伸ばす。
「あっ……」
アンジェリカは驚いたように声を上げたが、触れる手を拒むことはなかった。受け入れるように体から力を抜く。
彼女の脚を開き、滑らかな内腿を撫で、その中心へと触れる。
「ふぁんっ」
しっとりと濡れたそこを、慎重に解していく。
陰核を優しく擦り、強い快感に怯える彼女を宥めながら、ゆっくりと時間をかけ、蜜を漏らす狭い入り口を指で広げた。
その間に何度もアンジェリカを絶頂へ導き、彼女は涙を流して快楽に溺れた。
縋りつく彼女を抱き締め、涙を舐め取り、数え切れないほど口づけを落とした。
「やぁっ……もう、お願いエドガー……あなたと一つになりたいの……」
アンジェリカの懇願に、漸くエドガーは彼女の中から指を引き抜いた。
反り返る剛直を、ひくつく蜜口へとあてがった。
「愛しています、アンジェリカ姫……」
「エドガー、好き、ぃ、はっ、あっ、ああぁっ」
エドガーはゆっくりと腰を進めた。
どれだけ解そうと、やはりはじめて男を受け入れるそこは狭く、アンジェリカの顔が苦痛に歪む。しかし彼女は痛いとも、やめてとも言わなかった。拒絶の言葉は口にせず、両腕を伸ばしてエドガーにしがみつき、挿入される陰茎を健気に受け入れる。
やがて全てを埋め込み、エドガーは動きを止め、アンジェリカにキスをした。
「ありがとうございます、アンジェリカ姫」
「んっ……はあっ……私達、一つになれたの?」
「ええ」
「っ……嬉しい、嬉しいの、エドガー……っ」
喜びに満ち溢れた笑顔を浮かべ、アンジェリカは泣いた。
エドガーもまた、彼女の笑みにつられるように微笑んだ。
二人はこれ以上ないほどの幸福感に包まれ、抱き合い、飽くことなく互いの熱を感じた。
アンジェリカの父が死んだ。
遠く離れた国で、エドガーはそれを知った。
あの国を離れ、逃亡をつづけて数年が過ぎていた。
エドガーは力を使って、ずっと国を監視しつづけてきた。
アンジェリカに逃げられ、嫁がせるはずだった王女を失った国王は自ら隣国に出向き、必ずアンジェリカを捕まえると隣国の王に頭を下げた。
猶予をもらった国王は、アンジェリカを取り戻さんとひたすらに追手を放ち、使える人間は全て使ってアンジェリカを捜させた。
しかし猶予期間を過ぎてもアンジェリカを捕まえることはできなかった。
傲慢で残虐な隣国の王は慈悲もなく、戦争を仕掛けた。
国は滅ぼされ、王は殺された。
それでもまだ追手はくるだろう。隣国の王も、まだアンジェリカを諦めてはいなかった。
しかし、それも長くはつづかない。一年以内に彼は病に倒れるのだから。
うっすらと微笑み、エドガーは腕の中で眠るアンジェリカの頬を撫でた。
のどかな平原でまったりと過ごしていたら、暖かい日差しに誘われるように、彼女はいつの間にかエドガーの隣で眠りに落ちていた。
心地よさそうな彼女の寝顔を見ると、エドガーの顔には自然と穏やかな笑みが浮かぶ。
こうして彼女と平穏な時間を過ごせるのは、魔王としての力があってこそだ。この力があるから追手の存在を察知することができ、アンジェリカに気づかれることなく追手を殺すことができた。
この力がなければ、彼女を攫って逃げたとしてもすぐに追手に捕まっていた。そして捕まるくらいなら彼女を殺して自分も死んでいた。結局彼女を守り通すことなどできなかった。
だとすると、やり直す前の、胸を掻き毟りたくなるような、あの地獄でしかない過去の時間は、ここに至るまでに必要なものだったのだと考えられた。
あれがなければ、きっとどんな選択をしようと、アンジェリカとこうして二人で生きる未来など手に入らなかったのだ。
今でも時折夢に見る。あの地獄のような日々を。
彼女の死を。自分の罪を。
それでも、もう迷わない。
どれだけこの手を血で汚そうと、もう二度とアンジェリカを手離さないと心に誓ったのだ。
「んん……」
アンジェリカが目を覚ます。
寝惚けた様子の彼女に、微笑んだ。
「おはようございます、アンジェ」
「私、寝てしまったのね」
はにかむ彼女の頭を優しく撫でた。
暫く微睡んでいた彼女は、不意に口を開く。
「ねぇ、エドガー」
「はい?」
「あなたは、幸せになることは決して許されないと言っていたわ」
「……はい」
「でも、それは私も同じだわ。国を、民を捨てた私が、幸せになるなんて許されない」
「…………」
「でも、私はあなたを幸せにしたい。幸せにする」
「…………」
「だから、あなたが私を幸せにして」
「アンジェ……」
微笑む彼女を抱き締め、そっと口づける。
「ええ、もちろんです」
互いにあまりにも重い罪を抱えながら、それでも二人は共に生きることを選び、罪を背負って生きていく。
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読んでくださってありがとうございます。
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