悪役令嬢は断罪されたい

よしゆき

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その後 3

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 それはオリヴィアが校舎裏を歩いていたときだった。
 角の向こうから、なにやら声が聞こえてくる。
 はっきりとした内容は聞き取れないが、なにやら不穏な空気を察し、オリヴィアはそっと角の向こうを覗いた。
 そこには、二人の女子生徒がいた。

「いい? これをシオン・カルネヴァーレに渡すのよ」
 
 そう言って、一人の生徒がもう一人の生徒になにかを突き出す。
 突き出された方は明らかに戸惑っていた。

「で、でも、私、カルネヴァーレさんとは面識もないですし……」

 やんわりと断ろうとしているようだが、もう一人は強引に突き出した物を押し付けている。

「いいから、渡しなさい。渡すだけでいいの。ただし、私からということは決して言っては駄目よ。知らない人に渡すように頼まれたと言って渡すの。特徴を訊かれても、顔はよく覚えてないと答えるのよ」
「でも……これ、なんなのですか……?」
「それは貴女が知らなくていいことよ。貴女はただ、これをシオン・カルネヴァーレに渡せばそれでいいの。わかったわね」

 有無を言わせぬ口調で言い含める彼女の顔に、オリヴィアは見覚えがあった。
 以前、中庭でシオンに暴言を吐いていた令嬢だ。数人いた中の、恐らく代表格だったのだろう。彼女が主体となってシオンを詰っていた。シオンに石を投げつけた生徒だ。

「わ、わかりました……」

 関わりたくなさそうだが断ることはできないのか、もう一人の生徒は渋々押し付けられた物を受け取った。

「いい? 絶対に、くれぐれも私の名前を出さないこと。わかったわね!?」
「はあ……」

 いじめ主犯者の生徒はくるりと背を向け去っていった。
 残された生徒は、深く嘆息する。
 オリヴィアはそっと彼女に近づいた。

「ねぇ、ちょっといいかしら?」
「っ……あ、お、オリヴィア様……!?」

 声をかけられた彼女は、オリヴィアの姿を目にして目を丸くする。

「驚かせてごめんなさい。実は偶然、貴女達の会話を聞いてしまって」
「あ、あの……」

 不安そうな表情を浮かべる彼女を安心させるように、オリヴィアはにっこりと微笑んだ。

「私、シオンと親しいお友達なの。だから、よければそれ、私からシオンに渡しておくわ。ちょうど、これからシオンと会う予定だったの」
「え……? でも……よろしいのですか……?」
「もちろん」

 変なゴタゴタに巻き込まれたくなかった彼女は、躊躇いながらも渡された物をオリヴィアに差し出した。
 可愛らしい小さな小袋だ。リボンで口を閉じている。一見、クッキーでも入っていそうなそれを、オリヴィアは受け取った。

「じゃあこれは、私が責任を持ってシオンにちゃんと渡しておくわね」
「お願いします、オリヴィア様」

 ペコリと頭を下げて、彼女は立ち去っていった。
 その背中を見送ってから、オリヴィアはふう……っと息を吐く。
 見た目はお菓子の差し入れのようだが、もちろん中身はそんなものではないだろう。
 これは恐らくシオンへの嫌がらせだ。
 あの、シオンを目の敵にしている女子生徒。確か名前はジュリエッタだっただろうか。
 オリヴィアが間に入りきつく言ったことで、シオンへのいじめはもう諦めたと思っていたのだが、そうではなかったようだ。
 オリヴィアも四六時中シオンの傍にはいられない。もしかして彼はオリヴィアの知らないところで未だに嫌がらせを受けているのだろうか。
 前世を思い出さなければ、オリヴィアが筆頭となってシオンをいじめ抜いていたのだ。
 ジュリエッタは、ゲームの中のオリヴィアの取り巻きの一人なのだろう。ゲームの中で取り巻き達はオリヴィアに心酔していて、言われるままにいじめに加担していた。
 本来ならオリヴィアが率先していじめを行い、彼女達はオリヴィアに同調する形で一緒になってシオンをいじめていたのだろう。
 手元に残されたジュリエッタからシオンへの贈り物を見据えながら、ゲームとは随分シナリオが変わってしまったな……となんとも言えない気持ちになる。
 それはさておき、果たして中身はなんなのか。袋は小さい。嫌がらせだとすれば、虫とかが無難だろう。それとも画鋲とかカッターの刃とかもあり得るだろうか。カッターの刃は手紙に入れるのか。
 考えたところで開けてみなければ中身はわからない。
 オリヴィアは袋の口を閉じているリボンをほどいた。
 袋の中を覗く。茶色い塊が三つ入っていた。
 なにかわからず、顔を近づける。ふわりと、独特な匂いが鼻を掠めた。決していい匂いではない。
 その瞬間、オリヴィアはこの茶色い物体の正体に気づいた。咄嗟にリボンを結び直して袋の口をしっかりと閉じる。
 オリヴィアはくらりと目眩を感じた。
 頭がぐらぐらして、目の前の光景がぐにゃりと歪む。平衡感覚を失い、自分が立っているのかわからなくなる。
 気づけばオリヴィアは布に包まれ地面に倒れていた。
 モゾモゾと体を動かし、布の中から這い出る。
 ああ、やっぱり……と、オリヴィアは冷静に自分の身に起きた現象を受け止めた。
 猫の姿になっている。被さっていた布は、オリヴィアの着ていた制服だ。
 袋の中に入っていたのは、呪いのマタタビだ。匂いを嗅ぐと猫になる、呪いのアイテムだ。学校に保管してあったものを、ジュリエッタが盗んだのだろう。シオンに嫌がらせをするために。
 ゲームにも出てきて、オリヴィアがシオンに使っていた。
 呪いを解くにはどうすればいいのだったか。必死に前世の記憶を手繰り寄せようとするが、なかなか思い出せない。
 オリヴィアは自力で解決するのを諦め、とりあえずシオンに接触することにした。彼と会う約束をしていたのは本当なのだ。
 オリヴィアは口に咥えて制服を茂みに隠す。下着まで落ちているのだ。こんなものが誰かに見つけられたら厄介だ。
 時間はかかったが、どうにかパッと見ではわからないように隠すことができた。
 それから急いでシオンとの待ち合わせ場所である中庭へ向かった。多分もう約束の時間は過ぎてしまっている。遅くなれば、彼は心配してオリヴィアを捜しに行ってしまうだろう。シオンが移動してしまう前に辿り着かなくては。
 慣れない四足歩行に違和感を感じながらも体は勝手に動いてくれる。
 中庭のベンチに座るシオンを見つけた。彼はそわそわと落ち着かない様子で辺りを見回している。きっとオリヴィアが遅いから不安になっているのだ。
 オリヴィアはシオンへ駆け寄った。彼の足下に近づく。

「にゃー」

 シオン、と呼んだつもりだったが、口から出たのは猫の鳴き声だ。
 シオンは驚いたようにこちらを見下ろし、それから瞳を輝かせた。

「猫!? 可愛い!」

 自分の方が可愛い笑顔を浮かべ、シオンはそっと手を差しのべてきた。
 怖がらせないように気遣いながら、優しく体を撫でてくれる。
 オリヴィアはされるがままに身を任せた。シオンの手付きは穏やかで心地よい。

「人懐っこい。もしかして飼い猫なのかな……」

 嫌がらずに撫でられていると、ゆっくりと体を持ち上げられた。

「首輪はしてないけど、迷子? だったら家族のところに帰してあげないと……」

 オリヴィアを膝に乗せ、背中を、頭を撫でるシオンの顔は嬉しそうに綻んでいる。
 シオンの指が喉元をすりすりすると、ゴロゴロと喉が鳴った。 
 気持ちよくて、オリヴィアはうっとりと目を細める。
 その表情を見つめ、シオンも破顔した。

「可愛い……。目の色がオリヴィア様と一緒だ」
「にゃー」

 オリヴィアよ、と言ってみたが、やはり鳴き声にしかならない。言葉で伝えるのは無理だろう。どうにかして、シオンに猫の姿になってしまったことを教えなければ。
 シオンはほう……っと感嘆の溜め息を漏らす。

「鳴き声もオリヴィア様のように可愛らしい……」

 うっとりと囁き、頬を紅潮させ、潤んだ瞳でオリヴィアを見つめるシオン。
 そんな顔を見せられたら、もっと喜ばせてあげようという気持ちになる。オリヴィアは体を伸ばし、前足でシオンの頬をふにふにした。
 
「はうっ、ぷにぷにの肉球が……っ」

 シオンは感激している。
 せっかく猫の姿になったのだ。
 猫好きのシオンをとことん満足させてあげたくて、コロンと仰向けに寝そべる。お腹を見せて、顔を埋めていいのよ、と思いを込めて鳴いた。
 思いは通じ、シオンは酷く興奮した様子で、けれど恐る恐るお腹に顔を埋める。

「はうぅっ、ふかふかもふもふのお腹っ」

 猫の腹に顔を埋め、狂喜するシオンを見咎める者は幸いいなかった。
 誰もいない中庭で、シオンは一人はふはふしている。
 とても嬉しそうな彼の様子に、オリヴィアも満足した。
 やがて、ハッとしたようにシオンは顔を上げた。

「こんなことしてる場合じゃない! オリヴィア様が来てないんだ!」

 待ち合わせの時間はとっくに過ぎている。
 シオンは顔に焦りを滲ませ、オリヴィアを抱えたまま立ち上がった。

「とりあえず、猫ちゃんの飼い主は後回しにして、オリヴィア様を捜しに行かなきゃ……!」

 駆け出そうとするシオンの腕から抜け出し、地面に着地する。さすが猫だ。動きがしなやかで痛むこともない。

「猫ちゃん……?」
「にゃー」

 少し進んで振り返り、ついてきて、と願いを込めて鳴き声を上げる。
 シオンは戸惑うようにオリヴィアを見つめ、やがてこちらへ足を踏み出した。
 気持ちが通じたようで、オリヴィアの後についてきてくれる。
 オリヴィアはシオンを校舎裏へ誘導した。

「猫ちゃん? ここになにかあるの?」

 困惑するシオンに、茂みに隠しておいた制服を引っ張り出して見せる。

「え? それって、うちの制服? どうして……」

 シオンはしゃがみこみ、ぐしゃぐしゃになった制服を手に取る。下着がちらりと覗き、シオンはぎょっとした。

「これは、オリヴィア様の下着……!?」

 どうしてわかったのだろう。いや、わかってもらえて助かるのだけど。

「それにこの香りもオリヴィア様の……っ」

 制服を握って、シオンは愕然としている。
 オリヴィアはポケットに入っている生徒手帳を見せようと思っていたのだが、その必要はなくこれはオリヴィアの制服だとシオンは気づいてくれたようだ。
 色々と思うところはあるが、今は置いておこう。

「ど、どうしてオリヴィア様の制服と下着がこんなところに……!? お、オリヴィア様の身に一体なにが……」

 狼狽するシオンの膝に前足をかける。

「猫ちゃん……?」
「にゃー」

 制服をちょんちょんと前足でつつき、それから自分を前足で指す。
 シオンは瞠目した。

「まさか……オリヴィア様……!?」

 オリヴィアはこくこくと首を縦に振る。
 もっと時間がかかるかと思ったが、すぐに察してもらえてよかった。

「なっ、どっ、はっ……」

 シオンはかなり混乱しているようで、パクパクと口を開閉させ声にならない声を上げる。
 状況を飲み込んで落ち着くまで見守ろうとしていたら、顔面蒼白のシオンがいきなりその場に土下座した。

「にゃあっ!?」
「申し訳ありません!! オリヴィア様と知らずに、私はなんてことを……!!」
「にゃ?」
「オリヴィア様のお体を無遠慮に撫で回し、肉球の感触に酔いしれ、お腹に顔を埋めて匂いを嗅ぎ……ああ! 私は嫁入り前のオリヴィア様になんて不埒なことを!」

 自分の失態に嘆き悶えるシオン。
 シオンがオリヴィアにしたことは、殆どオリヴィアがさせたようなものなのだが。

「にゃー」

 オリヴィアはシオンの肩を前足で摩る。

「ううっ、オリヴィア様……」

 泣きそうになっている顔を上げたシオンの前で、気にしないで、という意味を込めてまたごろんと仰向けになった。
 お腹を見せるオリヴィアに、シオンは青くなったり赤くなったり忙しなく顔色を変える。

「いけません、オリヴィア様! そんな無防備な姿をこんな場所で晒しては……! というか裸ではありませんか、オリヴィア様! ダメです! こんな誰に見られるかわからない場所で、オリヴィア様の美しいお体をさらけ出すなんて!」

 シオンは素早くオリヴィアのブレザーを広げ、猫のオリヴィアを包み込んで姿を隠す。
 裸って、猫なんだけど……と思ったが、シオンがあまりにも必死な様子だったのでされるがままにしておいた。
 シオンはオリヴィアの制服を綺麗に畳みはじめる。そうしている内に、徐々に落ち着きを取り戻していった。

「オリヴィア様、一体どうして猫の姿に……?」
「にゃー」

 一鳴きして、マタタビの入った袋をちょんとつつく。

「これは……?」

 リボンに触れるシオンの手を、慌てて両前足で押さえた。

「にゃにゃにゃー!!」

 危険だと伝えるために大きな声で鳴けば、シオンはそれを察して頷いた。

「この中に入っている物が原因なんですね?」

 問いかけに、こくっと首を縦に振る。
 シオンは顔を真っ赤にしながらオリヴィアの下着まで丁寧に畳んで、見えないように制服の間に挟んだ。

「どうしたらオリヴィア様が元の姿に戻れるのか、とりあえずエリア先生に相談してみます」
「にゃー」

 シオンの言葉に同意の意味を込めて鳴く。
 シオンは片手にオリヴィアの制服と靴を持ち、もう片方の腕でブレザーに包まれたオリヴィアを抱える。
 オリヴィアは自分で歩いてもいいのだが、シオンはこの姿のオリヴィアを人目に晒したくないようだ。ほんの少しもはみ出さないようにブレザーでしっかりと隠して、慎重に校内に足を踏み入れる。
 もう放課後なので、残っている生徒は少ない。オリヴィアには周りの様子は見えないが、廊下を歩く足音でわかった。人の気配も話し声も殆どない。

「オリヴィア様、苦しくありませんか?」
「にゃー」

 気遣うような問いかけに、大丈夫だと答える。実際はただの鳴き声なのだが、シオンにはそれで通じた。
 暫くして、正面からこちらに近づく足音が聞こえてきた。

「やあ、シオン嬢」

 声で、その人物がファウストだとわかった。

「ファウスト殿下、ごきげんよう」

 シオンはスッと腰を引いて上体を倒した。
 そのとき、持っていた制服の間からひらりと下着がすり抜けた。オリヴィアのブラジャーが床に落ちる。

「ひぃっ……!!」

 引きつったような叫び声は、シオンのものだ。

「み、見ないでください!!」

 彼はその場に膝をつき、慌てて落ちた物を拾おうとする。そのために、一旦オリヴィアを床に下ろした。すると、オリヴィアの体を包んでいたブレザーがずり落ち、オリヴィアの体が露になる。

「うわああっ!?」

 パニックに陥ったシオンは、全てをファウストの目から隠そうと、下着とオリヴィアに覆い被さる。

「見ないで!! 見ないで下さいぃ!!」

 半狂乱になるシオンの叫び声が廊下に響いた。

「っぐふ……っ」

 ファウストの口から変な声が漏れる。彼はシオンのあまりの慌てっぷりに肩を震わせて笑いをこらえていた。
 ファウストは咳払いをして笑いを引っ込める。

「んっんんっ……失礼。大丈夫かい、シオン嬢。どうか落ち着いて」
「はっ、す、すみません……」

 平静を取り戻したシオンは上体を起こし、赤面して頭を深く下げた。
 ささっと下着を隠すシオンから顔を逸らし、ファウストはオリヴィアを見る。
 シオンはオリヴィアを彼の視線から隠したそうにしていたが、王太子に対して失礼な態度はとれずもどかしそうにしていた。

「ひょっとしてその猫は、オリヴィアなのかな?」
「えっ……!? ど、どうしてそれを……!?」

 シオンは驚愕の表情でファウストを見上げる。

「なんとなく。君達はいつも一緒にいるだろう?」

 ファウストはオリヴィアの傍らで身を屈め、まじまじと見つめてくる。そしてオリヴィアの頭を撫でた。
 びくんっと反応するシオンが、視界の端に映る。
 猫の姿とはいえ、シオン以外の男性に触れられるのはよろしくない。しかし相手は王太子なので、オリヴィアも拒めなかった。彼がオリヴィアの正体に気づいていなければ拒絶もできたのだが、オリヴィアとバレてしまっている以上、彼の手を拒むようなことはできない。
 喉を優しく撫でられると、勝手にゴロゴロ鳴ってしまう。それをシオンに見られていると思うと気が気ではなかった。

「そういえば、そういう呪いのアイテムがあったね」

 オリヴィアを撫でながら、ファウストは思い出したように言った。
 オリヴィアとファウストが気になってそわそわしていたシオンは、彼の言葉に表情を引き締める。

「呪いのアイテム? じゃあ、これがそうなんですね……」

 シオンはポケットからジュリエッタの用意した小袋を取り出す。

「中身がなにかはわからないのですが、オリヴィア様はこれが原因で猫のお姿になったと……」
「確かマタタビだったかな。そうだ、呪いのマタタビ。匂いを嗅ぐと猫の姿に変化してしまうと聞いたことがある」
「呪いを解く方法はご存知ですか?」
「この呪いを解く特定の方法は知らないけれど、学校の近くに洞窟があるだろう?」
「はい」
「その洞窟の奥に、呪いや魔法を無効化する泉がある。その泉に入れば、この呪いも解けるだろう」

 ファウストに言われて、オリヴィアも漸くその泉の存在を思い出した。
 シオンはほっと肩の力を抜いた。

「ありがとうございます、ファウスト殿下。早速行ってみます」
「ああ。洞窟の中に魔物は出ないし危険はないだろうが、気をつけて」

 ファウストはオリヴィアから手を離して立ち上がった。
 すぐにオリヴィアはシオンに駆け寄る。彼の膝に乗り上げ、ぐっと体を伸ばした。びっくりしているシオンの頬を、ファウストに触られてしまったことの謝罪を込めてペロペロと舐める。
 途端に、シオンはボッと音がしそうなほど顔を赤らめた。

「いいいいいけませんオリヴィア様こんなところで!!」

 目にも止まらぬ速さでオリヴィアを離して再びブレザーで包んで抱き締める。

「うううう嬉しいですけどダメですここでは!!」

 シオンの過剰な反応に、そんなつもりはなかったのにとても卑猥なことをしてしまったような気分にさせられた。
 そのやり取りを見て、ファウストが声を漏らして笑う。
 シオンは更に顔を赤くして身を縮こませた。

「す、すみません、うるさくしてしまって……」
「いや……。こちらこそ、笑ってごめん」

 ファウストは目を細めてシオンを見た。

「シオン嬢はオリヴィアが絡むと面白いね」
「あ、うぅ……」

 誉め言葉なのかからかわれているのかわからない発言に、シオンはどう反応していいのかわからず困惑している。

「てっきりオリヴィアが君にべったりなのかと思っていたけれど、そうでもないようだね」
「えっ……」

 ファウストは興味深そうな視線をシオンに向け、じっと見つめている。
 なんだか恋が芽生えそうな展開になっているではないか。なぜ今になって。
 ファウストがこの先、シオンに恋心を抱く可能性はゼロではない。しっかりとシオンの心を繋ぎ止めなくては、とオリヴィアは決意した。

「それじゃあ、また。今度オリヴィアと三人でお茶でも飲もう」

 用事があるから、とファウストは爽やかに去っていった。

「私達は洞窟に行きましょう」
「にゃー」

 オリヴィアはシオンに抱かれ、学校の近くの洞窟へ向かった。





 シオンは魔法で光の球体を作り、薄暗い洞窟の中へ足を踏み入れた。
 片手にオリヴィアの制服と靴を。もう片方の腕にはオリヴィアを。両手が塞がった状態で歩くのは辛いのではないか。オリヴィアを片手で抱き続けるのも重いだろう。
 そう思って、オリヴィアは彼の腕から飛び下りた。ここは人目もないのだし、体を隠す必要もないだろう。

「にゃー」

 自分で歩くわ、と伝えるが、シオンがそれを許さなかった。

「いけません、オリヴィア様!! こんなところを裸足で歩いては、オリヴィア様の可愛いピンクの柔らかい肉球が傷だらけになってしまいます!!」

 そう捲し立てて、シオンは再びオリヴィアを抱き上げる。
 猫の姿だから裸足でも足は全く痛まないのだが。
 シオンが子供の姿になったとき、オリヴィアも同じ理由で彼を抱いて移動したことを思い出して、大人しく運ばれることにした。

「オリヴィア様、体勢は辛くありませんか?」
「にゃー」

 猫の体は柔らかいので、多少無理な体勢でも苦しくはない。体を丸めれば、シオンの腕にすっぽりと収まった。

「うぅ……可愛いです、オリヴィア様。可愛すぎて胸が苦しい……」

 はあっはあっと、シオンは苦しそうに息を乱している。そして、慌てたように言い足した。

「もちろん、普段のオリヴィア様も可愛らしいです! 可愛くて、お綺麗で、とっても魅力的です! でも、猫のお姿のオリヴィア様も大変愛らしくてもうくりくりの瞳もお耳も尻尾もお手々も可愛くて可愛くて毛並みもオリヴィア様の艶やかなお髪と同じでさらさらでもうずっと触っていたくなるような手触りで……」

 シオンはオリヴィアの可愛さを熱く語ってくれた。
 彼が子供の姿になったときのオリヴィアもこんな感じだったのだろうか。
 恥ずかしいが、シオンに褒められるのならば嬉しいので遮ることなく黙っていた。
 いつになく饒舌になっているシオンの話を聞いている内に、やがて洞窟の奥に辿り着いた。
 くりぬいたように大きく開けた場所に、目的の泉はあった。

「あれですねっ」

 シオンはオリヴィアの制服と靴を地面に置き、泉に近づいた。
 シオンの腕の中から泉を覗く。水は澄んでいて、とても綺麗だ。

「じゃあ、入れますね」

 シオンが慎重にオリヴィアを泉の中へ入れてくれる。
 後ろ足から、ゆっくりと体が浸かっていく。
 冷たい水を想像していたが、水温は温かった。泉というより、温泉のようだ。
 時間をかけて慎重に、首もとまで泉に入れてもらう。
 すると、オリヴィアの体に変化が現れた。するすると、猫の体が人間のものへと変わっていく。
 あっという間に、オリヴィアは元の姿に戻った。
 オリヴィアを見て、シオンはほっと表情を綻ばせた。

「よかった、オリヴィア様……」

 シオンを見上げてありがとう、と伝えようとして、彼に向かってなにかが振り下ろされるのが目に入り、体が勝手に動いていた。

「シオン……!!」
「っ……!?」

 ぐいっと、力一杯彼の腕を引く。激しい水音を立てながら、シオンの体は泉の中に落ちた。
 ガァンッと、シオンのいた場所に鉄の棒が叩きつけられる。

「なっ……!?」

 ぎょっとして振り返るシオンと同時に、オリヴィアも泉の前に立つ人物をしっかりと目に映した。
 鉄の棒を手にしたジュリエッタがそこにいた。
 彼女は背後から音を立てずに近づき、シオンを鉄の棒で殴ろうとしたのだ。それにオリヴィアが気づき、咄嗟に彼を泉に引き込んだ。
 鉄の棒を振り下ろしたまま、ジュリエッタは憎悪の滲む瞳でシオンを睨み付けた。

「なんであなたみたいな平民風情が……っ」

 ギリギリと歯を軋ませるジュリエッタから庇うように、シオンはオリヴィアを自分の後ろにさがらせる。

「オリヴィア様に馴れ馴れしく話しかけて、微笑み合って、毎日一緒に食事をして、毎日のように一緒にお茶して、キャッキャウフフ楽しそうな姿を周りに見せつけて……」

 呪詛のように吐き出されるジュリエッタの恨み言を聞きながら、あれ? とオリヴィアは首を傾げる。
 シオンを妬んでいるのは確かなようだが、その理由が、なんだかオリヴィアが思っていたのと違うような。

「あなたを猫の姿にするはずだったのに、あなたを捜して校内を歩き回っている間になぜかオリヴィア様が猫の姿になっているし……」
「今回の件の犯人は、あなただったのですね……」

 シオンはジュリエッタの憎しみの籠った視線に怯まず彼女を睨み返す。

「あなたのせいで、オリヴィア様があんなに可愛らしい猫のお姿に……」
「私のせいではないわ! 私はあなたを狙ったのよ! それなのにオリヴィア様が猫のお姿になったということはあなたのせいよ! 愛らしい猫オリヴィア様をまるで自分のもののように独占して抱っこして人の目に触れないように隠して、自分だけでその愛らしいお姿を舐めるように見て撫で回して楽しんでいたのでしょう!? なんていやらしく不埒で不潔で羨ましくて浅ましく下劣な人なのかしら!」

 今、羨ましいって言わなかっただろうか。

「あなたのような卑しい平民が、オリヴィア様の隣にいるなんて許せない! 目障りなのよ! だからあなたの存在を消してしまおうとその辺に落ちていた鉄の棒を持って後をつけて来たのよ!」

 聞いてもいないのに、興奮しているジュリエッタはペラペラと説明してくれる。

「オリヴィア様の呪いを解く前にあなたを消して猫オリヴィア様を思う様愛でて堪能してから私が呪いを解いて差し上げようとしたのに、武器を探している間に引き離されて全然追い付けなくて私の計画がメチャクチャよ! 全部あなたのせいよ、シオン・カルネヴァーレ!!」

 ジュリエッタは胸を張り、見事な八つ当たりをぶちまけた。言っていることもやっていることもハチャメチャの上、単なる逆恨みだ。

「なんて卑劣な。あなたの方こそ、猫になった可愛いオリヴィア様に卑猥なことをするつもりだったのではないですか!?」
「なんですって!?」

 シオンが言い返し、ジュリエッタは怒りに目を剥く。
 なんか言い争う内容がおかしいと思うのはオリヴィアだけだろうか。

「あなたにオリヴィア様は渡しません!!」

 シオンは掌をジュリエッタに向ける。そして恐らく魔法を発動しようとしたのだろうが、なにも起きなかった。

「あれ……どうして……」
「シオン、この泉に入ってるせいよ。魔法が無効化されて発動しないのよ」

 戸惑うシオンに、オリヴィアが説明する。
 シオンは思い出したように「あっ」と声を上げた。
 ジュリエッタの高笑いが洞窟内に響き渡る。

「ほーほっほっほっ! 天は私に味方したようね! 強大な魔力の持ち主だからとちやほやされて、オリヴィア様やファウスト殿下に目をかけられていい気になっているようだけれど、魔法が使えなければただの凡人!」

 ジュリエッタは気持ちのいいほどの悪役顔でシオンをビシリと指差す。

「魔法さえ使えなければ、あなたを消すなんて簡単だわ! あなたを排除して、私がオリヴィア様の隣に侍るのよ! この先オリヴィア様と毎日一緒に食事をして毎日のようにお茶をしてキャッキャウフフするのはこの私!」

 ジュリエッタはシオンに掌を向け、魔法を発動させた。炎がシオンに向かって放たれる。
 しかしそれはシオンに届く前に掻き消えた。

「なっ、なぜ……!?」
「いやだから、魔法は無効化されるんだって……」

 愕然とするジュリエッタに小声で突っ込む。
 なんだか彼女を見ているのが面白くなってきた。シオンへ悪感情を抱いていなければ、友達になりたかったかもしれない。
 しかし、彼女のシオンに対する恨み辛みは根深そうだ。彼女がシオンを受け入れるのは難しいだろう。
 がくりと膝をつくジュリエッタを横目に、シオンが耳打ちしてくる。

「オリヴィア様は泉の中にいてください。私がここから出て彼女を拘束しますから」
「ダメよ、シオン。危険だわ。相手は武器を持ってるし、なにをしでかすかわからない雰囲気だもの。彼女の狙いはシオンなんだから、私が行くわ。私が傷つけられることはなさそうだし」

 身を乗り出そうとすると、シオンに強く止められた。

「いけません! オリヴィア様は今、服を着てらっしゃらないのですよ!?」

 確かにオリヴィアは今、全裸だった。しかし恥じらっている状況ではない。オリヴィアの大切な人を消そうとしている危険人物がいるのだ。

「そうだけど……。シオンに見られるのは構わないし、あの子も女の子だし、別に見られても……」
「絶対ダメです!! 見てください、彼女のあの顔を!!」

 シオンがジュリエッタを指差す。
 彼女は完全にこちらの会話に聞き耳を立てていて、そして頬を紅潮させ、息を乱し、期待するような潤んだ目でオリヴィアを見ていた。女子の着替えを覗く男子中学生のようだ。
 思わず白い目で見ると、ジュリエッタは視線に気づいて慌てて顔を反らした。

「ななななんですの!? わわ、わ、私は別に、へ、へ、変な目で見ていたわけでは……っ」

 思い切り動揺してどもりまくるジュリエッタに、シオンがすかさず言い返す。

「ウソです! あなたはオリヴィア様を視線で辱しめようとする不届きものです!」
「なんですってぇ!?」

 なんなのだろうか。この言い争いは。放っておいたらいつまででも続きそうだ。いい加減泉から出たい。体がふやけそうだ。こんな風に子供のように声を荒げて言い合いをするシオンは珍しくて可愛いけれど。
 オリヴィアは不毛なやり取りを止めるべく、口を挟んだ。

「そこまでよ、二人とも。少し落ち着いて」

 オリヴィアの声に、二人はピタリと口を閉ざした。
 オリヴィアはジュリエッタに向かって声をかける。

「ジュリエッタさん」
「は、はいっ、オリヴィア様!」
「シオンを目の敵にするのはやめていただけないかしら」
「っ…………」

 強い口調で言えば、ジュリエッタは唇を噛み締めた。

「前にも言ったはずよ。シオンは私の大切な人だと。私の大切な……友達を傷つけるような人を、私は許さないって」

 恋人とは言えず友達と表現したが、そこでオリヴィアはふと気づく。この世界は同性婚が可能なのだ。さして珍しくもない。同性恋愛が普通のこととして認められている。ならば別に隠す必要なんてないのではないか。
 そう思うのと同時に、ならば、ジュリエッタのオリヴィアに抱く思いは恋愛感情なのではと気づく。尊敬や憧れなのではなく、がっつり恋い焦がれているのではないか。それならば、彼女のよくわからなかった言動も納得できる。オリヴィアに恋心を抱いているからこそ、シオンをこんなにも妬んで羨ましがっているのではないか、と。
 そんな考えが頭の中を駆け巡ったが、今は置いておくことにした。

「シオンに対する侮辱は私への侮辱だと言ったわよね? もう忘れてしまった?」
「っいいえ、いいえ、オリヴィア様……っ」

 ジュリエッタは蒼白になり、肩を震わせている。
 自分に好意を持ってくれている彼女には申し訳ないが、ここで許すわけにはいかない。

「ならあなたは、私を侮辱したということね?」
「違っ、違います! 私は、私は……どうしてもシオン・カルネヴァーレが許せなくてっ……オリヴィア様を貶めるような意図など……っ」
「それでも、あなたがしたのはそういうことよ」
「そんなっ……」
「今度こそ、もう二度とシオンに関わらないと誓って」
「っ……」
「今回の件、学校側に報告してもいいのよ? 私と、あなたが利用しようとした女子生徒が証言すれば信じてもらえるわ。そうなれば、あなたは最悪退学処分になるかもしれないわね」
「っ、っ……っ」

 ジュリエッタはすっかり青ざめ、泣きそうな顔になっている。
 それでもオリヴィアは厳しい表情を崩さなかった。甘やかせば彼女は同じことを繰り返すだろう。ゲームの中の悪役令嬢であるオリヴィアのように。

「あなたがもうシオンに関わらないと誓ってくれるなら、今回のことは公にしないわ」
「っ……」
「どうするの?」
「っ、っ…………わかり、ました……。誓います……」

 涙を滲ませ、ジュリエッタは震える声を絞り出す。

「その言葉、忘れないでね」

 オリヴィアが表情を緩め小さく微笑めば、ジュリエッタは顔を真っ赤にしてぼろぼろと涙を零した。

「ぅうううわああああぁ────ん!!」

 泣き喚きながらジュリエッタはその場から走り去っていった。
 残されたオリヴィアとシオンは顔を見合せ、それから疲れたように嘆息した。

「被害者はシオンなのに、勝手なことをしてごめんなさい」
「いいえ! 今回被害を被ったのはオリヴィア様ですから。でも、どうしてオリヴィア様が猫のお姿に……?」

 先に泉から上がったシオンに引き上げてもらいながら、オリヴィアはことの経緯を説明する。
 泉から出れば魔法は普通に使えるようになったので、シオンは魔法でオリヴィアの体を乾かしてくれた。それから自分も同じように乾かした。

「本当なら、私が猫の姿になっていたのに……私の代わりにオリヴィア様が……私のせいで……」
「シオンのせいではないでしょう? 悪いのはあの子だし、私が勝手にしたことだもの」

 ショックを受けるシオンを宥めながら地面に置いてあった制服に手を伸ばし、おや? と首を傾げる。

「パンツがないわ……」
「ええっ……!?」

 こちらに背を向けていたシオンが、オリヴィアの呟きを聞いて声を上げる。
 探すけれど、パンツはどこにも見当たらない。

「まさか、あの人が……!?」

 シオンはハッとしたようにジュリエッタが去っていった方へ顔を向ける。
 きちんと綺麗に畳まれて置かれていたはずの制服は乱れていた。誰かが触れなければ、そうはならない。オリヴィアとシオンでなければ、犯人はジュリエッタしかいない。
 彼女もいいところのご令嬢のはずだが、下着泥棒とはなかなか大胆なことをするものだ。

「私、取り返してきます!!」

 わなわなと肩を震わせ、シオンは駆け出そうとした。
 オリヴィアはそれを止める。

「待って、シオン! 今から行っても追い付けないわ」
「で、でも……っ」
「もうどこかに隠してしまっているかもしれないわ。彼女が盗んだ証拠もないのに盗んだと決めつけて、もし彼女が持ってなければこちらが悪者になってしまうわ」

 限りなく疑わしいが、ジュリエッタが盗んだという確かな証拠はない。どこかに落としている可能性もなくはないのだ。
 シオンは悔しそうに歯噛みする。

「そんな……オリヴィア様の下着が……」
「気にしなくていいわよ。たかがパンツの一枚や二枚……」
「たかがじゃありません!!」

 叫ぶようなシオンの声に、オリヴィアはびっくりして口を閉ざす。
 シオンは怒りと悲しみがない交ぜになったように顔を歪め、オリヴィアをきつく抱き締めた。

「オリヴィア様は私のものです……!」
「っ……」
「オリヴィア様のものも全部、他の誰にも触れてほしくない、オリヴィア様が匂いも声も視線も、誰にも少しも渡したくない……っ」
「シオン……」

 シオンの手が、オリヴィアの背中をまさぐるように動く。
 未だ全裸のままで、直接肌に触れられて、オリヴィアの体温は上昇した。

「オリヴィア様を私だけのものにしたい……。誰にも見せたくない、触れさせたくない、声を聞かせたくない……」
「あっ……んんっ」

 奪うように唇を重ねられる。唇を食まれ、柔らかく歯を立てられた。

「んっ、は、んっ、んっ」
「はっ……オリヴィア様……っ」

 性急な動きで舌を口腔内に挿入される。
 シオンの熱い舌が、口の中を隅々まで舐め回していく。オリヴィアはされるがまま、貪るようなキスを受け入れた。

「ふぁっ、ぁんんっ」

 上顎を舌先で執拗になぞられ、ぞくぞくと快感が走り抜ける。
 オリヴィアの口の中に溢れる唾液を啜りながら、シオンの手が背中から下りていく。腰を撫でられ、臀部を柔らかく揉み込まれた。

「ひゃぁんっ」

 オリヴィアが声を上げると彼の唇は離れ、顎を伝い、首筋に押し当てられた。舌がぬるりと首を這い、ぞくんっと背筋が震える。

「んあっ、あっ、シオン……っ」
「オリヴィア様、好きです……。オリヴィア様の全てが、堪らなく愛しくて……私だけのオリヴィア様にしてしまいたくなる……」
「あんっ」

 かりっと鎖骨に噛みつかれ、鋭い刺激に肩が跳ねた。
 彼の声に、言葉に、オリヴィアの心も体も歓喜する。脚の間からとろりと蜜が溢れるのを感じて内股を擦り合わせた。
 それに気づいたように、臀部を包んでいたシオンの片手が前へ移動する。焦れったくなるほどゆっくりとした動きで太股を撫で上げ、ピタリと閉じた脚の間に指が差し込まれた。
 もう片方の手は、変わらず尻臀をやんわりと揉んでいる。
 オリヴィアの秘所は明確な刺激を求めて疼き、そのときを待ち侘びていた。

「あっ、あっ、シオン……っ」
「触らせてください、オリヴィア様……私だけに」
「ふぅっ、んんっ、はっ、はあっ、あっ」
「私にしか見せないオリヴィア様を見せてください」

 欲を孕んだシオンの視線に導かれるように、オリヴィアはそっと脚を開いた。蜜を漏らしたそこは、それだけでくちゅりと恥ずかしい音を響かせる。

「はっ、あんっ……シオン……」
「可愛いです、オリヴィア様……」

 真っ赤に染まるオリヴィアの顔をシオンはうっとりと見つめ、ぬかるんだそこに触れる。

「あぁんっ」

 少し指が掠めただけで、既に高められた体は敏感に反応を示す。

「はあっ……もうこんなに濡れて……とろとろです」

 恍惚とした表情を浮かべ、シオンは蜜口を擦った。指の動きに合わせ、ぬちゅぬちゅと卑猥な音が聞こえてくる。
 濡れた指が陰核に触れた。蜜を塗りつけるようにくりくりと刺激され、オリヴィアはあられもない声を上げて身悶える。

「ひあぁっ、あんっ、あっ、あっ、あぁっ」
「オリヴィア様のここ、気持ちいいと固く膨らんで……喜んでくれているのが伝わってきて嬉しいです」
「ひゃぅんっ」

 すっかり蜜にまみれたそこは、押し潰されるとくりゅんっと滑って指から逃げる。すると今度は二本の指で挟まれ、優しく扱かれた。

「あはぁんんっ、きもちぃっ、のっ、あぁっ」

 強すぎる快感に、止めどなく蜜が溢れてくる。
 お尻を揉まれ、肉粒を捏ねられ、それだけでもいっぱいいっぱいなのに、シオンは更に乳房にまで愛撫を施してくる。

「ここは、触れてないのにもう固くなっていますね」

 興奮を滲ませた声で囁き、つんと尖った乳首を舐める。

「ああぁっ、あっ、あんっ、そんなに、しちゃ、だめぇっ、あぁっ、しおん……っ」
「オリヴィア様、可愛い……。私だけのオリヴィア様をもっともっと見せてください」

 シオンは乳房の先端を口に含み、ちゅうっと吸い上げる。
 陰核を弄る指も止まらず、与えられる快楽にオリヴィアは甘い嬌声を洞窟内に響かせ続けた。

「んあっ、しおん、しぉんんっ、きもちいぃっ、あぁっ、だめ、もういっちゃうっ」
「いってください、オリヴィア様……私の手で、いくところを見せて……」
「あっ、あっ、あっ、~~~~っ」

 抗うことなどできず、促されるまま絶頂を迎えた。
 蕩けた表情でひくひくと震えるオリヴィアを、シオンは愛しげに見つめる。
 慈しむような口づけが頬に落とされた。
 息を整えながら、オリヴィアはシオンにそっと抱きつく。

「好きよ、シオン……」
「オリヴィア様……」
「シオンが特別で、誰よりもシオンが好き」

 オリヴィアはもうとっくにシオンのものだ。
 何度も伝えてきたが、彼が不安に思うのなら、これからも何度だって伝える。

「私の心も体も、全部、シオンだけのものよ。だから、シオンが望むこと、なんでもしてくれて構わないのよ」
「オリヴィア様……」
「他の誰にも、心も体も許したりしない。シオンだけ」

 オリヴィアは顔を上げ、微笑んだ。
 呆然とこちらを見つめるシオンの頬を両手で包み、彼の瞳をしっかりと見返して気持ちを伝える。

「気持ちいいことも恥ずかしいことも、シオンにされるなら嬉しいわ。怖いことも悲しいことも、シオンがいてくれるなら乗り越えられる。だからずっと、私をシオンだけのものでいさせて。私はシオンしか望まない。シオンがいてくれれば、他になにも望まないわ」
「オリヴィア様……っ」

 シオンは泣きそうな顔で微笑み、オリヴィアの手をぎゅっと握る。

「私も、オリヴィア様だけです。これからもずっと、オリヴィア様だけを愛し続けます」

 シオンの真摯な眼差しに、なんだか誓いの言葉を告げられたような気恥ずかしさと嬉しさを感じた。
 もちろん結婚はまだ先のことだけれど、でもそれが必ず訪れる未来なのだと、なんの不安もなく信じることができる。
 愛しい気持ちが込み上げて、その気持ちのままにキスをしようとしたところでくしゃみが出た。全裸だったことを思い出す。
 シオンが慌ててオリヴィアに制服を着せてくれた。
 パンツはないので仕方なくノーパンのまま洞窟を出ると、ジュリエッタがなにかを探すように地面に這いつくばっていた。彼女はこちらに背を向けていて、オリヴィア達に気づいていない。

「ううぅ……パンツ……オリヴィア様のパンツがぁ……っ」

 そんな嘆き声を上げながら、ジュリエッタは草むらに顔を突っ込んで辺りを探っている。
 やはりジュリエッタがパンツを盗んだのだろう。そして彼女はそのパンツを落としてしまった。だからこうして泣きながらパンツを探しているのだ。

「オリヴィア様のパンツは絶対に彼女には渡しません! 私が見つけ出します!」

 そう言ってシオンもパンツの捜索に加わり、すっかり日も暮れて辺りが真っ暗になった頃、風に飛ばされて木の枝に引っ掛かっていた薄汚れた布切れと化したパンツを彼は見事発見した。
 ジュリエッタは地団駄を踏んで悔しがり、また泣きながら走り去っていった。
 シオンはオリヴィアのパンツが彼女の手に渡らなかったことを心底喜んでいた。
 シオンから受け取ったパンツは枝に引っ掛かったせいで穴が開いていた。せっかく見つけてくれたのに申し訳ないが、もうこのパンツは履けないだろう。
 シオンとしては、ジュリエッタにパンツを取られなかったことが重要なので気にはしないだろうが。
 パンツを持っているのにノーパンで、オリヴィアはシオンと並んで学校へ戻った。
 夜空には星が無数に輝いていて、ノーパンな自分が恥ずかしく思えるほど綺麗だった。





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 読んでくださってありがとうございます。



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