愛の交差

円寺える

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第25話

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 車に乗り込み、自宅を出た。
 美沙ともう交際はできない。今後、どうすればいいのだ。
 新しい女は暫くつくれないだろう。琴音の目が光っている。
 美沙との関係はあち数年は続けたかったが、もう無理だ。
 GPSを付けられたら何もできない。どこも行けない。
 休日デートはせずに、社内だけで会うしかできない。
 それならば美沙とも今後会うことはできる。社内だけで会えばいいのだから。
 まだ僅かな可能性がある。
 事の成り行きがどうなるかによっては、美沙との関係を捨てなくてもいい。
 琴音を刺激するのは得策ではないので、静かにしておこう。取り敢えずすべて肯定しておけば問題ない。
 智之は運転しながら琴音の顔を盗み見る。
 濃い皺を顔に浮かせている。ほうれい線が年増を押し出しており、学生時代の琴音とは別人だ。昔はもっと綺麗だったはずだが、いつの間にか老け込み、醜くなった。
 元カノと別れたのが間違いだった。
 琴音よりもずっと綺麗だった元カノを思い出し、あの頃に戻れたらと妄想する。

「まだ着かないの?」
「もうすぐだから」

 苛立ちを隠さず、人差し指で膝を叩く。
 そういう仕草も好きではない。
 私は今怒っていますよ、とアピールしている。
 学生時代はその感情剥き出しなところが素直でいいと思っていたが、やはり女は可愛げがないと駄目だ。美沙のように明るいか、元カノのように淑やかか。そういう女がいい。
 琴音を選んだのは人生でトップ三に入る程の失敗だ。
 車を走らせると、何度か見たことのあるアパートがフロントガラス越しに見えた。
 美沙の家だ。
 近くのパーキングに駐車し、アパートを目指す。
 琴音は深く観察するように、アパートの外観を凝視する。
 不審者のようだからやめてほしい。
 美沙を呼び出そうとしたが、住民がロックを解除して中へと入っていく後ろを琴音がついて行く。扉が閉まる前に慌てて智之も入り込んだ。
 美沙が住んでいる三階へ行き、インターホンを鳴らす。
 部屋の中で、インターホンを鳴らす智之の顔を確認しただろう。返事はなかったが、美沙は来客が知り合いだと機械越しに話すことはせず、扉を開けるタイプの人間だ。
 出てこないでくれ、寝ていてくれ。そんな願いは虚しく、扉は開かれた。
 ドアロックが邪魔をし、扉が全開にはならなかった。

「はい?」

 聞き慣れた愛らしい声がする。
 クローゼットに隠れることになった日以降、訪れていなかった智之が連絡もなしにやってきたので、美沙の声色は不審がっていた。

「えっと?」

 美沙からは智之しか見えない。

「ごめん、今人が来てるから、またでいい?」
「お、親御さんか?」
「まあ…」

 それじゃあ、と言って扉を閉めようとする。
 琴音は扉が閉まらないよう、智之の横から力一杯抵抗する。

「こんばんは」

 智之ではない、女の声に美沙はぴたりと停止する。
 琴音は智之を押しのけて、扉の隙間から姿を現した。
 妻と浮気相手。初めての対面だった。

「えっと?」
「妻の琴音です。あなたが浮気相手の美沙さん?」

 至って冷静に。妻の余裕を見せなければ。
 そんな思いから、静かに挑んだ。

「そうですけど。あの、明日でもいいですか?今日はちょっと都合が悪くて」

 焦っているように見える美沙の言葉を思い出す。
 親が来ているのか。
 琴音はチャンスだと思い、長居することを決めた。
 辺りは暗く、アパートの窓からいくつも光が放たれていた。住民はまだ起きている。大声を出すと、若い女に怒鳴り散らしている下品な女の画になってしまう。
 いくら浮気相手の家だからといって、騒ぎ立てると体裁が悪い。
 この辺りはママ友も住んでいたはずだ。もしかしたらこのアパートかもしれない。

「話がしたいんだけど、中に入らせてくれる?」
「今日は都合が悪いので、帰ってもらえません?」
「どうして都合が悪いの?」
「だから、人が来ているので」
「人がいたら駄目なの?」
「客がいるのに、あなた方を通すことはできませんよ」
「客って、親でしょう?知られたくないの?浮気しておいて、知られたくないの?」
「帰って」

 扉を閉めようとする美沙を阻止する。
 しつこい琴音に苛つき、扉にかかった手を退けようと奮闘する。

「知られるのが嫌なら最初から浮気なんてするんじゃないわよ!」
「帰って」
「人の物を奪っておいて、どういうつもり?」
「帰って」
「慰謝料を請求してやる」
「帰って」
「いいから中へ通しなさい!」
「帰って!」

 口論がヒートアップする二人をどうすることもできず、智之はおろおろと手を宙に置く。
 琴音を宥めればいいのか。落ち着け、と。そんなことをすれば引っ込んでいろ、と言われそうだ。美沙を宥めればいいのか。中へ入らせてくれ、と。親がいるところへ入るなんてできない。
 どうすればいいんだ。
 終わりのない言い合いをどうすべきか考えていると、「美沙?」と低い声が聞こえた。
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